八百九十七話 支配者の街・出入口の守衛
「……。別に他の主力は居ないんだね。本当にグラオ一人で来たみたい」
『『『…………』』』
ライ、グラオ、ゼウスの三人が城にて戦闘を行っている時、"パーン・テオス"の南側に位置する高原付近の出入口に来たレイは生物兵器の兵士達を相手にしつつ念の為に他の主力の確認をしていた。
その結果、やはりグラオ以外の主力はおらず連れて来たのは生物兵器と合成生物くらいという事が分かった。
「此処が高原なのは見晴らしが良くて良かったかな。攻めて来る生物兵器の兵士達を同時に相手出来るや」
確認と同時に勇者の剣を振るい、広範囲に渡って生物兵器の兵士達を切り捨てる。不死身の力も勇者の剣の前では無意味に終わり、出入口付近で剣を振るうだけで侵入を阻止する事は出来そうである。
「通常の生物兵器は大丈夫かな。問題は……大きな身体を持つ巨人の生物兵器だなぁ……」
『『『…………』』』
近くの生物兵器の兵士達を仕留めた後、レイは一際巨大な存在。数十メートルの巨躯を有する巨人の生物兵器達に視線を移す。
小さな、というより常人と同じサイズの生物兵器の兵士達は一振りで打ち倒せるが、巨大な肉体を持つ巨人はそう言う訳にもいかない。巨躯だからこそ色々と問題があったりするのだ。
「取り敢えず斬らなきゃならないかな……!」
しかしやらない訳にはいかない。レイは一体の巨人に向き直り、勇者の剣を握り直して跳躍。巨人の眼前に迫り剣を一振り。巨人兵士を縦に切り裂き、真っ二つにして周囲へ鮮血の土砂降りを降らせた。
「やっぱり周りが汚れちゃうかな……後始末も大変だから迷惑を掛けちゃう……」
『『…………!』』
着地と同時に勇者の剣を横に薙ぎ、二体の巨人を切り裂く。それによって周囲には巨大な肉片が落下し、湖を彷彿とさせる血溜まりが形成された。
レイは別に、巨人兵士に苦労する訳ではない。困っていたのは巨人兵士を倒す事によって生じる肉片や血の後処理についてである。
巨大な肉体には相応のモノが詰まっている。斬撃を主流とするレイはそれについての問題が気掛かりだったのだ。
「だけど、文句は言っていられないね。もう元には戻らない生物兵器……死んじゃっても無理矢理操られる可哀想な肉体は解放してあげなきゃ……!」
生物兵器の兵士達はまだまだ存在する。故にレイは剣を止める事なく、せめてもの救いを与える為に切り捨てる。
南側高原付近にある出入口。その防衛は問題無さそうである。
*****
「足止めだけならこれで良いから楽だな。さて、後は時折抜け出して来る者を拒むだけだ」
『『『…………』』』
『『『…………』』』
レイの真逆の位置にいる北側、山間部付近の出入口を守衛するエマは生物兵器の兵士達に催眠術を掛け、同士討ちをさせて進行を妨げていた。
今現在も日差しが出ているので当のエマは葉陰の広がる木の上にて高みの見物を決める。山間部付近というだけあってそこから少し離れた場所にも木々は多い。エマにとっては良い場所に配置出来た事だろう。
本人も言うように抜け出して来る存在も居る。不死身の生物兵器はエマに倒す事は出来ないのでその者にも催眠を掛けて味方に引き入れれば味方陣営が増えるので逆に好都合だろう。
「まあ、楽は楽だが、退屈ではあるな。主力の存在は居ないがだからこそ暇だ。私に生物兵器を消滅させる事が出来れば良いのだけどな」
退屈故に独り言が多くなる。エマも一応主力の確認をしているが主力は居ないと分かり、木の上で寝転がって寛いでいた。
しかしそれと引き換えに退屈は広がる一方。エマは自分自身の力に落胆する。十分主力クラスはあるのだが、生物兵器の兵士達を同士討ちで足止めさせるしか出来ない事が不満なのだろう。
「考えていても仕方無いか。暫し傍観を続けるとしよう」
だが出来る事もない。目を離せば何体か侵入させてしまう可能性もある。なのでエマは出入口と敵の様子を窺いながら傀儡とした生物兵器の兵士達を操るのだった。
*****
「数が多いな……。不死身への対抗手段が無いからそれも踏まえて面倒だ……!」
レイとエマが出入口を守護している頃、最も主要とされる東側にある森付近の出入口ではアテナが生物兵器の兵士達を相手取っていた。
だがエマと同じく、アテナにも不死身の肉体を持つ生物兵器の兵士達を消滅させる手段は持ち合わせていない。なので持ち前のアイギスの盾や槍で進行を防ぐのが関の山。加えてアテナは肉弾戦が主要。生物兵器の兵士達を相手にするというのは数的にもかなり不利だった。
「アテナ様!」
「我々も微力ながら力を貸します!」
「侵略者ばかりに良い格好をさせる訳にもいきませんから!」
「戻ってきたか……。根性は無いが、無いなりにあるという事か……!」
そんな事を考えている時、"パーン・テオス"の兵士達がアテナの手助けをするべく姿を現し生物兵器の兵士達に向けて銃や矢。大砲で応戦する。
一度は退いた兵士達だが、やはりそれなりの誇りは持ち合わせているようだ。
アテナはそんな兵士達に一瞥しつつ軽く笑って呟く。同時にアテナは生物兵器に駆け出した。
「コイツらは不死身だ! 一先ず街の中に入れぬ事にだけ気を付けろ!」
「「「はっ!」」」
アテナの指示に従い、兵士達は生物兵器を銃、矢、大砲で狙い撃つ。ただ一人前線に出るアテナはアイギスの盾に神の力を込め、出入口全てを覆うような大きさを誇る盾で生物兵器の兵士達を押し出した。
押し出された生物兵器の兵士達は一体も"パーン・テオス"に入る事は出来ず、そこに向けて大砲が放たれ爆発を起こして生物兵器の四肢をバラバラに吹き飛ばす。
「少し範囲は広いが、攻城戦のようなものだな。侵略者達が護る場所は大丈夫かどうか……」
兵士達の参戦によって立場的には多少なりとも有利になった東側の最も重要な出入口付近を守護するアテナはレイたちを心配する余裕が生まれた。本人からすれば侵略者などどうでも良いのだが、街が心配なのでついでにレイたちも心配しているのだろう。
東側の守衛戦。それは少し苦労しているが、何とか侵入は防げそうである。
*****
「やっぱり……何体か入って来てる……」
そして最後、主要となる東側の真逆に位置する西側。川付近の出入口の守備を行うリヤンは生物兵器の兵士達を追い出す作業をしていた。
リヤンたちが城の外に出た時点で既に生物兵器の兵士達は暴れていた。他の出入口付近は主力がいち早く駆け付けたので何とかなったが、一番離れた場所にある此処は既に複数の建物が半壊している程の被害を被っていたのだ。
リヤンはヴァンパイアの持つ催眠を用いて生物兵器の兵士達を操り同士討ちを促す。そしてラビアの光魔術を用いて広範囲の爆発を引き起こし、細胞一つ残さず生物兵器の肉体を消滅させていた。
ある程度攻め込まれているとしても様々な主力の力を扱えるリヤンにとっては大した問題では無かったようだ。
「全員……完全に消し去らなくちゃ救えないんだよね……」
生物兵器の消滅。それはもう何度も行ってきた事であり、慣れてしまってはいるがやはり元の素材は普通に生活をしていた罪無き者達なので心苦しさはあった。
中には罪人だった材料も居るのだろうが、それとこれとは別で色々と思うところはあるようだ。
「あの世に逝った魂は戻って来ない……せめて安らぐと良いね……」
生物兵器とは言え、何者かを殺す。否、壊している事に変わりはない。
今まではあまり気にしていなかったが、神に関する夢を見たからこそリヤンには命の尊さが改めて分かったようだ。
生物兵器は完成した時点で材料となった者達は既に死している。加えて肉体も一つではなく、様々な者の肉体を掛け合わせているので肉体の持ち主だった者の生前の記憶が身体に染み付いている訳でもない。本当に消滅させなくてはどうにもならない存在である。
リヤンは川を越えてまだまだやって来る生物兵器の兵士達や巨人兵士。合成生物に視線を向け、力を込めた。
「"神の光"……」
『『『…………』』』
同時に神の力からなる光を天から降り注がせ、触れるだけでその存在を全て消滅させる。
光の速度で降り注ぐ消滅の光の壁。"パーン・テオス"に入ろうとする生物兵器の兵士達はその壁に侵入を妨げられ、誰一人入る事が出来ず既に入った存在も順調に消滅させていた。
「他の皆……大丈夫かな……」
自動的に消滅する生物兵器の兵士達を見やり、他の者たちを心配するリヤン。
問題無いという事は分かっているが、やはりその姿が見えない場所にある以上、不安になるのだろう。
レイ、エマ、リヤンとアテナ。グラオの嗾けた生物兵器の兵士達から"パーン・テオス"の全ての出入口を護る四人は、今のところ問題が無さそうだった。
*****
「……。戻って来たか、二人共。お帰り」
「随分と余裕の態度だな。いつからお主と私は親しくなった?」
「俺も同感だな。てか、吹き飛ばされて遥々戻ってきたらライ達が居なくなってるしよ」
「ふむ、今度のヘルメスは俺モードか」
「人を機械みたいに言うんじゃねえ!」
出入口付近の護りは固まっている。その一方城内にてフォンセとヘラ、ヘルメスの三人が合流していた。
合流と言っても仲間同士なのは二人だけ。フォンセはそんな二人に向けて軽口を叩き、ヘラとヘルメスがピクリと反応を示してそのまま警戒を高める。
数で言えばフォンセが不利だが、この場所ならフォンセも自由に暴れられる。神々の有する無限空間の世界ではないが消滅した瞬間に修繕されるこの城。魔王の力を解放しても問題無いだろう。
「もう少し話していたいが、悪いな。早速決めさせて貰う。"魔王の炎"!」
「「…………!」」
次の瞬間、目の前数メートル先に居るヘラとヘルメスに向けて魔王の魔力からなる炎魔術を放出した。
多少は威力を弱めているが此処が直ぐに修繕されるゼウスの城でなければ大陸一つは消し炭になる威力が秘められていた。二人は飛び退くように躱し、距離を置いてフォンセを挟むように囲む。
「いきなりだな。余熱ですらかなりの苦痛だ」
「うむ。常人なら直撃せずともこの熱波だけで消滅しただろうの」
囲むと同時に踏み出し、二人はフォンセに向けて肉迫する。一筋の光のように滑らかな動きでフォンセの死角から攻め入り、掌とハルパーが攻め入った。
「かなりの速度……まあ、関係無いけどな。"魔王の竜巻"!」
「「…………!」」
それと同時にフォンセは自身の周りを囲むように竜巻を引き起こし、渦巻く暴風によって二人の身体を弾き飛ばした。
死角から攻められたとして、ヘラとヘルメスはどちらも近接戦がメイン。なのでフォンセは自分の周りを覆う事である程度防げるのだ。
弾いた瞬間に魔力を込め直し、それを別の形に形成した。
「"魔王の槍"!」
次の瞬間にそれを穿ち、城の大広間に無数の穴を形成。そしてその槍を鞭のようにしならせ、そこかしこを粉砕する。
ヘラとフォンセの速度によってそれは避けられてしまうが、フォンセ自体は二人の動きを追えば良いだけなので楽なものだろう。
「さて、レイたちとライも気になる。あまりのんびりしている訳にもいかないか。さっきも言ったように、この戦闘を決めるつもりだからな」
「舐めるな……! 要は距離を詰めれば良いだけだからの……!」
「右に同じ。方を付けるつもりなのは俺たちも同じだ……!」
だが今の状況からして、のんびり戦う訳にもいかない。故にフォンセは更に力を込め、ヘラとヘルメスに構え直した。
そんな二人も立場的に引き下がる事は出来ない。元より引き下がるつもりは無い。
レイたちが街を護る中、フォンセとヘラ達の戦闘も始まると同時に終盤に差し掛かった。