八百九十五話 ヴァイスの戦況
──"人間の国・ヒノモト"。
「さて、この街もそろそろ終わりかな。主力を回収してから四神を狙うとしようか」
「くっ……」
「「……っ」」
他の国々の国境近くの街が制圧される現在、ヴァイスの活動も終盤になっていた。
ヴァイスの前にはアマテラス、ツクヨミ、スサノオの三人がおり、三人とも膝を着いている状態。戦意は失っていないが、押され気味というのは見た瞬間理解出来るだろう。
「まだ……終わってません……!」
「ああ、分かっているよ。君達の目にはまだ生気があるからね。完全に意識を奪うにはもう少し掛かりそうだ」
見下ろすヴァイスに向けて熱風を放ち、その全身を包み込むアマテラス。
炎に飲み込まれたヴァイスにはまだ余裕があり、片手を払うだけでその炎を消し去る。
「……!」
「私は肉体的な耐久力もあるからね。この程度の炎では焼けない事……既に理解していただろう?」
それと同時にヴァイスは踏み込み、アマテラスの懐へと如意金箍棒を構える。
「んな事は──」
「──分かっている!」
それを防ぐようスサノオとツクヨミが刀で受け止め、同時に弾き飛ばす。刹那にアマテラスが迫り、ヴァイスの眼前に手を翳した。
「零距離なら……如何ですか!」
そして放った炎と熱の衝撃波。
渦巻く炎と熱波が正面に放たれてヴァイスの身体を飲み込みながら真っ直ぐ進む。その炎は遠方の山を貫通し、そのまま宇宙まで進み行く。だが対象以外は被害の及ばぬ力。本来なら宇宙にて無数の隕石を焼き消すくらいはしていただろうが、周りに影響は及んでいなかった。
「見ての通りさ」
「……ッ!」
そんなアマテラスの腹部に膝蹴りを打ち付け、アマテラスは吐血する。敵の前で血だろうと嘔吐するのは恥。故に一瞬堪えようと口に蓄えたが逆流される血と吐瀉物に耐え切れず吐いてしまい、次の瞬間に回し蹴りで建物へと吹き飛ばされた。
アマテラスが鮮血の軌跡を描いて吹き飛ばされた瞬間にスサノオたちがヴァイスの死角から迫ったがヴァイスは一瞥もせずに一言。
「伸びろ如意棒」
「「……ッ!」」
丁度二つの死角に行くよう如意金箍棒を伸ばして貫き、スサノオとツクヨミも吐血して吹き飛ぶ。同時にヴァイスは髪の毛を抜き、息を吹き掛けて自分を二人創り出した。
「"妖術・分身の術"。斉天大聖の術は便利だね」
「……っ。分身……!」
「本物より力は劣るが……!」
吹き飛ばされた事によって身体の自由が利かない今、力の劣る分身が相手でも一苦労。逆らえずに拳と蹴りを受けて二人は大地に叩き付けられ、主神であるアマテラスの元には本体が迫った。
「主神から意識を奪うには……これくらいの力は必要かな?」
「……ッ!」
アマテラスの整った端正な顔を素のライとダークの力を用いて殴り飛ばし、複数の建物を粉砕させて彼方へ飛ばす。それと同時に上空へと移動して急転直下、落下の勢いを足した膝蹴りをアマテラスの腹部に叩き込んだ。
「……ッ! カッ……ハッ……!」
それによって再び吐血。声は出ず、空気の漏れるような音のみが発せられたアマテラスの黒髪を掴み、振り被る。次の瞬間に放り投げ、スサノオとツクヨミに衝突させた。
「「「……ぐっ……!」」」
やはり姉弟。同じタイミングで同じような呻き声を上げ、分身を消し去ったヴァイスが三人の近くに迫り片手に力を込める。
「"震動重力"」
「「「…………ッ!」」」
そして放ったのはコピーした災害魔術の融合魔術。
震動によって内部から破壊し、重力によって衝突の衝撃で浮き上がった三人を打ち落とす。その二つによってアマテラス、ツクヨミ、スサノオの三人の肉体は内部が砕かれ表面が圧迫される。三人を中心に重力によるクレーターが造り出され、そのクレーターは徐々に深く広がった。
「これで終わらせようか。──"完全なる手"」
「「「──…………ッ!」」」
そこから追撃するよう、冷淡に言い放ったヴァイス自身の力。
魔力に神聖な力。妖術。その他にも様々な力を組み合わさる事によって創り出された完全無欠の手を広げ、重力によって伏せる三人を押し潰す。その衝撃で"ヒノモト"の街が浮き上がり、全ての木々や建物が宙を舞った。
「さて、これで終わりかな。肉体も大分損傷した。他の皆ならグラオ以外は私よりも苦戦。もしかしたら敗れていたかもしれない相手だったね」
様々な力を掛け合わせた手を退け、破壊の衝撃によって意識を失ったアマテラスたちを見つめるヴァイスは呟く。
実際、完全な生物兵器の完成品になる前のヴァイスなら確実に敗れていた相手だろう。一人ですらそうなる可能性が高かった相手が三人。世界の主力の力を取り入れた今のヴァイスだからこそ勝てたが、本来ならその実力に大きな差があった。
「さて、次は四神かな。この街から海を挟んだ近くに棲んでいる。楽なものだよ」
『『『…………』』』
生物兵器の兵士達にアマテラスたちを運ばせ、次の目的地に視線を向ける。無論此処からは見えないが、何処に行けば良いのか分かっているのでヴァイスは即座に跳躍して飛行した。
人間の国、独特な雰囲気の街"ヒノモト"もヴァイス達。リーダーのヴァイスによって制圧されてしまった。
*****
──"四神の島"。
「五つの山がある一つの島。此処が棲みか。随分と目立つ場所に棲ンでいるね」
そしてヴァイスは"ヒノモト"から一瞬にして四神の居る島に来、上空から象徴である五つの山を眺めていた。
まだ四神の姿は見当たらないが、おそらく居る事は確かだろう。
「取り敢えず、見晴らしを良くするか。"光の球"」
なので先ずは炙り出す事を優先とする。
ヴァイスは光の球を複数形成して狙いを定め、山々に向けてそれらを撃ち込んだ。
着弾と同時に破裂。光の爆発が山を飲み込み消滅させる。
『いきなりだな。目的を言わず名を呼びもせず、唐突に嗾けるか』
「やあ、来たね。まさか君が来るなんて。四神の長である黄竜が直々に御出座しかな? それに、目的を言ったところで君は出て来てくれないンじゃないかと思ったからね。無礼ながら仕掛けさせて貰ったよ」
『本当に無礼だな。だが、先の力は光魔術。魔族の国の主力の力を一体どうやって?』
「ああそうか。確か君は……君達は"終末の日"に参加していなかったね。色々あって私は人間の国の一部を除く全世界の主力達の力を手に入れたのさ」
『なんだと……!?』
ヴァイスの言葉を聞き、驚愕の表情を浮かべる黄竜。
それもそうだろう。黄竜率いる四神はヴァイス達と面識が無い訳ではない。如何様な方法でこの様な力を手に入れたのか、それが気になるのも当然だ。
だがしかし、次に放った黄竜の質問は別の事だった。
「あの者たちに何をした……!」
それは他の国の主力への心配。何らかの方法を経て力を手に入れた事は分かる。なので気に掛けているのだ。
実際、今現在を含めて常に何かはしている。故にヴァイスは質問に答えるよう言葉を続けた。
「安心してくれ。人間の国、魔族の国、幻獣の国、魔物の国。それらの主力達には何もしていないよ。彼等は皆優秀な人材だからね。人間・魔族以外も含めて優秀さ。何かをする訳が無いじゃないか。強いて言えば引き入れる為に意識を奪うくらいだけど、戦闘以外では丁重に扱っているよ。元より主力との戦闘には私もそれなりの覚悟が居るからね。戦闘によってそこそこ酷い目に合うのは仕方無い。事故みたいなものさ」
『主力達"には"。か。そう考えると兵士や罪の無い者たちには何かをしているという事か。魔族の国と幻獣の国には色々と関わりがある。見過ごす訳にはいかないな』
『──その話なら、同じ四神として私たちも聞く権利があるよね? 黄竜さんにヴァイス……!』
『異様な気配に荒れた山。もう既に攻められていたか』
『フム、幸い負傷者は居ないようだな』
『そうですね。それは良かったです』
『ええ、被害が山の消失だけで本当に良かった』
ヴァイスと黄竜が話していた時、他の四神である青竜、白虎、玄武、朱雀。そして麒麟が陣形を組み、ヴァイスを囲んでいた。
島が攻め込められて黙っている訳がない。黄竜は話し掛ける事でヴァイスの注意を逸らし、自分たちの有利な陣形を組んでいたのだ。
「おやおや。神々が揃い踏み。これは壮観だね。四神+二匹。分類上は四神だけど、人気者は辛いね」
『軽口を叩く余裕があるか。まあ、大分雰囲気も変わっている。見たところ仲間も引き連れていない事からするに、相応の実力とそれに伴った自信を付けたと見て良さそうだな』
ヴァイスは現在、生物兵器の兵士達や合成生物を連れていない。それは他の街と違って主力以外の兵士が居ないのと、純粋にヴァイスからしたら生物兵器の兵士達が遅過ぎるので単独でやって来たのだろう。
だが余裕は自信の表れ。相応の力を身に付けたからこその行動である。
「取り敢えず御託は要らないよね。君達も空には浮けるみたいだ。まあ、白虎と玄武は一際高い山の上に居るけど、兎にも角にも、何処で戦っても大丈夫そうだね」
『本当に余裕があるな。色々と情報は聞いたが、前まではそんなに戦闘自体はあまり得意じゃなかったようだけどな』
四神は全員がヴァイスと戦った訳ではない。しかしヴァイスの持つ力が以前よりも高まっているのは見て分かる事だろう。
ヴァイス達の情報は全員が知っている。なので今のヴァイスは全員が大きく警戒していた。
「確かに以前の私は弱かったね。だから、今の進化した私を君達には御披露目してあげるよ」
『『…………!』』
『『…………!』』
『……!』
それだけ告げた次の瞬間、ヴァイスは周囲に向けて光魔術を放出。周りを光の爆発で飲み込んだ。
ヴァイスは性格上、一度言った事はなるべく遂行する。故に既に戦うと決めた現在。返答と同時に仕掛けたのだ。
『間髪入れぬか。らしいと言えばらしいがな』
『本当、いきなりだね……!』
『チッ、厄介な力身に付けてんな……!』
『面倒な相手だ』
『そうですね……』
『ええ。分かっていた事ではありますけど、改めて実感しました……』
黄竜、青竜、白虎、玄武、朱雀、麒麟が光の爆発から逃れつつ順に話す。衝撃自体は光の速度で伝わる訳ではないので避けられたが、速度が無くとも純粋な広範囲の破壊というだけでかなり厄介な力だろう。
加えてヴァイスは支配者クラスの力は捨て置き、幹部や側近のような主力の力は本人以上に扱えているものもちらほら。使い勝手の良い力程鍛えているのである。
『此方からも攻めなくてはならないか』
呟き、周囲の大地を操る黄竜がヴァイス目掛けて土の槍を放った。
黄竜は四大エレメントのうち土を司る存在とされる。なので硬度も含めて自由自在に操る事が可能なのである。
縦横無尽に飛び交う蛇のような土の槍をヴァイスは飛び回って潜り抜けるように避け、避けながら複数の光球を放つ。
『光の球なんざ、受け止めてやるよ!』
瞬間、金属を司る白虎が金属を操り、放たれた光球を合金の壁で防いだ。
ただの合金なら容易く消し去られるが、神の力を有する合金。溶かす、もしくは砕くには山河程度ではなく星を砕く一撃が必要だろう。
『私たちも一気に仕掛けるよ!』
『うむ……!』
『ええ……!』
白虎の造り出した壁から飛び上がり、木を司る青竜が無数の樹を。水を司る玄武が轟水を。炎を司る朱雀が轟炎を放出して空中を移動するヴァイスを狙い、土、樹、水、炎の四つが空を飛び交う。
だがヴァイスにそれは当たらず、今度はヴァイスが力を込めた。
「通常の四大エレメントに加えて金と樹。意外と芸達者だね。まあ、風は誰も使っていないンだけど。確か青竜は使えたかな」
会話をしつつ、四大エレメントの炎、水、風、土を何も唱えずに放出。次々と迫り来る土、樹、水、炎の四つを相殺し、その全てを防いだ。
何も唱えなければ威力は下がるが、本人はそれでも十分だと判断したのだろう。
「そのうち食らってみるのも良いかな。樹と金属は珍しい力だ。まあ、人間の国には更に強大な植物……大地を操る主力が居るンだけど」
相殺しつつ、まだ自分が入手していない力なら受けてみても良いかもしれないとヴァイスは呟く。
別に全知全能などを目指している訳ではないが、使える能力は多い方が良いと考えているのだろう。
「まあ、それは状況次第かな」
自己完結し、四神達の攻撃を躱して相殺を続ける。まだあくまで防御の姿勢。光魔術以外の攻撃はしておらず様子を見ると言った雰囲気だった。
人間の国"ヒノモト"を制圧したヴァイスは四神の居る島に乗り込む。ヴァイスと四神に加えて黄竜と麒麟。別の侵略。もとい、制圧活動が始まった。