八百八十八話 街への侵略
──"人間の国・パーン・テオス"。
ヴァイス達の侵略活動が本格化してきたところで所変わり人間の国支配者の街"パーン・テオス"ゼウスの城。
そこの大広間で目の前に現れたグラオに向け、ライ訊ねるように言葉を発する。
「……それで、アンタが来たって事は参戦するって考えて良いんだな?」
「勿論。さっきはゼウス相手に何も出来なかったけど、このまま引き下がる訳にはいかないからね。それに、ただ目的を遂行する為だけに退いただけで、戻ってくるのは当然だろう?」
事実、グラオは逃げた訳ではない。あくまで目的の為に行動していたとの事。次の瞬間に外から爆音が響き渡り、街全体が騒がしくなってきた。
「ふぅん? 成る程な。兵士達が攻めて来たか。この街の防衛は大丈夫なのか?」
「突然の乱入者に街の危機……これは侵略者を相手にしている暇も無いの……見たところ敵対同士。誰か一人は街の方へ行ってくれ。私はこの者達を抑える!」
おそらく、だが十中八九攻めて来たのは生物兵器の兵士達だろう。それをマズイと判断したヘラはアテナ、ヘルメスに向けて指示を出し、ライとグラオには自分自身が向き直った。
神々の女王を謳われる存在だがしかと周りを見ているらしく、最適な行動を起こせるのだろう。
「それなら守護神の私が行く。女剣士。貴様との対決はまたお預けだ!」
それだけ告げ、街の守護神であるアテナが即座に駆け出した。
大広間の窓から飛び降りて街に向かい、城の外で待機している兵士達を何人か連れて現場に向かう。
「大変な状況になってきたね。……ライ! 生物兵器の兵士達は私たちにとっても敵だから、私も行くよ!」
「それなら私も行くか。リヤンはどうする?」
「私も行く……。お城に居るクラルテさんは気になるけど……街が大事……」
「ああ、任せた! 俺は此処でヘラとグラオを相手にする!」
「ぬぅ……。確かに敵だが、前述したように攻めてきた輩とも敵対している様子……街の為じゃ。やむを得ん。無視するか……!」
街に向かったアテナを見やり、レイ、エマ、リヤンの三人も街の方に向かう。
それを見ていたヘラは止めたい気持ちもあるが人数不足なのは見て分かる。故に止めず、レイたちも街の方に向かわせた。
こう言った事態での状況判断能力も大したものだろう。
「ハハ、良い感じに分断されているね。まあ、僕が来たから半ば強制的に分断されたんだけど。戦いやすい環境ではあるのかな?」
「そうなんじゃないか? 大々的に暴れてもゼウスが修繕してくれるらしいから問題無いからな」
「へえ。それは良いね」
「呑気なものよの……この二人……!」
次第に高まる緊張。ライとグラオは会話の中で力を込め、口では二人を呑気と言い放つヘラもその気配を感じて警戒を高めた。
次の瞬間にグラオの座る窓際が砕け、ライの足元も砕ける。同時に二人は正面衝突を起こし、大広間が吹き飛んだ。
「「「ぐわあああああ!!!」」」
その一撃で全ての兵士達も飛ばされ、城から放り出される。それによって大広間だった場所にはライとグラオ、ヘラ。フォンセとヘルメスのみが残る。
「一気に味方が減らされてしまったな。大広間どころか城が消し飛んだが、その点は既に修繕済みか」
ライとグラオの正面衝突に介入する事の出来なかったヘラは現在の状況から戦況を確認する。それと同時にヘラ自身も踏み込み、ライとグラオに向けて肉弾戦を嗾けた。
「はぁ!」
「っと……」
「へえ?」
割り込むように放った掌底。それをライとグラオは紙一重で躱し、躱されたヘラは跳躍。同時に神としての力を込め、それを波動のように放出。大広間を撃ち抜き、城を半壊させて一番下の階層に到達する。
ライ、グラオ、フォンセ、ヘルメスの四人とヘラはそこへ到達し、五人が向き合った。
「ヘルメスとは一対一で戦り合っていたが、どうやら全員で戦う事になりそうだな……」
「そうかもしれないな。けど、フォンセが居るなら心強い」
「ふっ、私も同じだ。ライ。ライが居れば心強い」
「フム、そうなると私の味方はヘルメスか。実力は認めているが、果たして何処まで通じるか……」
「それを言わないでくださいよ。ヘラさん。自分だってこの中じゃ最弱って自覚していますからね」
「僕は一人かぁ。まあ、別に問題は無いね。兵士達を引き連れなかった時点で僕は一人で全てを終わらせるつもりだったし」
ライとフォンセが互いに近付き、ヘラとヘルメスは互いの距離を置いた状態で陣形を組む。一人のグラオは楽観しており、全員が次の瞬間には行動に移れるよう態勢を整えていた。
「じゃあ、お城の一階。第二戦を始めようか」
「何でアンタが仕切るんだよ。グラオ」
「その点に関しては同意じゃな。偉くなったつもりか?」
「まあ、実際にグラオの立場的にはゼウスと同じなんだけどな」
「なに? その話、詳しく聞く必要がありそうだな」
グラオが仕切り、ライとヘラが指摘する。フォンセが呟き、ヘルメスが興味を引く。何はともあれ、ライ、フォンセ、グラオ、ヘラ、ヘルメスの織り成す戦闘は次の段階に進むのだった。
*****
──"パーン・テオス"。
「クソッ! 撃て! 撃てェ!」
「さっきからやってる!」
「だが、身体がバラバラに吹き飛んでも再生するんだ!」
「化け物共めッ!」
『『『…………』』』
ライたちがゼウスの城にて戦闘を続ける中、"パーン・テオス"の街中では兵士達が生物兵器の兵士達に対して大砲を放ち迎撃していた。
街中で大砲を放つのは及ぶ影響が多くなるのであまり得策ではないが、通常の銃弾や矢では動きを止める事すら出来ず再生はするが動きを少しでも止められる大砲を使わざるを得なかったという訳である。
しかし見ての通りそれもほぼ無意味。再生しながら進む生物兵器の兵士達の群れを前に押され始めていた。
『……』
「……!」
次の瞬間、指揮官に向けて生物兵器の兵士一人が迫り、反応させる間もなくその顔を握り潰す。殺さぬように命令されているので生かしてはいるが、指揮官の顔はグチャグチャになった。
「ヒィ……! 何だよ……何なんだよこの化け物は……!」
『……』
それを見た一人の兵士が錯乱し、生物兵器の兵士に向けて銃を乱射する。幾つかは指揮官にも当たってしまっているがそれを気にする余裕などなく、撃たれた箇所から再生する生物兵器はまたもや一瞬で迫り、兵士の銃を腕力で砕きその身体を蹴り飛ばした。
成す術無く飛ばされた兵士は建物に激突して吐血、そのまま意識を失う。
『……』
「ヒッ……!」
「これ以上は無駄だ! 一時的に撤退を!」
「不死身の身体に鬼に匹敵する腕力……武器を扱える知能……何なんだよ、あの化け物は……ッ!!」
意識を失った瞬間、既に兵士から注意は逸れ、別の兵士をただ機械的に狙う。
兵士達は恐れ戦きその場を離れ、辺りは閑散とした空気に包まれる。同時に生物兵器の兵士達は進行し、障害になりうる建物を粉砕しながら行く。
本来、生物兵器の兵士達は街一つなら一体で壊滅させる事の出来る存在。それは支配者の街に居る優秀な兵士達が相手でも同じらしく、容易く進めていた。
しかし、他の街の兵士達に比べたらこの街の兵士達は弱いかもしれない。他の街は幹部が居ても争い事に巻き込まれる事もあるが、此処は支配者の街。故に世界で一番と言って良い程に安全であり、配属される兵士も鈍ってしまっているのだろう。
優秀な存在だからこそこの街に配属されたがそれ故に街は容易く崩れる。何とも言えない皮肉である。
「やれやれ。この街の兵士は根性が無いのだな。まだ他の街の方が堪えていたぞ」
「五月蝿い。確かに根性は無いが、貴様にどうこう言われる筋合いは皆無だ」
「アハハ……まあ仕方無いよ。私たちは何とか出来るけど、改めて考えてみたら本来はかなり強い筈だもん。世界が禁止にする技術だからね。生物兵器の創造は」
「うん……」
「同情されるとそれはそれでムカつくな」
「ええ……」
街を破壊しながら進行する生物兵器の前にレイ、エマ、リヤンとアテナ。この街の主力が揃い、生物兵器の兵士達に向き直った。
アテナが共に居る理由はおそらくこの街の防衛を手伝うとでも言われたのだろう。敵対関係ではあるが、守護神のアテナは街の防衛が第一優先という事である。
「今回ばかりは手を組むが、少しでも変な動きをしたら貴方達から始末する。その事は忘れるな」
「ああ、承知した。まあ、貴様に私たちを相手をして勝てるかどうかの問題だがな」
「もう、二人とも。今は生物兵器の兵士達が最優先!」
「後ろから巨人兵士も来てる……。それと……別の匂い……色んな匂いが混ざっているから合成生物かも……」
「「フン……」」
この中でもより仲が悪いのはエマの様子。アテナの性格がエマに近いのもあり、同族嫌悪というやつだろう。
なので抑制係りにはレイがおり、リヤンは他の生物兵器の存在を確認して二人を制止させた。
『『『…………』』』
『『『…………』』』
『『『…………』』』
「随分と数が多いね……何千は居るかな……」
「後続を考えると何万の可能性もあるな」
「合成生物……可哀想……」
「面倒な相手のようだな」
そして通常の生物兵器の兵士以外に巨人型の生物兵器と様々な動物を掛け合わせた合成生物が姿を現し、"パーン・テオス"の入り口付近に集う。
もう既に街中に侵入されており、アテナは苦言を吐いた。
「だが、兵士共の根性の無さには気が滅入る。せめて街に入れないくらいはしておけば良いものの……!」
「まあ、ある程度は防衛していたんだ。大目に見てやろうじゃないか」
「大体貴様らが攻めて来なければ私が迅速に対応出来たのだがな」
「アハハ……それはごめんなさい」
「……来る……」
リヤンの言葉と同時に生物兵器の兵士達が迫り、巨人兵士が巨腕を振るい、四足歩行の合成生物が駆け出す。レイ、エマ、リヤン、アテナは構え、次の刹那にアテナが前線へと躍り出た。
「はあ!」
『『『…………!』』』
『『『…………!』』』
『『『…………!』』』
同時にアイギスの盾を広範囲に広げて受け止め、敵兵士全ての攻撃をその身一つで受け止める。
「すごいね……あの全てを余波も無く抑え込むなんて……!」
「うん……。神器だから私にも出来ない……相応の防御術は出来るかもしれないけど……」
「上出来だ。アテナ。褒めてやる」
「他二人は兎も角、ヴァンパイアは何で上からなんだ! 貴様らも早く仕掛けろ!」
アテナの言葉にレイ、エマ、リヤンの三人は駆け出し、広範囲に広げられたアイギスの盾を抜けて生物兵器に嗾ける。
レイは勇者の剣を鞘から抜いて生物兵器と巨人兵士を切り伏せ、エマが何十体かの生物兵器を催眠で操り同士討ちさせる。リヤンは合成生物に幻獣・魔物の力で対応して吹き飛ばし、生物兵器達を一瞬にして街中から押し出した。
「やるじゃないか。ヴァンパイアは殺傷力が低いみたいだがな?」
「ふっ、抑え込むのに力など要らぬからな。感謝しろよ?」
「誰がするか」
互いに上から目線だが、お互いの実力は認めた様子。実力自体は始めから警戒していたが、味方になると頼もしいという意味で認めたという事である。
しかし一時的に押し退けたとは言え生物兵器達はまだまだ顕在する。街の外に追い出された生物兵器達は変わらず進行し、ただひたすら進む。
「まだまだ居るな。そう言えば、この街の出入口は幾つある? 他にもあるなら私たちの誰かや兵士達を派遣しなくてはならないだろう?」
「そうだな。その意見には同意だ。数で言えば四方。一つは森に続く此処。後は川が流れる橋近くにある門に山間に続く場所。そして高原くらいだ」
「成る程。私たちも四人。丁度良いな。まだ他の場所から騒ぎは聞こえないが、それぞれで配置に付いた方が良さそうだ」
この"パーン・テオス"にある街の出入口はアテナ曰く四つ。まだ被害は及んでいない様子だが、そのうち来る事も考えてそこに付く事にした。
「じゃあ誰が付く?」
「なるべく早い方が良いな。悔しいが私はあまりスピードに自信がない。だからこの正面を護る事にする。後は貴様らで決めろ」
「素直だな。まあ、それなら一番速いリヤンが此処から一番遠い場所。残り二つを私とレイで分担しよう」
「分かった……」
「了解!」
配置は決めた。次の瞬間リヤンはこの場に何人かの兵士を人災の災害魔術で生み出して手助けを兼ねて移動を開始。それに続くよう、レイ、エマの二人も移動を開始した。
世界各国で戦争が開始される中、人間の国支配者の街"パーン・テオス"ではライたちがグラオを相手にしつつレイ、エマ、リヤン、アテナの四人で街の防衛を行うのだった。