九十二話 三つ目の街・征服完了
──"タウィーザ・バラド"・"ホウキレース"会場。
レースが終わり、未だ熱気が収まらぬ会場。
というか、まだレースは終わったばかりなので熱気が収まらないのは当然だろう。
「皆様お疲れ様です。私たちの敗北という事ですので……約束通りこの街はあなた方に差し上げましょう」
そして、先ず話し掛けたのは"タウィーザ・バラド"幹部のアスワド。アスワドは素直に負けを認め、"タウィーザ・バラド"をライたちに譲ると言う。
「そうか。……まあ、俺の言う征服は全てを管理するという訳じゃ無いんだ。人々の自由は奪わないし、無闇な殺生もしない。……要するに、取り敢えずはまだ"タウィーザ・バラド"の管理をアスワドたちに任せたい。些か無責任な気もするけど……頼めるか?」
そんなアスワドたちに向け、ライは自分の考えを述べる。ライが目指す征服とは平穏を第一としたモノ。
そして元々幹部や支配者を仲間に加え、自分たちの街を管理させるつもりだった。なのでライはアスワドに頼んだのだ。まだ自分が管理できる程の器ではないと知っていたから。
「えーと……別に構いませんが……そう言う事ならば、貴方が征服している理由を話してくれませんか?」
アスワドは怪訝そうな表情だったが、特に断る理由も無いのでライの言葉に了承した。そしてライが街を征服している理由が気になりライに聞く。
「ああ、そうだな。取り敢えず話さなくちゃな……実は──」
そして、ライは他の者たちには何回か話した事を話す。その内容は何時も通り世界征服を狙っている事。無論ライは、ややこしくしない為にも魔王(元)の事は隠していた。
因みに、今ライが魔王(元)を連れている事を知っているのはリヤンとキュリテを除くメンバーと、いつぞやの指揮官やいつぞやのヴァイス達だけである。魔族の国の者には、まだ誰にも教えていないのだ。
「──って事だ。まあ、さっさと終わらせる為に所々飛ばしているけど……大体こんな感じだ」
そして魔王(元)の事を隠す為に話が途切れ途切れなのを突っ込まれないように、一部を飛ばして話していると言うライ。
それでも怪しまれそうだが、何も言わずに矛盾点が生まれるよりはマシだろう。
「成る程……その若さで苦労なされているのですね……。旅の途中じゃなければ私の所に招きたいものです……」
ライの話を聞き、ホロリと涙を溢すアスワド。涙する箇所はそれ程無さそうだが、他人の話に此処まで感情移入出来るのだから大したものである。
「ハハ、気持ちだけ受け取っておくよ。取り敢えず話は以上だ」
そう言ったあと、ライはうつ向きながら表情を曇らせて言葉を続ける。何故かというと、
「けど、まだ奴隷達や……世界の何処かに居るという、兵器にされた生き物を助けた訳じゃ無いけどな……情けない事に自分の征服に手一杯なんだ……」
それは平穏な世界を目指しているにも拘わらず、まだ魔族の国にある一部の街しか征服していない事についてである。
平穏な世界を創り、"人間"・"魔族"・"幻獣"・"魔物"が平等に暮らせる世界。その世界の為には、奴隷のような自由を奪われた者達を救わなければならない。
なのに自分はその成果を出せていない。その事にライは悩んでいたのである。その言葉を聞いたアスワドはライに向けて言葉を発する。
「……そうですか……。……しかし、それも仕方の無い事なのでしょう。この世界の全てを見通すなどという技……出来る者は限られていますから……。かつての神や魔王、そして今も聖域で皆様を見守っているであろう勇者様位しか全てを管理する事の出来る方はおりませんでしょうし……。……いえ、そもそも一人一人の要望に答える事など出来ないでしょう。何故なら生き物の持つ感情というモノは複雑怪奇・奇想天外・摩訶不思議……決して解けないパズルのようなモノですからね……。なので、ライさんが深く悩む必要も無いと思います」
要するにライは物事を深く考え過ぎており、物事を背負い過ぎという事。そんなに気負う必要は無いとアスワドは言う。
アスワドの言うように、一人一人の考えは違う。全てが同じ考えの者など、同一人物が二人居ても起こらない事なのだから。
他人にしても、自分にしても、違う考えがあるからこそ別世界の未来があるのだ。
「……そうか。……でも、やっぱり理想郷を創り上げる為には悩み抜かなきゃならない気がしてな。悩み悩んで、答えを導き出せればそれが良い結果へ繋げると思うんだ。世界征服なんて目標を掲げているからな。それが出来るのはどんな事にも対処できる覚悟が必要だろうし」
それに対し、ライはその言葉に返す。
もとより世界征服は修羅の道。今までライが征服した街の者達はただ単に物分かりが良かっただけである。
ダークにゼッル、そしてアスワド。この三幹部は物分かりが良く、ライの内心を理解していた。
しかし征服していくに連れて、どうしても納得のいかない者も現れるだろう。
ライ的には万人が納得できる条件で征服をしていきたいつもりだが、思考や感情というものがある限りそれは不可能に近い事だ。
理想郷と暗黒郷は紙一重。者によっては他人が掲げる理想郷が暗黒郷に成りうる事もある。
例えばかつての魔王が掲げた理想郷。それは弱肉強食、強い者に弱き者が絶対服従の世界。強き者からすれば天国だが、弱者からすれば地獄だ。
ライの望む世界もそう。全てが平等という事は、言い方を変えれば他人を纏める者が居なくなるという事。
簡単にいうと無法地帯にも成りうるという事である。纏める者が居ないのだ。中には自身の仕事をサボる者が現れるだろう。それに加え、統一性がなければ野生の幻獣・魔物が攻めて来た場合、その対処が遅れて多くの被害を生み出す。
全てが平等という事は存在するだけで多くの被害を出す幻獣・魔物の管理も必要だ。
ライはそういった問題も改善するつもりだが、その為にはやはり世界中へ監視の目を通さなければならない。どんな事にも対処できるというのはつまりそういう事である。
「へェ? ガキの癖に随分と難しい事考えてんなァ? 俺がテメェ位の時は……まあ魔術の精度を上げる練習もしていたが、大体遊び呆けていたぜ?」
ある程度話が纏まってきたところで、今までそれを静聴していたナールが言う。
ライの年齢は魔族にとっては生まれたばかりの赤子、なのに色々と考えている事へ感心したのだろう。
「ハハ、確かに難し過ぎる事を考えているのかもな。……実質今の世界を纏め上げている支配者ですら、四人もいるのに全てを監視できてないし……まだ悩むには早過ぎる問題なのかもな」
ナールの言葉を聞き、確かに考え過ぎていたと笑うライ。他人を操るというのは思い通りに行かない事ばかりである。
ライが右に行けと言ったら全ての者が右に行くという訳ではない。
征服した暁には予想よりも簡単な世界かもしれない。予想よりも遥かに難度な事かもしれない。
世界を征服していない今のライでは、未来の事を考えても全てが机上の空論でしかないのだ。
「そーそー、気楽に行こうぜ? 魔族の寿命は数百年。まだまだ長い人生だ。人生楽しまなきゃ損だぜ? アンタは美人さんを多く連れているからな。これから色々と良い事をして貰える可能性もあるだろ?」
「良い事……?」
ナールは割りと楽観的な性格なのだろう。未来の事よりも今をどうするか考えるタイプの者だ。
そしてライには良い事をして貰えるの意味が分からなかった。その様子を見たナールはクッと笑って続ける。
「そうか。まだその年齢だと分からねェ事の方が多いか……良し、ならば俺が大人になる為の教育をしてやろう。お前ほどの強さを持っていりゃ、お前のガキも相応の強さを持って生まれそうだ。美人さん方も中々強いからな……」
「……? 俺の、ガキ……? 子供か? 俺には子供なんていないぞ? というかこの年で親になっている奴が居るのか疑問だけど……。……まあ、何かを教えてくれるってなら「遠慮しておこう」俺は別に……え?」
ナールの言葉に返す為ライが言葉を続ける途中、エマが割って入って来る。
その事についてライは疑問の声を上げた。ライに気にする事なく、エマは言葉を続ける。
「良し、取り敢えずこの話は終わりだ。さて、さっさと別の話に持っていこうじゃないか」
「え? ちょ……」
「何をしている。話は嫌か? なら街の様子でも見てみるか」
ライの言葉を無視し、ナールからライを離すエマ。あれがあーなってこうなってそうなる話をライに聞かせない所為だろう。
「なんの話?」
「えーと……多分私たちには関係無いんじゃないかな……? ……よく分からないし……」
「やはり魔族の事だから戦闘に関する事じゃないか?」
ライとナール、エマとフォンセのやり取りを見ていたリヤンは訝しげな表情でレイとフォンセに尋ねる。
レイは全く知らない為、適当にそれっぽい事を仄めかすように言い、フォンセはナールが魔族という事から戦闘などの一つと推測する。
「ふふ……純粋な奴らだな。いや、人によっては汚らわしいと感じるモノを知らないというのは良い事か……」
何も知らない純粋はライ、レイ、フォンセ、リヤンを見てフッと笑えエマ。一頻り笑ったエマはライたちに向けて言葉を続ける。
「……まあ、それはさておき……これからどうするんだ? この街の征服は完了した……。これからこの街でする事も無いだろう」
エマが気になったのはこの後の行動についてだ。レースが終わり、街の征服を完了したライたち。リヤンの本も読める程にまで回復した為、もう残した事が無いのだ。
「……そうか、それもそうだな……。確かにもうやる事が無い……なら、次の街を目指すか?」
エマの言葉を聞き、言われてみればそうだと納得するライ。
もう征服は終えたので、次の街に行こうかと考えている。その時、アスワドがライたちに向けて話す。
「あ、ならば表彰式に出ませんか? 本当のレースという訳ではありませんでしたが、本来の"ホウキレース"ならば賞品と金品などを優勝者に渡すのです。なので、目的が違えど"ホウキレース"で勝利したフォンセさんには相応の品々を与えようかと……」
それは"ホウキレース"で勝利したフォンセに向け、表彰したいと言う。"ホウキレース"で優勝した者には表彰や景品、賞品の授与などがあるらしい。その事に対し、フォンセは訝しげな表情でアスワドに尋ねた。
「表彰か……悪くは無いが……一応私たちは侵略者だぞ? もう征服し終えたからといって……敵だった者を表彰して住民から反感を買わないか?」
フォンセが気にした事は街を征服した者をその日に表彰するのはおかしくないか? という事。
事実フォンセたちは"ホウキレース"の一部のコースを破壊してしまっている。レース上仕方の無い事だったが、そんな者を称えるのにフォンセ自身が違和感を覚えたのだ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。征服されたと言っても住民全員を奴隷にしたり、絶対服従させたりした訳ではありませんから。アナタ方の表彰に文句を言う者はいないと思いますよ? 数分前にも言った気がしますが……ベヒモスの件もアナタ方が居られなかったら今よりも酷い状況だったと思いますから」
アスワド曰くそれは、"タウィーザ・バラド"で生活している住民達も認めてくれると言う事。それを聞き、フォンセは考えるように言葉を綴る。
「……そうか。まあ、金品が貰えるなら旅の資金に使えそうだな……」
フォンセが考えていたのは旅に使う費用の事だ。
ペルーダの時に稼いだ金貨はまだ幾らか残っているが、無限という訳ではない。つまり旅用の資金補充をするというのは旅を続けるにおいて重要な事の一つなのだ。
それが貰えるのなら、旅がスムーズに進み自分の力でライたちに楽をさせて上げられるかもしれない。
「そうだな……。良し、じゃあ行くとしよう。まあ、傍から見たら金銭目的の薄汚い者に見えるかも知れないがな」
「そ、そんな訳ありませんよ!」
金目当てに思われるかもしれないというフォンセの言葉に、慌てて返すアスワド。
そしてライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテとアスワド、ナール、マイ、ハワー、ラムルの十一人は表彰場へ向かう。
*****
《では! 長らくお待ち致しました! 今回の"ホウキレース"を制したフォンセ選手です!》
ドワァッと、フォンセの登場によって熱気が収まり掛けていた会場が再び熱気を取り戻す。
"長らくお待ち致しました"という事は、アスワドたちは始めからフォンセが表彰を受けると思っていたのだろう。
「……な、何だか慣れないな……取り敢えず立っていれば良いのだな?」
その雰囲気に飲まれ、固まっているフォンセ。闘技場にて多くの人に囲まれる事は多かったが、それとこれとは人々の目が違う。この者達は心の底から表彰してくれているような目だった。だからこそ慣れないのだ。
その証拠にフォンセはライたちを一瞥し、助けを求めるような表情をしながらコソコソ話していた。
「ああ、多分それで良いと思う。……アスワドたちはフォンセに賞品とかを渡す役だからって足早に表彰場の台? の方へ向かっちゃったからな……よく分からないが多分大丈夫だ」
ライも詳しく知らないのでそれっぽい事を言ってフォンセを誤魔化すように返す。取り敢えずは何もしなくても良いだろうという考えのようだ。
そして、フォンセが台の上に登る。
「それでは皆様、これより表彰式を行います!」
ワアァァ!!
アスワドの掛け声と共に、更に沸き立つ観客。
アスワドは台に立っているフォンセの前に立ち、小包のような入れ物を渡した。
「"タウィーザ・バラド"~第二〇六回"ホウキレース"~優勝者フォンセ・アステリ選手! おめでとう御座います!」
パチパチ、ワーワー、ヒューヒューと万雷の拍手と共に多くの声援が贈られる。その声援に包まれ、フォンセは小包を受け取った。
《以上! "ホウキレース"優勝者のフォンセ選手でしたァ!!》
ワアアァァァッッと、最後の最後にも大歓声に包まれ、フォンセの表彰が終わった。
*****
「お疲れ様でした。これにて表彰式も終了しました」
ステージから降り、他の魔族達が少ない場所に来たライたち六人とアスワドたち五人。表彰を終えたフォンセたちに向け、先ずはアスワドが話し掛けた。
「ああ、そうか……。というか……随分とあっさりしていたが……本当にあれだけで良かったのか……?」
アスワドの言葉に返すフォンセ。フォンセはあっさりと終えてしまい、本当にあれが正解だったのか気になる。
特にトークも無く、司会の言葉だけで終わった表彰式。フォンセはあっさり過ぎる事が気になっていた。
「はい、あれで良いのです。……そもそも表彰式というのは演説と違いますから。決めの言葉なども要りません」
笑顔でフォンセの疑問に答えるアスワド。取り敢えずあれで良かったと言うのでフォンセは安堵する。
「では、早速その賞品をご覧下さい。貴女が欲しがっていた物が入っていると思いますよ?」
そしてフォンセに開けるよう、不敵に笑いながら促すアスワド。フォンセは怪訝そうな表情をしつつ、その賞品を開けた。
そこにあったのは──
「……これは……本? いや、この本は……!」
「はい。貴女が欲しがっていた、古の魔法・魔術が書かれた本です」
──フォンセが大樹の図書館で見つけ、それに書かれた魔術を操る事が出来た本である。
「こ、これは……いや、良いのか?」
フォンセは少し頬を綻ばせつつ、慌てて表情を変えて質問した。
その様子から実はかなり嬉しいのだろう。しかし、それを受け取るべき物なのか気になっていたのだ。
「はい。今の貴女が欲しがっている物は特に無いと思いましたので……職員に話を伺ったところ、一番興味を示していたこの本が良いと思った次第です」
その質問に笑顔で返すアスワド。既に賞品は決めていたらしく、"タウィーザ・バラド"図書館の職員から譲り受けたらしい。
そんなアスワドの反応を横にフォンセは首を振り、質問を続ける。
「いやしかし……確か禁断の魔法・魔術とかなんとか……」
それはその本が危険な物だと、大樹の図書館に居た職員に教えられたからだ。使ったとして適応しなければ即死する。扱えたとしても力に溺れてしまう。そのような本、受け取る訳にはいかないのかもしれない。
「はい。……けれど、その本は持つべき者──即ち適応者が居ると思うのです。その適応者は貴女だと思いました。過去数十……いや、もしかしたら数百年その本の呪文を使いこなした者はおりません。それを使えた貴女なら、貴女がその本を扱うのに一番相応しいと思います。……しかし、危険な物に代わりはありません。貴女が嫌だと言うのならば私たちが預かりましょう」
アスワドは適応する者がフォンセと告げる。このままこの街に置いといても意味が無いと分かっているのだろう。
しかし断ると言うのならば"タウィーザ・バラド"で保管し続けると言う。何より重要なのはフォンセの安全だからだ。
そして、
「そうか。ならばありがたく受け取るよ」
フォンセの答えは決まっていた。この本は欲しかった物という事に変わりは無い。それは力を欲している訳では無く、ライの力になりたいからだ。そしてフォンセは、有り難くその本を受け取る事にした。
*****
──"タウィーザ・バラド"・出入口。
「……もう行かれてしまうのですね。もう少しのんびりしても宜しいのに……」
それから暫く経ち、ある程度街を修復してから外へと続く道に立つライたち六人とアスワドたち五人。
「ああ、良い街でもう少しのんびりしたい気持ちもあるが……今は世界征服を優先しなきゃならないからな……まあ、傍から見たら言ってる事は悪人のような感じだけどな」
時刻はまだ昼過ぎ辺り、今から次の街へ向かえば十分に辿り着ける時間帯だった。
それでも日を跨ぐだろうが、善? は急げとも言うので、ライは早くに次の街へ向かう事にしたのだ。
「そうですか……残念です。……しかし、私たち"タウィーザ・バラド"一同は何時でもアナタたちを歓迎致します。機会があればまた寄って下さい」
「ハッ、今度は負けねェぞ? ガキに負けたとあっちゃ幹部の側近っていう示しがつかねェからな」
「またねー」
「じゃあねェ~」
「アバヨ」
アスワドが言い、それに続くようにナール、マイ、ハワー、ラムルが言う。侵略者だった者を此処まで快く送り出せるのは、魔族の国で共通している。それはライたちの寄った幹部の街だけかもしれないが、魔族自体が全体的に物分かりの良い種族という事は窺えた。
「ああ、また会おうぜ」
そしてライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人とアスワド、ナール、マイ、ハワー、ラムルの五人が別れる。
こうして三つ目の街を征服し終えたライたち一行。
幹部が住む魔族の街は残り三つ。それらを征服した暁にはいよいよ支配者が相手だ。
そう遠くない戦いへの覚悟を決め、ライたちは次の街へ向かう。
理想郷を創り上げる世界征服の──その為に。