九百三十一話 侵略者vs支配者
「ハッ……!」
「オラァ!」
雷霆の霆が迸り、それをライは拳で砕く。
多元宇宙を崩壊させる程の霆の欠片が周囲を飲み込み、目映い閃光が無限の世界を覆った。その欠片一つ一つですら宇宙くらいなら容易く崩壊させられる代物。本来なら一つが顕在するだけでも及ぼす被害は多大だが、今のライには何の問題も無い。故に攻撃を続け、拳を放ちそれが避けられ、次の刹那に鬩ぎ合う。
一挙一動で広範囲が消え去るが二人は意に介さず、ライが今一度拳を打ち付けた。
「そらっ!」
「……ッ!」
その拳はゼウスに直撃し、その身体を宇宙複数個分吹き飛ばす。
しかしゼウスは空中で体勢を立て直し、ライの背後に瞬間移動して手刀を放った。
「当たるか!」
「フム」
その手刀は後ろを向いたまま腕を掴み、引き寄せるように放り投げる。それと同時に放ったゼウスの眼前に迫り、急停止からの踵落としでその身体を上か下か分からぬが一先ず叩き落とした。
そしてその一撃により、ライは一つ確信したように既に頭上から迫っていたゼウスへ言葉を発する。
「アンタ……全知の力を使わないってこう言う事かよ……本当に全知の力を封印して自分の感覚だけで戦っているんだな?」
それは、ゼウスが本当の意味で一時的に全知を取り止めた事について。
確かにゼウスは、ライの行く末は見ぬような発言をしていた。
しかし、それは普通に考えて数年後から数十年後の話だろうも勝手に判断していたのだ。
だが、率直に言えばライの未来というのは先の行動全て。この後どのタイミングで瞬きをするのか、呼吸をするのかなど、戦闘方面以外でも"未来"には様々な側面がある。
要するに、それらの行動を踏まえた上でゼウスは未来を見ぬようにしているのだろう。
そんなライの言葉にゼウスは返答する。
「無論だ。だが、ただ先の行動が見えぬだけで予測する事は出来る。全能の力も顕在故に互角に渡り合う事も可能だ。如何なる未来も即座に変えられるこの力。今更全知も必要無い」
「ハッ、そりゃそうか。けどまあ、必要無いって割り切っているにしちゃ俺の攻撃を結構食らっているみたいだな。このまま最低限の回避以外の守護術は使わないで殴り合いでもするのか?」
「それも良いだろう。我は基本的に攻撃を受けた事は無いからな。こう言った機会も良いものだ。今までの者達は端から全知の力を使わずともあっさりと倒されていった。支配者同士の争いは色々と不備も生じる故に、行った事は無い。今の状況は中々に新鮮なものだ」
全知の力を使わずともある程度の推測で戦える。故にゼウスは力を使わなかったとしてもダメージを負った事は無かった。
今のライとの戦闘はそれもあって新鮮であり、良い暇潰しになっているようだ。
それだけ告げたゼウスは力を込め直し、ライに向けて踏み出した。
「感電せよ」
「断る!」
雷霆を頭上からの直撃と共に放ち、それをライは拳で受け止めて雷撃を散らす。
その瞬間にゼウスの死角へ回り込み、回し蹴りを打ち付ける。それをゼウスは避け、回転を加えて雷霆を横に振るう。仰け反るようにそれを避けたライは拳を握り、攻撃の途中で体勢を変えたゼウスは雷霆を握り締める。その瞬間、ライの拳がゼウスの頬に叩き込まれ、雷霆がライの腹部を貫き感電させる。同時に二人は吹き飛び、複数の宇宙の範囲を加速して何かに衝突。停止した。
「……。ああそうか。此処にも一応陸地というか壁みたいなものはあるんだな」
「ああ。無ければ永遠に飛ばされ続けてしまうからな。基本的に何もない空間だが、停止用の星をいくつか造ってある。その一つ一つの大きさは銀河系程だが……今は七京一九二〇兆九八三二億八八四五万七〇五四個の星を経て漸く停止出来たみたいだ」
「桁が多いな……まあ、それ程の威力だったって事か」
ゼウスは色々と万全を喫した状態で戦闘に望んでいる。それは自分の準備ではなく、あまり距離を離させぬ為のもの。
故にライは停止出来たのだが、銀河系程の星を貫いた桁が頭痛くなりそうな数だった。
なので取り敢えずその数については特に言及せず、体勢を立て直して構える。
「けど、アンタは便利だな。俺と同じくらい吹き飛ばされても瞬間移動で帰って来れるなんてさ。説明しないで追撃してれば割と有利に戦えたんじゃないか?」
「かもしれぬな。だが、純粋に飛ばされた距離で言えば我の方が遠い。追撃したところで防がれるのは全知の力を使わずとも知るのが可能だ。……要するに、この様な会話の機会を設けて構えさせ、正面からぶつかれば防がれる可能性は低くなるという事だ。その場合は我も一撃を受けるがな」
「へえ? 形はどうあれ、一撃を当てる為の会話か。けど、それを言って良いのか? 折角の機会を自分で潰しているだろ」
「構わぬ。主ならこれを話したくらいで正面衝突を避けるとは思えぬからな」
ゼウスが追撃せずに会話をした理由は、その後に確実な一撃を与える為。
純粋な攻撃力では押されていたのでそれも不安要素の塊だが、確実な一撃を与えられずに食らうよりはマシだろう。
「そうかい。確かにそうかもな。んじゃ、お望み通り正面衝突を起こしてやるよ……!」
「ああ。乗ってくれる事は知っていた。感覚でな」
再び向き合い、互いに力を込める。
ライとゼウスの戦闘。それはまた一歩終結に近付いた。
*****
──"別空間・ヴァイスの創った世界"。
「へえ? 確かに巨大だね。これが君の本来の大きさか。……私の声は届いているのかな?」
『ああ。届いておる。さっさとお主を潰して終わらせるとしよう』
ライとゼウスの一方で、ヴァイスとテュポーンの戦闘は、テュポーンが本来の大きさになる事で決着の一途を辿っていた。
先程までは五メートル程の大きさだったが、今は惑星に匹敵する巨躯。既に数十分は戦っており、その間にテュポーンは本来の力を出すという事にしたのだろう。
「巨大化は良いけど、君からしたら虫よりも小さな私に当たるかな?」
『フッ、狙わずとも、適当に振るうだけで影響を受けるだろう。単純に考えて先程の大きさの何万倍。力も相応に上昇しておる。いや、寧ろそれ以上やも知れぬな』
「成る程ね。まあいいや。君の力を受けたお陰で、私も君の力を学習したンだからね」
ヴァイスとテュポーンの二人。もとい、一人と一匹は改めて構え直す。それと同時に惑星サイズの巨躯からなるテュポーンの巨腕が光の速度を何段階も超えて振り下ろされ、ヴァイスはその腕に沿って加速。一瞬でテュポーンの眼前に迫り、先程と同等、ヴァイスの知る中でも力の強いライ、ハデス、ダークの三人の力からなる拳を打ち付けた。
『……ッ! フム……元より惑星程度なら容易く崩壊させられる拳……その大きさでも余に通るか……!』
「……!」
打ち付けられ、仰け反った瞬間にテュポーンは巨腕を戻し、そのままヴァイスの身体に叩き付けて吹き飛ばす。
吹き飛ばされたヴァイスは直線上の粉塵を巻き上げて彼方へと消え去り、着弾地点に狙いを定めたテュポーンがそこへ巨腕を伸ばして叩き落とした。それと同時に恒星程の範囲が消え去り、大穴の空いた空間を降りて着地する。その腕には拉げて肉片と血を散らすヴァイスが転がっていた。
「やれやれ……やはり油断は出来ないね。不死身の再生力を以てしても厳しかった。久し振りに自分の再生能力を使ったよ。これなら間に合った」
『フン、間に合ってペシャンコか。割に合わぬ力だな』
「いや、間に合っていなかったら死ンでいたンだ。十分過ぎる程だよ」
腕の中で潰れていたヴァイスは飛び出していた臓物や骨を体内に戻し、再生しながら会話する。
ヴァイスの本領はその再生能力。生物兵器の肉体なので元々不死身だが、不死身を無効化されれば不死身の肉体も損傷して死するだろう。
しかしヴァイスの再生能力は、それとはまた別のベクトルにある。不死身を無効化されたとしても根本的な部分が別なのでその力さえ使えれば問題無いのだ。
『フム、余に無効化の力は無いが……腕力でも再生するのに必要な細胞を消し去れば主にダメージを与えられるという事か。その辺は従来の生物兵器と変わらぬのだな』
「逆に、全身の細胞を一つ残らず消し去られて生きている存在が居たら見てみたいよ。クローンにしても命を複数持っているにしても、細胞を一つ残らず消し去られた存在自体は一度消え去るンだからね」
『それもそうよの』
再生を終えたヴァイスはテュポーンの言葉に返しつつ加速し、その巨体に構わず突っ込む。そんなヴァイスをテュポーンは受け止め、大地に叩き付けて粉塵を舞い上げる。そこに無数の蛇を放出。その蛇一つ一つもテュポーンであるが為にその実力もかなりのものだろう。
そこから更に追撃するよう両巨腕を連続で叩き付け、太陽系程の範囲が消滅。その大穴から飛び出したヴァイスはまた迫り、テュポーンの身体を打ち上げた。
『……! フム……余の身体を浮せるか』
「ああ。星なら簡単に砕けるンだけど、君の肉体は頑丈だからね。精々浮かせるのが精一杯だ。少なくとも、君は惑星より重いみたいだね」
打ち上げられはしたが、それはほんの数百メートル。惑星サイズのテュポーンからしたら普通に歩く歩幅よりも高さが低いだろう。
しかしヴァイスは構わず仕掛け、眼前に迫る。
「さて……そろそろ君の力も試してみようかな? 毒蛇に炎に巨躯に腕力。どれから試そうか?」
『今の主からすれば全て今更の能力だろうな。その力は余が扱ってこそ真価を発揮すると言うに』
「そうだね。本体が君なンだから当然だ。けど、それらを合わせれば君よりも強い力を扱える」
テュポーンの巨腕とテュポーンからしたら虫よりも小さなヴァイスの拳がぶつかり合い、体格差など関係無いかのように互いの身体が同じ程の距離を吹き飛ぶ。
ヴァイスとテュポーン。一人と一匹の織り成す戦闘も終着に向けて進行するのだった。
*****
ライとゼウス。ヴァイスとテュポーンの戦闘が続く最中、永遠の夜が続く世界でシュヴァルツとマギア。シヴァの戦闘も依然として継続していた。
「"破壊"! "破壊"! "破壊"!」
「半ば自棄だね。シュヴァルツ。──"女王の鞭"!」
シュヴァルツが連続して破壊魔術を放ち、そこの隙間を埋めるようにマギアがリッチの魔力から形成した鞭を放つ。
それらをシヴァは躱しながら進み、片手に魔力を込めた。
「ハッ、この程度の攻撃……関係ねェ!」
「「……!」」
魔力を込め、破壊を創造。それと同時に掌を腹部へ打ち付け、内部から二人の身体を破壊した。
その衝撃波は身体を貫いて背後も砕き、大地を大きく抉る。二人は吐血し、膝を着いてシヴァに視線を向けた。
「クハハ……やっぱただの破壊魔術は効かねェか。となると……神の力とやらを本格的に使ってみっか……!」
「……! そう、それなら頼んだよ。私はよく分からない力だけど、この状況を打破出来るならOK。ちょっと私も不死身の身体だけじゃ耐えられなさそうだからね……! シュヴァルツに任せて回復を優先するよ……!」
ドラゴンたちが一時的とは言え封印され、元々押されていたシュヴァルツ達の戦局が怪しくなる。故に、シュヴァルツは今一度まだよく分からない神の力とやらを使ってみる事にした。
シヴァの一撃一撃は大量の細胞が死滅する。故にマギアもシュヴァルツに委ね、そのやり取りを見ていたシヴァが小首を傾げて言葉を続ける。
「神の力? さっきのはそれに近い感じだったが、それとはまた別の力って考えるのが妥当か。ドラゴン殿にハデスとポセイドン。少なくともそいつらをテメェらが倒したって考えりゃ……ま、考えるまもなく面倒な力だな」
神の力。それによって連想される力は様々だが、シュヴァルツは先程もそれに似た力を放っていた。
故にシヴァはまだシュヴァルツに奥の手がある事を理解しており、それに対して即座に対応出来るよう構える。
「取り敢えず、考えている時間も無駄だな。何かしようって考えてんならそれを悠長に見守っている必要も無ェ。ま、強くなったらそれはそれで良いがな」
構えた瞬間に駆け出し、シュヴァルツの眼前に迫るシヴァ。シュヴァルツは既に力を解放しており、笑いながら言葉を返した。
「ハッ、もう遅ェよ! 別に時間を掛けて力を込めるって訳じゃねェからな! やろうと思えばなんだって出来んだよ!」
「そうか。ま、それはそれで好都合だ。つか、この言葉ほんの一瞬前に自分で言ったばっかだったな」
シュヴァルツは既に力を解放している。体内の魔力を向上させるのに時間は然程掛からない。常人が少し力を入れるのと同じ感覚である。
二人は既に近距離へと迫っており、同時に拳を打ち付ける。それによって衝撃波が周囲に広がり──銀河系並みの範囲が消し飛んだ。
「成る程。確かに力が向上してやがる。力で言えば最高幹部クラス。状況次第じゃ支配者にも勝てるかもな」
「ハッ、まだまだ余裕があるようで。……俺もだけどな! "破壊"!」
「……!」
次の刹那、シュヴァルツが放った通常の破壊魔術にて世界が崩壊した。
世界と言ってもこの世界全てではない。どれ程の範囲かは分からぬが、少なくとも先程の衝突によって消滅した範囲よりは遥かに広大だろう。
「このくれェか。ま、勝てない相手じゃねェが……少し面倒な相手だな」
「その余裕が何処まで持つか見ものだな。一瞬にして消し去ってやるよ」
マギアや封印したドラゴンたちは今の攻撃でも影響が及んでいない。シュヴァルツがそうしたのだ。
しかしこの二人による戦闘。それもこの世界に大きな影響を与えるものとなる筈。
シヴァとシュヴァルツ、マギア。三人の織り成す戦闘は、シュヴァルツが本気を出す事で終盤へと差し掛かった。