八十八話 ファーストコース
──"タウィーザ・バラド"、"ホウキレース会場"。
翌日、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人とアスワド、ナール、マイ、ハワー、ラムルの五人が集まっており、会場の観客席には"タウィーザ・バラド"の全住人が集まっているのでは無いかと錯覚する程の人数がいた。
そしてライたちの前に立つのは"タウィーザ・バラド"幹部のアスワドである。
「では、改めてルールを御説明致しますルールは──」
『──"ホウキレース"ルール
一つ
・参加者は一人で箒に乗ってレースを行い、先にゴールへ辿り着いた者の勝利。
二つ
・互いのレースを邪魔する為、参加者の仲間は相手を妨害しても良いとする。
三つ
・箒から落下した場合、その者はレースの挑戦権を失い、その場で失格とする。
禁止事項
・相手の箒を破壊したり、相手その者を殺害する事は禁止。
・"ホウキレース"の決められたコースから外れる事も禁止とする。
・それらの事項を破った場合、それが事故だったとしても参加者は問答無用で失格となる。 』
「──以上。これらの事柄が"ホウキレース"でのルールとなります。細かいルールはこの本に書いてありますので、レースが始まる前の数分間の間にでも目を通してくださいませ」
アスワドが説明を終え、ライたちから離れてナール、マイ、ハワー、ラムル達の元へ戻る。
ライたちはパラパラと、渡されたルールブックのような本を一瞥してその確認を終えた。
「……さて、そろそろレーンへ向かうとしよう。……じゃあ、ライたちもサポートを任せた」
確認を終えたあと、フォンセは箒を片手にレーンへ向かう体勢に入りつつ、その途中でライたちへ振り向いて話した。
「ああ、任せてくれ。そういったサポート系の役割があるってのも薄々気付いていたからな。俺たちがサポートをしつつ敵のサポーターを片付けておくよ」
その言葉に返したのはライ。
ライたちはサポートのような役があると伝えられていなかったが、ある程度は推測できていた為に無問題だとフォンセへ返す事が出来た。
時間も数分経ち、一通りの話を終えたフォンセと対戦相手の、
「……では、よろしくお願い申し上げます。フォンセさん。ベヒモス騒動の時に手助けをしてくださったアナタ方にですがこの街を征服するのなら黙っていられません」
アスワドが言う。
「ふふ……そうか。お手柔らかに頼むよ……アスワドさん?」
そして、その言葉にフッと笑うフォンセが返す。
やはり"タウィーザ・バラド"では一番魔力が高いだろうアスワドがレースの参加者という事なのだろう。
「……では、私が合図をしますので、合図と共に貴女様方はスタートを決めてください」
その後、審判のような者が箒に跨がったフォンセとアスワドの前に立つ。その手には魔法の杖が握り締められており、恐らくそれで合図をするという事が窺える。
──そして、いよいよ"ホウキレース"が始まるのだった。
*****
《それでは……"タウィーザ・バラド"・"ホウキレース"…………始めッ!!》
パンッ! 魔法で打ち上げられた花火が開始の合図を告げる。
それと同時にフォンセとアスワドの箒が加速した。
その衝撃によってコースの大地は抉れ、辺りに砂煙を巻き起こす。
「たった一日でこのスピード……! やはり貴女には特別な何かがありますね?」
スタートを決めたアスワドは、自分に着いてこれるフォンセを見て驚きの声を上げる。
箒に乗れる乗れないというでは無く、"タウィーザ・バラド"幹部の自分に着いてこれる事へ驚愕しているのだろう。
「特別な何か……ねぇ……確かに無いとも言えないが……少なくとも、私なんかあのメンバーの中では下から数えた方が早い実力だぞ?」
「……な」
アスワドに自分たちの実力を軽く伝え、直ぐ様ギュンと加速するフォンセ。
アスワドは言葉を返そうとしたが有無を言う暇も無くフォンセに抜かれてしまった。
「……! 話をしている余裕など無かったのですね……!」
アスワドは自分の浅はかな驕りに対して反省し、レースに集中する為口を噤んだ。
そして次の瞬間、アスワドの箒は穂先から空気を放出し始めた。
風魔法を使って加速し、箒の速度を上げようという魂胆なのだろう。
フォンセとアスワドの二人が乗っている二つの箒は放物線を描いたような軌跡を残し、"ホウキレース"のコースをスイスイと抜けていく。
「さて……そろそろ俺も行くかァ……」
そして、それを山の上から眺めていた者──ラムルも動き出そうとしていた。
先程の説明通り、今回のレースではそれぞれのポイントに側近や仲間を配置し、相手の妨害をして自分の味方を手助けする事が出来る。
最初のポイント、"砂地エリア"に配置されていたアスワド側の味方はラムルだった。
今回のレースにあるポイントは大きく分けて四つある。
その四つとは"火山エリア"・"大河エリア"・"気流エリア"・"砂地エリア"である。
これらは四大エレメントを題材としており、進むにつれて難易度が上がる仕掛けとなっているのだ。
「……此処からで良いか。悪いが……俺も征服される訳にはいかねェでね……"土の射撃"!!」
ラムルは掌から弾丸のような土塊を放出し、破裂音を響かせて飛行中のフォンセを狙った。
そして、
「おっと……そうは行かんぞ?」
その弾丸はエマの手によって受け止められた。
「……ほう? アンタが俺の相手をするってのか?」
突然姿を現したエマに向けて笑みを浮かべながら話すラムル。
エマはそれに返すよう言葉を綴る。
「ああ、そうなるな。まあ、要は邪魔をさせないようにすれば良いのだから簡単だ。このエリアはざっと数十キロ……フォンセの速度ならものの数分で抜け出せる。数分間貴様を止める事が出来れば上々よ……」
「ハッ、そーかよ。なら、俺は数分でお前を倒しゃ良いんだな?」
──その刹那、二人が立っている山から大きな爆音が発せられた。
エマとラムルがぶつかり合ったのだろう。移動の際に巻き起こる衝撃により山が少し崩れ落ちる。
「"土の機関銃"!!」
ラムルは一瞬のうちに土で射筒を造り上げ、大量の土塊をエマに向けて発車した。
その速度は凄まじく、撃った瞬間にエマの近くへとやって来る。
「…………!」
至近距離でそれが放出されたのだ。大体音速のこれを避けるのは至難の技だろう。
なのでエマは、
「ふふ……やるな……」
──『それを避けなかった』。
「…………?」
不敵な笑みを浮かべ、全ての土塊を受けたエマに困惑の表情を浮かべるラムル。
そして次の瞬間、
「悪いな……私は土塊の銃なんかじゃ倒れない。"銀の弾丸"を用意しなくてはな……?」
「…………!? な……!?」
いつの間にかラムルの背後に迫り来ていた……『身体中に穴の空いたエマ』が片手を上げていた。
「……ッ!! その身体は……!」
「ああ、不死身だ」
次の瞬間、エマがラムルに向けて鉄槌を放つ。それを受けたラムルは頭から山に激突し、その場所にあった大地が陥落して粉砕する。
「……成る程……まさかこんな所にヴァンパイアが居たとはな……。とんだ誤算だった。まあ、あの実力者達の仲間なら、居てもおかしくはねェな……」
ゴキッ、と首を鳴らして立ち上がるラムル。
ヴァンパイアという者は稀少な種族な為、いると考えていなかったのだろう。その事についてラムルは反省する。
「……咄嗟に土で頭を覆ったか……それでも僅かにしか防げてない様子だな。ふふ……血が出ているぞ?」
「アホか。あれを受けちゃ普通の奴だったら生きちゃいねェよ。僅かじゃなく、結構防いだって事だ」
そんなラムルに向け、笑いながら話すエマの言葉に対し子供のように反論する。
そしてラムルは腕を横にやり、魔力を込めながら言葉を続ける。
「言っとくが、俺が得意なのは元々接近戦だからな? だから、これからが本番だッ! ──"土の剣"……!!」
言葉と同時にその拳には土で造られた剣が握られ、ラムルはその剣をエマに向ける。
「……そんな剣で斬ることが出来るのか? 土はどちらかというと撲殺のような戦い方が正しいと思うが……」
その剣を見たエマは怪訝そうな表情を浮かべる。
土で造られた剣は果たして物を切断する事が出来るのか疑問だった。
そう、土と云う物は柔らかい種類と固い種類がある。そんな中でも、固い種類の方が戦闘に置いては効力を発するのだ。
柔らかい土を使うには土魔術の武器に練り込み、その強度を上げる事が多い。
何はともあれ、切断系の攻撃には向かないと言う事である。
ラムルは不敵な笑みを浮かべ、その言葉に返す。
「ああ、勿論だ……!」
「……!」
その瞬間、エマの片腕が切り落とされた。その腕は天へ飛び、クルクルと回りながら鮮血を撒き散らしてエマの背後へと落ちる。
そんな自分の落とされた腕を一瞥したエマは、ラムルへ視線を戻して話す。
「……成る程な。確かに切れ味は良さそうだ……」
特に驚いた様子も無く淡々と話をし、ものの数秒で切断された片腕が再生し終えるエマ。
落下した土は灰となり、エマの腕は左右の二つと戻り行く。
「ハッ、化け物が……」
ラムルはそれを眺めながら冷や汗を流し、苦笑を浮かべてエマに言う。
エマはフッと笑ってそれに返した。
「いやいや……私なんかまだまださ。私の仲間には私が可愛いと思えるくらいの実力者が居るからな……」
「ハッ、そーかよ。なら、さっさと片付けねェとな……」
ラムルが剣を構え、エマがラムルの様子を窺う。
この瞬間、レースと共に妨害組み同士の争いが始まった。
*****
二つの箒は加速し、"砂地エリア"の砂を消し去りながら高速で飛び続ける。
無論、相手を殺さなければ参加者同士の妨害行為もアリだ。
「"嵐"!!」
「"嵐"!!」
アスワドとフォンセは、魔法・魔術を使い、互いに向けて嵐を放出した。
二つの嵐が織り成す風雨によって"砂地エリア"の砂や土が舞い上がり、大地に大きな爪跡を残しながら衝撃を発する。
フォンセとアスワドでなければ箒から落下してしまい、この場で失格となっていただろう。
「"雷"!!」
「"雷"!!」
カッと、光り、ゴロゴロという音が響くと同時にその嵐を雷で打ち消す二人の二つ。
二つの霆はぶつかり合い、嵐を消滅させて互いの雷を消滅させた。
「"風"!!」
「…………!」
そして嵐や雷で視界が狭まっている中、フォンセは風魔術を箒に込め、更に加速する。
その風によってアスワドのバランスが少し崩れるがアスワドは直ぐに体勢を立て直した。
「……ッ! "風"!!」
体勢を立て直し、フォンセのあとを追うように風魔法を使うアスワド。
フォンセとアスワドが放った二つの風によって、"砂地エリア"の一部が"更地エリア"と化した。
その砂埃を突き抜け、フォンセとアスワドは"砂地エリア"を走り行く。
*****
「いい勝負してんな……早く妨害しなきゃならねーが……ヴァンパイアを相手にするのは結構辛いな……」
「そうか? 私は片手に傘を持ちながら、昼間の外で戦っているんだ。これと以上無い程のハンデだろ?」
一方のエマとラムル。
ラムルは得意の近接術で戦っているが斬っても斬っても再生するエマに対し、疲労を溜めていた。
対するエマは余裕の表情を見せており、クルクルと手に持った日除けの傘を回す。
「ハッ、ハンデだァ? 確かに俺は剣でアンタを何度か切り裂いているが、アンタ……俺の体力を消費させる為にわざと俺の剣を食らってんだろ?」
「さて、どうだったかな?」
肩で息をしながら話すラムルに向け、はぐらかすように話すエマ。
エマの考えはフォンセの妨害を防ぐ事。なので時間を稼げれば良いのだ。
ラムルもその事に薄々気付いており、苦笑を浮かべている。
「……アンタを倒せないのなら……アンタを封じれば良い! ──"土の檻"!!」
そして次の瞬間、ラムルは大地から土を生やし、エマの周りに土の壁を造り上げた。
その土はエマを囲うように連なり、脱出困難で無表情な鈍色の檻と化す。
「……ほう? これを使って私の動きを封じるつもりか……ふふ……面白い」
その壁を眺め、楽しそうに笑っているエマはまだまだ余裕の態度を示す。
確かに抜け出し難そうだが、エマを閉じ込める事以外の用途に対して笑みを浮かべているのだ。
「潰れろ……!!」
刹那、ラムルの合図によって土の壁は檻状となり、ラムルが腕を振った瞬間にその壁はエマを押し潰す勢いで移動して行く。
「ふふ……中々楽しませてくれるな……」
その壁と壁が激突し、エマを潰してしまった。
先ずは肉体を潰して自由を奪ったあと、檻の形を造り出して閉じ込めるという魂胆だろう。
先程までエマが居た場所には薄くなった壁があり、その細い隙間からは質量で押し潰されたエマの血液が流れていた。
「……おっと、流石のヴァンパイアでも壁に潰されたら死ぬのか……? この様子だと全身の骨、内臓、脳……全てがグチャグチャになっちまったか……」
その壁から滴る血液や肉片を眺め、勝利を確信したように呟くラムル。
事実壁からは音沙汰無く、シーンと静まり返っている。
「……と……えーと……確か参加者を殺害するのは駄目だったが妨害工作員は殺しても問題なかったっけ?」
その壁を眺めながら腕を組み、首を傾げて考えるラムル。
それによって自分が失格になればルール違反としてアスワドも失格になってしまうからだ。
詳しいルールを思い出そうと頭を抱えるラムルは、
「確か……細かいルールブックだと妨害工作員を殺しても失格だったぞ?」
「へー。…………あ? ────……ガッ!?」
──次の刹那、エマによって吹き飛ばされた。
「まあ、私は死んでいないからな。貴様も幹部殿も失格にはなりゃせんよ……感謝するんだな」
ラムルを殴り飛ばしたエマは、少しだけ再生が早かった方の拳を使ったようだ。
身体中からグチグチと肉と肉が繋がる音を発し、壁にくっ付いている肉片や血液がエマの身体に戻っていく。
その肉体から見えるエマの肌よりも白い物はエマの骨だろう。
腹部には胃や腸といった内臓が見えている状態であり、傘は差しているが服を着ていなかった。
「ま、まさか……自分の身体を粉微塵にして脱出したのか……!?」
その様子を見ているラムルは驚愕し、エマがどうやって壁から抜け出したのかを推測する。
そして、それによってエマの服が脱げたのだろう。
「ああ、私の肉体は直ぐに回復するからな。一瞬にして全てを消し去るほどの攻撃をしなくては意味が無いぞ……?」
完全に肉体が再生し、ただ服を着ていない全裸の状態であるエマがラムルを見下ろしていた。
今のエマは幼い姿ではなく少し成長した姿で、服の下にあった色白で美麗な肌や少し小振りな胸が覗いていた。
そんな美少女の裸体が見えるなら喜ぶ者もいるかもしれないが、内臓が露になっているような再生の過程を目撃してしまったラムルに喜ぶという感情は既に無かった。
どちらかというと吐き気のような、嫌悪感を示す感情だろう。
「さて、まず一人……」
トンッ。と、軽い足取りでラムルに向かったエマは。
「……ば……化け…………ア……ガ……ッ……!!?」
「……終わりだ」
何かを言おうとしたラムルの脳に刺激を与え、ラムルの意識を刈り取った。
「……まあ、貴様も少しは頑張った方だと思うぞ? ベヒモスの血液や精気を吸収し、肉体的にも能力が上がっている私を一度は押し潰せたからな。レース終了まで寝ておけ、小僧」
服を拾うが、依然として色白な肌や胸を露にした全裸の状態で話すエマ。
そんなエマは振り向き様にそう言い放ち、その場から姿を消した。
*****
「……! 砂地を抜けそうだ……!」
「…………! そうはさせませんよ……! 私が先に抜け出します……!」
そしてエマとラムルが戦っていた中、フォンセとアスワドはというと、"砂地エリア"を抜け出し次のエリアへと向かっている最中であった。
"タウィーザ・バラド"・"ホウキレース"。先ずは一つ目のコースを抜け出したフォンセとアスワドは、次のコースへ向けて魔法・魔術で加速する。