九百九話 聖域の役割
「ライ!」
「無事か!?」
「あの気配は……!?」
「ライ……!」
「ゼウス様。大丈夫でしょうけど、一応聞きます。大丈夫ですか?」
「「……!」」
「ああ、我は無事だ。何の問題もない」
ライ達の戦闘に決着が付いた直後、ゼウスの部屋の扉を勢い良く開いたレイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人とアテナが姿を現した。
瞼を綴じたライ達はその声を聞いてピクリと反応を示し、その目を開く。ゼウスもアテナに返し、その横でライが視線を向けた。
「レイ、エマ、フォンセ、リヤン。俺は大丈夫だ。あの生物兵器の兵士達はもういいのか?」
「うん。大方片付けたから……って、ええ!? ラ、ライが……三人……!?」
「……! 本当だ……確かに感じた気配は強かったが……まさか三人に増えているとは……」
「私はまだ寝惚けているのか……いや、確かにライだ……」
「ライが増えた……」
レイたちは外で生物兵器の兵士達を迎え撃っていた。なのでそれについて指摘し、レイが返すように答えるがそれと同時にライ(喜)とライ(冷)に視線が向かい、四人は驚愕の表情を浮かべながら二度三度と瞬きをする。
それもそうだろう。気配を感じ取ってやって来たのだが、来てみたらライが三人に増えている。驚かない訳がなかった。
「……。レイ……エマ……フォンセ……リヤン……ハハ……例え俺の知っている彼女たちじゃなくても、同じ姿で生きているのは良いな……」
「こいつらが例の仲間か……」
「え? ライ……? ……ううん。違う。確かにライだけど、私の知っているライじゃないみたい……」
「確かにそうだな……雰囲気が違う。それに……何処か寂しそうだ……」
「ああ、あの目。確かに私たちを見てはいるが、その中にも何処か悲壮感が漂っている」
「うん……何か……可哀想……」
力無く横たわるライ達を見やり、一瞬戸惑うレイたちだったがこの世界のライとは何かが違う事を悟って見つめる。
レイたちが感じ取った気配、何処となく漂う孤独感。一年近く続く旅の中、そんな短い期間のうちに様々な者達とライを見てきたレイたちはその気配に気付いたのだろう。
尤も、様々な者を見たという事なら数千年旅をしていたエマや数年間戦闘奴隷として闘技場に赴いていたフォンセの方が見ているのだろうが。
「ああ、そこに居る俺達はレイたちの言う通り俺だ。思考以外全て、細胞まで本物のな」
「全部本物のライ……何でこうなったの?」
ライの言葉を聞き、レイは改めてライに訊ねる。
"何故居るのか"ではなく、"何故こうなったのか"。なのでライ達が此処に居る理由自体は分からないが、ゼウスによって呼ばれた事は大凡理解している様子。何故倒れ伏せているのかが疑問のようだ。
ライはライ達を一瞥して言葉を続ける。
「ああ、実は──」
そして、その経緯を話した。
ゼウス、グラオと戦闘を行っていた事は既に知られているので、話したのはライ達が現れてからの事である。
このライ達は異世界から来た存在であり、片方はレイたちと出会ったが旅の途中で失い、それでも世界を征服した事。片方は誰とも出会わず世界を征服した事。
レイたちを失った事で明るい性格となったライと、心を許せる存在と出会わなかった事で閉鎖的な性格になったライ。そんなライ達と先程まで別の次元で戦っていた事などを教えた。
「──って事で、今は俺を仲間に勧誘しているって事だ」
「そうだったんだ……けど、本当に唐突に仲間に勧誘しているんだね……」
「うむ……彼処に居るライ達の反応は尤もだな……」
「ああ。まあ、確かに戦力にはなると思うがな」
「そう言う問題なのかな……」
説明を終え、それに対するレイの感想は異世界のライ達と同じく、唐突な勧誘について。
エマ、フォンセ、リヤンの三人もそれには若干呆れており、フォンセは別方向。ライと同じような感覚で話していた。
因みに現在、ゼウスとアテナにグラオは待っていてくれている。全知のゼウスは兎も角、グラオとアテナの二人は、おそらく詳しい概要を聞きたいから手を出さないのだろう。説明を終え、ライは改めて相変わらず力無く横たわるライ達に向き直る。
「さて、アンタらも傷はもう大丈夫だろ? まあ、戦う事は出来ないかもしれないけど、話すだけなら割と余裕が残っている筈だ。さて、どうする? 俺と一緒に来るか?」
「……。ハハ、来るも何も……負けた俺にはもう存在価値は無いんだ。かと言って此処で朽ち果てるのを待つのも問題がある。後で……自分の世界で命を絶つとするよ。まあ、自ら命を捨てたんじゃ婆ちゃんやレイたちの元には行けないんだろうけど……」
「俺も、ひっそりと消えるとするよ。世界には何の未練も無い」
ライの言葉に対して、二人のライは全てを諦めたような目で呟く。
そう、力の存在がそのままライの存在を証明する要因となっていた。故に全てを捨て、自身の住む宇宙も砕いたのだ。負けた今、本人達からすれば存在意義は完全になくなったと言える。
そんなライ達に向け、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人が近寄った。
「ライ……。えーと……異世界のライって言った方が良いかな? 私はライの知る私じゃないかもしれないけど……死んじゃうなんて言わないで欲しいな……。私の知っているライじゃないのに、ライの言葉……悲しいもん……。そんなライを見たらライの世界の私も向こうできっと悲しむと思う……」
「…………」
「そちらの全てを諦めたライもライだ。仲間に出会わなかったかどうか知らないが、別にそれが理由で強さしか価値が無いとも言い切れぬだろうに。まだまだ青いな。私は数百年から数千年旅を続けたが、生に飽きる事は無かったぞ? この世界は常に変わり続けるからな。その変化を見届けるのは面白い。貴様は愚かにも自分の世界を破壊したらしいが、どうせなら残りの人生をこの世界で面白おかしく過ごすのはどうだ? 悪意や敵意が無いなら歓迎するよ」
「…………」
「ああ。折角ライたちにとって異世界という場所に来たんだ。根本的な世界の構造は同じだが、この世界も悪くないぞ? まあ、敵や戦争はあるが、私たちには支配者や主力たちに繋がりもあるからな。お前たちが忌み嫌う戦争も時期に終息するかもしれない。保証はないけどな」
「けど……何かは変わると思う……。だって、勇者に魔王に神。魔王の側近の子孫と人間の天敵のヴァンパイアがお互いに信頼しているから……。皆信頼出来るようになるかも……ライたちは元の世界では全てが嫌になったのかもしれないけど……この世界は……ううん……自分は捨てないで……」
「「…………」」
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人がライを諭すように話す。
普通に考えれば気休めの言葉。希望論に確証もなく、本当にそうなるという可能性は100%ではない。
しかし、全てを捨てたライ達に与えられたもう一つの生き方。そんなライ達は、ゆっくりと起き上がってライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人を見渡した。
「……。ハハ……ズルいな……別人なのに……別人の筈なのに……レイたちの姿でそれを言われたら……何だかもう少し……ハハハ……」
「……。ハッ……下らないな……。仲間なんて要らない……要らない筈なんだ……。俺は全てを捨てて何者にも勝る力を手にしたんだからな……。だけど……何だろうな……この感覚……婆ちゃんに勇者の物語を聞かせて貰っているような……気温は変わらないのに……温かい……」
二人のライは透き通るような赤い滴を溢し、それを拭う。それと同時に二人から漆黒の渦が放出された。
【ハッハッハ! なんだ? 暫く見ないうちにお前が面白そうな事になってんな!】
【本当じゃねェか! 俺の宿主もなんか面白そうだぜ! つか、俺の気配を感じやがる!】
「「……魔王……」」
──その存在、異世界の魔王(元)。ヴェリテ・エラトマ。
どうやらこの二人の性格は異世界でも変わらず快楽主義者のままのようである。しかしライたちも根本的な性格はこの世界のライと同じ。なのでその点はあまり気にせずとも良いだろう。
だが、そんな魔王(元)たちが何も知らない様子を見ると、本当に異世界のライたちに干渉はしていなかったようだ。
そんな魔王たちを余所に、この世界のライがライ(喜)とライ(冷)に向けて手を伸ばす。
「交渉成立……だよな? アンタらは俺と一緒に来てくれるんだろ?」
ニッと二人に笑い掛ける。
今の会話からして、ライ(喜)とライ(冷)にも何らかの変化があったのは明白。故に改めて確認したのだ。
二人は暫し黙り込み、フッと小さく笑って言葉を続ける。
「「……。ああ……。分かったよ。今回ばかりは俺の完敗だ。アンタと共に……この世界を平和的に征服するさ」」
【ハッハッハ! 何か盛り上がってんな!】
【なんだ? 仲間が生き返ってるぜ!】
魔王(元)の声を余所に三人の手は近付き、触れる数センチ前に到達した。──その直後、
「「…………!」」
【……ん?】
【……お?】
「……!?」
ライ(喜)とライ(冷)の身体から光の粒子が放出され、その肉体が徐々に薄れていった。それと同時に魔王(元)たちの姿も消え去る。
唐突に起こったその現象を前に、堪らずライたちは声を上げる。
「い、一体どうしたんだよ!? その様子……あまり良い雰囲気じゃないぞ!?」
「ラ、ライ!? どうしたの!?」
「その姿……いや、光は一体……?」
「何が起こったんだ……!?」
「ライ……!」
「……。ああ、こう言う事か。どうやら世界は上手く廻らないみたいだ……」
「そう言えば、俺の世界にはもう聖域しか残っていないんだっけ。だから自ら命を絶たずに居たんだった」
焦り、慌てるライたちとは対照的に。ライ(喜)とライ(冷)は冷静であり、全く動じていなかった。
二人は何かを知っている様子。慌てていない様子を見ると、既にこうなる事は確定していたらしい。
「聖域……!? 聖域に何か関係があるんだな!?」
「ああ、そんなところだ。ハハ。まあ、死ぬ訳じゃないさ。それに、まだもう少しこの世界に留まる事は出来るらしい」
「そうだな。こればかりはどうにもならないと思っていたけど、全知全能のゼウスには感謝だな。俺たちを呼んでくれて良かったよ」
「そうか、ゼウスは全知全能……何か知っているんだな!?」
二人の言葉を聞く限り、全知のゼウスは何かを知っている。そう考えたライは二人の言葉を頼りにゼウスへ訊ねる。
本を閉じたままその様子を見ていたゼウスは言葉を発した。
「フム、どうやら役目は終えたらしい。我が呼んだのはこの試練の為。その役目が終わったから消えるだけだ」
「役目……。いや、聖域という言葉が出てきた時点でそれだけじゃないな? 単刀直入に教えてくれ。何があった?」
「フム、先程までの戸惑いが消えている。如何様な状況にも臨機応変に対応出来るのは良い事だ。……そうだな。前置きは捨て置き、何があったか教えるか」
二人のライが消え去る。何らかの理由があると推測したライは一度冷静になり、ゼウスに先を促す。
言われた通り、ゼウスは説明を綴った。
「先ず今回置かれた状況に関する事だ。簡単に言えば、一つの宇宙には各々一つの聖域が存在している。そしてそこには必ず一人、その宇宙の誰かが居なくてはならない」
「……誰かが……。成る程。それなら、大体は分かった……。異世界の俺たちは……。……要するに、その世界に俺しか居ない……だから世界によって引き戻されているって事だな?」
「うむ。相変わらず理解が早くて説明しやすい。率直に言えばそうだな。この者達は我が無理矢理引き寄せた存在。魔王の力によって対消滅は起こらないが、流石に時間経過には逆らえないらしい。全能の我ならそこから引き戻す事も出来るが、それをするとその者達の世界が真の意味で消滅する。それには全能も我も逆らえない」
「全能が逆らえない世界の消滅……けど、宇宙は俺たちが破壊したんだろ? それなら……」
そう、宇宙は異世界のライ達が既に破壊した。なので問題無い筈なのだが、それには不可能な理由がある。
ゼウスはその理由について言葉を続ける。
「"宇宙"は破壊したが、"世界"は残っている。簡単に言えば聖域とあの世界のライ達が"世界"その物だ。世界の消滅はつまり、ライ達の消滅。聖域に戻さなければ異世界の少年は消え去る。全能の我の力で干渉は出来るが、再生と崩壊を無限に繰り返すだけ。崩壊しないように作り替える事も出来るが、そこからまた即座に崩壊する。……全能の我が逆らえぬというのはつまりそういう事だな。阻止は出来るが、阻止した瞬間に世界が滅びる。例え少年達の世界を新たに創造したとしてもそれの繰り返し。ただ無限に流転するだけだ。聖域には、その時点の少年達。もしくは誰かが居なければならない。そう言う制約が定められている。無限に連なる多元宇宙を含めた全宇宙に一番の存在が居たとして、その制約を変える存在は今のところ居ない。絶対無限先の世界にもな。誰が定めた制約か、それは全知の我は知っているが、その存在を言ったところで何も変わらないだろう。一度定められた制約は、その存在を含めて変える事の出来ない理だからな」
異世界のライたちの世界のみならず、全ての世界には如何なる修正を施そうと聖域に誰か居なければ永遠に崩壊する制約があるらしい。
それは全知全能の力を持ってすれば一時的には修正も可能。しかしその瞬間に再び世界の崩壊が起こる。故に比喩的なものではあるが全知全能でも届かない領域との事。
その制約を創った存在がありとあらゆる世界線。多元宇宙。絶対無限先に顕在する次元。絶対無限を絶対無限乗した世界の中で明確に一番と呼べる存在が居たとしても干渉出来ぬようにしたらしく、その存在にも世界の変更は不可能らしい。
正直言って規模が違い過ぎるので呆気に取られるしかないが、二人のライはライに向けて笑い掛けた。
「ハハ。まあ、色々面倒臭いって事さ。けど、アンタのお陰で目が覚めた。もう俺たちは行くけど……その代わり、俺たちの力をアンタに授けるよ」
「……力を……?」
「ああ。魔王がアンタに宿っているだろ? それと似た要領さ。聖域は謂わば何者にも干渉されない封印空間。だからこそ、俺たちは概念に成る事も出来る」
「それってどういう……」
ライ達の言葉にライが訊ねようとした瞬間、二人は間を置かずにライの手に触れ、その力を分け与えた。
存在が聖域に行った瞬間、その存在は概念となる。初耳ではあるが本当にそうらしく、ライの中には魔王(元)のようにライ(喜)とライ(冷)の力が宿った。
「じゃあ、俺は帰るよ。ゼウスの……全能のお陰で異世界に干渉出来ない筈の力が数十分間だけ使えた。後はアンタ次第だ」
「仲間……俺は、その仲間を見つける為に……俺の世界で新たな宇宙が形成されるのを気儘に待つとするさ。その時は仲間を……な……」
「……」
目映い、七色の、美しい光と共に二人の姿は、その存在はこの世界から消え去った。
ライの中には確かな力が宿り、その力を実感する。
「分かったよ。じゃあ俺は……仲間たちと共に……平和の為に世界を征服する。最終目的は悪い意味での世界征服を行うヴァイスだけど、先ずはゼウス。アンタを倒すとするよ。アンタは何も悪くないけど、この国の全ての幹部と支配者を倒すって宣言しちゃったからな」
「ああ、構わぬ。さて、カオス殿もそろそろ準備をすると良い」
「ハハ。もう既に準備は万端さ。さあ、やろうか。ライ。そしてゼウスにライの仲間達!」
力は手に入れた。しかし今回の、旅立った時から目的はあくまで世界征服。故に、全知全能のゼウスですら世界征服の踏み台に過ぎない。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は構え直し、本を閉じたままのゼウスと身体を解すグラオも準備を終える。
異世界のライたちとは別れた。だが世界征服。その目的。それを遂行する為に、最後に続く戦闘が再開されるのだった。




