九十話 サードコース
──"タウィーザ・バラド"・"ホウキレース"のコース、気流エリア"。
耳を劈く程大きな風の音。
ビュウビュウ、ゴォゴォと、常人なら息をするのも辛い環境が広がっていた。
ましてや凄まじい速度で飛ぶ箒に乗っているのだ。
岩や木などの風避けようの場所はあるが、そこに行く事が出来ず箒に乗っているフォンセとアスワドが受けている風圧は想像を絶するものだろう。
「"風"!!」
「"風"!!」
フォンセとアスワドは正面から来る風に自らの魔法・魔術で創り出した風をぶつけ、その風を打ち消す。
「"強風"!!」
「"強風"!!」
そしてぶつけた風の威力を上げ、お互いに向けて放つ。
二つの強風はぶつかり合い、"気流エリア"の風をフォンセとアスワドの周辺から消し去った。
「「今だ(です)!!」」
同時に声を出し、風の隙間を突き抜ける為に箒を加速させる二人。
風の隙間は直ぐに埋まり小さな竜巻が発生する。
「お前は」
「貴女は」
瞬間、箒に乗りながら手を突き出し、互いに掌を見せるフォンセとアスワド。
「吹き飛べ! "炎と水の爆発"!!」
「飛んで行きなさい! "炎と水の爆発"!!」
二人は呪文を言い、エレメント創り出す。それによって炎と水が生まれる。
──そして次の刹那、"水魔法・魔術"の水分が"炎魔法・魔術"の熱によって気化し、気流を吹き飛ばす程の大爆発が巻き起こった。
爆風に煽られた二人の箒は大きく揺れ、その体勢とバランスが崩れる。
「「…………!!」」
フォンセとアスワドは直ぐ様崩れた体勢を立て直し、気流の中を突き進む。
もはや自然の風と呼べず、前後左右斜めと全方向からやって来る強風が二人の箒を大きく煽っていた。
しかしその乱れた気流によって生み出される隙間を通り、真っ直ぐ進んで行く二人。
「……さて、殆ど無傷の状態でこの二人が現れたって事は……。ラムルもマイも妨害できなかった……って事か……となると……うん。中々の強者がいるって事だな……。良し、帰ろうかなー」
そしてそんな暴風の中で平然と立っており、後ろ向きな発言をする者が居た。
幹部アスワドの側近──ハワーである。
ハワーはフォンセとアスワドを眺め、ため息を吐いて言葉を続ける。
「……まあでも……君が相手をするんだろうし……帰るってのは失礼かな? えーと……どちら様? 仲間ってのは見て分かるけど」
「……………………」
風に煽られ、木に掴まり白く美しい髪が揺れている──リヤンに向かってだ。
リヤンはハワーを見ようとするが、風にまかれている為か目を開けられずにいた。
「あー……そうか。確かに常人? にとっては話しにくい環境だなぁ……。聞こえにくいだろうし……なら……」
そしてそんなリヤンを見たハワーは片手を掲げ、
「……"風破壊"……!」
風を消し去った。風に風をぶつけて相殺するなどでは無く、そのまま風その物を消し去ったのだ。
「……あ」
自分の周りに吹いていた風が収まり、顔を上げるリヤン。
そんなリヤンを一瞥し、ハワーは再び尋ねた。
「……で、君はどちら様? あの少年の仲間ってのは分かるけど……名前を教えてくれないか? 取り敢えず名前を知れば倒せるとか無いからその点は安心してくれ」
「…………リヤン……」
リヤンはハワーの言葉を信じきれず、一応警戒してフルネームでは答えなかった。
リヤンの名前を聞いたハワーはリヤンへ向けて言葉を続ける。
「そうか、リヤンって言うのか。これで君の名前は分かった。俺はハワー。幹部アスワドさんの側近を勤めている。よろしく」
「………………」
ハワーの様子を窺うリヤン。リヤンはハワーの飄々とした話し方が疑問だった。
まるで友人や仲間のように話すのだ。言葉では無く態度が……である。
「じゃあ次だ……」
自己紹介を終えたハワーは、両手を広げて話す。
「消えてくれよ」
──刹那、先程消し飛んだ暴風が再び発生した。
「……わ……きゃ!」
一時的に暴風が収まっていた為、木から手を離していたリヤンは風に押される。
慌てて木に掴まり飛ばされないようにハワーへ向き直った。
「まあ、殺さない程度の威力だから安心してくれ」
「…………え?」
次の刹那、一瞬にしてリヤンの眼前に移動したハワーはリヤンの顔へ掌を向け、
「"通過する風"……!」
大量の風を放出し、その風は全てリヤンの顔を通り抜けた。
「…………ッ!?」
風が通り抜けた直後、リヤンの顔から出血する。目、鼻、口、耳──顔中の穴から赤い鮮血が流れているのだ。
リヤンは周りにある気流の風圧と今受けたダメージによる痛み困惑し、何が起こったのか分からずフラ付いていた。
「まだ気を失っていないか……やっぱ帰ろうかな~。……女性を傷付けるのは少々心が……──『騒ぐ』……。……果たして興奮を抑えられるかどうか……」
そんなリヤンの様子を見て腹黒い事を話すハワー。
リヤンはハワーの言葉を無視して顔の血を拭い、自らの傷を治療した。
「……? 傷が治った……? ……一体どういう……」
ハワーは、リヤンが顔の表面を拭っただけで先程まであった傷が治った事へ疑問を浮かべる。
それもその筈、何の前触れも詠唱も無く擦っただけで目の前に居る少女の傷が癒えたのだから。
そして次の瞬間、
「お返し……!」
ハワーの顔に向け、ハワーとの距離を詰めたリヤンが風を放出した。
「……風……! 君も魔術師か……!」
ハワーはその風を受け、それによって頭から岩に激突する。その衝撃と風の威力で岩が砕かれ、気流に逆らって吹き飛ぶハワー。
「私は……魔術師じゃない……!」
地面を蹴り、そう言い放ってリヤンはハワーへ近付く。
そのまま掌をハワーが居るであろう砕けた岩の山に近付け──
「そうか。じゃあ何で魔術を扱えるんだ? あれは魔法じゃない……感覚によれば紛れもなく……魔術だよね……?」
──再び攻撃を仕掛けようとした時、砕けた岩の山からハワーの風が吹き荒れる。
「……ッ! きゃあ……!」
その風によって木に激突するリヤンは、数本の木々を砕いて行きながら吹き飛んだ。
「魔術師じゃないのに魔術を扱えるとなると……やっぱ面倒臭い相手って事だな……帰ろうかな。でもなー……傷付けたいのも事実だし……」
「帰さないよ……!」
そしてその時、吹き飛ばされたリヤンが風で加速しながら戻って来、そのままの勢いで拳を振り下ろす。
「やあッ……!」
「……ッ! ……随分と重い拳だね……そんな華奢な身体の何処にその力があるんだ……?」
リヤンの放った拳によって殴り飛ばされたハワーは片手と両足で踏ん張りながら吹き飛ぶのを堪えた。ハワーの足元には小さなクレーターが造り出される。
フェンリルの力で殴られたのだ。子供のフェンリルとはいえその力を堪えるハワーも中々の実力者だろう。
「ハァ……ッ……!」
そのように現在バランスが崩れているハワーへ向け、リヤンは追撃を仕掛ける。
「そう何度も……食らわないさ……!」
ハワーは足から風を放出し、空を飛んでそれを躱した。
そのまま空中で身体を捻り、両手両足から風を放出するハワーは、
「吹き飛べ"竜巻の矢"!!」
大きな竜巻を創り出し、それをリヤンに向かって放った。
その竜巻は気流を貫通し、大きな渦を巻きながら真っ直ぐリヤンへと突き進む。
「飛ばない……よ……!」
リヤンはその竜巻に風をぶつけ、威力を下げる。
「たあッ……!」
そして威力の下がった竜巻の前に壁を造り出し、その壁に竜巻をぶつける事によっての直進を防いだ。
「やっぱり防いだか……まあ、その竜巻は囮なんだけどねぇ?」
「……!!」
ハワーはそれだけ言い、フォンセとアスワドが飛んで行った方に掌を向けた。
「俺の狙いは君のお仲間さ!」
次の瞬間、掌から発せられた風が凄まじい速度で直進する。
「あ……!」
リヤンがその方向を見た時には、既に放たれた風が消えていた。
*****
「"炎の光線"!!」
「"水の解放"!!」
炎の光線と放出された水がぶつかり合い、空中で気化して水蒸気爆発を起こす。
その爆風を抜け、何事も無いようにフォンセとアスワドは箒で突き抜ける。
「まさかこれ程までとは……。やはり貴女には他人に無い何かがありますね? 通常よりも魔力が高いのは感覚で分かりますが、それだけじゃないで別の何かが……。強大な力……闇……?」
アスワドがフォンセを一瞥して話すのは、アスワドがフォンセから感じる潜在能力。
魔王の子孫という事を知らないアスワドでもフォンセの理の力を感じていた。
「フッ……何を言っている……。私に秘められた力だと? そのような事を気にするよりもレースに集中したらどうだ!」
それだけ言って加速し、アスワドから高速で離れるフォンセ。
アスワドはハッとし、態度を改めながらそのあとを追う。
「そうですね……! 理の力というものは誰にでも宿されているいるモノ……! 気にする方が無粋でした……!」
無駄口を叩いていた自分に反省し、アスワドは加速する。
そのように、同じような速度でフォンセとアスワドが横に並んだ時──
──一筋の旋風が巻き起こり、気流を消し去ってやって来た。
「これは……! お前の側近だな……?」
「……そのようですね」
フォンセはそれを避け、その風が自分しか狙っていなかった事からアスワドの側近が放った風と推測する。
それに対し、横目で一瞥して頷くアスワド。
「今です……!」
瞬間、フォンセが風に気を取られているうちにアスワドは更に加速して気流の奥へ入り込む。
「小癪なァ!」
フォンセは現れた風を消し去り、声を上げてアスワドの後を追い掛ける。
「……! もう来ましたか……! ……いや、元々ほんの少しでも距離を取れたら上々……それが出来た事に感謝すべきですね」
アスワドは一瞬だけ後ろを一瞥する。
その後、直ぐ様速度を上げて"気流エリア"を抜け出せるように移動した。
"気流エリア"はあと数キロ。フォンセとアスワドは速度を上げ続け、"気流エリア"脱出へ向かうのだった。
*****
「……成る程。どうやら防がれた……いや避けられたみたいだね……防がれるとは思っていたけど……こうもあっさりと……か」
「…………?」
唐突に、ハワーが遠方を眺めながら話す。そんなハワーに訝しげな表情を浮かべるリヤン。
戦いの最中でそのような話をされたのだ、理解し難いのも無理はないだろう。
「まあ、防がれたなら仕方無い。今度はアスワドさんの妨害をされないように君を倒すから……悪く思わないでくれよ?」
次の刹那、ハワーが振り向きそのまま風をリヤンに向けて放出した。
ハワーの風は気流の風を消滅させ、蛇のように上下左右とうねりながら進む。
「私も……貴方を倒すから……お互い様……!」
そしてリヤンも風を放出させ、蛇のようにうねる風にぶつけて相殺した。
風と風がぶつかった際に生じた風圧によって砕けていた岩や木が浮き上がり、その全てを吹き飛ばす。
「そうかい! ならお互い様だねェ! "風の刃"!!」
風から創られた刃をリヤンに向けて放つハワー。所謂鎌鼬みたいなものだろう。
「…………!」
リヤンはフェンリルやユニコーン、ブラックドックの速度で走り出し、イフリートの魔術で風の凶器を防ぎながらハワーへ近付いて行く。
「近付いてくるのかい? ハハ、とんだお馬鹿さんだ! 近距離で風をかわせるかい!? まあ、風というものは近付こうが遠かろうが、平等に吹き続けるけどね!」
近付いてくるリヤンに向け、再び風の凶器を放つハワー。
その目には凶器の笑みが浮かべられており、大変楽しそうにしていた。
帰ろうかなと言っていたのは何だったのだろうか。
「近距離でも遠距離でも……! 貴女に当たれば問題ない……!」
「それはどういう意味だい?」
そんなハワーを前にしても尚、無鉄砲に近付き続けるリヤン。
そんなリヤンを見るハワーは相変わらず余裕の表情を浮かべていた。
「こういう意味……!」
「……!」
刹那、リヤンの姿が……『ハワーの前から消えた』。
まるで蜃気楼のように、何の前触れもなく消えたのだ。
思わず先程までリヤンが居た場所を二度見するハワー。
「これは……魔術の一つか……なら、何処かに隠れている筈だ! "台風"!!」
そしてその秘密を推測したハワーは風を周りに放出し、周りの気流ごと全てを吹き飛ばす。
「待ってた……! 風が消えるのを……!!」
風が消え去った次の瞬間、ハワーの背後からリヤンの声が掛かる。
「……!? 何だって!?」
思わず声を上げて振り向くハワー。まさか風を消し飛ばした瞬間に声が掛かるとは思わなかったのだろう。
慌ててそちらの方を見やり、ハワーはリヤンと視線を合わせる。
「風が邪魔だったの……威力を消されちゃうから……けれど……何も無ければ貴方にトドメを刺せる……!」
「トドメだって? アハハ! それは良いね! けど、風の柵が無くなったのは俺も同じさ! 早く君を傷付けたい! じわじわと嬲りたいけど、今はそんな場合じゃないからね!」
リヤンの方を見、リヤンが放った言葉に笑って返すハワー。
リヤンはハワーの言葉を無視し、両手に魔力を溜めてハワーへ向けた。
「……えーと……──"岩の竜巻"……!!」
一瞬言葉が頭から飛んでいたリヤンだが、次の瞬間には声に出して岩が混じった竜巻を放つ。
その竜巻は木々や岩を巻き込み、威力を上げてハワーへ向かう。
「良いね……風と岩を合わせたか……。良いよ、かなり良い! まさかエレメントを他にも操れるとはね! じゃあ、俺も仕掛けるとするか!」
その竜巻を眺め、歓喜の声を上げるハワーは魔力を全身に込め、迎え撃つ体勢に入った。
「"風の天災"!!」
次の瞬間、ハワーから周りを揺らす暴風が放出される。
その風も周りの木々や岩を巻き込み、威力を増してリヤンへ向かった。
岩の竜巻と暴風の嵐がぶつかり合い、"気流エリア"全体を大きく揺らして破裂音のような音を発して消し飛んだ。
「まだ……!」
視界が見えにくい中、更に追撃する為にリヤンは加速し、空気を散らしながらハワーの元へ向かう。
「これで本当に……終わり……!!」
「……!! …………やるね……」
ハワーは魔力が尽きたのか抵抗せずにリヤンの腕に貫かれた。
リヤンはユニコーンの角が持つ強度を腕に纏い、それを使って攻撃したのだ。
「良いね……。やっぱりこの気を失う瞬間が癖になる……」
激痛と出血で意識を失い、ハワーは倒れた。
最後は腑に落ちない終わり方だったが、ハワーとリヤンの戦いはリヤンが制したのだ。
*****
「……二度目の攻撃は来ないな……ふふ……やはり私の仲間だ。私もお前に勝たなくてはな……!」
「そうですか……。……けど、私が勝利すれば私の側近の方たちが勝利した事になります……! なので負ける訳にはいきません!」
フォンセとアスワドの二人はお互い横に並び、列をなして加速していた。
リヤンとハワーの魔術によって多少静まった"気流エリア"。
それでもまだそれなりの強風が吹いている。
「ふふ……そうか。どの道エリアはあと一つだからな……。私もラストスパートを掛けるとしよう」
「負けません!」
風魔法と魔術を使い、フォンセとアスワドは加速する。
そして二人はそのまま"気流エリア"を抜け出した。
残るエリアは一つ、フォンセとアスワドの最後の競争が始まるのだった。