九百十五話 シュヴァルツvs冥界の神と海の神・決着
──"モノクロの空間"。
「"破壊"!」
「「……!」」
一つの声と共にモノクロの空間が砕けて散り行き、周囲に欠片が霧散して空間に穴を空けた。
それを見たハデスとポセイドンは距離を置き、次の瞬間にシュヴァルツが迫り寄って嗾ける。
「ハッハーッ! 何か急に調子が出てきたぜ!」
「……!」
「……!」
迫ると同時にハデスの身体を殴り飛ばし、ポセイドンの身体を蹴り飛ばす。二人はモノクロの空間を吹き飛び、ハデスはモノクロの街を破壊して直進。ポセイドンは海を割りながら進んで大きな水飛沫を舞い上げる。
それとほぼ同じタイミングで粉塵と水柱が立ち上ぼり、その余波でシュヴァルツの近くを暴風が通り抜けた。
「これが覚醒か? 別にそこまで追い詰められていた感覚は無かったが、何か分からねェけど儲けもんかも知れねェな。けど、本当に何で力が覚醒したんだ?」
先程まではシュヴァルツが触れる事すら出来ていなかったハデスとポセイドン。そんな二人を纏めて吹き飛ばす力。シュヴァルツには確かな覚醒の実感があった。
だが、それと同時に疑問も浮かぶ。あまりにも唐突過ぎる覚醒。それその物が疑問である。
ポセイドンが言うに戦闘意欲に伴って魔力が向上し、それが身体に作用して覚醒したとの事だが、果たして何の前触れも無くそれが起こるのだろうか。それがシュヴァルツの疑問だった。
「まあいいか。戦いになっていなかったこの戦闘。漸くそれっぽくなってきたんだ。この戦い……楽しませて貰うぜ……!」
だが、シュヴァルツにとってそんな疑問は二の次。一瞬考えても分からないならそれは分からないと割り切り、目の前の戦闘に集中する。それがシュヴァルツらしさだろう。
「確かに急激な変化だな。目の当たりにして……いや、身を以てして実感した」
「ああ。少なくとも今の我らには匹敵する力を有したらしい。それに加えて破壊魔術。厄介極まりないな」
そんなシュヴァルツとの距離を詰め寄るハデスとポセイドン。吹き飛ばされはしたが大した傷は負っていない。戦闘を続行するにはまだまだ余裕が残っていた。
距離を詰めると同時に二人はバイデントとトライデントを振るってシュヴァルツを狙う。
「ハッ、見切れるぜ……その動き! しかも身体が軽くて避けやすい!」
その二つをシュヴァルツは見切って躱し、横を向くようにいなして槍の柄を掴む。同時にそれらを引き付け、ハデスとポセイドン目掛けて膝蹴りを打ち付けた。
「……っと。破壊魔術は使わないのか?」
「ああ。さっさと決めちまったらつまらねェだろ? それに、俺は肉弾戦も嫌いじゃねェ。破壊魔術の爽快さは癖になるが、普通に戦うのも好きだ」
膝蹴りは避け、一旦距離を置く二人。近距離に詰め寄ったにも関わらず破壊魔術を使わなかった事を気に掛けるが、シュヴァルツは純粋にあらゆる種類の戦闘を好む。なので肉体的な力が強化されればそれを実行するのもおかしな話ではないのだ。
そんなシュヴァルツを見たポセイドンは呆れるように言葉を発する。
「戦闘好きというか戦闘狂というか。その性格からしてお主は魔族か何かか?」
「さあな。俺の種族は人間か魔族か分からねェ。まあ、特定の国に居ながら別の種族って例もこの世界じゃ珍しくはない。と言うか、戦争を頻繁に行っている街があれば世界中から兵力を補強するから明確にその種族って分かっている奴の方が少ねェだろ?」
この世界は、実は種族が不明の者達が多い。幻獣や魔物のように明確な違いがあるのならまだしも、人間と魔族は見た目がほぼ同じである為に中々区別が付かない事もあるのだ。
強いて挙げれば幻獣と魔物の違いのように好戦的な性格や対象に敵意があるのかどうか否かと言ったところだが、人間の中にも争いを好む者は多い。そうでなければ領地や食料。人間を賭けた戦争以外の戦いなど当に終戦しているからだ。
幻獣は好戦的な者が少なく、禍々しい見た目の多い魔物と差別化出来ているがこの様に人間と魔族は殆ど一緒なのである。
人間と魔族の違いも何年か経てばその寿命から分かるが、基本的に同じなのだ。
「だが、俺にとって種族とかはどうでもいい事だ。今を楽しく生きる。それが俺の座右の銘だぜ?」
「その楽しくの答えが戦いか。まあ、好みは人それぞれ。これ以上は言及せぬとも良いだろう」
何はともあれ、シュヴァルツ本人は種族という柵に関しては特に何も思っていない。取り敢えず自分が楽しければそれで良いという考えである。
思考は様々。なのでポセイドンは何も言わず、改めてシュヴァルツに構えた。
「まあ、どちらにせよ捕らえる。もしくは処刑する。それが私たちの目的だ。私たちを殺す事はしない相手の方が不利ではあるな」
「そうだな。だが、我らが本気を出せば相手の気が変わるかもしれないな」
それだけ告げ、ハデスとポセイドンの二人は全身に力を込め直した。
それによって二人の周りは空間が歪み、シュヴァルツが様子を窺う次の瞬間──
「……ッ!?」
──その身体が勢いよく吹き飛ばされた。
シュヴァルツは、ハデスとポセイドンから目は離していない。にも拘わらずその身体は吹き飛び、一気に銀河系程の範囲を直進してモノクロの世界を消滅させる。
「一体……何が……!」
「少し本気を出した。あのまま戦っていればお主もこの領域に到達出来ただろうが、それをさせぬ為に此処で仕留める」
「……ッ!」
覚醒したシュヴァルツが反応するよりも早く、追い付いたポセイドンが踵落としで降下させる。下方には既にハデスが待機しており、シュヴァルツの落下地点にバイデントを構えていた。
「……あ、これヤベ……!」
「はっ!」
次の刹那にバイデントがシュヴァルツの脇腹を貫き、吐血と同時にそこから真っ赤な鮮血が周囲に飛び散る。
咄嗟に身を翻し、直撃は避けたシュヴァルツだが確かな一撃は受けたようだ。
しかし血の流れる口元から笑みは消えておらず、ハデスのバイデントを掌が切れるにも関わらず掴んだ。
「ッハハ……! これで固定したぜ……!」
「……。マズイな」
それと同時に破壊魔術を放ち、バイデントを空間ごと打ち砕く。
ハデスの力で強化されていたのでバラバラにはならなかったが先端が一つ欠け、ハデスの顎に膝蹴りを直撃させた。
「身体に破壊魔術はしないのか。いや、その理由もさっきと同じか」
「ああ。面白い戦いはまだ続けたいからな……! まだまだこれからが本番だ……!」
「……。参ったな。思ったより成長が早い」
シュヴァルツはバイデントの欠片を握り締め、顎への膝蹴りで仰け反ったハデスの肩に突き刺す。それによって鮮血が噴き出し、ハデスは飛び退くようにシュヴァルツの身体を蹴り飛ばした。
因みに現在位置はモノクロの海の中。銀河系程の範囲を吹き飛んだ先が海だったのだ。
ハデスとシュヴァルツの血はモノクロの海に染まって消え去り、シュヴァルツは再び力を込めた。
「"破壊"!」
そのままモノクロの海を砕き割り、破壊の余波をハデスに向けて嗾けた。
「ハッ!」
それに対してバイデントで衝撃波を放ち、破壊魔術は衝撃波を砕く事でハデスには及ばなかった。
「ったく。これじゃバイデントではなくモノデントだ。威力自体はあまり変わらないがな……!」
一本槍となったバイデントを見やり、ハデスはシュヴァルツとの距離を詰め寄る。同時に槍を突き刺し、それをシュヴァルツは紙一重で躱した。
「ハァ……!」
「させるか! "破壊"!」
躱した隙を突き、上部からポセイドンがトライデントを振るい、シュヴァルツは破壊魔術を緩衝材代わりにして受け止める。同時に周りの海が消え去り、またもや銀河系程の範囲が消滅した。
「この攻撃……今までなら死んでいた。ハッ、本当にどうしちまったんだ、俺の身体はよ? 確かに調子は良くなったが、覚醒しただけで何千何万倍以上の力を身に付けられるか? 普通。ヴァイスの野郎が勝手に改造でもしたのか?」
肉体的力の上昇。先程まではそれを受け入れていたシュヴァルツだが、流石に少し戸惑いの表情を見せる。
以前までは精々砕けて惑星程度。自身が受け切れるダメージもそれくらいだった。
だがしかし、今のシュヴァルツは破壊魔術を緩衝材代わりに使ったとは言え銀河系破壊規模の攻撃を受け止めた。
様々な力を取り入れる事の出来るヴァイスや、まだ底を見せていないグラオなら生身でも対応出来るのだろうが、特別な改造も施していないシュヴァルツからすれば不思議以外の何者でもないだろう。
「フム、その様子を見ると自分自身の力に戸惑っているようだな。侵略者よ。自分の力が信じられないか?」
「いや、俺の力は俺自身が信じてるぜ。つか、自分を信じられなくなったら生物としての存在意義を失うだろ。俺が今もこうして生きているのは俺を信じているからだ」
「それなら戸惑う必要もあるまい。大抵の生き物は奥底に秘めたる力を有しているからな。何かが切っ掛けでそれが目覚めた可能性もある」
「切っ掛け……ねェ? ハッ、まあいい。確かに無駄な事を無駄に考えるのが一番無駄だ。俺が強くなったなら、それに従ってテメェらをぶっ潰すぜ!」
原因不明の覚醒。それは謎のままだが、ハデスとポセイドンの言葉によって余計な思考を振り払う。
結果的にシュヴァルツは俄然やる気を出して構え直した。二人からしたら敵に塩を送ったようなものだが、やはり神として言及する事もあるのだろう。
「言ー事で……名残惜しいが、そろそろ本気で決めてやるよ……!」
「「……!」」
覚醒した自分の力を確かめるには、自分自身の奥底を知る事でより深く理解が高まる。
故にシュヴァルツは、長くなりそうなこの戦いに終止符を打とうとしていた。
その力の変化にハデスとポセイドンも警戒を高めて構え直し、三人が互いの敵を睨み付ける。
「そうだな……ここいらで俺も新しい最強の魔術を考えるか。冥界の神に海の神。その神に匹敵する……討ち滅ぼす破壊魔術……」
「今のうちだ……!」
「うむ。その方が良さそうだな……!」
シュヴァルツは思案し、高まった自分の力から新たな魔術を身に付けようと目論んでいた。
新たな魔術を身に付けると言っても込める魔力の質を高め、エレメントに干渉する言霊を変えるだけ。魔力を込め終えたシュヴァルツはニッと不敵に笑い、思案しているうちに仕掛けていたハデスとポセイドンに向き直った。
「良し。決めた──"神殺しの破壊"!!」
そして、全身全霊を込めた破壊魔術が二人に向けて一気に放たれた。
破壊の余波はモノクロの世界を砕きながら突き進み──世界その物を崩壊させた。
「この力……! 構えるぞ!」
「もうやっている……!」
その力を見やり、何かを察したハデスはポセイドンに促し、ポセイドンも力を込めてトライデントを突き抜く。
バイデントとトライデントが破壊魔術と衝突して銀河系どころではない広大な範囲が消滅し、モノクロの世界は消え去った。
*****
「……ッ! ──ガハッ……! クソ……痛ェ……!」
「「……!」」
──その瞬間、シュヴァルツとハデス、ポセイドンは元の世界に戻っており、大きく負傷したシュヴァルツが叫びながら倒れ伏せ、ハデスとポセイドンが朧気な目をうっすらと開き膝を着いていた。
三人は先の一撃で既に満身創痍。しかしそれもそうだろう。ハデス自身理解していない広さの世界を砕き、元の世界に戻す程の破壊がぶつかり合ったのだから。
「……ゼェ……ハァ……!」
シュヴァルツはまだ声を出せるだけの元気はあるが直ぐに二人と同じく膝を着き、痛みを堪えて荒く呼吸をする。
そんなシュヴァルツを見やり、遠退く意識の中でハデスが言葉を発した。
「その力……間違いない……神のものだ……まさかとは思ったが……あの土壇場でアンタは神になったのかもしれない……いや……それよりも……」
「……っ。まだ喋れるのかよ……。つか……神だと……? んなもん……この世界にゃ多数居んだろ……」
「ハデスが言おうとしたのはただの神ではない……。伝承にも存在していない……完全オリジナルの神だ……だが……お主の戦闘意欲はその神をも越えた……我ら神と相対する事で、自身が神に成ったようだな……先程の魔術は正にそれ……神殺しの神……と言ったところか……」
「……ハァ……神殺しの……神……だと……?」
シュヴァルツの覚醒。それは、ハデスやポセイドン。人間の国にてNo.3とNo.2の神と相対した事で肉体が急激に神化したからとの事。
何がどうやって神という存在を決めるのかは定かではないが、この前に戦ったデメテルや二人の神性によってシュヴァルツに神の力が蓄積され、その存在が神へと昇格したのだろう。
だが、ただの神ではない。寧ろ神を積極的に仕留める存在、神殺しの神。シュヴァルツはそれに成ったようだ。
「急に……色んな情報入れんなよ……何の変哲もない存在が神になるなんてな……。……ああ……聖域があったな……別に可能性はあったか……」
「これは……マズイな……かつての魔王が再来かもしれぬ……」
「だが……我らの意識も……」
神という存在に対してのシュヴァルツの疑問は解決せず、ハデスとポセイドンは意識を失う。
シュヴァルツは無意識に神殺しの魔術を使ったらしいが、それを受けても死なぬ様子を見るとやはり世界最強のNo.3、No.2なのだろうと改めて実感した。
「……っ。意識を失ったか……生物兵器の兵士は居ねェ……な……。俺も……少し……休むか……傷は……俺の方が……浅い……」
ハデス、ポセイドンに続き、シュヴァルツもその意識を失った。
意識を失った理由はただのダメージや疲労だけではないだろう。おそらく何の脈略も無く神に成ったと言われた困惑から脳が一時的に情報を整理する為に意識を消したと考えるのが妥当かもしれない。
何はともあれ、ハデスとポセイドン。デメテルに引き続きシュヴァルツは人間の国の幹部三人を打ち倒し終えた。