八百八十一話 人間の国・神聖な街
──"パーン・テオス"。
人間の国、神殿のように神々しい街"パーン・テオス"に入ったライたち五人は早速街を探索していた。
探索と言っても観光に近い事柄。白亜の建物が立ち並ぶ街並みを歩み、煉瓦の歩廊を行く。
「なんか、今までと雰囲気が違う街だな。何が違うのかは分からないけど、何となくそんな気がする」
「うん。賑わいを見せる街や此処みたいな造りの建物も何度か見た事があるけど、何となく雰囲気が違うね」
「神々しさがあるとでも言うのだろうか。まあ、神々の治める国だから別におかしくはないが、この"パーン・テオス"ではその気配が同じ人間の国の他の街よりも強いな」
「確かに神聖な場所って感じがするな。神殿を歩いている感覚に近い」
「私は……何か落ち着く感じ……」
「へえ。やっぱりリヤンの感性は神に近いのかもな。まあ、神と言っても人間らしい神が大半だけど」
そんな、白亜の神聖な街を見渡しながら五人は進む。
五人の感想は他の街よりも神聖な気配がするとの事。リヤンは逆に落ち着いており、穏やかな面持ちだった。
神の子孫だからこそ、神聖な気配は逆に落ち着くのだろう。
「さて、取り敢えずどうしようか。主力の確認とある程度の探索は当然として、これから何をするか……」
「毎回悩んじゃうよね。普通なら他人にある程度の事を聞くのが良いんだけど、目的が目的だから聞くに聞けない事も多いし」
「この国では、というより何処の国でも主力の街について知っているのが普通だからな。変に訊ねたら逆に怪しまれる」
「まあ、同じ国の中でも情報が入って来ない街はあるが、この"パーン・テオス"はどちらだろうな」
「けど……普通の街じゃないのは気配で分かる……」
うん。とリヤンの言葉に頷くライたち四人。
神聖な気配が常に漂っているこの街は、ある程度力のある者なら普通の街ではないと即座に理解出来る。敵意などは感じず、ただそこに存在するだけで分かる気配。それは常に気配を放出しているのではなく、気配を抑えているにも関わらず溢れ出てしまっているという事である。
それ程の力の持ち主はただ者ではない。下手したら常人ですら何かがあると分かるくらいだろう。
「じゃあ、やっぱり今までの旅の中でも一番使った選択肢……街の城にでも乗り込んでみるか?」
「そうだな。今までの例から考えてもその方が良さそうだ。実際のところ、地の利を得たとしても主力クラス。その中の更なる実力者となると自分の世界くらいは有しているからな。得られた情報など使えない事の方が多い」
「残っているオリュンポスの神々は……うん。伝承でしか知らないけど何れも強力な人達だもんね。支配者のゼウスを始めとして何人かは自分の世界を持ってそう」
「ああ。確かにこの街が誰の街かを知る為にもあの城に行った方が良さそうだな」
「うん……」
しかし何かをしなくては始まらない。なのでライたちは早速城の方へと向かう事にした。
「けど、城の方に向かうとなると少し目立つかもしれないな。人通りが少なくなったら警戒するか」
「うん。お城の前には住人達が少ないだろうからね。まあ、相手の実力次第じゃポセイドンの時みたいにもう気付かれていそうだけど」
目的地は此処からも見える高台にある大きな城。しかしあれ程の場所となると兵士以外の者達は居なくなるだろう。
それ故に住人に紛れる事も出来ないと考えれば、人通りが少なくなり始めた時点で姿を隠しながら近寄るのが最善の策である。
だが、まだ気を張る時ではない。なのでライたちは軽い談笑しながら進み、城の方向へと行くのだった。
*****
──"パーン・テオス・路地裏"。
「さて、私たちは何処から行こうか。彼女達は生物兵器の兵士達や合成生物と共に彼女達の味方も多い魔族の国か幻獣の国に嗾けるとして、攻め入る場所は多いからね。一つ一つの街や主力達の街の数は兎も角、国で考えても四つ。対する私たち主力は六人。生物兵器や合成生物が居るとしても、数で言えば圧倒的に不利だね」
「オイオイ、今更それを言うのかよ。不利も承知の上じゃなかったのか? ほんの数分前の無茶を平然とやるお前は何処行った」
「いや、私は私だよ。実際のところ、あくまで不利というだけで諦めるとは一言も言っていないだろう? 純粋に何処から攻め落とすかを考えているだけさ。言ってしまえば、ライ達が居なければ大抵の国は落とせると確信しているからね」
「どうだかな。ライ達の有無は捨て置き、俺にはお前が何を考えているのか分からねェからな」
ライたちが城の方に向かう一方で、同じ"パーン・テオス"の整備されている裏路地にてヴァイス達は何処の街に行くかを考えていた。
単純に数で言えばヴァイス達が圧倒的に不利。本人は全世界を相手にすると言っているが、ライたちの世界征服と今回のヴァイス達の行動には差違点がある。
ライたちは一つ一つの国を主力も含めて順に攻めている。しかし今回のヴァイスは、生物兵器や主力の存在からしてライたちよりは数が多いが全世界を同時に相手にしようと考えているのだ。幾ら人数が居てもそれは無謀だろう。
「フフ、まあ、"テレパシー"でも使えなくては全ての思考を読む事は出来ないからね。何を考えているのか分からないのが普通さ」
「そういう意味じゃねェんだけどな。ま、それはいいか。今回の件にゃ全く関係無ェ事だからな。玉砕、破滅。当たって砕けようがどっちに転んでも俺が楽しめるならそれでいい」
「自分勝手だね。シュヴァルツは。ま、僕もそうなんだけど」
「はあ……。皆好戦的だなぁ。けど、これは私が全知全能になる為の足掛け。目的の為だから仕方無いか」
「ハッ、俺的には純粋に世界相手に喧嘩出来るのは楽しみだからな。弔い合戦でもあるが、基本的には楽しめるのが一番だ」
『私も早いところ戻ったこの力を使いたい気分だ。私にとっては別世界だが、この世界を火の海にするのはまあまあ楽しめそうだ』
ヴァイス達はマギアも含めて全員が乗り気。余計な邪魔を入れぬ為にまだ気配は消しているが、既に生物兵器達は潜ませているのだろう。
ヴァイス達なら表側からは見えぬ空間の裏側に戦力を隠す事も可能。なので本当に後は出陣するだけという状況が作られていた。
「それで、君達は何処を攻めたい? 街の名前ではなく何処の国を襲撃するのか教えてくれ。街は目的の国が分かれば自ずと攻める事になるからね。この世界には最低でも四つの国がある。だから、二人は自由。残り四人は人間の国、魔族の国、幻獣の国、魔物の国で必ず一人は一つの国についてくれなくちゃね。操った魔族の主力達を魔族の国か幻獣の国に送り込むとは言え、不安要素は多い」
「僕はやっぱり世界最強の人間の国が良いかな。丁度今はライたちも居るしね。この"パーン・テオス"から仕掛けて行こうかな」
「いきなりメインのライたちを狙うのかよ。最後まで楽しみに残して置いた方が良くねェか?」
「ハハ。僕は楽しみを最初に貰うタイプだからね。まあ、時と場合次第では最初にも最後にもなるけど」
先ずヴァイス達が決める事は何処の国に誰が行くかについて。
それに対して最初に名乗り出たのはグラオであり、グラオはこの国、厳密に言えばこの街"パーン・テオス"から攻め落とすとの事。
そんなグラオをシュヴァルツは指摘するが、グラオが言うに気分次第で何処に行くかを決め、今はライたちに挑みたいらしい。
「んじゃ、此処は早い者勝ちって事だな。少なくとも人間の国は埋まったから、後は魔族の国、幻獣の国、魔物の国には誰か一人が行かなきゃならねェか。俺は故郷を滅ぼすぜ」
「率直に故郷破壊発言をしたね……ゾフル。じゃあ、魔族の国を滅ぼすって事? 一応選別をするって分かっているよね?」
「ああ。魔族の国を滅ぼすって事も、あくまで選別が最優先って事も分かり切っている。承知の上での行動だ」
グラオの次に名乗り出たのはゾフル。
ゾフルは自分が生まれ育ち、裏切った魔族の国をそのまま滅ぼすと告げた。
その言葉にマギアは訊ねるがゾフルは何でもないように答え、グラオが人間の国、ゾフルが魔族の国に攻め入る事は決定する。
『なら、私は魔物の国にでも攻め入るとしようか。フェンリルが居る幻獣の国とやらでも良いが、ヘルとヨルムンガンドが居る魔物の国が優先だ』
「優先の意味が分からないんだけど……実の子供達に手を下すんだ……」
『別に構わなかろう。子供というのは親に利用される為に生まれてくるのだからな。自分の子供とは言わば自分の"作品"だ。人間の価値観なら自分が将来楽する為に育成する存在。私の価値観なら如何様に利用し、それを使って楽しむかの存在という事だな。やっている事は芸術家と変わらない。どれ程自分の作品を精密に作り上げ、世に放って利益を生むのか。……のな?』
「ハハ……。私には子供とか居ないけど、そう言うものなのかな……」
ロキの持論に苦笑を浮かべるマギア。
自分の利益の為に利用出来るモノは利用し尽くすという事は否定しないが、我が子をその様に扱っても良いのか気に掛かっていた。
しかし、これにてロキは魔物の国に攻め入る事が決まる。
「さて、残るは幻獣の国だね。私、シュヴァルツ、マギア。私たちは何処を攻めるか」
「俺は断然人間の国が良いけどな。俺の目測で力量を測るなら──支配者の実力が人間の国、魔物の国、魔族の国、幻獣の国の順番。──主力達の実力は人間の国、魔物の国、幻獣の国、魔族の国の順。──兵士達の実力は人間の国、魔族の国、魔物の国、幻獣の国の順。──総合力なら人間の国、魔物の国、魔族の国と幻獣の国がどっこいどっこい……ってところか。難易度的にも人間の国か魔物の国が良いな、俺は」
「そうか。それじゃ、シュヴァルツはその辺を自分で決めると良い。マギアは?」
「うーん、じゃた消去法で幻獣の国かなぁ? エマ達には会いたいけど、取り敢えず残った国は誰かが行かなきゃならないからねぇ。特に因縁とかも無いけど、難易度も低そうだしエルフのニュンフェちゃんとかは好きだし」
順当に誰が何処に行くのかが決まっていく。
シュヴァルツの目測で判断した実力。それに乗っ取り、難易度が低そうな幻獣の国は堅実に行動するマギアが行く事になり、実力者の多い人間の国はこの"パーン・テオス"はグラオとして別の街にシュヴァルツは行く事にした。
「それじゃあ、残るのは私くらいかな。拠点にも近い人間の国も良いかもしれないけど、"テレポート"で瞬間移動すれば直ぐに行ける。拠点の近さは問題じゃないね。元より世界に拠点はある。……うン。それなら一時的に幻獣の国に強力していた四神達の元にでも行こうかな。その近くの街には主力クラスの実力者が何人か居るって噂の"ヒノモト"があるンだったっけ。国の所有する主力以外の実力者を中心的に狙おうかな」
そして残るヴァイスは、主力は主力でも別の主力。黄竜率いる四神の居る場所。そしてアマテラスたちの居る"ヒノモト"に向かう事にしたようだ。
国に所属する職としての主力ではない、そんな実力者たちをヴァイスは標的にした。
どうやら四神達の居場所と"ヒノモト"の距離は近いらしく、ついでに二つを落とそうと目論んでいるようである。
「さて、これで目的地は決まったね。生物兵器の兵士達と合成生物は数十万体。それに加えてアスワド、シャドウ、ゼッル、ラビアの四人。魔族の国に行くゾフルと幻獣の国に行くマギアは誰を連れて行くか決めてくれ」
「はーい! じゃあアスワドちゃんとラビアちゃん!」
「即答。しかも女だけかよ……。ま、この中の実力的に言えばシャドウが一番。アスワドとゼッルが五分五分って訳だから戦力としては申し分ねェけど」
そして魔族の国に行くゾフルと幻獣の国に行くマギアは催眠で言いなりにした自分の部下を選び、既に準備を整えていたヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、ロキの四人とマギア、ゾフルの二人は目的地目指し、先に進むのだった。
*****
──"パーン・テオス・城の前"。
「さて、到着したけど……やっぱり見張りの兵士は多いな。侵入するのは楽だけど主力にはもう既に気付かれているのかどうかが気になるや」
「うん。けど、どちらにしても主力クラスならこんなに近くに来た時点で気付いているかもね」
「そうだな。取り敢えず気付かれていない体で進むとして、向こうから話し掛けてきたらナアナアで済ませるか」
「それが良さそうだ。どうせ滅ぼすのだからな」
「世界征服だけど……滅ぼすって言い方はちょっと違うんじゃないかな……」
ヴァイス達が行動を起こす一方、一際大きな城の前に到達したライたちは物陰から城を見上げるように話、一先ず侵入はする方向で行動を起こしていた。
主力なら力自体はそこまで高くないヘパイストスでも城の近くに来れば気配に気付ける。ポセイドンクラスなら街に入った瞬間だ。なのでもう気付かれている事を前提とし、兵士達の目を盗んで迅速に移動した。
ヴァイス達がこの国と他国に攻め入る中、ライたちも城の方へと侵入するのだった。