九百二十九話 ヴァイスvs魔物の国の支配者
──"魔物の国・支配者の街・メラース・ゲー・城内"。
「やあ。久し振り。テュポーン。君と戦って……いや、君を倒してこの国の選別を終わらせに来たよ」
『来るのが遅いな。余を倒すチャンスを失ったぞ、ヴァイスよ。ロキによって奪われた片腕だが……もう完治した』
「……そう言えば、君にもある程度の再生能力が備わっているンだったね。確かにアジ・ダハーカ達の相手に少し手間取ってしまったとは思うよ。けどまあ、それは誤差だ。……さて、やる気があるならそれで良いさ」
ライとゼウスが別空間にて戦闘を行っている最中、支配者であるテュポーンを除く主力たちを打ち倒したヴァイスはそんなテュポーンの前に来ていた。
ニーズヘッグとブラッドの姿もあるが、意識は失ったままのようだ。故にヴァイスの相手はテュポーンだけである。
既に回復している様子のテュポーンは臨戦態勢に入っており、戦闘意欲があるならとヴァイスは軽く片手を翳して場所を変えた。
「うン。便利な力だね。シヴァの創造術とアジ・ダハーカの魔法は。元の世界を巻き込む事無く戦闘が行えそうだ」
『フン、侵略者の割には随分と甘いのだな。態々戦闘の為に別の空間を形成するとはの』
「まあ、基本的に私は穏健派とも言えるからね。だってほら、主力クラスには必ず戦闘をするかどうか訊ねているだろう? 大人しく降伏してくれれば面倒……いや、余計な争いもなくなる。街の住人や兵士達はどうでもいいとして、なるべく戦闘を避けようと言う気概は見せているさ」
ヴァイスが創り出したのは無限の範囲を持つ空間。もはや恒例であり、自分達にとっての戦いやすい世界を形成した。
それに対し、テュポーンはそんな世界を創る必要も無いと発するがヴァイス曰く、自分は穏健派との事。今までの行いからしても何処からどう見たらその発想になるのかは疑問だが、要するに合格者以外はその辺の物と同義なので今までの行動を自身で肯定しているようだ。
何はともあれ、一旦それは捨て置く。その返答にテュポーンは吐き捨てるように言葉を発した。
『下らぬな。と言うか、それは空間を創った事の答えにはなっていなかろうに』
「空間を創った理由は至って簡単さ。倒れている他の主力を巻き込ンだら優秀な合格者が居なくなってしまうだろう?」
『そうよの』
──その瞬間、テュポーンの巨腕がヴァイスの身体に突き刺さり、全身を覆い尽くして吹き飛ばした。
ヴァイスは無限の空間を吹き飛び、空中で瞬間移動。即座にテュポーンの背後へ回り込み、片手に力を込めて言葉を発した。
「やれやれ。いきなり攻めて来るのかい? 物騒だな。会話くらいしてくれても良いだろうに」
『そんな御託は必要無かろう。主も始めから戦うつもりだったのだからな』
ヴァイスは手から衝撃波を放出し、それをテュポーンは片手で受け止めた。それによってテュポーンを中心に大地が陥没し、粉塵が舞い上がってクレーターが形成される。
その粉塵をテュポーンは切り裂き、ヴァイスを弾いてもう片方の腕を振り回し、そのまま広範囲を薙ぎ払った。
「そうだね。必要もない事だったよ。取り敢えず、此処で君を倒せば万事解決だからね」
『そうだ。故に余計なものは何も必要無い。そして余も負けるつもりは無い』
そんなテュポーンの腕に乗り、それもそうだと考えたヴァイスはその腕を駆けてテュポーンの眼前に迫る。テュポーンは炎を吐き付けて自分の腕ごと焼き払い、その炎を突き抜けたヴァイスはそのままライ、ハデス、ダークの力を込めた拳を打ち付けた。
しかし拳が到達するよりも前にテュポーンは巨腕を薙ぎ払ってその身体を投げ飛ばす。飛ばされたヴァイスは着地し、今の力のまま光の速度を遥かに超越して再び迫った。
『まだまだ遅いの』
「まあね。体力的にも何も問題無いけど、まだ全力は出さないでおくよ。その方が戦っている感じはするだろう?」
『舐められたものよの。本気だろうが余には関係無いがの』
「へえ? 君が今の挑発を受けて全く怒らないのか。これは少し厄介だね」
ヴァイスの速度を遅いと称してそれを受け止めたテュポーンに向けてヴァイスは言葉を返し、その返答を聞いたヴァイスがピクリと反応を示した。
今までのテュポーンはほんのちょっとした事で憤っていたが、今は比較的温厚になっている。それはヴァイスにとって少々マズイ事とも言えるだろう。
単純に考えて挑発に乗らないという事は冷静に仕掛けて来るという事。故にこの戦闘では相手の動き一つ一つに注意しなくてはならない事になる。
ただ真っ直ぐ攻めて来るだけなら翻弄出来るが冷静な相手は難しい。本当に単純な理由で苦戦を強いられるという事だからである。
『フッ……今更下らぬ事で怒る程に余は子供ではない。余も成長したのだからの』
「……。寧ろ何百年も支配者をやっていて今まで挑発みたいな簡単な事に乗っていたのが問題じゃないかな?」
『気にするな。その余も全て過去の存在。今の余が今の性格になったのだから過去の事は全く以て関係無かろう』
「うン。確かに一理あるね。いくら過去の自分が愚か者だったとしても今の自分が変わればそれも全て消え去る。今が良ければ過去の出来事なンて何も関係無いからね」
『うむ。その通りだ』
ヴァイスとテュポーン。二人の言い分を総纏めにすると、過去に如何なる罪を犯そうと今の自分が変わればそれで良いという事。
例え過去の自分が世間一般で言うところの罪を犯していたとしても二人にとっては関係無いようだ。
事実、例え戦闘や暗殺。ただの快楽殺人によって殺された者が多数居ようと、本人達には何も関係無い。その犯人が自分だったとしてもだ。
要するに、ヴァイスとテュポーンにとっては例え犯罪などに巻き込まれようと、ただ弱いから死んだだけ。間抜けだから被害に遭っただけ。そんな考えだからこそ罪の意識など微塵も感じていないのだろう。
更に要約すると赤の他人など何の関係もないという思考を二人は持ち合わせているという事だ。
『しかし、そんな今の余が主を消さねば今の余に新たな敗北の記憶が刻まれてしまうの。それによって支配されるのなら、余は死ぬつもりは微塵も無いが主は確実に始末せねばなるまい』
「良いね。戦闘意欲が更に向上している。これならまだもう暫くは問題無く戦えそうだ。私としても君に本気を出されたらタダじゃ済まないからね」
『主……いつからそんなに戦闘に積極的になったのだ? 前に協定を結んでいた時はその様な事を言っていなかったろうに』
「フフ……魔族の力が宿っている所為かな? それ以外にも色々と好戦的な性格の存在の力も持っている。だから私の性格にも若干の変化が生まれているンだ。……まあ、それが良い方向に転ぶとは限らないンだけどね」
いつになく好戦的なヴァイス。その発言をヴァイスの素性をある程度知っているテュポーンは気に掛けていた。
だが、一気に様々な力が入り込んだ事で性格に違いが生まれる事はヴァイス本人が一番理解している。
『成る程の。完全な生物兵器の完成品は性格にも変化があるのか。いや、今更か。主は数ヵ月前には既にその力を有していたのだからな』
「ああ。だから数ヵ月前の時点で割と好戦的にはなっていたさ。それでも感情に全てを任せるような行動はしないからね。そうは見えなかったのだろうさ」
飛び退いて距離を置き、テュポーンの巨体を見上げる。
因みに今現在のテュポーンは精々五メートル程の大きさしかない。テュポーンにとっては極小サイズもいいところだ。
それでも十分な破壊力は秘められており、何万分の一の大きさでも惑星くらいなら容易く崩壊させられる事だろう。無論、それはヴァイスも同じだが。
「折角の機会だ。支配者に支配者の力をぶつけてみるのも面白い。よし、試してみよう」
それだけ告げ、テュポーンと自分の頭上にヴァイスは惑星を形成した。
使ったのはシヴァの創造術。シヴァの真価は創造と破壊の力だが、取り敢えず創造も破壊に繋げる事の出来る力なので割と多用しているのだ。
創造の力も言い換えれば疑似全能。宇宙を一つ創造出来る時点で瞬間移動などのような自分に作用させる力を除けば大体生み出せると言っても過言ではないだろう。
元より自分に作用させる力も体内に必要な何かしらを創造すればある程度は可能になる。寧ろ、支配者を努めるならば疑似でも全能に匹敵する力。もしくは宇宙を破壊する力が無ければ到底なれないのだろう。
『フム、星を複数形成したか。それで……──その星は全て砕けたがどうする?』
「……。そうだね。折角試そうとしたのにそれも叶わないようだ」
ヴァイスは自分が形成した複数の惑星の──"残骸"を見やり、一瞬にして砕いた張本人であるテュポーンは訊ねるように言葉を発した。
ヴァイスは少し残念そうにしており、改めて無数の惑星を形成。それも即座に砕かれ、二人は一気に駆け出した。
「試させようとすらさせてくれないか。シヴァやライは待っていてくれたというのに君はせっかちだね」
『何事もキビキビ行った方が良いだろう。体力の温存や時間を潰したいなどの理由がある時以外にゆっくり動く必要もない』
惑星崩壊による爆発。その熱と衝撃を意に介さずヴァイスとテュポーンは鬩ぎ合いを織り成す。
五メートルの身体からなる光の速度を超越した巨腕が放たれ、それをヴァイスは駆ける途中で身を捻って躱し、そのままテュポーンの眼前に迫って捻りを加えた拳を打ち付ける。
ただ捻りを加えただけではない。生物兵器の肉体故に自在に腕が曲がり、ドリルのようにテュポーンの身体を貫くつもりのようだ。
しかしそれをテュポーンは正面から受け止めてヴァイスの腕を掴み、振り回すように放り投げる。光を超えて放られたヴァイスは無限空間の山に衝突して粉塵を巻き上げ、停止した瞬間にテュポーンの巨腕が迫ってその身体を打ち抜いた。
「伸縮自在の腕か……厄介だね。伸縮自在ってだけなら神珍鉄の如意金箍棒もあるけど、如意金箍棒と違って上下左右も変幻自在なところが面倒だ。まあ、如意金箍棒と違って距離に上限があるのがまだ救いかな」
巨腕に打ち抜かれたヴァイスは吹き飛び、テュポーン本来の大きさでも到達出来ない場所に来た事よって追撃は免れた。
そう、一見伸びているように思える腕はただテュポーンの届く範囲に腕を届かせているだけであり、純粋な本来の大きさに戻っているだけに過ぎない。
なので一定の距離を保てれば巨腕の追撃が無くなるのである。
『そんな上限、この辺りにお主しかおらぬならあってないようなものだろう』
「まあ、そうなるよね」
尤も、テュポーン本体がこの場所に来たら全て無意味に終わるのだが。
吹き飛んだヴァイスの気配を追い、恒星程の範囲を一瞬にして詰め寄ったテュポーンが再びヴァイスに嗾ける。それをヴァイスはライ、ハデス、ダークの力を用いて受け止め、足元に巨大なクレーターを造り出すと同時にテュポーンの頭上に惑星を形成。今度は両腕を抑えているので砕かれず、砕かれるより前に降下させて惑星複数分の範囲を崩壊させた。
『別に先程も砕く必要は無かったか。少し土汚れが付いただけだ』
「その様だね。まあ、シヴァの力と言っても破壊の要素はあまり入れていない。本当に創造して、ただそれをぶつけただけ。言うなればマグマ入りの投石だね。同格の支配者になら容易く受け止められるか直撃しても無傷な筈だよ」
惑星が崩壊する力など、テュポーンにとっては大した事が無い。それ以前に全ての支配者やそれに匹敵する実力者達にとっては掠り傷も付かぬ程のダメージでしかないのだ。
惑星サイズの隕石の一撃。それもまた同義という事である。
「まあ、それならそれでやり方は変えられるけどね。グラオにシュヴァルツやマギアは心配無いだろうし、君を倒してこの世界の選別に終止符を打たせて貰おう。この世界はあくまで足掛け……異世界や多元世界が本当の目的だからね」
『そう言えば余たちと組んでいた時もその様な事を言っていたな。他の世界まで選別をするつもりとは。よくそんな面倒な事が出来る』
「一応君達も前まで協力はしてくれていた筈なンだけどね。まあいいや。取り敢えず、何度も言うけど君達を倒す事も目的ではあるンだ。続きと行こうか?」
『フッ……良かろう。お主もまだ本気は出していないようだからな』
向き直り、構え、ヴァイスとテュポーンが再び臨戦態勢に入る。
ヴァイスは目的遂行の為。テュポーンはそんなヴァイスに仕掛けられたから。理由は全てヴァイスにあるが、何はともあれ二人の織り成す戦闘が開始された。