八百八十六話 集う主力
「よっと」
「「「グッハアアアァァァァッ!」」」
ライの軽い声と共に放たれた一撃で囲んでいた兵士達が吹き飛ばされ、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は部屋から離れるように駆け出した。
「さっきの人、やっぱり話に出ていたクラルテ・フロマか? リヤンに聞いた特徴には当てはまっていたけど……」
「多分……そう……。けど……やっぱり何か事情があるみたい……今私とはあまり関わりたくないみたいだし……」
「事情ねぇ。まあ、あの反応は普通じゃなかった。急に取り乱したからな。常人なら部屋に他人が侵入して取り乱すのは別に普通だけど、取り乱し方が異常だったな」
既に主力達に報告されているなら気配も何も関係無い。故にライはそれなりの速度で走りながら先程の女性について訊ねていた。
そしてリヤンから見て、先程の使用人はクラルテ・フロマその者であると判断する。本人から名を聞いた訳ではないが、何となく感覚で分かるのだろう。
リヤンがその気になれば超能力を始めとした様々な力で何を考えているか分かるが、先程の状況から咄嗟に力を使えなかった。元より話は本人から聞きたいので使う事もなかっただろう。
「見つけたぜ、侵略者!」
「ヘルメス。今は好戦的な状態か」
そして、そんなライたちの前に現れたのは性格を変更したヘルメス。様々な側面を持つので色々な性格にもなれるのだ。現在は好戦的な性格を演じる事で高揚感を上げ、戦いやすい状況を作っているのだろう。
簡単に言えば自己催眠みたいなものである。
「死ねェい!」
「まあ、俺にとっては冷静な状態のヘルメスより戦いやすいかな」
ハルパーを闇雲に振り回し、ライたちを狙うヘルメス。無論、一見が闇雲に見えるだけで狙いは正確である。
「よっと」
「……ッ!」
しかしライはその全てを見切って躱し、隙を突いてヘルメスの懐に拳を打ち付ける。打ち付けられたヘルメスは弾かれるように吹き飛び、城内の壁を幾つか粉砕して粉塵を舞い上げた。
「また直ぐに戻ってくるだろうし、どうするかな。連戦は避けられないから……予定を変更して幹部全員をこの場で倒すか……」
「それによって仮に世界が崩壊しそうになっても、ゼウスがそれを防いでくれるから問題は無さそうだな」
「うん……。だけどそれでも大きな被害は出そうだね」
「まあ、それは大前提。支配者の街と分かった以上、国の崩壊は避けられないからな」
「うん……」
隠れる場所は見つからない。なので色々と考えたがやはりヘラ達幹部との決着をもう付けた方が良いのではないかと考えていた。
それなら始めからそれをすれば良かったかもしれないが、そう上手く行かないのが行き当たりばったりでの侵略活動である。
「じゃあ、予定を変更するか。ゼウスやグラオ達は捨て置き、先ず追っ手の幹部は打ち倒すとするか」
「「うん……!」」
「「ああ」」
数十分の逃走劇はこれにて終了。ライたち五人は行動に移り、幹部達を打ち倒す事に決めた。
逃走の意味が無くなってしまうが、クラルテと思しき人物に会えたのは収穫。普通に戦闘を行う予定のこれもまた一興だろう。
「じゃあ、渡り廊下よりは戦いやすい大広間にでも移動するか」
そう決めたライたちは一先ず大広間の方へ向かう。
速度を上げ、物の数秒で大広間へと到達したライたちは振り返り、もう既にやって来ていたヘラ、アテナ、ヘルメスの三人に構えた。
「ふぅん? 北側と西側から来たか……じゃあヘルメスは南側の捜索でもしていたのか。運良く俺たちとは別方向に行っていたみたいだな」
「その様じゃな。幸運の持ち主のようじゃ。だが、態々戦いやすい場所に誘い出してくれるとはの。逃げるのは止めたみたいだな」
「ハッ、そうみたいだな。……それじゃ、数も揃ったし何時も通りにやるか」
「全く。貴様は一体どれが素なのか。まあいい。侵略者達も観念したみたいだからな」
ライの言葉に返答し、三人の主力がライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人に構える。兵士達も現れ、支配者であるゼウスを除く"パーン・テオス"の全戦力が集ったと言っても良いだろう。
同時に八人は駆け出し、正面衝突を引き起こした。
「そらよっと!」
「むう……!」
ライがアテナに向けて回し蹴りを放ち、アテナはアイギスの盾でそれを防ぐ。同時に衝撃波が大広間を包み、周りの兵士達はそれだけで吹き飛ばされた。
「へえ? 頑丈だな。流石は神造武器でも随一の防御力を誇るアイギスの盾。俺の蹴りを受けて無傷とはな。……まあ、ゼウスには当たりもしなかったんだけど」
「フン、何も盾だけでは無いぞ……!」
アイギスの盾を押し付け、ライの身体を引き離す。同時に槍を構え、高速で突いた。
それをライは避けるが更に追撃、一度槍を引き、もう一度突いて横に薙ぐ。刹那に連撃を嗾け、ライはそれらを全て紙一重で躱す。
突き、薙ぎ払い、切り付け、振り回し。槍特有の撓りを用いた連撃は全て避け、ライは距離を置いた。
「……! なにを……!」
「私が相手をするからだよ!」
「……っ」
ライの行動に困惑するアテナだが、勇者の剣を用いたレイの急襲にたじろぐ。
しかし即座に体勢を立て直して槍を構え、側に居るレイに向けてその槍を突き立てた。
その槍をレイは受け止め、そのまま押し退けるように弾く。同時に踏み込み、アテナの懐に今度は鞘から抜いた勇者の剣を薙ぎ払った。それをアイギスの盾で受け止め、レイとアテナが近距離で見つめ合う。
「そう言えば貴様との決着は付いていなかったな……!」
「うん。だから仕掛けた……!」
まだ付いていない決着。それを決める為にもアテナはレイの相手を受け入れた。
アテナはアイギスの盾で弾き飛ばし、槍を構えて再び嗾ける。
「魔王の子孫は捨て置こう。今回は主と戦ってみたいの、魔王を連れる少年」
「神々の女王様から直々の御指名なんてな。俺も鼻が高いよ」
「抜かせ……!」
一方でヘラがライに肉迫し、それをライは正面から受ける。
ヘラの掌底打ちを流し、懐に拳を放つ。それをヘラは紙一重で避け、流れるような動きで後ろ回し蹴りを放った。
その蹴りをライは仰け反って躱し、足を掴んで放り投げる。
「よっと!」
「フム、まだ魔王の力は使っていないが……それでもこの強さか」
放られた瞬間に上手く着地し、ライの力を分析するヘラ。まだヘラも本気を出していないのだろうが、ライの力はある程度理解したようだ。
「さて、ヘルメスは誰がやる? 戦っていたのは私だが、周りに兵士は多いからな。余波で何人かは吹き飛ぶが、それでも数が多い」
「そうだな。ヘルメスはそれなりに素早い。まあ、私たちなら全員対応出来るんだろうけどな」
「うん……」
「やれやれ。私はおまけ扱いか。確かに戦闘向きではないが、あまり舐められるのは好きじゃないな」
ライとレイの一方でエマたちは兵士達を相手取りつつ、誰がヘルメスと戦うか話し合っていた。
別に誰が戦っても問題無い相手と思っているらしく、そんな態度にヘルメスはため息を吐く。
伝達係りなので本人も戦闘向きではないと理解しているようだが、やはり幹部として舐められるのはあまりいい気分ではないようだ。
「よし、じゃあヘルメス自身に選んで貰うとしよう。それなら後は適当に相手をすれば良いだけだからな」
「あまり舐めないでくれよ。私の力も、光の速度もな……!」
踏み込み、刹那に光へ到達したヘルメスがエマ、フォンセ、リヤンの三人へ切り付ける。三人はそれを避け、ヘルメスに向き直った。
「どうだった?」
「一瞬私への攻撃が早かったな。まあ、私が一番近くに居ただけなんだが」
「じゃあ……私たちは兵士達かな……」
たった一、二メートルの差だが、一番近くに居た事でヘルメスに攻撃を一番最初に仕掛けられたフォンセが相手をする事にした。
決まったその瞬間にエマとリヤンは飛び退き、フォンセが魔力を込めて背後へ移動したヘルメスにその塊を放出する。
「エレメントに干渉はしないか。だが、ただの魔力でこれ程までとはな」
「魔王らしいだろう? エレメントには頼らず、自分の中に流れる力のみで仕掛けているんだ」
「魔王らしいか? まあ、何者にも頼らぬという意味なら確かにらしいかもしれないがな」
魔王の魔力からなる形の無い黒い攻撃をハルパーで薙ぎ払うヘルメス。実態の無い攻撃なので全ては消し去れず、自身が消えるような速度で一瞬にして眼前に迫り、ハルパーを突き立てた。
「フム、やはり素早いな」
「それを避ける君も君だけどな」
フォンセはそのハルパーを躱し、ヘルメスは躱された瞬間に瞬間的に背後へ移動して薙ぎ払い、それをフォンセはしゃがんで避けた。
同時に片手に霆を纏い、ヘルメスに向けて嗾ける。
「"雷の鞭"!」
「なんだ、やはりエレメントに干渉するのか」
「ああ。魔王は自由だからな」
同時に放った雷からなる鞭。それが縦横無尽に飛び交い、ヘルメスはそれを避けて行く。
エレメントに干渉させている事を指摘されたが元より自由人の魔王にそんな事は関係無い。霆の鞭は周りの兵士達を感電させて気絶させながらヘルメスを狙い続け、城の大広間に複数の亀裂が入る。
「自由に破壊されるのも困ったものだな。まあ、修繕とかはゼウス様が行うから良いとして、さっさと片付ける……!」
「支配者を簡単に扱うのだな。全て丸投げか」
「ゼウス様自身が理解しているからな。私たちが行動を起こしても止めないという事は、これからどうなるかも全て見通した上で問題無いと判断したから。まあ、ゼウス様にとっては全ての事柄が無問題なんだけどな」
鞭を避け、フォンセに迫ってハルパーを振るう。
ある程度の破壊はゼウスが直してくれるらしいが、支配者に丸投げで良いのかと指摘するがゼウスは全てを理解しているので問題無いとの事。
そのハルパーをフォンセは翻るように避け、霆の鞭を再び周囲へ散らすように振るうった。
「さて、私たちも兵士の処理作業を行うか。数の多い敵は何かと邪魔だからな。ただ倒すだけなら良いが、殺さないように気を付けなくてはならないから戦闘の余波で死ぬ前に気を失わせて安全地帯に送り込むか」
「うん……。物騒だけど……そうしなくちゃ犠牲が多くなっちゃうからね……」
周りの兵士達を打ち倒す理由は、兵士達が死なぬ為。そうしなくては戦闘の余波で何人かが犠牲になってしまうからだ。
既に何人かは吹き飛ばされているが、まだ戦闘は始まったばかりなのでその点に関しては問題無い。互いに本気には程遠い力しか使っていないからである。
既に意識の無い兵士達はエマが風で適当な場所に運び出し、残った兵士達に向き直る。
「まあ、取り敢えず手加減するのも面倒だ。何人かは同程度の実力者同士で争え」
「「「…………!」」」
そして次の瞬間、エマは何十人かの兵士達に催眠を掛け、操った兵士達が味方に向けて剣や槍を用いて嗾けた。
「…………」
「……っ! 何をする!? いきなりどうした!?」
目から光が消え去り、無表情で味方兵士を攻め立てる。仕掛けられた方の兵士は困惑の表情を浮かべながらそれらを受け流して声を掛けるが、操られている味方にその声が届く筈が無かった。
「フフ……さあ、踊れ。私の傀儡達よ。味方同士の潰し合いを見物するのは面白いからな。……まあ、自分がやられる立場にはなりたくないが」
「何と醜悪な……! ヴァンパイア……!」
「幾らでも罵るが良いさ。それくらいしか出来ぬだろう? 味方と戦っていてはな」
「くっ……!」
エマの催眠は仲間思いの者が相手の時程効力を発揮する。理由は簡単。攻撃しにくくなるからである。
なので後は高見の現物を決めれば良いだけ。実に楽な作業だ。
「じゃあ私も……あまり力の強くない兵士で……」
「「「…………」」」
「……な!? コイツ、人間を……!」
「何で無から創造してるんだ……!」
エマの一連の動きを見やり、リヤンは魔族の国、支配者の街"ラマーディ・アルド"に居たアルモ・シュタラの扱う人災の災害魔術を用いて兵士を生み出し、一気に嗾けた。
魔族の国の事情を詳しく知らない兵士達は戦慄き、止まっている瞬間にリヤンの生み出した兵士達が攻め立てる。
ライとヘラ。レイとアテナ。フォンセとヘルメス。そしてエマ、リヤンと兵士達。それらの織り成す戦闘が大広間にて続行される。
「──気配を感じて来てみたら……ハハ、さっきより盛り上がっているね」
「「「「…………!」」」」
「「「「…………!」」」」
──その直後、壁が砕け、灰色の髪をした者、グラオ・カオスが大広間に現れた。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人とヘラ、アテナ、ヘルメスの三人。そして各々の兵士達はそちらを見やり、ライが言葉を発する。
「もう戻ってきたのか。確かに数十分は経過したけど、別の目的は良いのかよ?」
「その目的を達成したから戻ってきたんじゃないか。目的と言っても数を集めてこの街に攻め込むくらいだけど」
「成る程な。それが終わったって訳」
「何者じゃ……この者……何やら知った気配の気もするが……かなりの強者……!」
グラオが戻ってきた理由。それは本人の言った通り。この街に攻め込む準備が終わったのだろう。
その言葉を聞いたライたちのみならずヘラ達も警戒を高めて向き直る。
ライたちとヘラ達。そしてグラオが"パーン・テオス"支配者の城に集い、より一層激しさを増すのだった。




