八話 謎の依頼人
朝食と小さないざこざを終えたあと、相変わらず賑やかな街並みを歩きながら今後の方針を練るライ、レイ、エマの三人。
「で……どうするんだ……? はあ……この街は……ぜえ……特に悪い……くっ……事は……無さそうだ……。あれくらい……のチンピラ……なら……大体の街にいるからな……」
「も、もういい。無理すんなよエマ。……しかし、そうだな……普通の平和な街だ」
「そうだね。……それよりエマ、本当に大丈夫?」
エマは店の外に出て、やはりフラフラしていた。そんなエマをライとレイの二人は心配そうに見る。
エマの心配をしつつ、この街も平和そうだし大丈夫か? と考えるライ。
それにしてもエマが心配な様子の二人だったが、そんな二人の表情からそれを読み取ったエマは言う。
「フフ……私を……誰……だと……思っている……かの有名……な、ヴァンパイア……であらせられるぞ……」
「そうか。じゃあ今日は宿を見つけるとするか。夕方まで宿でエマを休ませよう」
「うん、そうしよう。このままじゃ見てるこっちも辛いし」
「あ……おい……!」
ライとレイは、言葉が少しおかしくなっているエマを休ませようと考える。エマは、気を遣うな! という表情だが、二人は敢えてそれを無視した。
そして、宿の場所を街の人に尋ね、日光で弱っているエマを引きずって宿へと向かうライたちだった。
*****
「ふう……もう三人部屋しか空いて無かったか……運が良のかもな。俺たちって」
「フフ、そうかもね。エマも少しは回復したかな?」
「ふん、余計な事しおって……」
宿に着いた三人は、カーテンを閉めて日光を遮断したあと部屋に備え付けられていた椅子に座って寛ぐ。
始めは全ての部屋が空いていなかったが、この三人部屋が何とか空いたのでライたちは滑り込みでギリギリ入れたのだ。
もしこの宿が使えなかったらまた少し遠い所を探さないといけないだろう。そうなってしまえばエマも苦痛が長くなる。なのでライとレイ的にも、エマ的にもこの宿を見つける事が出来たのは幸いだったのである。
「本当にプライドが高いなエマは……それはヴァンパイアの性なのか?」
「確かに……少し強がり過ぎかな、エマって……」
「なんだと!?」
高圧的な話し方なのはヴァンパイアが生きてきた歳月からまあ仕方ないのだろうが、強がる所は無理しているんじゃないか? と心配になる。
エマは孤高に生きてきたが故、情を受けた事が殆ど無いのだろうか気になるところだ。
そしてその宿にて、暫くのんびりしたあとライが立ち上がって出入口の扉へと手を掛ける。
それを見たレイはライが気になり、尋ねるように質問した。
「あれ、何処かに行くの?」
「……ああ、手持ちの貨幣が少ないから……まあ、これから旅にも必要になるだろうし、即席で何とか稼げないかと思ってな」
レイの言葉に振り向いたライが返す。
どうやらライは、持ち金が少ない事を気にしており何とかする為に稼ぎに行くという。
そして世界を征服する為の資金。それが無くては始まらないだろう。
「そっかぁ……私も手伝おうか?」
そしてそれを聞いたレイは、どうやら手伝ってくれるらしい。何とも有難い事だろうか。確かに一人で稼ぐよりは二人の方が良いだろう。
なのでライは──
「いや、俺の問題だからな……此処に弱っているエマを置いていくのも心配だし、レイはエマの様子を見ていてくれ」
──その申し出を断った。
本当は手伝ってほしい気持ちも少しはあったが、自分の問題である事とエマがこの調子だから断ったのだ。
エマは日光によって弱りきっており、仮に何か問題が起こってしまえば先ず危険な状態に陥る。
「そっか、そうだよね……。うん。分かった」
レイも確かに体調が悪いエマを一人にする訳にはいかないと納得した。
敵が人間や魔物であればレイの剣で追い払う事は可能だ。そしてそれが災害だった場合でも、子供サイズのエマならばレイにも運べる。
それらを踏まえ、レイが此処に残るだけでも意味があるのだ。
そして、その話を聞いていたエマがムッとして話す。
「何を言っておる……私は一人でも問題ないぞ。この部屋のカーテンを閉めてくれたお陰で力も戻ってきたからな」
エマは一人でも大丈夫と言い放った。
しかし、それでも完全に回復していないのでやはりエマ一人を残すのには不安があるモノだ。
「じゃ、行ってくる」
なのでライとレイは無視し、ライはバタンと扉を閉めて外へと出る。
このまま言ってもエマは気かないだろう。なのでライはエマを無視したのだ。
それにより、この空間にはレイとエマの二人だけになった。
「いってらっしゃーい」
「一人でも大丈夫と言ったのだが……」
そんなライの背中を見送る二人。
腑に落ちない様子のエマと手を振るレイは、ライが何かを見つけてくるのを待つ事にした。
*****
──ライが貨幣を集める為に街を歩いていると、街の情報などが纏められた掲示板らしき場所があった。
そこには依頼を受けて報酬が貰えるというのもある。
そんな掲示板を眺め、ライは思う。
(へえ。依頼か……一日二日で貨幣を集められる依頼とか無いかな~)
流すように掲示板を見るライ。そこにあるのは"冒険者"や"狩人"、"獣使い"に"神父"など、今のライには関係の無い職業が多かった。とてもじゃないが、一日二日で資金を手に入れる事は出来ないだろう。
それを聞いていた魔王(元)は、ライに向けて面倒臭そうに言う。
【ったく。俺の力を使えば……】
(楽に集められる。だろ? お前の場合は強盗だから却下だ)
魔王(元)が考える事を、いち早く察せるようになったライ。そんなライは、魔王(元)の意見に対して駄目だと即答で却下する。
それを聞き、ケッと不貞腐れる魔王(元)。そんな魔王(元)を横に、ライはふと一つの依頼表が目に入る。
(これは……)
そこに書いてあった事は──
『"依頼内容"
・この街から南西に、三キロ程離れた近くの洞窟に、生き物を食らう怪物がいると言われている。
何でも、毒や火を操る龍だとか。しかしこのままじゃ夜もおちおち眠れない。
事実、この街から子供や女性が毎年何人か消えている。
その怪物を確かめて、何とかしてくれるならば報酬に大金を払おう。
だけど子供や女性の前以外には中々姿を現さないと言われているから、腕の良い子供か女性に依頼したい。
依頼者 "ダーベル"』
(……大金か……、内容は気になるが……どうしたものか……。弱肉強食は自然の摂理だしな……。つか子供か女性限定って……依頼者はダーベル……ねえ?)
【どうするんだ? 俺は別に構わねえぜ?】
それを見たライは考えるように立ち尽くす。
魔王(元)はノリノリだが、これは無闇な殺生に入るかどうかを悩んでいた。
するとそこに、一人の男性がライに話し掛ける。
「君、この依頼を受けるのかい?」
「……え?」
その男の方を見、それを確認する。
その容姿は整った顔立ちをしており、ガッチリとした体格。それを見るに、何かの力仕事でもしているかのような者だった。
突然話し掛けられて困惑するライだが、取り敢えず落ち着いて応える。
「それが……迷っているんですよね……。その怪物を退治するか……」
ライが考えるように言葉を選んで話す。ライはあまり殺生は行いたく無いのだ。
依頼には"討伐"と書かれていなかったが、危険な怪物という事は殺さなくてはならない可能性もある。それについて悩みどころなのだ。
そんな思考を横にその男性はライの両肩を勢い良く掴み──
「なら是非受けてくれ! 私が依頼者のダーベルという者だが、腕の良い子供か女性なんてそんなに居るものではなくてね。君が受けてくれるならその瞬間に報酬を渡そう!」
──と言い放った。
「…………は?」
目の前の男性が依頼者だったとは思ってもいなかったので、ライの口からは思わず素っ頓狂な声が出る。
そんなライを無視し、ダーベルは言葉を続けた。
「いやー。もし受けるのなら私も着いて行っても良いかね? 本当に毎年……いや、毎日のように子供や若い女性が街から消えてしまうんだ。その怪物の正体を是非とも目にしたくて……。あと出来れば今日中にして欲しいんだ。また今日も子供や女性が消えると思うと不安で不安で……」
「あ……じゃあ、はい。受けま……す……?」
ライはダーベルの勢いに負け、思わず依頼を受けてしまう。
流石にあっさり過ぎたか? と、考えるライだったが、まあ大丈夫だろうと自己解決した。
ライの返事を聞いたダーベルは大喜びでライの手を取る。
「それはそれは! 良かった良かった! じゃあ、旅の準備をするから『仲間』と一緒に来てくれ!」
「……!」
刹那、ピクリとライの眉が動く。
ある言葉が引っ掛かったからだ。ライは警戒するようにダーベルへ尋ねた。
「アンタ……何で俺が仲間と居るって?」
「あ……いや、ほら、君たち、今朝この街の店で食事をしていたじゃないか。若いながらもチンピラを簡単に倒したその実力。それが分かっていたから目の前の君に依頼をしたんだ!」
「……へえ?」
はぐらかすように言うダーベルに、ライは怪しむ目で見やる。
どうやらダーベル曰く、ライたちが店に居たからたまたま目撃した。らしい。
取り敢えず、依頼を受けてしまったのは仕方ないので素直に聞く事にしたライ。
目的地が洞窟ならばエマも大丈夫だろうと考える。
「分かった。じゃあ先に街の入り口で待っててくれ、直ぐに行くから」
「そうか。それは助かるよ。いやー、まだまだ捨てたものじゃないね世の中は!」
そして一先ずその場を後にするライは、自分が宿泊するつもりでいる宿に戻る事にした。
ライたち三人の宿は、掲示板から徒歩数分の距離である。なのでその場所には直ぐに宿へ帰ることが出来た。
「ただいまー」
「あ、おかえりー。早かったねライ」
「戻ったか。……で、稼ぎはどうだ?」
ライが宿に入ると出迎えてくれるレイとエマ。エマの体調も大分回復したようだ。
そして先程行った、掲示板の前で行ったやり取りを一通り説明するライ。
「──ということで、依頼を受ける事が出来た」
「へえ、洞窟で怪物退治か……。分かった。良いよ!」
「確かに洞窟ならば私も問題なく動ける」
ライの説明を聞き、快く了承してくれるレイとエマ。危険があるかもしれないが、エマは兎も角レイも了承してくれたのは有難い限りだ。
そして次にライは、宿を出る前に二人へ一言忠告をする。
「レイ、エマ。その依頼者のダーベルって男だが、何だか胡散臭い。気を付けてくれ」
「うん。分かった」
「大丈夫だ。その男が私やレイに何かしようものなら、私がそいつの首を裂く」
レイとエマは頷いて返す。エマが何か物騒な事を言っていたが、まあ気にする事も無いだろう。
そして、ライ、レイ、エマの三人は待ち合わせ場所である街の入り口に向かう事にした。
*****
──それから待ち合わせ場所に着いたライ、レイ、エマの三人はダーベルが視界に映り込む。
「やあ、来てくれたね。私も実はドキドキしているんだ。こんな美少女二人を連れているなんて。よっ大将。やるねー」
「ひ……!」
「安……心……しろ……レイ……」
ダーベルのテンションはおかしいが、今のところ敵意はない様子だ。
再び日差しを浴びたのでエマはフラフラだが、問題はなさそうである。しかしそんなエマの安心しろという言葉は、イマイチ説得力にかける。
レイもダーベルと距離を取り、ライの後ろに隠れるようにしている。
ライは、レイとエマを庇うように前に出、ダーベルに気になった事を話す。
「アンタ……これから何があるか分からない洞窟に行くというのに……随分と軽装なんだな?」
それはダーベルの服装だ。普通は危険な場所に行くのであれば、ある程度の装備を揃えて来るものだろう。
しかしダーベルは先程と変わらない服装だった。強いていえば普通サイズの鞄を持っているくらい。
「ハハハ、私は旅人じゃなくてこの街の人間だからね。はい、報酬は渡して置くよ」
はぐらかすように言い、報酬をライに渡すダーベル。鞄には報酬が入っていたらしい。
ライは気になったが、その報酬を見て頭からその事が飛びかける。
「き、金貨一〇〇枚だって!? こ、こんなにくれるのか!?」
初めて目にした大金に驚きの声を上げるライ。金貨が一〇〇枚もあれば、これからの旅で頻繁に貨幣を使おうと、数ヶ月、もしくら数年は持つだろう。目の前にあった物は、それ程の大金だったのだ。
そしてダーベルは、そんなライの驚きように笑いながら言う。
「ハハハ、命の危険があるかもしれないんだ。これくらいは当然だよ」
「へえ」
【オイ。油断するなよ。怪しんでいたのはお前何だからな】
(分かってるさ。胡散臭いと思っているのは変わらない。あとは道中で何をしでかすかだ)
軽く笑うダーベルと、相槌を打って返すライ。
そんなライを見、魔王(元)が忠告する様に言う。
魔王(元)の言葉にライは、最低限の警戒はしている。と応えた。
「それじゃあ行くか」
「ええ!」
「うむ」
「フフフ、楽しみだ」
ライの言葉と共に歩き始める四人、三キロ程しか離れていないらしいので、数十分あれば辿り着くだろう。
少し歩くと、木漏れ日の差し込む林に着いた。
林も少しは日光を遮断しているのでエマも歩く分には問題なかった。
「しかし、子供や女性を狙う怪物か……。何かそういう話って多いよな。エマは何か知っているか?」
ライは歩きながら、依頼の最終目標である怪物の事を話す。昔から女子供を狙う怪物は多いからだ。しかし、勿論エマがヴァンパイアということは伏せて話す。
エマの体力は、話す分には問題がなくなっていたのでライの質問に応える。
「……私も確実に分かるという訳ではないが、恐らく"弱くて新鮮"だからだろう。基本的に子供や女性は力が無い。だから襲いやすいのだろうな。──まず子供。子供は無垢……つまり新鮮だ。人間でも魚や野菜とかで新鮮なのを好む者が多いだろう。食べ物が違うというだけで基本的な食部分は人間も魔族も……怪物も同じ事よ」
「へえ。……じゃあ子供よりは新鮮じゃない……のかな……? その女性を襲うのは?」
次に、レイがエマに聞く。幾ら新鮮と言えど、大人の女性は子供程新鮮では無い。
それは年月が経つに連れ、肌質や身体が大きく変化するからだ。
その問いに対しても、エマは歩きながら話す。
「ふむ、これも恐らくで、確実ではないが……女性の場合は男性よりも脂肪があるのだ。それが襲われる原因だろう。男性は筋肉質で女性は筋肉が付きにくいだろう? 食べやすさからすると筋肉質で硬い男性よりも、脂肪が多く柔らかい女性の方が怪物からも好まれやすいのだろうな。人間も食べる動物によって性別を変えたりしているだろ? つまりそういう事だ」
「あ、確かに……」
淡々と質問を返すエマ。その言葉に納得しつつ引くレイ。それを横で聞いていたライも流石だな。と感心している。
そこで、同じくそれを聞いていたダーベルは言う。
「へー。まるで食べた事があるみたいな言い方だね」
「……!!」
ダーベルの言葉でギクリとするエマ。
実際には、ヴァンパイアであるエマは人の肉そのものを食べた事はない。なので、血を吸う時に牙を刺し込む肉質、肌質の感触から推測していたのだ。
一瞬焦ったエマは即座に落ち着きを取り戻し、ダーベルへと返すように話す。
「ふん、食べた事ある訳なかろう。何を言っておるのだ?」
「ハハハ、悪かった。謝るから許してくれ」
何とか誤魔化せたのだろうか? エマが睨むと、それに飄々として返すダーベル。怪しいが、何を考えているのか分からない。
林道を進みながらそんな事を話していたライたち四人は、洞窟に辿り着く。
そして、其処に棲むという怪物退治に向かうのだった。