九百一話 ヴァイスの侵略状況
──"四神の島"。
「さて、ある程度の実力は見終わったかな。うン。君達も合格だよ。おめでとう」
『合格? 何らかの選別か。そう言えばお前達の目的はそう言うものらしいな。他者を値踏みして見定め、相応の能力があれば合格を言い渡す。我らはそれに合格したという事か』
「そう言う事だね。さ、私について来なよ。敵意が無ければ丁重に扱うけど」
『断るに決まっているだろう!』
ヴァイスに向けて土からなる槍を放ち、誘いを蹴る黄竜。
他の場所でヴァイス達の主力と支配者が出会っていた頃、ヴァイスは変わらず四神たちとの戦闘を行っていた。
それについて勧誘したヴァイスだが、常例通り即答で断られる。なのでヴァイスは距離を置き、改めて六匹の四神たちに構えた。
「そうかい。それは残念。他の皆はどうかな?」
『黄竜さんに同じだよ!』
『当たり前だ!』
『同じく!』
『無論です!』
『当然です!』
全員が当然であると返答し、各々の力を用いてヴァイスに嗾ける。
青竜は木々を槍のように穿ち、白虎は金属からなる鋭利な刃物を振り下ろす。
玄武は圧縮されて鋭くなった水のカッターを放出し、朱雀は周囲を焼き消す業火で燃やす。麒麟は神の気を纏い、破壊力を上昇させて突進を行う。
それらの攻撃には凄まじい破壊力が込められている。範囲は狭いが、狭いからこそ威力が上乗せされているのだ。
四神の攻撃を見やり、ヴァイスはわざとらしくため息を吐くような素振りを見せて言葉を続ける。
「交渉決裂か。まあ、一回で成立した事は無いけどね。それなら手荒な真似をさせて貰おう」
『『『……ッ!』』』
『『『……ッ!』』』
次の瞬間、ヴァイスは自分の周りに衝撃波の壁を魔力や神の力。妖力などのような自身に宿す様々なエネルギーから形成してそれらを弾き、そのまま黄竜、青竜、白虎、玄武、朱雀、麒麟の六匹を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた六匹は島にある五つの山に衝突して粉塵を巻き上げ、そのまま山と島を貫通して大きな水飛沫を周囲に上げた。
「合格者なら、この程度では死なないよね。"圧縮した風"」
同時に念力や魔力で圧縮した風を下方に落とし、島ごと四神たちを暴風で吹き飛ばす。
圧縮した風は、エマの技のように自然からなる風のみではない。それこそ魔法・魔術・妖術・忍術・神通力・法力。ありとあらゆる力からなる風を一点に集めての一撃。
圧縮した塊を大きさで言えば小指の爪よりも遥かに小さかったが、それでも大陸に匹敵する大きさを誇る島を崩壊させ、周りの海に到達して海水を全て払い除けた。底知れぬ破壊力である。
「……?」
その瞬間、崩壊した島から土の槍。樹の槍。金属の槍。水の槍。炎の槍。神の力からなる槍と様々な槍がヴァイスの下方から迫り、その身体を貫いた。
足から胴体を貫き頭まで貫通しており、空中に浮かぶヴァイスは全身から血を噴き出す。
「良かったよ。死ななかったンだね」
『今のお主は本来なら死んでいる筈の傷を負っているのだがな……!』
下方から全身を貫かれつつ、ヴァイスは何でもないように下から姿を現した黄竜に話す。
黄竜はその不死身性に多少は驚きつつも取り乱さずに話、その間にヴァイスは身体を動かして槍を抜いた。
抜いたと言っても、槍を切断したりした訳ではない。本当にそのまま動き、肉や皮を引き千切りながら抜け出したのだ。
「ところで、まだ他の皆の姿が見えないようだけど、何処かに潜ンでいるのかな? 気配は相変わらず残り続けているし、若干移動しているようだ」
その傷は即座に癒え、まだ姿を現さない他の四神たちに向けて言及する。
そう、落下地点から姿を現したのは黄竜ただ一匹。ヴァイスは殺さぬようにかなり手加減し、大陸一つを吹き飛ばす程度の威力に抑えた。にも拘わらず姿を見せない四神たち。何らかの企みがあるのだろうという事は即座に理解しているようだ。
『さあ、どうだろうな』
「……。成る程ね」
次の瞬間、ヴァイスの身体は目に見えぬ金属によって拘束され、そこから続くように木々や水。炎などで更なる拘束が行われる。
それらの拘束術を見やり、納得したように言葉を続けた。
「つまり君の存在その物が囮だったという訳か。透明度の高い金属から始まり、何れも光の加減を利用して見えにくくしてある四神の力。戦闘目的の移動ではなく、拘束目的の術を既に仕掛けて置いたって事だね?」
『さあな。お主に答える義理はない。だが、確かに自由は奪ったぞ……!』
ヴァイスの推測は答えずに流される。だが、唯一かもしれない作戦を明かすのは愚作なので黄竜はそれについては答えなかった。
しかし大凡はヴァイスの推測通りだろう。しかし黄竜の意思を尊重したのかはたまた気紛れか。ヴァイス本人は返答に対しては何も言わず、改めて自分を拘束する存在に意識を向けた。
「まあ、これくらいなら簡単に脱出できるンだけどね」
『『……!』』
『『……!』』
次の瞬間、ヴァイスは"テレポート"を用いて拘束から抜け出し、拘束術をそのまま掴み、それを引っ張って四神たちを引き摺り出した。
「朱雀、青竜、玄武、白虎。そして目の前に居る黄竜。後は麒麟が何処かに潜ンでいるのかな?」
引き摺り出した四匹は拘束を掴んだ片手を動かして振り回し、崩壊した島に叩き付ける。それによって粉塵が舞い上がり、後一匹。麒麟の姿を探した。
『やあ!』
「まあ、気付いていたけどね」
『……ッ!』
次の瞬間にヴァイスの背後から攻め入った麒麟の突進を躱し、脇腹に少し力を入れた拳を打ち付けて殴り飛ばす。
何処に居るのか。攻撃の態勢に入っているなら気配を掴むのは簡単。加えてヴァイスには"テレパシー"もあり、既に何処へ潜んでいるのかは理解していたのだ。
誘い出す為にわざと探す振りをし、仕掛けて来るのを待っていたのである。
「さて、残るは」
『……!』
「君だね」
四神と麒麟を吹き飛ばしたヴァイスは一瞬にして黄竜の背後に回り込み、反応するよりも前に回し蹴りで龍の身体を蹴り飛ばす。
飛ばされた黄竜は中心の山があった場所に落下して粉塵を舞い上げ、続くように光を込めた。
「何だかンだ言って、広範囲を死なない程度に狙うならこれが一番かな。"光の爆発"」
そして放たれた光魔術からなる広範囲に及ぶ爆発。
爆発によって崩壊した島は更に抉れ、海の水が大きく波打つ。
一瞬後に光は消え去り、更地と化した島に五匹の四神たちがぐったりと倒れ伏せていた。そう──"五匹"だけの。
「……。一匹足りないね。黄竜か。まあ、四神の長というだけあって相応の力は有しているンだろうね」
一匹。四神の長である黄竜の姿が見当たらず、ヴァイスは特に慌てた素振りも見せずに辺りを見渡した。
気配は感じているが、鮮明な居場所は近付かなくては分からないもの。なので自分の目で探しているのだ。
その瞬間、ヴァイス目掛けて土が浮き上がり、大地と繋がる無数の土の槍が降り注ぐ。
「成る程ね。姿を見せなければ攻撃し放題か。けど、攻撃するには力を込める必要がある。その力の流れを見極めれば……」
『……!』
「居場所の特定は容易いという事さ」
先程までヴァイスの居た場所に槍が降り注いで粉塵を舞い上げる中、そこを遠目に見ていた黄竜の背後にヴァイスは"テレポート"で移動した。
気配を消しても、気配の掴めぬ場所に居たとしても力を使えば場所の特定が可能。故にヴァイスは黄竜の背後に現れた。
「他の皆は既に動けない状態だ。まあ、数分すればまた戦闘に戻れる程度ではあるンだけどね。君にも数分間は戦闘不能に陥って貰いたいところだね」
『それも断らせて貰いたい。たかが数分。されど数分。私が倒れればその数分で皆を連れ去るのだろうからな』
「ああ。それが私の目的だ。その目的はまだまだ残っている。君を倒したら次の目的に向けて先に進むつもりだからね」
一人と一匹は向き合い、次の刹那にヴァイスは黄竜の懐に迫り行く。同時に片手へ力を込め、
「やっぱり最後は物理的な力が良さそうだね」
『……!』
再び背後に回り込み、頭目掛けてライとダークの力からなる拳を振り下ろした。
懐に迫ったのはただの牽制。狙いは不意を突かれた頭であり、そのまま黄竜を大地に叩き付ける。
ヴァイスの宿す肉体的な力で一番強いのはライとダークの力ではないが、調整しやすいからこそ肉弾戦を行う時に重宝しているのだろう。
黄竜の叩き付けられた場所からはクレーターが生み出され、周りの大地を押し退けるように広げる。それによって黄竜は動けなくなった。
「まだ意識はあるみたいだね。流石だよ、黄竜。やっぱり君は合格に相応しい」
『フン……少し脳震盪を起こしているだけだ。直ぐに治る……!』
「頑丈だね。流石は神の龍。肉体的な強度も随一と来た。……まあ、死なない程度にトドメを刺す事も出来るけど」
動けなくなったが意識はある。少し経てば動く事も出来るだろう。そんな黄竜に対し、ヴァイスは今一度力を込めてトドメを刺そうと──
『まだ……終わってねぇよ!』
「……!」
した瞬間、白虎が放った金属の槍によって腕を貫かれた。
そこから鮮血が噴き出し、一瞬気を取られると同時に三方から樹、炎、水が放出されてヴァイスを撃ち抜き、最後に上から麒麟が落下するように嗾ける。
『ハァ!』
「……フム」
神の力を前足に込め、勢いと威力を上げて踏みつける。それによって全身を貫かれたヴァイスの足元が崩壊して更なるクレーターが造り出され、島を貫き海に落ちて麒麟の場所にまで届く水柱が上がる。
『お前たち……! 傷は良いのか……!?』
『ええ、大丈夫です……。問題……ありません……』
『……。そうか……』
麒麟たちに向けて黄竜は話、一番近くに居た麒麟が全身を震わせ、血を流しながら問題無いと告げる。
その事からするに大丈夫ではないのは明白。しかし黄竜は敢えて言及せず、相槌を打って身を奮い立たせる。
『私も大丈夫だ。迷惑を掛けた……!』
『いえ……』
両者。いや、四神六匹全員が満身創痍の現在。負傷した身体に気合いという名の鞭を入れて無理矢理立ち上がっているが、とても戦闘を継続出来る状態ではなかった。
「うン。やっぱりタフだね。頑丈だ。良いね。それでこそ合格を与える価値がある」
『……。無傷、ですか……いえ、傷が癒えた……と考えるのが妥当でしょう……』
『その様だな。さて、一体どうするか……』
島を貫通して海に落ちた筈のヴァイスは二人の背後から空中浮遊しながら降り立つ。
攻撃しなかったのを見ると余裕が残っているという事になるが、以前よりも圧倒的に強くなり、不死身の肉体を手に入れたヴァイスに二匹は……四神は全員の気が滅入っている様子だった。
「まあ、動かなくしなくちゃ連れて帰るのも大変。今度こそトドメを刺すよ」
『『……っ』』
効率的に運ぶ為、ヴァイスは淡々と告げて再び力を込める。
先程は邪魔されたが意に介しておらず、逆に見直してトドメの一撃を──
『悪ィが、それをさせる訳にゃいかねえな』
「……!」
──放とうとした次の瞬間、何処からともなく声が届き、赤く長い鉄の棒が亜光速で伸び行き、ヴァイスの身体を捉えて吹き飛ばした。
黄竜たちはそんなヴァイスを一瞥し、雲に乗って姿を現したその存在に声を掛ける。
『斉天大聖……!』
『よっ。無事……じゃねえみたいだが、間に合って良かったぜ』
その者、幻獣の国支配者の側近、斉天大聖・孫悟空。
孫悟空は觔斗雲に乗って駆け付けたらしく、黄竜たちの身を案じていた。
『何故アナタが此処に……!』
『ちと国が攻められていてな。各所に要請を頼む手前、四神たちにも手を貸して貰おうと寄ったんだ。それで偶々元凶のヴァイスが居たって訳だよ。だが、もう少し急いで来た方が良かったみてえだな。悪かった』
『い、いえ……』
孫悟空が四神の島に来た理由は幻獣の国に手を貸して貰う為。だがまさか元凶が此処に居るとは思わなかったのだろう。孫悟空はヴァイスの事を面倒臭そうに話しつつ、黄竜たちの傷を見て反省する。
「成る程。それは好都合だね。斉天大聖も合格者。もう一人の手間も省けた」
『ピンピンしてんな。まあ、生物兵器の肉体とやらがそれ程馴染んでいるんだろう。……言ー事で、此処からは俺も相手だ。互いに目的は同じ見てえだからな……!』
「ああ、本当にその通りだよ」
如意金箍棒を受けて無傷の様子であるヴァイス。槍などのような物は身体を貫くが如意金箍棒は先端が鋭利ではない。なので打撃のような存在が亜光速で迫ろうと傷は負わないらしい。
四神たちとヴァイス。決着が付こうとしていたこの戦闘は、斉天大聖孫悟空が加わる事でまだ助かる道が残されるのだった。