九百八話 ライvsライとライ・決着
「確かに成長はしたのかもしれない! けど、アンタ筈アンタの力にまだ慣れていない筈だ! 魔王と入れ替わったなら、まだ俺が有利だ!」
「ああ……! まだ仲間が居るアンタに力で負ける訳にはいかない……! 死んでいったレイ、エマ、フォンセ、リヤンに合わせる顔が無い……!!」
力を向上させたライに向け、ライ(冷)とライ(喜)が順に叫んで一気に迫り行く。
ライはその二つを見切って躱し、そのまま二人の懐に拳を叩き込む。それによって一瞬怯むが即座に体勢を立て直し、ライの腕を掴んだ二人は同じタイミングでライの身体を放り投げた。
「……っと、やっぱり慣れないな……!」
先程の魔王(元)が造り出した壁を突き抜け、ライは吹き飛びつつも空中で停止する。既に眼前には二人のライが迫っていたが二人から放たれた拳を紙一重で避け、それと同時に回し蹴りで一掃する。
しかしライ達は飛び退いてそれを避け、一旦距離を置いて次の刹那に詰め寄った。
「さっきは魔王の所為で少し動揺したさ。それは認めよう! けど、その隙はもう突かせない! 俺は負ける訳にはいかないんだからな!」
「同じく! 圧倒的な勝利はもう出来ないかもしれないけど、アンタに勝利する事で俺のやっている事は正しいと証明する!」
「やっぱり色々と考えている事はあるんだな……」
二人のライは自身の力に執着している。それは、それしか自信のあるものがない。単調に言うと心の拠り所が自分の力だけという事なのである。
だからこそ、その力を超えられるとなると二人にとっては何よりも堪らないものなのだろう。
「それは同じ存在の悩みだ。他人事じゃない。その考えは意味がないって事を、アンタらには俺の力で証明してやるよ!」
「それを証明した時点で俺達に存在価値は無くなる! それはさせない!」
「……!」
ライ達の一撃に対して掌で受け止め、そのまま背後へ逸らすように受け流す。だが、ただ受け流される筈もなく、ライ達は勢いを利用して背後へ回り込むように移動して裏拳を打ち付けた。
それによってライの身体は吹き飛ばされ、既に回り込んでいたライ(冷)が言葉を続けるように話す。
「ああ、俺達の証明は力と強さだ。如何に、誰かにとって何の意味が無いとしても、俺が俺である為の理由はそれしか認められない!」
「……ッ!」
回転を加えて威力を上げ、ライの腹部に爪先蹴りを打ち付ける。
それは咄嗟に腕で防ぐが受けたライは落下するように吹き飛び、そんなライの背部をライ(喜)が膝蹴りで打ち抜いた。
「ガハッ……!」
「だけど、その心配も無いようだな。……ハハ……やっぱり、アンタじゃ俺達には勝てない……!」
膝蹴りと同時に蹴り上げ、回し蹴りでライの身体を吹き飛ばす。そんな一連の流れですら多元宇宙破壊規模の威力を秘められているが、相変わらず何もない空間なのでその実感は無い。
しかしライの肉体に通る重い衝撃からかなりの威力が秘められている事は分かり、吹き飛ばされたライは空中で体勢を立て直した。
「ピンチからの華麗な逆転劇。そんなものは有り得ない。勇者の物語じゃないんだからな!」
「純粋な力が強い方が勝つ。それと経験が豊富な方がだ。最初からアンタに勝てる見込みは無い!」
そんなライに向けて二人のライが迫り来る。勇者の本ではピンチからの逆転が描かれていたらしい。ライも本は読んでいるのでその展開も知っているが、夢の中で具体的な戦闘はあまり行われなかった。しかしライ(喜)曰く、そんな逆転劇は起こらないとの事。
ライ(冷)もライ(冷)で純粋な力と経験のみが勝利の為に必要な事と考えており、真っ直ぐにライへ向かう。
そんなライ達二人に対し、ライは軽く笑って言葉を返した。
「……っ。ハハ、話しているとやっぱり力に執着しているな。最初の目的から掛け離れていないか? アンタらはあくまで世界平和の為に俺に挑んでいるんだろ?」
「そうだ! だからこそ邪魔なアンタは消し去る!」
「平和な世界に、力は要らない!」
「じゃあ、それが真理なんじゃないか?」
「「……!」」
二人のライを引き付け、ギリギリの位置にて躱す。それと同時に言葉を告げ、二人の身体を蹴り飛ばした。
それによって次元の空間が歪み、一瞬にして複数の宇宙を飛び越える速度で加速して吹き飛ぶ。そんな二人にライは追い付き、受け止めるように拳を打ち付けて無理矢理急停止させた。
「アンタらの理論なら、アンタらの力も必要無いんだ。ただ単に、アンタらは恐怖から逃げているだけさ。仲間を失う。自分を見失う。それが最も恐れている事だ。だからこそ、始めから全ての存在を消し去る事でアンタらは逃げ延びた……!」
「「……っ!」」
ライの言葉に、ライ(喜)とライ(冷)は言葉に詰まる。
そう、色々と理由は言っているが、要約するとただ単にそう言った事を恐れているだけなのである。
「アンタ達なら当然、それも承知している。気付いている筈だろ? けどそれを見ようとはしなかった。それをすると、ただそれだけで今までの行動全てが無駄に終わってしまう可能性があったからだ。アンタ達の何処か必死な感覚。多分それが原因だ。……けど、成る程な。ゼウスが俺に与えた自分との対話って試練。二種類の俺に会わせて、大切なモノの存在をより鮮明にしようって魂胆だったのか。婆ちゃんにレイ、エマ、フォンセ、リヤン……真の世界平和。自分の事。全知全能の力を使えば可能だけど、それだけを目指すとこうなってしまう……世界征服も程々が良いんだな」
今回の戦闘は、あくまでゼウスに与えられた試練。その意図は一つの事を目指したライ達に会わせ、ライの意志が突き通せるかどうかの確認だったと推測する。
このライ達を見て自分の全知全能に頼らぬやり方を突き通せるか、自分に会わせる事で自分の事も深く観察させたのだろう。
何はともあれ、ゼウスの試練云々の前のライの言葉を聞き、暫し黙り込んでいたライ達は糸が切れたように言葉を発した。
「気付いているさ……俺の考えは間違っていない……俺の考えは正しいんだ! 仲間なんか始めから必要無い!!」
「間違っているのは世界だ! 常識だ! 何故全てを失った俺が押されて何も失っていない俺が優位に立っている! この世界は不条理だ!!」
吹っ切れたように加速し、世界を崩壊させながらライ達は加速する。
その速度は先程までの全てと合わせてもずば抜けており、常に加速を続ける無限の速度から常に加速を続け、無限の速度でも追い付けぬ絶対無限領域に踏み込んでいた。
そんなライ達をライは見切り、絶好のタイミングで拳を打ち付ける。
「だから……その自己主義の考え方を止めろって事だよ!!」
「「……ッ!」」
二人を捉え、そのまま殴り抜いた。
自己主義の考えを止めろとは一度も言っていないのだが、取り敢えず勢いのみで言っていた風に見せ掛けて吹き飛ばす。
同時に距離を詰め、二人のライを掴んで振り回しながら言葉を続けた。
「要するにアンタらは他人と繋がりたくないんだろ? だから真の意味で孤立したんだ! 何かそう言う考えは色々面倒臭い。世界征服したいなら──平和的な世界征服を俺と一緒にやれ!」
「「……! ……。……え?」」
この試練によって物事をあまり深く考えない方が良いと理解したライは、そのままの勢いでライ(喜)とライ(冷)を勧誘した。
実際、これ程の味方が居れば心強いだろう。何せ自分である。加えて既に世界を征服済みの。なので誘い、二人は何度か瞬きをしてその言葉で呆気に取られる。同時にライは二人を離し、空中で停止した二人に言葉を続ける。
「そうだよ! それが良いじゃないか! アンタら、俺と一緒に俺の世界を征服しようぜ! それなら仲間も出来るし、この戦いの必要も無くなるじゃないか!」
「……。いきなり何を言い出すんだよ……あの俺は……一緒に世界征服って……」
「ああ……流石の俺も俺の言葉に思考が停止した。本当に何だよ……唐突にも程があるだろ……」
自分の言葉を反復するように言い、ライ(喜)とライ(冷)は呆れたような目でライを見やる。
この状況には流石のライ(喜)も笑顔を忘れ、ライ(冷)も冷静さが欠けた。しかし先程まで本気でぶつかり合っていた相手が唐突に自分を仲間へ引き入れようと考えたのだからそれも当然の反応だろう。
「ふざけているって訳じゃないのは分かるな……と言うか大マジだ。俺の考えは俺が一番分かるからな……」
「そうだな……本気で仲間に入れようとしている。だかこそ分からない……俺ってそんな性格だったか?」
戸惑いの色は依然として消え去らず、ライが何もしていないにも関わらず二人は止まったまま。おそらくまだ状況が完全に飲み込めないのだろう。
二人の反応を余所にライは言葉を続ける。
「アンタらの世界はもう無いんだろ? アンタらの手によって消されたからな。何の未練も無いなら一緒に来ても良い筈だ。いや、アンタらを無理矢理にでも引っ張って……仲間の存在の重要性を教えて上げるよ……!」
「「…………!」」
それだけ告げ、ライは全身に力を込めた。そんなライの様子を見やり、二人のライはハッとして力を込め直す。
最終的には力尽くとなる。だが、それが最善の策であるとライは理解していた。
要するに、力に溺れた二人を手中に収めるには、力で解決した方が良いと考えたのだ。
大抵の場合、戦う気力を消し去れば大人しくなる。ライは今からそれを実行しようと考えているのである。
無論、それには自分自身が滅びるリスクもある。相手の力はそれ程のもの。少なくとも無傷で終わらせる事は出来ないだろう。
「仲間……ハッ、その重要性は知っているさ。だからこそ俺はこの力で全てを終わらせるんだ!!」
「何度も言う! 仲間なんてものは必要無い! 全て俺一人で終わらせる!!」
ライ(喜)とライ(冷)は、あくまで自分本位だが利害は一致している。故に協力してライに向き直った。
その瞬間、本気となった三人のライは構えた拳を相手に向け、その拳を放った。
「「「オ━━━━ラァ━━━━ッ!!!」」」
──三人が同じ声を上げ、放たれた拳。それによってライとライ(喜)とライ(冷)の三人は破壊の余波に包まれた。
*****
──"人間の国・支配者の街・パーン・テオス"。
「……何でライ達が戻ってきたんだろう?」
「簡単な事だ。次元を砕いてこの世界に戻ったに過ぎない。しかし……その世界の修正もしていたのだがな。やはり一時的に我の全知全能をも凌駕して無効化したと考えるのが妥当だろう。……フム、いや、どうやら事実だったようだ。我の思考すら一瞬遅れた」
衝突の直後、ライ達三人は一人が立ったまま、二人が地に伏せた状態でゼウスの城に戻っていた。
その事について疑問を浮かべるグラオだが、そんなゼウスは何でもないように返す。
全知全能の力を一時的に無効化した。だからこそ次元の壁を崩壊させて元の世界に戻って来た。初めは確信していなかったが遅れてその情報も知り、確証となる。
「ハハ……。やっぱり俺が押し勝ったな……大分負傷はしたけど……魔王との戦闘で受けたダメージが影響したみたいだ……」
「……っ。俺達の想いじゃなく、アンタの想いが勝ったって事か……」
「……全てを捨てたのに勝てなかった……仲間って言うのは、そんなに力になる存在なのか……」
ライは軽く笑って告げ、二人のライは地に伏せながら残念そうに呟く。
そしてその様子を見たライは一つの懸念を浮かべて言葉を続ける。
「いや、アンタら。やっぱりアンタらは俺なんだ。確かに本気ではあったけど、最後は殺すつもりの力じゃなかった。それでも広範囲は破壊するんだろうけどな。事実、俺は立ち上がれて満身創痍の状態じゃない」
「「…………」」
その懸念は、ライ達が無意識のうちに手を抜いていたという事について。
その様な素振りは見せず、確かに本気でぶつかって来ていたライ達だが、ライもライ達と同じ存在故にその感覚に気付いたのだろう。
「……ハハ、さあな。取り敢えず、俺の一番自信があった……それにしか自信が無かった力で押し負けたんだ。もう、何も言わないさ……」
「ああ、右に同じく……」
「…………」
本人の言葉でそれを聞いた訳ではない。なので本当に力を抜いていたのかどうかは定かではないだろう。二人は力無く瞼を綴じ、そんな二人を見たライは何かを考えように見つめる。
ライとライ(喜)とライ(冷)。ライ達三人が織り成していた異次元空間での戦闘。それはその空間が崩壊し、二人のライが満身創痍になる事で、一先ずの決着は付くのだった。