八百九十話 ヴァイス達の最後の目的
──世界は、次第に混沌の渦中へと誘われていた。
侵略活動を行う二つの組織。いや、一つは組織と言うにはあまりにも小規模だが、その二つによって人間の国、魔族の国、幻獣の国、魔物の国が攻められている現状。
一つの組織は人間の国支配者の街のみを襲撃し、もう一つの組織は全ての国を襲撃していた。
*****
──"魔族の国・レイル・マディーナ"。
「……。オイオイ……なんだかかなり面倒な事になっているな……何でお前らが敵になっているんだ……? ……まあ、大体の予想は付くけどな。まあ、催眠にでも掛けられているんだろうけど」
「ハッ、正解だよ。ダークさん。このままだと無駄に時間が過ぎるからな。此方も先を急いでいるんだ」
「「…………」」
魔族の国と人間の国の国境付近に位置する街"レイル・マディーナ"では、先程まで一人でダークを相手取っていたゾフルだが催眠に掛け、味方へと引き入れたシャドウ、ゼッルの二人を向き合わせる。
しかしそこに、ダークの味方も姿を現した。
「ダークさん! 街の住民は全員避難させたよ!」
「ゾフルの野郎……好き勝手やりやがって!」
「いや、ゾフルなんかより問題はシャドウさんとゼッルさんだ。操られているとしたらかなり大変だぜ……! 正直言ってゾフルより上だろ……!」
幹部の側近、超能力者のキュリテ。剣士のザラーム。風魔術を扱うオスクロである。
どうやら住民を避難させていたので来れなかったらしく、それが終わったので手助けをするという事だろう。
現在、主力の数で言えばダークたちが有利だが、実力で言えばゾフル達が上。その数の有利もたった一人の差。かなり厳しい状況だ。
「俺も舐められたもんだな。だが、この二人の実力は俺もよく知っている。俺の知っている頃より更に力が上がってんなら、これ程頼もしい事はねェぜ」
「「…………」」
次の瞬間にゾフルは雷速で迫り、シャドウが影魔術を用いて遠距離から攻撃。ゼッルが風魔術を放出した。
呪文を言わずに放たれたそれらは本来より威力が少し劣っているが、それでも十分な破壊力ではある。ダーク、キュリテ、ザラーム、オスクロの四人はそれに構えた。
「面倒な相手だな……本当に……まあ……何とか出来るっちゃ出来るが」
対してダークが拳を握り、それを放って牽制。同時に拳圧が空気を押し出して迫り、雷と影と風が相殺された。
「……! 何言ー力だよ。ライかよ!」
「はあ!」
掻き消された雷。ゾフルは元の姿に戻って悪態を吐く。同時にキュリテがサイコキネシスを用いて周りの瓦礫を持ち上げ、そのままゾフルに向けてその瓦礫を放出した。
瓦礫による隕石群は次々とゾフルに落下し、雷速でそれらを避けるゾフルは眼前に迫る。
「ハッ、超能力じゃその速度が限界か! 雷より遅いんじゃ、所詮テメェは幹部の側近止まりだな!」
「何よ! ムカつく!」
ゾフルの言葉に苛立ちを見せ、それならばと周りの岩盤を持ち上げて封じ込める。移動しているとは言え、来る方向は分かっている。なのでそこを狙って閉じ込めたのだろう。
「ハッ! 岩盤なら砕けば良いだけ! 楽勝だぜ!」
「もう!」
だが岩盤の強度くらいならゾフルにも砕ける。砕いたゾフルは今一度雷となり、雷速で嗾けた。
「向こうは苦労しているみたいだな」
「俺たちもそれは言えねェんだがな」
キュリテの一方でザラームとオスクロはシャドウとゼッルを相手取る。ザラームの剣術でシャドウの影魔術を防ぎ、オスクロの風魔術にゼッルの風魔術が衝突して暴風を巻き起こす。
「やれやれ……本当に面倒な相手だな……」
面倒臭そうにするダークも再び踏み込み、"レイル・マディーナ"での戦闘が続く。
しかしゾフルの狙いはあくまで魔族の国全域。故に、なるべく早く終わらせようという気概はあった。
*****
──"幻獣の国"。
「……っ。やはりリッチ……一筋縄ではいきませんか……!」
「リッチって呼ばないで! けど、早いところニュンフェちゃんと決着を付けなくちゃね。この国の襲撃もあくまで通過点。時間は掛けられていない」
魔族の国と同じく、攻め入られている幻獣の国ではマギアがニュンフェを圧倒していた。
ニュンフェは膝を着いてマギアを睨み付け、マギアはリッチと呼ばれた事に少し怒りつつ今回は第一優先がニュンフェではないという事を告げる。
「通過点……舐められたものですね。しかし、そう思われても仕方がない程に私と貴女には実力差があるようです……!」
「そう言う事。素直に負けを認めてくれるなら私も痛め付けたりしないのになぁ」
「それこそそう言う訳にはいきませんよ……! 私は幻獣の国の主力ですから!」
「へえ。凄い凄い! 立ち上がるんだね! ニュンフェちゃん!」
ニュンフェは立ち上がり、レイピアを構えて向き直る。マギアはそんなニュンフェに称賛する声を掛け、次の瞬間に不敵に笑った。
「だけど、残念ながらニュンフェちゃんは一人で相手にしなくちゃならないんだよね……」
「……!」
──その刹那、ニュンフェ目掛けて光の球体が迫り、着弾と同時に破裂。同時に炎が横切り、ニュンフェの身体を掠めた。
「光に炎……まさか……!」
数週間前、ニュンフェが"ビオス・サナトス"に居た理由はヴァイス達の捜査と攫われた者たちの救出の為。そしてマギアが使える筈のない光魔術にそれなりの実力者は扱える炎魔法。ニュンフェが魔法であると考えたのはその可能性を考慮した事によってそうであると思ったから。
ニュンフェはそれらが来た方向を見やり、更に歯噛みした。
「ラビアさんに……貴女の性格から考えるとおそらく……アスワドさん……!」
「大正解♪」
「「…………」」
視線の先に立っていた者たちは、ヴァイス達に攫われたアスワドとラビアだった。
マギアの性格は熟知という程ではないがある程度分かる。故にこの二人が何らかの術によって操られてしまっているというのは想定の範囲内だったが、やはり目の当たりにするとまた違った感想も生まれるようだ。
「……っ。何をしたのかは聞きません……今見ている光景がその答えですからね……!」
「大丈夫。何もナニもしていないよ♪」
二人を見たニュンフェは憤り、疾風の如く速度でマギアに迫った。
マギアはニュンフェの言葉に返答しながらレイピアを躱し、軽く笑って言葉を続ける。
「さっきも言ったように、少し急いでいるんだ。だからニュンフェちゃん……決着を付けるよ?」
「……っ!?」
その言葉と同時に怒りが引いてしまい、ニュンフェは後退る。
アンデッドの女王、リッチ。その威圧感は凄まじいものがあり、思わずたじろいでしまうのだろう。だが、このまま引き下がる訳にもいかない。
「決着は……私も付けます!」
「フフ……可愛いね。ニュンフェちゃん♪」
戦況は絶望的。周りにも兵士達は居たが、既に全滅。死んでいないにせよ再起不能だろう。だが、それに加えて主力のアスワドとラビアも相手にしなくてはならない。勝つ見込みなど皆無に等しかった。
ニュンフェとマギアの戦闘。それに操られた主力二人が参戦し、戦況が悪化するのだった。
*****
──"魔物の国"。
『フッ、身の程を知ったか。蛇よ』
『フム……予想以上だな……まさかこれ程までに押されるとは……!』
炎が周りに広がっており、燃え尽きた森の中では地上に降りたニーズヘッグが膝を着いていた。
既に息は切れており、一呼吸一呼吸が大きなものとなっている。物理的に攻めるニーズヘッグと火その物であるロキは元より相性が悪かったのだろう。
『だから言っただろう? お前の力ではどう足掻いても火その物である私には勝てないとな。このまま焼き払ってくれよう』
『火その物だろうと、火は風圧で消えるだろう……!』
次の瞬間、ロキが片手から炎を放ちそれをニーズヘッグは羽ばたきで吹き消した。
同時にロキにも風をぶつけ、その焔を掻き消す。確かに風をぶつけて相殺する事で火にもダメージを通せるのだろう。
『それは火を消せる風圧がある前提だろう? 逆に問おう。そよ風で太陽が消せるか?』
『……!』
風を焼き消し、そのまま渦巻く炎がニーズヘッグの身体を飲み込んだ。
炎と熱風によってニーズヘッグは焼かれながら吹き飛ばされ、炎が消え去り森だった場所には焦げ土の道が作られた。
『他愛も無い。神に匹敵する魔物とは言え、所詮は獣畜生。この世の炎を司る神である私に勝てるか。私からすれば人間や魔族もそれらと同義だがな』
爆炎による風圧で髪を揺らし、ニーズヘッグの吹き飛んだ方向に視線を向けて呟くロキ。
そしてそんなロキを、残った木の上から見守る者が居た。
「やれやれ。ニーズヘッグにしては帰りが遅いから何かあったと思いきや……とんでもない奴が居たな。これが天命だとしても、此処から離れたい気分だ」
──その者、魔物の国支配者の側近であるヴァンパイアのブラッド。
ヴァンパイアはその能力からして偵察には向いている。なのでニーズヘッグの様子を見に来たらしいが、早速帰りたがっている様子だった。
『そこに居るのはヴァンパイアか? フム……次はお主が相手でもするか?』
「あちゃー、気付かれていたよ。気配は消していたつもりなんだけどな……どんな感覚の持ち主だよ。数キロは離れているぞ」
『忘れたか? そもそも知らないか。此処にある炎は謂わば私の分身だ』
「あー、成る程。つか背後に回ってきたな。あー、これ殺られるわ」
何時もより何処か軽い軽薄な雰囲気のブラッド。ロキを前にするとやる気も無くなってしまうのだろう。常にエマと相対したかのような軽さとなっていた。
純粋な実力ならブラッドはニーズヘッグに劣る。なのでそんなニーズヘッグが殆ど抵抗出来ずにやられた姿を見、やる気が大きく削がれてしまったようだ。
「取り敢えず逃げるか」
『フム……逃がしてやっても良いな』
「嘘吐け……!」
その姿を霧に変え、消え去るように逃亡を図るブラッドに向け、ロキは逃がしてやると言いつつ炎を放出した。
霧は炎で蒸発してしまう。なのでブラッドは霧から姿を戻し、少し距離を置いた場所でロキに向き直った。
「居ない……いや、また炎に紛れたか」
『ご名答』
向き直った場所にロキはおらず、炎に移ったと即座に理解したブラッドが飛び退いて距離を置く。どうやら容赦はしないらしく、ブラッドは若干ピンチに陥っていた。
『まだ……終わってないぞ悪神……!』
『フム、生きていたか。満身創痍ではあるようだがな』
「有り難いな。これも天命か。此処で死ぬべき器ではないと天が私を生かしている」
そんなロキに向け、かなり負傷した様子のニーズヘッグが再び突進を仕掛けて通り抜ける。
ロキは炎となってそれを流動させブラッドは木に飛び移ってロキの姿を追う。
『偵察に来ていたか。余計な事を……』
「そう言う割にはニーズヘッグも弱り切っているようだな。だが、これならまだ生き長らえられるな」
『フム、邪魔が入ったな。まあいい。どの道主力は全滅させるのが目的。いや、優秀な者は連れ去るんだったな。面倒だが協力してやるか』
ロキと相対するニーズヘッグとブラッド。ニーズヘッグは満身創痍ながらも熾烈を極めるものとなっているが、此方の戦闘もまだ続く。尤も、ロキは目的など関係無さそうな雰囲気であるが。
*****
──"人間の国・エザフォス・アグロス"。
「そろそろ話してくれませんか。貴方の……いえ、貴方達の目的を……!」
「何だ。気付いていたのかよ。ただの侵略活動じゃねェって事にな」
「勿論です。数ある街の中から態々国境に近いこの街を選んだのも気になる事の一つ。風の噂では貴方達はもう少し離れた街に居たそうですからね。ただの侵略行為なら近くの街を襲撃すれば良いのですからね。やられる身としては堪ったものではありませんけど」
ありとあらゆる場所にて行われる戦闘。そんな中、デメテルがシュヴァルツに向けて訊ねていた。
そう、シュヴァルツがこの"エザフォス・アグロス"を襲撃する行為には、少し違和感がある。侵略するだけなら本人が言うように近くの街を襲えば良いのだから。
それに対し、シュヴァルツは笑って返した。
「ハッ、そうだな。ま、簡単に言や国境付近にある幹部の街から潰して侵略活動をより効率的に行うのが目的って訳だ。まあ、俺は暴れられたらそれで良いんだけどな。お前が知っているかは分からねェが、今は俺の仲間たちがこの国のみならず、全世界に襲撃している」
「……っ。成る程。国境付近の街が標的ですか。確かにそこから攻め落とす方が効率的ではありますね」
シュヴァルツ。即ちヴァイス達の目的。それは国境付近の街を狙う事でより攻め易くする為。確かにそれはそうだとデメテルも納得はした。
シュヴァルツは更に続ける。
「まあ、本当の目的はそれ以外なんだがな。それは今は置いておいても良い事だ」
「それが一番気になるのですけどね……しかし、気にしている暇は無さそうです」
破壊魔術が展開され、空間と街が砕ける。それに対してデメテルは大樹を生み出して防ぎ、空間と木々が崩壊する。
デメテルとシュヴァルツ。一つの目的が明らかになり、此方の戦闘も続行される。
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──"人間の国・支配者の街・パーン・テオス"。
「へえ、そりゃ大層な目的だ。俺たちと似ているようで、結構違うな」
「僕たちには兵力があるからね。君達と違って大々的に攻められるんだ」
「その様な事をさせる訳にはいかないが……それもそれで難しそうじゃな……!」
そして人間の国支配者の街ではライもグラオから目的についての話を聞いていた。
その言葉にライとヘラは反応を示し、近くのフォンセとヘルメスも怪訝そうな表情をしている。
「取り敢えず、それは俺も阻止する。もしくは便乗して俺が世界を頂くとするか」
「ハハ、相変わらず君も君で僕並みに……いや、僕以上に自分勝手だね」
「だから、それをさせる訳にはいかないだろ……!」
「私も主力としてそれは阻止しなくてはならないな。まあ、バックにゼウス様が居るから心配は無用なんだけどな」
「ふふ、それを手助けするのが私の役目か。ライの邪魔をする者達は消し去ろう」
ライ、フォンセとヘラ、ヘルメス、そしてグラオ。本来の目的が分かった今、ライも早いところ世界征服の為にもう一歩踏み出そうと考えていた。
人間の国、魔族の国、幻獣の国、魔物の国。全世界の戦況はより激しく、より激烈化していた。
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──"人間の国・ヒノモト"。
「……っ。何ですって……」
「ハッ、大それた事言うじゃねェか」
「成る程。それの為の足掛けという訳か」
ライたちの一方で、人間の国"ヒノモト"でもアマテラスたちがヴァイスから本当の目的を聞いていた。
それを聞いた反応は他の主力たちと同じようなもの。ヴァイスは改めて言葉を続ける。
「そうだね。その為に今回私は行動を起こした。今一度、改めて告げておこうか。私たちの目的──全世界への宣戦布告をね」
ヴァイス達の、今回の目的。それは全世界に対しての宣戦布告。
それにともない、至るところに仕掛けていた生物兵器の兵士達が出現し、全ての国々に向かって行進を開始した。
全ての国の全ての街で暴動が行われ、世界各国から黒煙が立ち上る。
目的を告げた瞬間の生物兵器達の行動の激化。それによって全世界での戦争が本格化し、混沌の中に沈むのだった。




