八百八十五話 逃走劇・使用人
──"パーン・テオス・城内"。
ゼウスの部屋から離れたライたちはヘラ達から逃げるように城内を進んでいた。
別にヘラ達なら相手取っても良いが、それなりに疲弊はするだろう。この城には一番の強敵であるゼウスが居る以上、余計な戦闘は避け、ゼウスの対策でも練りたいところだが、
「さて、一体どうするか。どんな策を練ろうと、話し合った瞬間に気付かれるからな」
「ライの無効化すら無効にしちゃうんだっけ……全知全能って本当なんだね……」
「前に同じ全知全能を謳われるオーディンが居たが……オーディンとは比べ物にならないのか?」
「そうだな。オーディンも一応主神。ゼウスと比べてどうだった?」
「どうだろう……オーディンの全知全能はあくまで知識で得た全知全能だからね……」
全知全能の主神。その存在。
ライたちは以前グラオが創り出した偽りの"世界樹"にて本物のオーディンと出会っている。伝承ではオーディンも全知全能と謂われており、かなりの実力を有している筈だ。
そんなオーディンと今さっき出会ったゼウスをライとリヤンは比較するが、その二人が戦っている訳ではないので実力の程は難しいところだった。
「闇雲に城内を駆け回っても仕方無いしな。何となく城からは出ないようにしたいところだけど、やっぱりヘラ達を撃退してから考えるか?」
「……。そう言えば、ライは私たちに話したい事があるって言ってたよね? それはなに?」
「ん? ああ、そうだった。ゼウスの力にだけ集中していて抜けていたよ」
城を進むライたち五人。これからどうするかを話ながら駆け抜け、ふとレイがライに話したい事が何なのかを訊ねた。
それを聞いたライは思い出したかのように言葉を発する。
「取り敢えず単刀直入に言うよ。さっきゼウスの部屋にグラオが来た。そしてグラオには何らかの目的があるらしい」
「「「……!」」」
ライの言葉にレイたちはピクリと反応を示す。
その名を聞いたら嫌な顔をするのも仕方無い事である。
「目的……やっぱりロクな目的じゃないんだろうね……」
「まあ、世界征服が最終目標の私たちも大概ロクな目的ではないが、大量虐殺が起こる可能性は高いな」
「ああ。その存在が一度でも此処に来たという事は、また何か面倒な事を引き連れていると考えて良さそうだ」
グラオの存在。それが意味をする事は十中八九戦争関連の引き金になりうる事柄だろう。三人は怪訝そうな表情をしており、あまり良い気分ではなくなった。
「まあ、そんなグラオもゼウスに挑んで帰ったよ。俺と同じくダメージは与えられず、その目的とやらを遂行する為に一時的に撤退したんだ」
「撤退したか。私たちの前で今までも何度かその場を退く事はあったが……今回は色々と勝手が違うようだな……」
ライの説明からゼウスの実力の全貌は見えてきた。実際は一角も見えていないのだが、今まで戦った全ての敵より圧倒的に強大な存在である。それだけは確かな事実だろう。
「逃がさぬぞ!」
「それなりの速度で移動すれば気配は掴めるからな。追跡は比較的楽だ!」
「やれやれ。好戦的だな。二人とも」
「追い付かれたか。話す為に少し速度を緩めていたし、特に隠れもしなかったから当然だな」
「うん。……それで、どうするの?」
「ゼウスは手を出さないようだしこの場で始末しても良いけど……悩みどころだな。この三人を倒したら次の相手は必然的にゼウスになる。もしそうじゃなくてもそこそこ時間は掛かりそうだからグラオ達が来るかもしれない……疲労を回復する前に来たらマズイけどこのまま無視する訳にもいかない。うーん……」
ヘラ達をどうするか。それについてライは悩んでいた。
まだゼウスとの戦いは避けたい。なのでヘラ達を倒す訳にもいかない。別に倒した後でゆっくりすれば良いのだが、仮に倒した後で休憩を兼ね、改めて作戦などを練ろうと考えた場合、今度はグラオ達が戻ってくるかもしれない。そうなると連戦は必須。
その事から考えても、この場は一先ずやり過ごし、グラオ達が来たら便乗してグラオ達諸とも人間の国を落とすのが効率的だろう。
「んじゃ、牽制しつつ逃走が安定かな。どうせ時間が掛かるなら、グラオがまた来た時の為に力は温存して置いた方が良さそうだ。まあ、潰し合いを見守るだけじゃなくて、自分で全部の主力を倒すと言った手前、ある程度の決着は俺が付けるつもりだけど」
諸々の事情を踏まえた結果、逃走は継続。グラオにしても何にしても隙を見つけたらそれを突くのが楽だろう。
だが、そんなライ本人が言うに相手も万全の状態のまま打ち倒す事を望んでいるようだが。
何はともあれ、思考が矛盾しているかもしれないとしても他に作戦は浮かんでいない。適当に逃走を続けるようだ。
「やれやれ。そんな風に力を抜いた速度、私なら一瞬で追い付ける」
「……!」
その瞬間、ライたちの前に躍り出たヘルメスがハルパーを突き出し、ライはそれを紙一重で躱して腕を掴む。そのまま片足を軸に回転し、ヘルメスをヘラ達の元に放り投げた。
「追い付けても、素の力が俺より劣っているから意味がないさ!」
「……っ。その様だな……!」
放られたヘルメスだが、伊達に幹部はやっていない。故に空中で体勢を立て直して着地し、再び光速で加速してライたちに迫り行く。
「見たところ、あの中じゃヘルメスが最速なのか?」
「さあ、どうだろうな。主に守護中心のアテナよりは速いのだろうが、神々の女王であるヘラと比べると如何程のものか」
「だけど、余計な破壊をしないであの速度を出せるからいなすのも結構大変だね」
ヘルメスの速度は避けられない程ではない。しかしなるべく疲労したくないので相手はせずに逃げ続ける。戦闘と奔走による疲労は根本的に違うからである。
そのまま走り続けるライは一先ず後ろを向き、渡り廊下を踏み砕いて吹き飛ばした。
「……! 目眩ましか。こんなもの!」
それによって生じた瓦礫はヘルメスが全て切り伏せ、アテナが盾で防ぎ、ヘラが最小の動きで打ち落とす。だが次の瞬間にライたちはおらず、ヘラ達は辺りを見渡した。
「気配を消した……か。と考えると、先程の一瞬で超加速をし、距離を置いた後で速度を緩めたと見て良さそうだな。お前たち、私は北側を行く。別の場所は任せた」
「ああ、了解した。じゃあ私は西側だ」
「それじゃ、"俺"は南側かな」
ライたちの行方を推察し、三手に分かれる事にしたヘラ達。ヘラは北側に行き、アテナは西側。人称を変え、何となく性格を変更したヘルメスは南側に行くとの事。
三手に分かれたヘラ達。ライたちの逃走劇はもう少し続きそうである。
*****
「さて、ある程度は距離を置けたか?」
「まあ、距離を置くだけならな。だが、油断は出来ぬぞ」
「そうだな。気配を消したから気配で追われる事は無さそうだが、その分速度が落ちる」
「逃げ回るよりは隠れてやり過ごした方が良いかもね」
「うん……」
ヘラ達から離れ、東側に来ていたライたちは常人並みの速度で走りながらどの様な行動に移るかを話し合っていた。
離れる事が出来たのは良いが、元よりヘラ達も倒すつもりではある。ある程度の作戦を決めてから嗾けると考えても身を潜め、落ち着きながら行動を起こした方が良いだろう。
なのでライたちは一旦辺りを細かく見渡し、一つの扉に視線を向けた。
「取り敢えず彼処に行くか。一つだけ人の気配があるみたいだけど、あまりのんびりはしていられないからな」
そこの部屋は身を隠すのに向いている雰囲気がある。人の気配はあるが、それは一つだけ。なのでライは、取り敢えず入るだけ入ってみようかと考えていた。
「居たか?」
「いや、居ない。向こうを見て来る!」
「見つけたら幹部様に報告だ!」
「無論だ!」
「っと、やっぱり考えている暇はなさそうだな」
主力のみならず、何百何千の兵士達もライたちを捜索している現状、やはり考えている暇なども皆無。
故に決定し、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は迅速且つ静かにその部屋へ侵入した。
「……誰?」
そして入った瞬間、概ね予想通りではあるがそこに居た者に気付かれる。その者は白いショートヘアを揺らし、淡い青。水色の静謐な瞳をライたちに向けた。
使用人の服を身に付けている事からするに、この城に仕えるメイドのような存在だろう。
「あ、えーと。ちょっと通り掛かったので……って言い訳は無理か。何て言うか……」
訝しげな表情でライたちを見る使用人。ライは咄嗟に言い訳を考えるが部外者が部屋に入った時点で出来る言い訳は限られており、その言い訳も全て無意味。
ライが悩む時、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人もその部屋に入る。傍から見たら怪しさしか無いだろう。
「……! リヤン……?」
「……。……え……?」
「「「「…………?」」」」
──そしてそんなレイたち。主にリヤンに視線を向けた使用人は、リヤンの名を呼んだ。
ライ、レイ、エマ、フォンセの四人はその言葉に反応を示し、当のリヤンは困惑する。使用人の女性はハッとして後ろを向いた。
「いえ、何でもありません。何の用かは分かりませんが、出ていって下さい。人を呼びますよ……」
顔を見せず、立ち竦むように言葉を絞り出す。
その事からしても何か関係がある筈。というより、リヤンは、リヤンとライたちは薄々その存在が何なのか分かっていた。
故に、リヤンがその女性に向けて言葉を発する。
「すみません……もしかして貴女……クラルテさんですか……? 貴女の言うように私はリヤン……。リヤン・フロマです……」
「……。そうですか……。私は……この城に仕えるしがないメイドです。何も関係ありません」
あまり関わりたくない様子の女性だが、この反応も頷ける。
もし本当にこの女性がリヤンの母親、レーヴ・フロマの妹、クラルテ・フロマならそれを言わない時点で何らかの理由がある筈。それを理解しているリヤンだが、もしかしたらこの世界で唯一の親戚に当たるかもしれない存在。このまま無視する事は出来なかった。
「関係無い筈が無いと思います……だって……私の……母親の妹ですよね……」
「……っ。出て行って下さい! 私は……私はリヤン……貴女の事など微塵も知りませんから……!」
「……」
声を荒げて否定する使用人。リヤンはそれに押され、一瞬悲しそうな表情をして後退る。
流石にこの部屋には居られないと判断し、ライたちは一旦使用人の部屋から外に出た。
「……。まあ、あんなに騒いだら普通こうなるよな」
「叫び声が聞こえたと思ったら……やはり此処に居たか、侵略者!」
「既に主力達に報告をしている! 大人しくしろ!」
「あー、それは無理な相談かな」
部屋の外に出た瞬間、その周りに居たのは兵士達。幸い主力の存在はまだ居ないようだが、戦闘は避けられなさそうである。
「この部屋には人が居る。近接戦に持ち込むぞ!」
「「「おお!」」」
一人の合図と共に剣と槍を抜き、統制の取れた動きでライたちを囲む。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人はそれに構えた。
「一応あの女性を巻き込まないように考えているみたいだな。一先ずコイツらを倒して、作戦会議はその後で行うか……!」
「そうだね。主力じゃないならあまり疲れなさそうだし」
「まあ、それが良さそうだな」
「ああ、妥当な判断だ」
「…………」
ライ、レイ、エマ、フォンセの四人は臨戦態勢に入り、何か思うところのあるリヤンも臨戦態勢に入る。
ともあれ、人間の国支配者の街にある城にてライたち五人は兵士達と相対するのだった。
*****
「……。ゴメンね。リヤン。貴女とはまだ会えないの……。けど……良かった……あんなに親しそうな仲間たちが出来て……」
そしてライたちが外に居る部屋の中にて、扉を背に使用人──クラルテ・フロマが静謐な瞳から雫を溢す。
やはり何らかの理由はあるらしいが、ライたちにそれを知る由も無かった。