九百話 悪神とシュヴァルツ・次の侵略対象
──"魔物の国"。
『退屈だな。人間の国が世界最強なら、此処は世界で一番自由で最凶の国らしいが、イマイチ。パッとせぬ国だな』
森を焼き払いつつ、魔物の国では悪神ロキが闊歩していた。
そんなロキは退屈そうに森を燃やしており、それによって意識の奪った魔物達を回収して拘束する。
魔物の国は凶暴な野生の魔物が兵士の役割を担っており、それ故に国中が兵士に護られているとも言える場所である。だがしかし、そんな凶暴な魔物の強さも主力クラスではない。だからこそ相手にならず退屈なのだろう。
『さて、また主力が誰か来れば良いのだがな。他の魔物共も怯え切って何もして来ぬ』
『グルルルルル……』
『ガルルルルル……』
『ギエェェェェ……』
『低く唸ろうが威嚇しようが、仕掛けて来なくては意味が無かろう』
魔物は野生。それ故に警戒心が高い。だからこそ実力の差を理解しており、己の身を案じて嗾けて来ない。
それも相まってロキの退屈という感情はより高まり、虚無の感情で森を焼き払い続ける。
『……ったく。誰か私を楽しませよ!』
退屈が高まり、周囲に火柱を立ち上らせて感情を爆発させる。炎はロキを中心に周囲へ立ち上ぼり、木々のみならず大地をも焼き飛ばした。
『その持て余した退屈。余が払ってくれよう!』
『……!』
次の瞬間、立ち上った火柱が全て消え去り、中心に居るロキへ鞭のように撓る長い腕が放たれた。
それによってロキは吹き飛ばされ、森を数キロ吹き飛ぶ。
『……ッ! 今の腕……そして風圧で炎その物の私を消し去り、直接ダメージを与えられる力……。フッ……良い退屈凌ぎが来たか……!』
『フム……それは此方の台詞じゃ。攻めて来たのは主か、悪神ロキ。主に命ずる。余を楽しませよ……!』
『魔物の王の分際で神に命令するな。……だが、面白い。互いを使って楽しむと利害は一致した……!』
その者、魔物の国の支配者テュポーン。
互いに上から物を言い、互いの存在を視認する。
本人が言うように利害は一致している。要するに敵で遊べば良いのだ。
故にテュポーンとロキは構え、次の瞬間に相手へ向けて踏み込んだ。
『良く燃えそうだ。その巨体はな……!』
『下らぬ。今の余は本来の余より遥かに小さいからの。それでも燃えぬ自信はある』
テュポーンの巨躯に向けて炎を放出し、テュポーンも炎を吐いて相殺する。
現在のテュポーンは、巨大は巨大だが精々十メートル程しかない。本来の大きさで惑星級と考えると圧倒的に小さいだろう。だが力は十分にある。ただ小さいだけで、支配者レベルの実力はそのまま健在なのだ。
『そも、余にダメージを通すよりも前に主が死ぬかもしれぬがな』
『それは困るな。ああ、本当に困った』
『フン、戯れ言を』
燃え広がった炎を払い除け、そのままの勢いで鞭のような腕を伸ばすテュポーン。ロキは嘘を交えつつ炎となって避け、周りの炎に移ってテュポーンへ狙いを定めた。
『何処に行こうと、この星に居る限り何処までも届くぞ!』
『……そうみたいだな』
ロキが出現すると同時にテュポーンは腕を伸ばし、出現地点を的確に狙い付けて嗾けた。
ロキは即座に炎となってそれを躱し、また別の地点へ出現し、今度はロキが出現と同時に渦巻く灼熱の轟炎を放出する。
『下らぬ』
『遠距離からの炎は無駄か』
その、主力クラスですらダメージを負うであろう炎はテュポーンの一息によって掻き消され、無数の毒蛇がロキを狙うように放たれる。
ロキは再び炎となって避け、そのタイミングで毒蛇を焼き殺す。
毒蛇もテュポーンの一部であり通常の毒蛇よりも圧倒的に強大な力を有しているが、それを焼き消せるロキの実力はかなりのものだろう。
『だが、だからと言って近距離でもあまり効果は無さそうだな』
『そうよの。元より、主と余では実力に差があり過ぎる。さっさと帰るか死ぬかしたらどうだ?』
『それは断りたいな。封印から復活出来てまだ数日……ようやく力が戻ったんだ。この世界は私の居た世界ではないが、もう少し満喫したい』
テュポーンとロキの実力には確かな差があるのかもしれない。
事実、ニーズヘッグやブラッドの放った衝撃ではロキの炎を消し切れず、最後の攻撃以外の殆どを無効化していた。
しかしテュポーンはその腕を伸ばすだけでロキの炎を消し去り、本体に触れる事が出来ている。それはおそらく、それ程までにテュポーンの力が強いという事なのだろう。
『満喫すると良い。この世界線にあるあの世をの?』
『折角の誘いだが、それも遠慮しておこう』
次の瞬間、テュポーンは再び巨腕を伸ばして嗾け、ロキは炎となって消失。同時にテュポーンの背後へと回り込み、近距離にて炎を放出した。
『フム、周りの炎が厄介だな。空間移動の力程自由に行動は出来ないみたいだが、移動速度は魔力などの力を込める必要が無い分"瞬間移動"と"移動魔術"より早い。本当に一瞬で移動するようだ』
『まあな。お主は光以上の速度を見切れる動体視力を有しているが、光などは直線移動。私は点と点を飛び越える瞬間移動。反応は出来ても完全に見抜く事は出来まい』
炎から炎へと飛び移り、更に移動出来るような炎を増やしてテュポーンを翻弄する。
その間にも何度も炎と熱で攻め立てており、テュポーンの身体を炎上させる。それのみならず爆発のような力で別のダメージも狙い、傍から見ればロキが押しているような光景が生み出されていた。
炎と熱と衝撃。様々な攻撃を受けるテュポーンは一言。
『フム、煩わしいのう』
『……!』
──その刹那、テュポーンは両腕を広げ、周囲を軽く仰いだ。
それによって大きな衝撃波が周囲を飲み込み、周りの炎と木々や大地を吹き飛ばす。しかし余波はそれに留まらず、そのまま上空へと立ち上って雲を消し去り、星の周りにある無数の隕石群を破壊。現在の魔物の国からしたら裏側にある月の位置をずらし、偶々発生していた星全体を覆う太陽風による磁気嵐を消滅させる。
ただの一振りで現れた影響は計り知れず、それこそが支配者の力だった。
『……。これは、思った以上に強敵だな。オーディンと同等かそれ以上だ』
『オーディンか。確か余も以前にライとオーディンを相手取った事があったの。だが、力で言えば精々先代ゼウスと同じくらい。確かに弱くはなかった』
『ほう? 参考になるな。今のオーディンの具体的な実力は分からなかった』
炎が全て消された事によって姿を現さざるを得ないロキと、ロキの口から出たオーディンという言葉に反応を示すテュポーン。
テュポーンは、伝承では一度ゼウスを倒している。このテュポーンにもその様な節があるらしく、それは先代のゼウスだが確かに戦闘を行った事があるようだ。
そんなテュポーンの経験からして、オーディンの実力は先代のゼウスとほぼ同じらしい。確かに主神という立場や全知全能の伝承など共通点は多い。その先代ゼウスは既に力を今のゼウスに受け継がせているが、ロキからすれば参考にはなるのかもしれない。
『参考にした所で意味が無い。主は余によって滅ぼされるのだからな』
『それが問題だ。折角炎その物になれると言うのに、それを無力化する者がこの世界には多過ぎるな。先が思いやられる』
ロキの感想に向けて自分が打ち倒すから意味が無いと告げるテュポーンに、実際実力差を感じている様子のロキ。
テュポーンとロキ。魔物の国にて行われる支配者と悪神の戦闘が始まった。
*****
──"人間の国"。
「さてと、次は何処へ行こうかね。確かヘパイストスが居た"スィデロ・ズィミウルギア"には行ったんだよな。まあ、ヘパイストスはあまり好戦的じゃねェから今頃生物兵器の兵士達相手に手間取ってんだろうし、そこはパス。そうなると目的地は……」
至るところで支配者が動き出している頃、制圧した"エザフォス・アグロス"から近い場所にある高い木の上にて、生物兵器を引き連れながらシュヴァルツが何処へ向かうかを考えていた。
シュヴァルツの行動理由は如何に強敵が居るか。それなら支配者が手っ取り早いのだが、残念ながら支配者は全て取られている。グラオ以外支配者と出会っているのか此処に居るシュヴァルツには分からない筈だが、国を攻めるという事は自ずとそう言った存在と相対する事になるので想像に難しくはないのだ。
「……へえ、人間の国って幹部の数が多いんだな。確かにオリュンポス十二神だから最低でも十二人は居るのか。二人以上の幹部が居る街や幹部以外の主力が居る街……そして幹部の数自体は一人。もしくはたまに二人になる人間の国のNo.2とNo.3の居る街……ハッ、ワクワクすんなァ! どこも捨て難いじゃねェかよオイ!」
シュヴァルツはヴァイスによって渡されたメモを見、幹部と街の事を確認する。
どうやら大々的な行動を起こさず、身を潜めていた期間のうちにヴァイスは全ての国の全ての主力や地形を調べていたらしい。そのメモをシュヴァルツ達に渡して何処へ行けば良いのかを分かりやすくしていたようだ。
「やっぱ行くならNo.2かNo.3の街だよな。確かNo.3……ハデスの居た街"ビオス・サナトス"は俺たちも一度仕掛けたからな。まあそこで失ったモノは大きいが、今は関係ねェか……」
シュヴァルツは、自分が行くならこの国で文字通り二、三を争う実力を誇るハデスかポセイドンの街を目的に考えていた。
その思考の中でふと死した仲間を思い出したがそれを振り払い、木の上から地に降り立つ。
「……!」
──そして、着地したシュヴァルツの視界には"モノクロの海"が広がっていた。
「……あ?」
その光景にシュヴァルツは呆気に取られ、周りを見渡す。生物兵器の兵士達と合成生物は残っており、景色のみが変わったという感覚だった。
「……。成る程な。ヴァイスが言っていたモノクロの世界。そしてある神が司るとされる海。言ー事は、少し考えりゃ誰の所為で……いや、誰と誰の所為でこの世界に連れて来られたのか分かるな」
そんなシュヴァルツは少し考え、何がどうしてこうなったのかを理解した。
二つを象徴とするかのような世界。シュヴァルツの背後に気配が現れ、次の瞬間に全て消滅した生物兵器の兵士達を一瞥して言葉を続ける。
「まさか、No.2とNo.3が一緒に来るなんてな。ハデスにポセイドン? ……てか、ペルセポネは居ねェのか。ハデスとは一緒の街だろ」
「ペルセポネは街でお前達が嗾けた生物兵器の兵士達を相手取っている。街を空ける訳にはいかないからな」
「我は街を空けているが、生物兵器の兵士とやらは全て復活出来ぬように消滅させて来た。加えて街は天然の要塞だからな。大勢の敵にも対応はしやすい。念の為に我が水の防壁の膜も貼っておいた。策は万全だ」
その者、ハデスとポセイドン。前述した人間の国の中でも三本の指に入る実力者である。
二人は街の守衛も施したらしく、十分な準備を終えてシュヴァルツの元に来たと考えて良いだろう。
「ふぅん。つか、何で俺の居場所が分かったんだ? 確かにデメテルの街を襲撃したからある程度の情報は流れると思うが、倒したのはついさっき。まだ一時間も経過しちゃいねェ。どんなに早くても数日は情報が届かねェ筈だ。主力クラスなら素の身体能力で街から街に数秒で移動出来るかも知れねェが、兵士とかなら馬にでも乗らなきゃ時間が掛かり過ぎる……というより、馬に乗ってようやく数日だろ。何処から情報を掴んだ? しかも二人にな」
そんなシュヴァルツの疑問は尤もな事だった。
地の利がある訳ではないが、メモによってある程度の地形は知っている。その事から考えても一時間程度で情報が伝わり駆け付けられる筈が無いのだ。
それについてハデスとポセイドンは答える。
「まあ、情報なら幹部同士の情報網があるからな。遠くの者と連絡を取る手段も作られた。それを使用したに過ぎない」
「ああ。神の力や魔力を込める事で音を向こうまで運ぶ機器があるというだけだ」
「成る程な。魔法道具みたいなもんか」
遠くの者に情報を伝える魔法道具。それはシュヴァルツにも心当たりがある。ハデスとポセイドンはそれの神バージョンのような物を使ったという事だろう。
それならばとシュヴァルツは構え、言葉を発する。
「まあいい。テメェらのどちらかと戦いたいとは思っていたところだからな。却って手間が省けた」
「命知らずだな。お前一人で私たちには勝てぬだろうに」
「何なら我らは一人ずつ戦ってやっても良いぞ?」
「要らねェよ。生き物ってのは、窮地に追い込まれれば追い込まれる程に自分の力が高まるもんだからな。テメェらと戦って、何千何万年分の修行を此処で終わらせてやるよ!」
破壊魔術を用いてモノクロの世界にヒビを入れ、ハデスとポセイドンに空間の欠片を降り注がせる。
二人はそれらを弾き、同時に構えて向き直った。
ロキとテュポーン。シュヴァルツとハデスにポセイドン。片方は支配者と出会い、片方は支配者に匹敵する実力者二人と相対した。