八百九十九話 ゾフルとマギア・次の侵略対象
──"魔族の国"。
『『『…………』』』
「うわあああぁぁぁ!!」
「ぎゃあああぁぁぁ!!」
「逃げろおおぉぉぉ!!」
「た、助け……!」
此処は魔族の国、主力の居ない街。
そこでは生物兵器の兵士達による襲撃で街の兵士が落とされ、街その物が壊滅の危機に瀕していた。
「やっぱ普通の街なら生物兵器の兵士だけで落とせるんだな。俺は休めるから丁度良いが、逆に退屈だ。まあ、まだ身体を自由には動かせねェけど」
何の変哲も無い普通の街を攻め立てていたのは魔族の国に攻め入っていたゾフル。
ゾフルと操っているシャドウ、ゼッルは何も手を出しておらず、次の街に向かう為にこの街を進んでいた。
そう、此処はあくまでただの通り道。偶々通り掛かった場所に街があったので一応侵略しているが、本人は退屈そうである。
ゼッルによって既に治療は施されているが、回復魔術は専門外。なので現在のゾフルはまだ自由に動ける程にはなっておらず、兵士達に運ばれており横になりながら進んでいる状態だった。
「この国で三強幹部の一角のダークが相手だったから思わぬ重傷を負ったが……既にそのうちの一人シャドウは手中に居る。アスワドとゼッルの幹部も解決済み……残る強敵はシヴァ、ブラック、モバーレズくらいか。後はまあ、シヴァの側近の四人衆……特にシヴァとブラックが厄介だな」
移動しつつ、暇なのでゾフルはこの国に残った強敵の事を考える。
幹部の側近は捨て置き、幹部と支配者。支配者の側近がゾフルにとって厄介な存在だろう。幹部一人とその側近くらいならシャドウとゼッルが居れば何とかなるが、幹部が二人以上。もしくは支配者と出会したらその時点でそれについての覚悟を決めなくてはならない程である。
「この街を落として有象無象を回収したら次に向かう。それまでならこの傷も今よりはマシになるだろうしな」
指示を出し、ゾフルは治療に専念する。そうしなくては魔族の国を制圧出来ないからだろう。
取り敢えず街自体はどうでもいいと思っている様子。一応この街も制圧するつもりだろうが、多少の取り残しは無視して進む事を優先する。
『……』
「ヒィ……! く、来るな……! 来ないでくれ……!」
そして、住人に向けて無機質に進む生物兵器の兵士。それによってまた一人がその犠牲になろうとしていた。
「させるか!」
『……』
「……!」
そこに向け、まだ動ける街の兵士が剣を振るい、生物兵器の兵士の腕を斬り飛ばす。同時に踏み込み、その胴体に剣を突き刺した。
「早く逃げろ!」
「あ、有難うございます!」
兵士は住人を逃がし、剣を抜いて生物兵器の兵士を蹴り飛ばす。本来なら致命傷。もしくは数日は動く事も儘ならない身体になった筈。
兵士は剣を構えて生物兵器に向き直り、生物兵器はただ佇んでいた。
「まるで機械だな……だが、生き物ではある筈……どうだ! この野郎!」
『……』
「……!」
そして、生物兵器の身体が即座に再生し、剣を構えた兵士の眼前に迫った。
「……っ。化け物……!」
『……』
「……ッ! ──…………」
そして言葉を続けるよりも前に殴り飛ばされ、そのまま建物に衝突して粉塵を舞い上げる。兵士は意識を失った。
『……』
「ヒッ……また一人……!」
『……』
一方で逃がして貰った住人は追い詰められ、
「……ったく。なーんか騒がしいと思ったが……こんな偏狭の街にまで手を出すのかよ。幻獣の国に行く前に、この近くに寄って良かった」
『『…………!』』
「……!? あ、貴方は……!」
次の瞬間にその生物兵器の兵士達は全て消滅した。
襲われていた住人は驚愕の表情を浮かべ、その者の事を二度三度と見直す。
「し、シヴァ様!?」
「ん? ああ。無事か。早く逃げてろ」
「は、はい!」
──その者、魔族の国の支配者、破壊と創造を司るシヴァ。
シヴァは住人をさっさと逃がし、その場から一瞬にして強い気配の元に到達する。
「んで、俺の国を攻めて来たのはテメェか。ゾフル。今までの悪行と今の現行犯。弁明の余地はねェな。処刑以外の選択肢は与えられねェぜ?」
「……っ。来ちまったのかよ……支配者が……!」
シヴァを見た瞬間、運ばれていたゾフルは飛び退くように距離を置く。まだ傷は癒えておらず、身体も自由には動かないがそれくらいは行動出来る範囲だった。
しかし今の状態から。というより、万全の状態でも確実に勝利出来ない存在が相手。数は多くとも一人のシヴァが相手ではかなり厳しいだろう。
ゾフルとシヴァ。魔族の国、裏切り者と国の支配者が出会った。
*****
──"幻獣の国"。
「さて、次は何処に行こうかなぁ? 此処からだと一番近いのは何気に支配者の街"トゥース・ロア"なんだよねぇ。仕掛けちゃおっかなぁ。どちらにしてもやらなきゃならないからねぇ」
幻獣の国の国境から少し進んだ森の中にて、マギアが散策するように次の目的地を考えていた。
幻獣の国の地形からして、国境と支配者の街は近い場所にある。なのでマギアはそこへ行こうかと思案していた。
元より幻獣の国は"世界樹"の一部から中心的に栄えた国である。
支配者の街である"トゥース・ロア"はその本元にあり、そこから様々な街が広がっているのでどの場所から進んでも中心にある"トゥース・ロア"とは然程距離が無いのだ。
「よし、じゃあ早速支配者の街に乗り込もうかな。本元を先に落としたら戦況がグッと有利になるもんね」
そしてそれからあまり考えず、マギアは幻獣の国支配者の街"トゥース・ロア"を落とす事に決めた。
本来支配者の街に乗り込むという事は、攻め込むという意味なら身命を賭す覚悟で挑まなければならない。
しかしリッチにして様々な魔術を扱い、全知全能を目指すマギアには支配者に挑んでも何とかなるという自信があるようだ。
「支配者の街なら一度行った事もあるし……もう行っちゃおうかな!」
そして次の瞬間、マギアは自分とアスワド、ラビア。そして最低限の兵士達を引き連れ、空間移動の魔術を用いて"トゥース・ロア"へと向かった。
それはほぼ瞬間移動と同義。故にマギアは一瞬にして"トゥース・ロア"に到達し、先に送り込んでいた兵士達の様子を窺う。
「あらら。攻め込む時に向かわせた兵士達が全滅しているや。やっぱり支配者さんの街に兵士だけってのは大変だったかなぁ? 数千体は送ったけど、物の見事に玉砕されているねぇ」
今マギアが連れる兵士のみならず、マギアは既に幻獣の国には何体かの生物兵器の兵士達と合成生物を送り込んでいた。
その中でも支配者の街には特別数を多くし、数千体もの生物兵器を送り込んだのだが、その全ては全滅していたのだ。
マギアもマギアで支配者の街に攻め込んだらどうなるのかある程度は予想していた事だが、やはり支配者は支配者なのだろうと改めて実感した。
「けど、焼け痕がまだ新しいし、全滅し終えたのはついさっきかな? それならすれ違いとかにならないで会えるね♪」
周りの痕を見やり、マギアはまだ支配者であるドラゴンがこの街に居ると推測した。
と言うのも、現在はヴァイス達。つまりマギアの仲間達も他国に攻め入り数は生物兵器の兵士達で補っている現状、報告の為に支配者が居なくなる可能性も考えていたのだ。
しかしその不安は杞憂に終わり、マギアは嬉々として"世界樹"の一部からなる支配者の拠点に片手を構えた。
「取り敢えず、棲みかを壊して炙り出そっかな。"世界樹"は欠片でも再生するから気持ち強めで……"女王の炎"!」
そして放たれた、リッチの魔力からなる炎魔術。その威力は世界を焼き尽くすのに十分なモノが秘められており、軽い声音とは裏腹に確実に拠点を焼き払おうと言う気概が込められていた。
炎は"世界樹"の一部からなる支配者の拠点に向けて進み行き、
『させるか……!』
──何処からともなく放たれた紅蓮の炎によって相殺された。
「あら、来てくれたんだ。探す手間が省けたよ♪」
『リッチか。俺の国を狙うとは、身の程知らずも良いところだな』
「リッチって言わないでよ! ドラゴン!」
マギアの炎を相殺した存在、幻獣の国を治める支配者であるドラゴン。
既に近くへ来ていたのか姿を現し、マギアに向けて構える。余裕の態度だったマギアはリッチと呼ばれた事に反応を示し、魔力を込めてドラゴンに向き直った。
「けど、意外だね。貴方が直々に出て来るなんてね? もしかして、他の主力は全員他の場所に向かっているのかな? 今この国はそうでもしなくちゃいけないレベルで攻め困れているからね」
『それを答える義理は無いな。侵略者は侵略者。国を脅かす存在は排除せねばならぬ』
自ら姿を現したドラゴンに向け、その事から他の主力が居ないのではないかと指摘するマギア。ドラゴンはそれに返答せず、臨戦態勢に入った。
その様子を見やりマギアはおどけるように言葉を返す。
「流っ石! 縄張り意識が強いんだね。野生の動物は!」
『貴様、リッチと呼ばれる事は嫌う割には他者を見下す傾向にあるのだな。自分がされて嫌な事は他人にするものではないぞ』
「貴方は他"人"じゃないじゃん。……って言うのはただの屁理屈かな。うん、野生の動物って言っちゃったりしたその事については反省するよ。ゴメンね。……一先ず、私が言われて嫌なのは私を他の有象無象と一緒にしないでって事。私は私だからね。それに、種族の中なら一番だもん。だって、皆不死身の肉体を手に入れた割にあっさりと死んじゃったからねぇ」
曰く、自分を見て欲しい以外にも、自分の存在が唯一無二である事を理解して欲しいからとの事。
そう、リッチはあくまで種族名。種族名がそのまま支配者として名になっているドラゴンや幹部である幻獣たちは居るが、それは国の代表のような存在だからこそである。
つまり、リッチは他にも居た。マギアはその中でも一番の存在という事を確信しているようだ。
『皆死した……か。それを知っているという事は貴様もその場に居合わせたという事だ。つまり、何者かによって種族が消されたのだな?』
「……」
ドラゴンが予想するに、マギアには過去に何かがあり、結果としてリッチという種族を滅ぼされた。だからこそリッチという言葉に過剰な反応を示すのだろうと考えていた。
そんなドラゴンの言葉に対し、少し寂しい目をしたマギアは一転。笑って一言。
「ううん♪ 私が種族を絶滅させたの♪」
『……!?』
その言葉に、流石のドラゴンも大きく反応を示す。
種族を絶滅させた。それだけでも大層な事だが、ドラゴンが反応を示したのはそこではない。
マギアは、楽しそうにそれを話していたからだ。
『何故嬉々としてそれを話す!? 種族が誰一人残らず死したのだぞ!?』
それは有り得ない。と、そう思いたかった様子。
迫害。弊害。否定。様々な理由によって殺さざるを得なかった可能性もあるが、マギアは全くその様な素振りを見せない。何故同種族が死して喜ぶのか、それが疑問だった。
「うん、そうだね。けど私は力を欲しかったんだ。それでね、殺した存在の心臓と脳を食べればその魔力が私の魔力に上乗せされる事が分かったんだ! 私は全知全能を目指していたし、私以外のリッチは皆、ただただ力を求めていただけで見た目に拘らない存在だったからゾンビとかミイラみたいに見た目が悪くてお気に入りにも入らないし、生かす必要もないなって考えて──」
『そう言う事ではない! 貴様は仲間を殺しても何も思わなかったのかという事を!!』
「思う訳無いじゃん。お気に入り以外は存在価値皆無だもん」
『……っ』
話が通じない。ドラゴンは直感的にそう分かった。
マギアが種族を絶滅させたのは力を得る為。マギアのお気に入りになるような存在ではなく、自分の糧になる存在だったからという至極単純な理由だった。
「これで理由説明は終わりだね。今は幸せだよ♪ 周りにはお気に入りが多いし、何より自由だしね♪ 他のリッチも力だけじゃなくてもう少しだけでも見た目に拘れば死んじゃう事も無かったのに。そんな愚かな種族と私は別だよ。せめてゾンビみたいに皮膚が爛れていたり、ミイラみたいに骨がはっきり見えるくらい痩せ細っていなければ良かったのにね。力と引き換えに見た目が悪くなったら元も子もないよ。性格も皆悪かったし。自己中心的で協調性も無い。あーもう、不平不満が沢山出ちゃう! 他人を傷付ける悪口とか陰口は言わない主義なのに……」
マギアは一人で盛り上がる。どうやら種族その物は嫌っていたが、ある程度直せる場所を直すだけで絶滅する事は無かったのかもしれない。
しかしそれはマギアの匙加減次第。難しいものだろう。
「──取り敢えず、今は貴方だよ。ドラゴンさん。貴方は見た目的にお気に入りじゃないけど、悪くはないからね。と言うか、他のリッチに比べたら大抵の生き物の見た目は許容範囲かな。まあそれはいいか。ヴァイスの目的の為にも回収しなくちゃならないし、連れ去らせて貰うよ……!」
『長々と一人で語ったな。確かに質問したのは俺だが、もう少し率直に言えぬのか』
「難しいねぇ。ヴァイスの長話の癖が移っちゃったのかな?」
マギアは既に魔力を込めており、ドラゴンも既に臨戦態勢ではある。
他の生物兵器の兵士達とまだ姿は隠しているアスワドとラビアは動いておらず、会話の邪魔にならぬよう佇んでいた。だがそれももう終わりだろう。
魔族の国と幻獣の国。そこに攻め入ったゾフルとマギアは、互いにその国を治める支配者と相対するのだった。