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八百九十六話 全能の逆説

 ──"人間の国・支配者の街・パーン・テオス"。


 ヴァイス達の制圧が着々と進む中。支配者の街である"パーン・テオス"でゼウスと改めて向き直ったライとグラオは構えながら話す。


「なんか、今更だけど性格自体は伝承のゼウスと色々違うみたいだな。ゼウスが浮気性だからヘラは嫉妬深くなったって謂われているけど、アンタはそんな風には見えない。それに、さっきも言ったように力を受け継いだだけのアンタ達が何で婚姻関係にあるんだ?」


「第一声……ではないが、戦う前の質問がそれか。確かに気になるのは分かるが、唐突に訊ねるものだな」


「ハハ、白々しい。どうせ知っていたんでしょ? 全知の君ならこれから僕が何を言うかも分かっている筈だからね」


 警戒はしているが、ゼウス自体に戦意は無い。なのでライは純粋に気になった事を聞いたのである。

 ヘラは既に疲弊した状態にある。故に話していても問題無いと判断したようだ。

 ゼウスは白紙の本を捲り、そんなライの質問に返す。


「フム、そうだな。確かに近しい性格の者が力を受け継ぐ。だからと言って全く同じ人生を歩む必要が無いのではないかと思っただけだ。人は性格が変わる。我もただ性格が変わっただけに過ぎない。確かに受け継いだ当初は全知全能の力を快楽に使おうかと考えていたが、全て思い通りになるならその必要も無い。ただ面倒になっただけだな。婚姻関係なのも表面上だけ。ちゃんと妻として見ているがな」


「へえ? アンタにも人間らしい時があったんだな。それを知れただけでも十分だ」


 曰く、ただ面倒臭くなったから。全知全能自体を苦には思っていないが、全てを思い通り出来る力を有した事で達観したという事だろう。

 ヘラの事はしかと妻として見ているらしいが、先代ゼウスのような性格にはならないらしい。

 だがそうなると、ライには新たな疑問が脳裏を過った。


「けど、アンタがこうなった程の全知全能の力。先代のゼウスはよく自分の性格が変わらなかったな」


 それは、今のではなく先代のゼウスの性格が変わらなかった事について。

 人間の国の主力達は、近い性格の者がより強い力を受け継ぐ。しかしゼウスの性格は伝承にあるようなモノではない。それが疑問なのである。

 つまり先代ゼウスは、全知全能の力を持ってしてもなお自分の欲に正直に生きたという事だからだ。この世の全てを思い通りに出来るなら今居るゼウスのように退屈な人生を歩んでもおかしくない筈である。

 ゼウスは白紙の本を今一度捲り、何でもないように返す。


「先代と違い、我の全知全能は本物だからな。自分では気にしていないが、先代ゼウスよりも気苦労が多いのかもしれぬ。先代は全知全能を謳われていたが、それは様々な障害のある不完全な全知全能でしかない。聞いた事くらいあるだろう。──"全能の逆説パラドックス"とやらをな」


「完全な全知全能……?」


 ──"全能の逆説パラドックス"。それは全能を謳われるとしても様々な矛盾が発生する事を突いたものである。


 例えば全能の者に"誰にも持てない岩"を創造するように頼んだとしよう。しかしそれは絶対に創れない筈だ。

 絶対に持てない岩を創り出したとして、全能の者が持ててしまえば"絶対に持てない"という部分が破綻する。しかしだからと言って全能の者が持てなければ"全能"の部分が破綻する。故に"絶対に持てない岩"を創り出す事は不可能となる。

 全能を謳われてそれが出来ない時点で全知全能という存在が消滅する事の例え。後は四角い丸は作れない。結婚している独身者を生み出せないなどがある。

 しかしそれに対する見解は様々。ゼウスは言葉を続ける。


「要するに、矛盾するからこそ全知全能は全知全能でなくなる。先代ゼウスはそれだ。全知全能を謳われていながら全能の逆説パラドックスには逆らえなかった。故に不完全な全知全能。……だが我の場合、矛盾を遂行出来る。誰にも持てない岩をその時点で生み出し、その時点で矛盾する事なく我が持ち上げる事が可能。創り出した瞬間岩には何の細工もせずな。創り出した瞬間に誰がどう見ても誰にも持ち上げられなく、我には持ち上げられるが持ち上げられた事にはならない。しかし持ち上げられた事実は変わらぬ事柄となる。本物の全知全能は矛盾すらをも解消する存在だ」


「何か聞いてて頭痛くなってくるな……言っている事が支離滅裂に聞こえるけど、それでも矛盾していないのか?」


「そう思ってくれて構わぬ。我にはそれが可能だからな。全能の逆説パラドックスは全能ではない常人が勝手に考えたに過ぎぬ。その者は常人の中では頭が良いのかもしれぬが、我からすれば全人類全生物。多元宇宙に無限に存在する者は全て我以下の知能しか持ち合わせていない存在だからな。矛盾を矛盾せずに遂行出来る。それが完全な全知全能という事だ。未熟な先代ゼウスの性格が変わらなかったのは不完全な全知全能だから出来る範囲も限られていたからだ」


「神様の世界はよく分からないな。聞いておいてあれだけど、常人の俺は深く考えなくて良いかな」


 矛盾を遂行出来る存在。それが完全な全知全能。全知でも全能でもないライはよく分からなかったが、全知全能の世界とはそういう事なのだろうと無理矢理納得する。

 しかし長々語ったからこそ先代のゼウスが今のゼウス程達観していない理由も分かった。故にライは改めて構え直す。


「さて、質問は良いかな。アンタが知っている世界の秘密とかはかなり興味があるけど、今は主力を倒すのが最優先だ」


「最優先と言いながら色々と質問をしたな。まあ、子供の考えがコロコロ変わるのはよくある事。今度は退屈しなければ良いがな」


「私は……!」


「君はもう下がりなよ。ヘラ。見て分かるでしょ? 今の君じゃ、この場に居る事自体不適切ってね」


「……っ」


 構えるライと白紙の本を読むゼウス。ヘラも動き出そうとしたがグラオによって事実を言われ、歯噛みして黙り込む。

 ヘラも馬鹿ではない。実力不足は実感していた。しかし面と向かって言われると思うところもあるのだろう。


「ヘラ。お前は下がって良い。まだ分かっていないようだが、そいつは原初にして混沌を司る神カオスだ。謂わば我らの創造主だな」


「……っ!? 混沌の神……カオス……!? まさかそれ程の大物が何故此処に!?」


「本当に今更だね。色々知っていたし、僕の事についても既に分かっていると思っていたよ」


 どうやらゼウスはライたちの事はヘラに伝えたようだが、グラオ。もといカオスの事は伝えていなかったらしい。

 それでも知る機会はありそうだが、ゼウスが敢えて城の主力にカオスの事を伝えていなかったと考えるのが妥当だろう。


「何故教えなかった……ゼウス!」


「存在を教えたところで意味がなかったからな。魔王という不確かな存在を連れる少年や勇者に魔王。かつての神の、あくまで子孫の情報は伝えても戦闘やその他に支障は無いが、原初と混沌の神カオスは別だ。一番存在が身近だからな。その存在からして戦う前から負けていた未来は既に見ている。お前の身を案じた結果だ」


「……っ」


 カオスの存在を教えなかった事にヘラはいきどおるが、カオスの存在が存在なので教えない方が良い未来に行くからこそ伝えなかったらしい。

 つまりヘラの事を考えてのようだが、本人からしたら複雑だろう。その言葉にもヘラは反論出来ず、ゼウスがまた一ページ捲った。


「さて、来るのだろう。来ると良い。先程と同じように、我は此処を動かぬ」


「だったら仕掛けてやるよ!」

「同じく!」


 ヘラを他所に、一瞥も向けずライとグラオを誘うゼウス。二人はそれに返しつつ力を込め、光の速度を越えて加速した。


「オラァ!」

「よっと!」

「……」


 放ったのは先程ゼウスと会った時と同様、純粋な腕力からなる拳。先程よりも速度と威力は上がっているがゼウスは意に介さずかわし、そこに向けて放たれた二人の蹴りも避けた。


「相変わらず動かないのに当たらないな!」

「微妙には動いているんだけどね。どの道来る場所が分かっているから当たらないや」


 ライとグラオは座ったままのゼウスに向けて拳や足を放ち、ゼウスはその連撃全てをかわす。同時に二人はゼウス以外の敵、目の前に居る存在にもけしかけ、三竦みの形を無理矢理形成した。


「互いの敵を効率的に狙うか。我は此処に居なくても良いのではないかと思うな。どちらにせよ攻撃は当たらぬのだ。二人だけで決着を付ければ良かろう」


「俺の最終的な目的はアンタだからな。そう言う訳にもいかないんだよ!」


「僕は楽しみたいだけだからね。誰を狙おうと楽しめればそれで良い!」


 ゼウスを狙ったライとグラオの拳が衝突し、そのままの勢いで互いを狙う。それによって衝撃波が伝わり、ゼウスの部屋がライとグラオを中心に崩壊する。

 その瞬間に部屋は直り、その光景を見ていたヘラが再び歯噛みして続ける。


「確かに私では力不足か……。今の彼奴等なら追い付けない事もないが、半分の力も使っていない事を考えると確実に勝てないな……下層に戻って魔王の子孫でも相手にするか」


 一連の流れから今回の相手に付いて行けないと判断し、ヘラはゼウスの部屋から外に出る。

 去り際を見極める事は簡単なようで難しい。その点をしかと理解しているヘラはやはり主力としての役割を理解しているのだろう。


「フォンセの元に向かったか。そろそろヘルメスも戻って来ているだろうし、少しキツいか? フォンセなら問題無いかもしれないけど」


「心配なら行っても良いんだよ? それまでに僕がゼウスを倒しておくからね」


「いや、何を言おうとその者は行かぬぞ。これからの行動は全て分かるからな」


「そうだろうね。ライは自分が行く事と残る事。どちらの方がリスクが少ないかを天秤に掛けられるからね」


「何で俺の事情をアンタらが話しているんだよ……まあ、確かに行かないけどな。フォンセなら一人で大丈夫だ。確信がある」


 下層に向かうヘラを見届け、ライ、グラオ、ゼウスの三人は会話をしながらライとグラオがゼウスに構え、会話の途中でも本を読んでいたゼウスは依然として変わらぬ態度を貫く。


「取り敢えず、戦闘は続行だろ? アンタが完全な全知全能だろうと何だろうと、世界征服の為には降伏して貰わなきゃならないからな。一噌いっその事、完全な全知全能を無効化するのも良さそうだ。いや、そうしなくちゃ勝てる相手じゃない……!」


「ハハ、良いね。やる気になっているライはやっぱり面白そうだよ……! それに、一応僕にも威厳ってものが必要だからね。ゼウスには負けていられないさ……!」


「好きにするが良い。何をどうしようと結果は変わらないのだからな」


 ゼウスに対し、全知全能の無効化を宣言するライとそれを見て楽しそうに笑うグラオ。当のゼウスは軽く流すように返し、ライとグラオは駆け出した。

 ライとグラオの織り成すゼウスとの戦闘。それはまだ、戦闘らしい戦闘が始まっていなかった。

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