九百十話 ヴァイスvs斉天大聖
──"四神の島"。
「……。どうやら騒動は終わったみたいだね。一瞬感じた強い気配ももう消えたようだ」
『その様だな。天界に報告しなくて済んだのは良かったぜ。テメェを相手にしていると、報告の手間だけで今後どうなるかが不安だ』
ライのライたちとの戦闘が終わり、ライたちがゼウスとグラオに構えている頃、ヴァイスと孫悟空が向き合って先程感じた魔王の気配について話していた。
黄竜たちは依然として満身創痍の状態。加えて孫悟空が来てからもある程度は戦った事だろう。
故に今現在は孫悟空とヴァイスのみが戦闘を織り成している状態であり、既に島は更地と化していた。
『まあ、その手間が無くなったと言っても実力的に拮抗している。いや、支配者の力を有したテメェの方が何枚か上手かもしれないな』
「フフ。かの斉天大聖に褒められるのは光栄だね。いやいや、鼻が高いよ」
『無表情でそれを言っても説得力ねえよ。……だが、実力的には本当に差がある。だから俺は本気を出す……!』
「……。へえ? それは見物だね。楽しみだよ」
孫悟空とヴァイス。前までならまだしも、様々な力を取り入れた今のヴァイスに孫悟空の勝てる見込みは薄かった。
と言うのも、支配者に匹敵する実力がある斉天大聖だとしても、ヴァイスは支配者二人分に相応の力を誇る幹部などの主力たちの力を有している。
純粋な力の差は歴然。だからこそ孫悟空は自らの力を高め、本気でヴァイスを討ち滅ぼそうと考えているようだ。
ヴァイスの軽い言葉を余所に、孫悟空は体内の仙力と妖力を最大限に引き出した。
『"降神仙術・帝釈天"……!』
「……!」
──その刹那、孫悟空の身体に一筋の霆が降り注ぎ、その全身を感電させた。
それと同時に孫悟空の全身が赤いオーラに包まれ、皮膚が茶褐色に変色する。その金髪は赤毛混じりの茶髪となり、孫悟空の携える如意金箍棒に霆が迸って形状が変化。豪華絢爛な装飾が施され、その神性がより一層際立つ。
「帝釈天。成る程ね。天界でも最上位の神を憑依させたンだ。確か"インドラ"とも謂われる偉大な存在だったね。ヴリトラの力も私に宿っているからピリピリと身体が反応を示しているよ」
孫悟空が自身に憑依させた存在は天界に置いてもかなりの地位を持つ神仏──帝釈天。
故に仙力のみならず妖力も含めて力を込めなくては憑依させる事が出来なかったらしい。
以前にも羅刹天や毘沙門天という強大な存在を宿したが、今回の孫悟空はとことん本気で戦うつもりのようだ。
『──ハッ、斉天大聖。俺を呼び出すって事は、かなりヤバい相手って考えて良いんだよな? ──ええ、その通りです。と言うか、俺に宿ってくれた時点で大凡の概要は知っていますよね? ──ハッハ! そうだな。だからこそ改めて確認したって事だ!』
自身に憑依した帝釈天と会話を行う孫悟空。
宿った時点である程度の状況は理解される。なので説明の必要も無いが、本人曰く改めての確認らしい。
帝釈天は豪放磊落な性格で器が大きいとされる存在。孫悟空も畏まってはいるが、何となく羅刹天や毘沙門天よりは話しやすそうな雰囲気である。
「フム、そうなると如意金箍棒に起きた変化は"金剛杵"を模倣しているのかな。流石に肉体的な大きさは再現されなかったみたいだけど、かなり大きな変化が起きているね」
──"金剛杵"。それは帝釈天が持つとされる武器であり、霆を操る法具。
全ての煩悩を消し去ると謂われており、この武器を用いた帝釈天は様々な戦争に勝利している。強大な力を有する代物だ。
『──では、話は纏まりました。今からあの者には神罰を与えます……! ──オウ。俺の力にお前の肉体が耐えられると良いな。──ハハ……本当にそうですね。なるべく早く決着を付けたいところです……!』
──次の刹那、帝釈天を宿した孫悟空は稲光と見紛う速度でヴァイスの眼前に迫り、金剛杵を投影した如意金箍棒を振り回す。
無論、その速度は光のような存在とは比べ物にならない程のもの。常人どころか主力クラスですら見切るのは至難の技になりうる事だろう。
『オラァ!』
「フム、素早いね。流石は帝釈天の力だ」
その如意金箍棒をヴァイスは躱し、躱した先に霆が伸びて追撃する。
その範囲は如意金箍棒の範囲のみならず、枝分かれする霆によって変化するようだ。見た目よりもかなりの広範囲に届く一撃だろう。
『──通常の雷の何千何万倍の破壊力はあるからな! 束になれば銀河も貫く! だがまあ、お前を相手にするにはまだまだ足りなそうだ。最低でも超新星爆発並みの力は必要かもしれねえな』
「今の言葉は帝釈天のものかな。互いに話すのは結構面倒臭いンだね。けどまあ、君の言葉は確かにその通りかもしれないね。けど、まだ私は完全じゃない。今なら超新星爆発よりもう少し下の攻撃でも傷は負うよ。そもそも、銀河系を貫けるだけで超新星爆発以上の力じゃないかな?」
『──傷を負った側から回復するんだろ、どうせ。本当に面倒臭いのはお前だ。ヴァイス! ──彼は不死身の肉体を持っているのか。確かにそれは少し問題だな。それと、銀河系を砕く訳ではない。あくまで貫くだけだからな。超新星爆発には劣る。しかし、強敵なのは変わりない。魔王捜査の為に派遣された斉天大聖も結構な存在と出会っているみたいだ。──ええ。魔王以外にも地上には色んな存在が居ますからね。いや寧ろ、魔王を連れる少年の方が好印象ですよ』
突き、薙ぎ払い、追撃の電流。振り回し、振り下ろし。様々なパターンで仕掛けつつ、帝釈天に地上世界で見た存在について話す孫悟空。
孫悟空は魔王復活を懸念して送られた存在である。しかし、新たな魔王復活の気配は殆ど無く、ヴァイス達という存在の方が問題な事を報告した。
帝釈天は上位の神仏。なのでこの報告は後々天界へと送られる事だろう。それはそれで良いのだが、後は今戦っているヴァイスを何とかするのが解決すべき事柄となっていた。
『ハァ!』
「フム……」
故に、孫悟空は加速して嗾ける。
突きや薙ぎ払いの速度を上げ、辺りに無数の霆を放電する。それによって大地は貫かれ、陸や海に空が雷によって切断される。
それをヴァイスは全て見切って紙一重で躱し、距離を置いて光弾を放出。孫悟空の周りに光の爆発が巻き起こり、粉塵が周囲を包み込んだ。
『"妖術・分身の術"!』
「数を増やしたか」
その光の粉塵の中から孫悟空たちが現れ、一気に仕掛ける。
髪の毛に妖力を含ませる事で生み出す分身だが、見た目は普通の孫悟空と変わらない。故にその全員を一瞬で消し去り、それを見た孫悟空は更に言葉を続ける。
『"仙術・神仏分身"!』
「……へえ?」
そして生み出した、帝釈天を宿した孫悟空の分身術。仙力混じりの息を吹き掛ける事でより強力な分身を形成したのだ。
分身が霆のオーラを纏い、先程の孫悟空たちよりも圧倒的な力と速度でヴァイスの身体を吹き飛ばす。
先程の通常の分身は囮と陽動。本来の目的はこの帝釈天を有する孫悟空たちであり、その成果は確かに得たようだ。
『……っ。流石に三人が限界か……! 俺の力じゃこれ以上は無理だ……! ──いや、三人でも十分凄いじゃねえか。それに、そんな力を使ってまだ戦う事も出来る。かなり鍛えたみたいだな。──ハハ……そう言って貰えると俺としても嬉しいですね……』
孫悟空が今出せる帝釈天を纏った自分の数は三人が限界。次に髪の毛に仙力混じりの息を吹き掛けても妖力しか働かず、通常の孫悟空しか生み出せない事だろう。
「成る程。かなりの実力を有する分身みたいだ。本来の分身は何十分の一くらいの力しか無いけど、体感でこの分身の術から創られた君は本体の半分くらいの実力は有しているね?」
『さあな。それを言ったところで何になる?』
『ああ、そうだ。本体に近い実力。今の俺は分身だが、通常の俺よりは強いぜ?』
『オイ! 折角秘密主義者っぽく振る舞ってたんだから言うなよ!』
『あ、そうか? 悪い悪い!』
『……。何かグダグダになってんな。確かに精度は高いんだが、やっぱり三人と言っても性格が少し変わるか。大変なもんだな。分身の術も』
「……。分身というのはそう言うものだったのかな……。まあいいか。取り敢えず半分の力を有している事は分かったからね」
一人の孫悟空は厳格に振る舞い、もう一人の孫悟空は正直。最後の孫悟空は冷静に分析しており、その性格は見事にバラバラだった。
流石のヴァイスも少しツッコミを入れるが割り切り、その実力などを考える。
かなり高度な分身の術。だからこそこの様にその性格が変わってしまうのだろう。
「まあ取り敢えず、今から私の敵は四人になった訳だね。既に満身創痍の四神達はまだ休ませてあげよう。君達を始末した後で本体は連れて帰るとするよ。合格者だからね」
『させるかよ!』
『つか誰が負けるか!』
『分身だからって舐めんな!』
分身の孫悟空たちを軽く見ているヴァイスへ向け、そんな分身たちが各々で言い放つ。
分身も実力だけなら主力クラスだが、消え去るので連れて帰っても無意味。ヴァイスの狙いは四神たちと孫悟空である。なので分身はそれを阻止するべくヴァイスに向けて踏み込んだ。それと同時に光を超えて加速する。
「出来る事なら帝釈天を始めとした天界の神仏も選別したいところだけど、それは後からにしようか。天界やあの世。異世界。後でそれらの選別も行うけど、先ずは四神と斉天大聖の回収だ」
光を超えた孫悟空たちを見切って躱し、追撃の雷も躱したヴァイスは今後の目的について少し言及する。
当初の目的はこの惑星の生物たちの選別。しかし今回の戦闘が終わった暁にはその領域を広げ、天界やあの世。多元宇宙に顕在する異世界なども選別するらしい。
基本的に謎とされる異世界の存在もロキを始めとして既に確認済み。なのでその領域は確定事項のようだ。
『んな事聞いてねえよ!』
『会話が噛み合わねえなオイ!』
『てか、また俺たちが負ける前提じゃねえか!』
しかしながら、孫悟空の分身たちはそれをヴァイスに聞いた訳ではない。なので指摘し、避けられた瞬間に追撃する。
孫悟空の分身たちは如意金箍棒を携えていない。なので帝釈天の持つ雷の力もその身に宿しており、拳や足などの先端部分に纏っている状態だ。
しかしそれでも全身から放出する事が可能であり、肉弾戦を挑みながら星を焼き尽くす霆を常に迸らせる事が出来ていた。
「それにしても、帝釈天の雷か。この力はまだ持っていないね。それに、シヴァやドラゴンの能力でも生み出せない。まあ、シヴァの創造力なら類似物は創れると思うけど、気軽にその霆を使えるのは良さそうだね」
『それを口にして言うのかよ。この力も奪おうって魂胆か!』
『させるか! 本体には近付けさせねえぜ!』
『応ともよ! 俺たち三人だけで十分だ!』
帝釈天の雷撃を見やり、その力も貰おうかと考えるヴァイスに向けて孫悟空たち三人が阻止するべく更なる連撃を仕掛ける。
拳に足。頭突きや妖術。その全てを避け、ヴァイスは飛び退き言葉を続ける。
「確かにね。中々大変そうだ。けど、君の力自体は私にも宿っているンだ。試してみる価値はある」
『……っ! まさか……!』
『させっかよ!』
『その前にテメェを──』
「"降神仙術・梵天"」
──次の瞬間、ヴァイスは帝釈天の一対とされる梵天を纏った。
その顔は梵天を象徴するかのように四つに分かれ、それぞれ四方を見やる。腕も同じく四つ。その肌は赤く変色し、赤いオーラが目に見えて具現化する。
『……っ。纏いやがった……神仏を……!』
「成る程ね。確かに力の上昇を感じるよ。まあ、梵天自体はあまり重要視されていない神仏なンだけどね。纏ったのは何となくかな。理由を言うなら試用。確か別名ならブラフマー。……つまりインドラの友人であるヴィシュヌ。そして梵天の別名であるブラフマーと、魔族の国の先代支配者のシヴァで三人の主神の一人に数えられる事もあったンだっけ。まあ、ブラフマーの専売特許だった創造の力は今じゃ今の支配者のシヴァに受け継がれているけど。何で天界の神仏が態々魔族の国に降り立ったのかは気になるね」
梵天は、ブラフマーとも謂われる存在でヴァイスの言うように帝釈天。つまりインドラの友人であるヴィシュヌや破壊神としてのシヴァと三人の主神と数えられる伝承がある。
今の支配者であるシヴァはおそらく二代目。なのでヴァイスは敢えて先代のシヴァがそう謂われていたのだろうと仮定して呟いた。そう、これは全てヴァイスの独り言である。純粋に力を纏い、その存在を説明するように呟く事で相手に焦りを与えようという魂胆なのだろう。
「──お主、何奴? いや、身に纏われた時点で理解した。お主のような奴に我が力を貸す訳無かろう……! ──おやおや。これはこれは梵天様。何も私は君に力を借りりようと考えている訳ではないさ。私の身に宿った以上、この身体は私の思うがままだからね。……力を借りる必要なんて無い。──……っ!?」
その刹那、姿を現した梵天に軽く返し、梵天の意思を消し去った。
実は、その意思を消し去る事はあまり難しい事ではない。しかしその力の使い方や戦闘方法。肉体の消耗などが相まって意思を消し去る事にデメリットしか無いから消さないのである。
つまりその存在に意思を委ねる理由は身体への負担を軽減するのが一番の理由。既に肉体的には不死身であるヴァイスにその必要は無いのだ。
「さて、仕掛けて来ないのを見ると警戒しているのかな? まあそれは当たり前だよね。けど、そろそろ仕掛けた方が良いと私は思うね」
『……。そうだな。呆気に取られている暇は無かったか。どちらにせよ、テメェをぶっ倒せなくちゃ世界が破滅するからな』
『ああ。梵天様の力を宿したが、それは本物じゃねえ。他の力もだ。テメェの力は再生能力だけだ……!』
『それすら誰から習ったのか、何処で覚えたのか不明だがな』
『──まさか梵天の力を宿す存在と戦う事になるとはな。比較的平和になった今の世界。ヴリトラ以来の強敵だ。──まあ、俺の分身たちの言うように、どちらにせよ倒さなくちゃならないですからね』
孫悟空たちに向けて挑発的に言い放ち、孫悟空の分身と本体がそれに返す。
四神たちが満身創痍の中、ヴァイスと相対するは孫悟空ただ一人。だが帝釈天と分身が味方の為、数で言えば有利かもしれない。
梵天を宿したヴァイスと帝釈天を宿した孫悟空。二人の戦闘は終局に向けて進むのだった。