九百二十二話 ヴァイス達の覚悟
──"通常世界の中心"。
ライたちとグラオ、ゼウスが多元空間にて戦闘を繰り広げている中、元の世界ではヴァイスがシュヴァルツとマギアを呼び出して四つの国の中心に位置する場所にて今後についての話し合いを行っていた。
「集まったのは君たちだけか。この世界にグラオとゾフル、ロキの気配は無かったよ。ライたちと人間の国の支配者の気配も無かったからグラオは心配要らないだろうけど、おそらくゾフルとロキは既にこの世に居ないンだろうね」
「……っ」
「呼び出していきなりそんな話する? 普通……。本当にそうなんだろうけど……何だか実感が湧かないね……」
先ず放たれたヴァイスの一声。それを聞いたシュヴァルツとマギアは歯噛みし、陰鬱そうにため息を吐いた。
そう、孫悟空と四神を捕らえたヴァイスはその後、本陣営へ攻め込む為にも自分の仲間達に招集を掛けたのだ。
それによって集まった二人だが、他国に攻め入っていた存在でヴァイスとグラオを除き、シュヴァルツとマギアしか集まっていない。それが意味する事を既に理解していた二人は重苦しい雰囲気を醸し出しており、ヴァイスは言葉を続ける。
「……。まあ、仕方無い事さ。残念だけど、これが現実と受け止めるしかない。あの二人は良くやってくれた。ゾフルとロキは元々私たちの味方という存在でもなかったンだからね。せめてあの世でハリーフと共に楽しく過ごしている事を心の底から祈るよ。私たちは始めから誰が犠牲になっても目的を遂行すると決めていたンだからね」
「ああ、そうだけどよ……。少し冷静過ぎんな。ヴァイス。生物兵器になって感情が消えたのは分かるんだが……」
「うん……。何だか淡々として無機質……」
「……。そうだね。確かに私は特に悲しみも持ち合わせていない……けど、何だか何かが抜け落ちたかのような、そンな気分ではある。やっぱり私も元々は普通の人だった証拠さ。得も言えない感覚……ほンの数時間共に行動しなかっただけだから、彼らがまたひょっこりと現れるンじゃないかって気概すら生まれているよ」
失った仲間の存在は大きい。人数的な話で侵略活動に支障を来すという意味合いもあるが、それ以上に何とも言えない虚無感がヴァイス達を包み込んでいた。
「……。そうか。それならまだ良いな。仮にも仲間を道具扱いでもしようってんなら、俺はこの場でテメェを破壊していた」
「君がその行動に移った場合、私も心して受け入れるつもりだったよ。私は間違いを犯しているつもりはないからね。ライ達のように敵対する存在に抵抗されたら私も行動に移るけど、仲間にすら抵抗されたらそれは私の全てが間違っているという事になる。その場合は全責任を負わなきゃいけないのが一つの組織を纏めるリーダーとしての在り方さ」
淡々としているが、ヴァイスは決して仲間が嫌いな訳ではない。寧ろその真逆と言っても良いだろう。
理由は様々だが、ヴァイスの考えに合わせて行動してくれる存在。ヴァイスからしたら有り難いという言葉では言い表せぬものである。だからこそシュヴァルツ達も此処まで付いて来たのだから。
「取り敢えず、話は纏まったんだね? 悲しんでいる暇は無いからね。エマたちがこの世界に居ないなら尚更。……それじゃこれからについて説明して」
「ああ、分かったよ」
仲間の死を追悼している暇ではない。故にこの中で一番最年長のマギアがヴァイスに向けて先を促し、ヴァイスは頷いて言葉を続ける。
「と言っても、何も難しい事は無い。単刀直入に言えば本陣営……つまり世界の支配者に狙いを定めるという事さ。私とシュヴァルツ、マギアの報告を纏めると──幻獣の国は斉天大聖と四神に幹部のエルフ。そして支配者のドラゴンは落とした。──人間の国はシュヴァルツがデメテルとハデス、ポセイドンを落とした。ゼウスとはグラオが交戦中。そうなると残るは魔族の国と魔物の国の支配者だね。魔族の国に向かったゾフルと魔物の国に向かったロキが帰って来ない事から考えておそらくシヴァとテュポーンに鉢合わせて二人がやられたと考えるのが妥当。一時的に世界に色んな衝撃は伝わったから、ほぼ確定だ。だから私たちで残る支配者を選別し、そのまま国を落とす。いくら手足で藻掻こうと、頭を切り落とされたら何もしなくても組織は瓦解するからね」
ヴァイス達のこれからの行動。それは、各国の支配者の打倒である。
ヴァイスが言うように、組織というものはトップがやられれば自然消滅する。戦闘能力を始めとした様々な力がトップの一強という状態なら尚更だ。
だからこそ他の街は若干の頼り無さがありながらも生物兵器の兵士達に任せ、先に支配者を攻め落とす予定。主力が二人も減ってしまったからこそ、少し急がなくてはならないという事である。
シュヴァルツとマギアは頷いて返す。
「成る程な。次の狙いは支配者の街か。それは良いが、誰が何処に攻める? 俺的には付き合って日の浅いロキよりもゾフルの敵討ちも兼ねて魔族の国に行きてェところだが」
「私も魔族の国かなぁ。ロキも嫌いじゃないんだけど、あの高圧的な態度は少し苦手だったんだよね」
支配者の街へ攻める事に対してはシュヴァルツもマギアも反対はしない。それならばと、誰が何処に攻め行くのか。それが新たな問題だった。
シュヴァルツとマギア的には、完全に自分の都合だが付き合いの短いロキの仇討ちよりはゾフルの仇討ちを優先したいと言った様子。
そんな二人に向けてヴァイスは言葉を続ける。
「それなら好都合だ。私はまだ人間の国と魔物の国の支配者の力は手にしていないからね。魔物の国の幹部の力はお願いして譲り受けたけど、その時支配者は居合わせていなかった。君たちが魔族の国。私が魔物の国に攻める。これで良いだろう」
「一人で大丈夫なのか? 何ならマギアが捕らえたドラゴンを早速使って力添えしたらどうだ?」
「フフ、有り難い申し出だけど遠慮しておくよ。ドラゴンは君たちが使うと良い。それに、私は既に二人の支配者の力と支配者に匹敵する存在の力を有している。居なくても問題無いさ」
「そうか?」
利害は一致したが、ヴァイスが一人で向かう事に疑問を浮かべるシュヴァルツ。シュヴァルツとしてもこれ以上仲間を失いたくないのだが、ヴァイスは心配無用との事。
確かにヴァイスはライを始めとし、レイ、フォンセ、リヤンの伝説の子孫三人に実力だけなら支配者に匹敵する斉天大聖、アジ・ダハーカ。支配者その物であるシヴァにドラゴン。その他にもエマや他の幹部達の力を有している。なのでヴァイス一人だけで過剰戦力も良いところなのだ。
それならまあいいとシュヴァルツは割り切り、マギアが言葉を発した。
「じゃあ、私とシュヴァルツでシヴァを打倒するけど、戦力はどうする? 支配者の側近や、もしかしたら魔族の幹部達も手を出すかもしれないよ?」
「んじゃ、マギアの捕らえたエルフにドラゴンと俺の捕らえたデメテル、ハデス、ポセイドンでも使えば良いだろ。他にも斉天大聖や四神と、さっき捕らえた戦利品で掃除して貰おうぜ」
「うン。それが良いね。私は力が劣るとは言え、忍術や妖術で分身出来るから必要最低限の生物兵器達だけで事足りる。さっきのモノ達は君たちで分けてくれ」
目的は支配者。なので後々は優秀組として選別するつもりだが、今回に限っては幹部や側近の存在は邪魔でしかない。故に先程の者達を既に捕らえてあるアスワドやラビアと共に使って仕掛けようと考えていた。
因みにアスワド、ラビアと同時期に捕らえて洗脳していたシャドウとゼッルだが、二人はゾフルの倒したダークと共にシヴァが回収した。ロキの倒したニーズヘッグとブラッドも同等テュポーンが回収済みである。
なので元々居た主力クラスの戦力という意味ならゾフル、ロキに引き続きシャドウ、ゼッルと四人失った事になる。しかしその辺りはあまり気にしていなかった。
もう二度と戻って来ないゾフルやロキと違い、シャドウやゼッル。ダークにニーズヘッグ、ブラッドは後々回収出来るのだから。
「……。何だかんだ、最初のメンバーになっちゃったね。ヴァイス、シュヴァルツ、グラオに私。三人減ると賑やかさが欠けるから……何か寂しい……」
「……。言うな。世の中そんなに甘くねェって事だ」
ゾフル、ハリーフ、ロキ。仲間三人の喪失は大きい。特に賑やかな空間が好きなマギアは人一倍その静寂を感じていた。
シュヴァルツはポンッとマギアの頭に手を置き、マギアを励ます。
それに対し、マギアは上目遣いでシュヴァルツに視線を向けた。
「シュヴァルツ……」
「ん?」
「……私に気安く触らないで。エマとかなら良いけど、シュヴァルツだと何か複雑」
「んなっ!? それって酷くねェか!?」
それは、文句を言う為にであるが。
シュヴァルツの手を払い、素っ気ない態度で返す。その反応にシュヴァルツは戸惑い、ヴァイスは言葉を続けた。
「フフ……まあ、立ち止まる訳にはいかないからね。私たちは主力クラスを殺すつもりは無いけど、向こうからすれば私たちは全員がデッド・オア・アライブの極悪人。始めから誰も欠けずに事を済ませるなんて無理難題だったンだ。それは私も含めて全員が"覚悟"している事。仲間の死に振り返るンじゃなく、その屍を踏み台にしてその先へと向かわなきゃならないンだからね」
ヴァイス達の覚悟。
それは、"犠牲を出さずに目的を遂行する事"……ではなく、"犠牲を出す事を大前提とし、誰か一人でも生き残ればその一人が目的を遂行する"というもの。
ロキはどうだったのか分からないが、あくまで暇潰しと豪語するグラオやマギアもその事をしかと考えている。
仲間の死。自分の死。それを乗り越えるのではなく踏み砕き抜けるヴァイス達の絆は、ある意味ライたちよりも強いものがあるのかもしれない。
「ああ。その覚悟があるから俺はテメェに付いて来たんだよ。まあ、仲間の死が悲しくないって訳じゃねェ。目的と仇討ちはまた別だ」
「私は本当にただの暇潰しだからね。……多分」
シュヴァルツとマギアはヴァイスの言葉に返し、連れ去った者達を洗脳して魔族の国に向かう準備を終える。
そんな二人を見やり、ヴァイスも最後に言葉を発した。
「じゃあ、健闘を祈るよ。いや、死なない事を祈った方が良いかな? なンたって敵が敵だからね。力の衰えていたドラゴンと違って、シヴァはまだまだ現役だ」
「それって私の戦果を否定している? それを言うなら肉体はまだまだ現役ながら熟練の経験があるテュポーンを相手にするヴァイスの方が大変じゃない?」
「確かにそうだな。一時期協定を結んでいたから分かっていると思うが、常識の通じない化け物って雰囲気ならテュポーンが支配者の中でも群を抜いている」
シヴァとの戦闘に向かう二人に向けて言葉を発したヴァイスだったが、逆に心配される。
そう、テュポーンは支配者の中でもかなりの実力を有しており、理性というものが著しく欠如している。二人が心配するのも当然だろう。
だが、ヴァイスは意に介さず笑って返した。
「ハハ、別に構わないさ。それくらいじゃなければ無法地帯の魔物の国を治められないって事だからね。寧ろそれが普通だよ」
「そう? まあ、確かに雰囲気は悪かったけど……。仕事していたのも幹部と側近だけだったし……」
「その存在が抑制になっているのは事実なんだろうがな。……ま、取り敢えず言いたい事はお前も気を付けろって事だ、ヴァイス」
「ああ。君たちもね」
何はともあれ、話自体は纏まった。今回の相手は衰え、全盛期を当に過ぎていたドラゴンと違い、まだまだ現役の存在。だからこそ少し緊張が高まっているのだろう。
だが、それももう問題無さそうである。
ヴァイス、シュヴァルツ、マギア。ゾフルとロキという仲間を失った三人はその屍を踏み台とし、ただ目的の為に前進するのだった。