八十七話 一難去ってまた一難?
「た、大変だァァァ!!!」
「「「「「「……………………?」」」」」」
「「「「「……………………?」」」」」
「「「………………?」」」
ベヒモス騒動が終わった次の瞬間、一人の魔族がライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人。
アスワド、ナール、マイ、ハワー、ラムルの五人。そして"タウィーザ・バラド"の人々の元へ駆け寄ってくる。
その魔族へライたちとアスワドたち、"タウィーザ・バラド"の住人が同時に振り向いた。
「一体どうしました? そのように慌てて……」
その駆け寄ってくる者に話すアスワド。その者は慌てた様子で紙を懐から取り出した。
「……こ、これに……! これに書かれていた事が……!」
「これは……報告書……? それも今日発行された物ですね……」
その者が持ってきた物は魔族の国全域に伝わる報告書。報告書を受け取り、手に取ったアスワドは訝しげな表情でその紙を音読する。
そこに書かれていた物とは──
『~本日の報告まとめ~
"レイル・マディーナ"報告
・本日の報告。
・昨日のマンティコア騒動により受けた被害…………………………。
"──・──"報告
・本日の報告。
・…………………………。
"──・──"報告
・本日の報告。
・…………………………。
"イルム・アスリー"報告
・本日の報告。
・謎の五人と"レイル・マディーナ"幹部による………………そして、隕石の………………。
"──・──"報告
・本日の報告。
・…………………………。
"──・──"報告
・本日の報告。
・…………………………。
"──・──"報告
・本日の報告。
・…………………………。
"──・──"報告
本日の報告。
・…………………………。
"──・──"報告
本日の報告。
・…………………………。
"タウィーザ・バラド"報告書』
報告に書かれていたのは街の名前とその街で起こった出来事の報告内容だった。これを見たアスワドは首を傾げてこれを持ってきた者に尋ねる。
「この報告書に何が……? 何時もと……まあ違いもありますが、あまり変わらない物ですよ……?」
「はい……。殆どは変わらないのですが……この一つの報告に注目して頂きたいのです……」
その者は紙を指差し、一つの事に注意を促す。
ついでにライたちとアスワドの側近達もそれを覗き込み、そのとある文に目を通す。
『イルム・アスリー報告。
・本日の報告。
・謎の五人と"レイル・マディーナ"幹部による襲撃によって受けた街の被害は街一つの消滅。
その襲撃者は街を少しだけ復興させたが幹部とその側近を倒した驚異的能力を秘めている。極めて危険な六人の為注意するように。そして、隕石の被害状況は………………。 』
「これは……!」
「ああ……」
その報告書を横から見ていたライが反応し、フォンセが返す。ライたちにはそれの記憶があった。
"イルム・アスリー"の街消滅という報告。これの犯人は紛れもなくライたちだからである。
そして報告書を書いて送ったのはダークやゼッル、その側近でないのも見て取れる。
何故なら二人の性格からこのような事は書かないと分かっていたからである。
確実な根拠というモノは無いが、そのような自信がライにはあった。
「謎の五人に"レイル・マディーナ"の幹部……これって……ライさん達の事ですよね……? 一体……」
そして、これ程詳しい情報ならば気付かない筈が無く、アスワドはライたちを一瞥して訝しげな表情を浮かべる。
その額には冷や汗が掻かれており、顔も少し不安そうなモノだった。しかし、その報告書に書かれている事からすれば仕方無い事なのかもしれない。
「あー、そうだな。それは俺たちの事だ。間違いない」
そしてライは、自分たちがやった事だと素直に認める。
証拠が揃っている中でいくら言い訳をしようと無駄だという事は分かっているからだ。
「……なら、"イルム・アスリー"の騒動は……」
「ああ、街を砕いて征服した。……"レイル・マディーナ"もな。ま、"レイル・マディーナ"の近隣は滅茶苦茶だけど街その物はそれ程破壊をしていないがな」
「「「「「…………!?」」」」」
ライが何でもないように発した言葉に、アスワドとその側近、"タウィーザ・バラド"の人々は驚愕の表情を浮かべる。
そしてライは、その街を征服したという事をついでに話した。
驚愕の表情を浮かべ続けているアスワド達を横目に、ライは口角を吊り上げて言葉を続ける。
「……そして、『この街も征服する予定だ』。ベヒモスを倒したのはベヒモスが俺の目標を達成させる邪魔になりそうだったからだ……。要するに……『俺はアンタに挑みたい』……!」
「「「「「「……………………!」」」」」」
ザワ、と"タウィーザ・バラド"が揺らいだ。
陽炎のようにゆっくりと揺れるようなざわめきが街全体へ広がる。そんな雰囲気に飲まれ、アスワドは堪らずにライへ話す。
「挑みたいと言う事は文字通り……私たちの街……"タウィーザ・バラド"に挑戦すると言う事ですね……」
「ああ、俺はその為に来たからな。……まあ、アンタらは悪人って訳じゃねえし……断るってなら特に何もしない。俺は気儘に征服をしたいって訳じゃねえからな……」
ライは即答で返した。
そして口説い様だが、ライはあまり反感を買うような征服方法を好まない。
正々堂々と正面から向かい合い、正面から勝利してその街を奪う。それがライのルールだ。
それでも反感を買うかもしれないが、いきなり攻めていきなり征服するよりは買う反感が少ないだろう。
「そうですか……なら、私はアナタ方の挑戦に乗りましょう。"タウィーザ・バラド"一同は、征服を目論む輩を成敗致します!!」
「「「「「ウオオォォォツ!」」」」」
アスワドの言葉を筆頭に、"タウィーザ・バラド"の人々は雄叫びを上げる。幹部がやる気なのなら、それに答えるのが幹部の街に住む者の役割だからである。
「……しかし、正面から挑めば確実に私たちは敗北を喫するでしょう。なので、私たちに有利なルールでアナタ方に挑みますが……よろしいですね?」
人々を一瞥したアスワドはライたちへ向け、一つの事を提案した。理由は簡単、ベヒモスを容易く吹き飛ばしたライには力で挑んでも勝てない事は明らかだったからである。
「ああ、別に構わないさ……。その方法なら俺たちが勝利した時、あまり反感を買う事が無さそうだ」
軽薄な笑みを浮かべ、飄々とした態度で話すライ。
確かに敵にとって有利な条件で勝利すれば相手が負けた時、大体の者は潔く諦めてくれるだろう。その為、ライは敢えて敵に有利な条件を飲んだのだ。
それを聞いたアスワドは"タウィーザ・バラド"の人々を一瞥し、ライへ向けて挑発するように返した。
「……分かりました。では対戦方法を話します……! ──その方法は"ホウキレース"! 修復作業も必要な為に期限は明日。"ホウキレース会場"にて行います。それまでしっかりと準備してきて下さいね?」
「オーケー、"ホウキレース"だな? 良し分かった。俺たちもそのルールで行く!」
ライも頷き、そのルールを肯定する。
今、ライたちvsアスワド達"タウィーザ・バラド"一同の戦いが始まろうとしていた。
*****
──"タウィーザ・バラド"、様々な季節の花が咲き誇る街道。
ベヒモスの被害を受けても尚、あらゆる季節の美麗な花弁を散らし続ける華々。その道の真ん中をライたちは話ながら歩いていた。
「さて、"ホウキレース"が決戦方法らしいが……レイたちの中で箒に乗った事あるのって……誰だ? 因みに俺は箒を操れない。元々飛んでいたのには昨晩乗ったけどな」
先ずライが聞いたのは箒に乗った経験のある者が何人いるか。である。
"ホウキレース"で勝利する為には箒に乗れる事が絶対条件だからだ。
ライも箒に乗った事があったが、昨晩たまたま盗人が乗っていた箒に跨がっただけ。
要するに、止まっている状態の箒に乗って動かしたと言う訳ではないのだ。
「私は乗れないかな……」
「うむ。私もだ」
「恐らく私もだな」
「うん……駄目かも……」
「私も無理だね」
異口同音。全員が全員、箒に乗れないらしい。
「だよなあ……俺たちに超能力者と魔術師はいても、魔法使い・魔女はいないからなあ……」
「まあ、私の魔術はどちらでも捉える事が出来るが……。……そうだな……なんなら私が箒に乗る役を買って出ようか? 魔術と同じような要領で箒を浮かせれば良いんだろ?」
だがしかし、フォンセが箒役を買って出た。確かにフォンセは四大エレメントを含めた魔術を高精度で簡単に扱える。つまり、魔力の扱い方が平均よりも遥かに上手いという事。だからこそ箒に魔力を込める事が出来、飛べるかもしれないのだ。
「良いのか? 確かに俺たちの中じゃフォンセが一番魔法・魔術に詳しいと思うが……たったの一日で箒に乗れるようになって、"ホウキレース"で勝たなきゃならない……」
ライは心配そうにフォンセへ言う。幾ら才能があると言えど、一日で全てをこなせるとは限らないからだ。
ライの言葉を聞いたフォンセはフッと笑い、ライの言葉に返した。
「ふふ……愚問だ。私を誰の子孫と心得ている? 箒に乗る術など容易に会得してくれるさ」
自信あり気な様子のフォンセ。その様子からするにならば問題ないだろうとライも納得し、頷いて返す。
「……分かった。まあ、確かに俺たちの中で素質があるのはフォンセくらいだろうからな。……俺も魔王力を自由に使えるなら力になれたかもしれないが、残念ながらまだフル活用出来ないからな……。フォンセが名乗り出てくれるのはありがたい」
「ああ……毎回シメはライだからな。たまには私にも華を持たせて貰うぞ……?」
不敵な笑みを浮かべてライに話すフォンセ。こうして"タウィーザ・バラド"にて開かれる街を掛けた"ホウキレース"に参加するのはフォンセとなった。
*****
──"タウィーザ・バラド"、大樹の図書館。
箒に乗るのがフォンセと決まったその日。ライたちは今一度本を確認しようと考え、大樹の図書館へ足を運ばせていた。
「さて……ベヒモスの件があったからな……。また何か起こらないか確認しておく必要があるな」
本の確認とは記録の事もあるが、新たに文字が書かれていないかの確認という名目もあった。
何故か記されたベヒモスの事。それからするに、また何かの怪物が復活するのでは無いかと懸念しているのだ。
「あのー……明日幹部の皆様と対戦するのですよね……? こんな所でのんびりと読書していてもよろしいのですか?」
"神の日記"を読み進めているライたちに向け、図書館の職員が訝しげな表情で質問する。
ライたちの立場は侵略者。そんな侵略者が特に警戒もせず図書館で本を読んでいるのが気になったのだろう。
「ああ。練習の前に先ずは……"また怪物が現れないか"。……が大切だからな。……つーか、悪魔で俺たちは侵略者なんだが……何故アンタは平気な感じで話しているんだ? 仕事上仕方無いとしても少しは警戒するだろ」
そしてそんなライは、この図書館で知り合いとなった職員の態度が気になった。
普通侵略者を相手にする場合、丁寧に接さなければならない仕事だとしても警戒する筈だ。しかしこの職員は警戒などせず、ライたちの素性が明らかになる前と同じように接している。
「ああ、それですか? 正直、私はアナタ方が悪とは思えません。恐らく幹部のアスワド様も同じような意見だと思われます」
淡々と言葉を綴る職員。解せないライは小首を傾げながら職員へ話す。
「へえ? ……だが、俺たちが侵略者ってのは本当だぞ? 悪くなさそうな奴が極悪だったって話もあるだろ? ちょっと信用し過ぎじゃないか……」
その職員の言葉を聞き、幾らなんでも無警戒過ぎると職員に注意するライ。
ベヒモス騒動を解決したといっても、この街の者達からすると街にフラりとやって来て征服を目論んでいると言うライたち。
普通は警戒するものであるのだが、職員は笑みを浮かべて言葉を続ける。
「いえいえ、見た目に騙されている訳ではありませんよ。アナタ方の本質から悪そうな者ではないと見抜いただけです。強いて言えば"女の勘"ってやつですね。人も魔族も、繁殖するに当たって必要なのは相手の危険度を知る事です」
要するに"何となく悪人ではなさそうだから"。という事だろう。この上無く説得力の無い言い分だが、ライたちにとってはピリピリせずに図書館を利用出来るので有難い限りだった。
「ハッ、そうかい。……なら、本当に征服を目標にしている奴がいるって刻み込んでいな」
「ええ、怪我にはお気を付けて下さいませ……」
それを聞いたライはクッと笑って職員へ返し、これにて職員との会話が終わった。
職員は一礼して自分の持ち場に着き、ライは"神の日記"へ目を通す。
そして最後の数ページだけ閲覧し、特に新たな文字が書かれていない事を確認したライたちは"ホウキレース"へ向けて箒の練習へ向かうのだった。
*****
「……さて、此処には誰もいないからゆっくりと練習できるな」
「ああそうだな。まあ、街の修復作業が大変だからこんな山まで来る必要も無いんだろうよ」
ライたちが集まっていたのは"タウィーザ・バラド"の近隣にある小山だ。
何処でレースをするのか分からないが、取り敢えずは他の魔族が少ない場所で練習しようと言う事になり、この場所になったのだ。
そしてフォンセの持つ箒は"タウィーザ・バラド"に売っていた物を購入した物である。その時の店員は警戒していたが、箒に細工などもされておらず店員は職務を全うしているという事が分かった。
「よし……少し離れていてくれ……。如何せん初めてな物でな……魔力が一斉に散ったらライたちへ被害が及んでしまうかもしれない」
フォンセの言う通り少し離れるライ、レイ、エマ、リヤン、キュリテの五人。
フォンセはゆっくりと深呼吸をし、箒に魔力を込める。
「……ハァッ!」
──その刹那、フォンセが急加速し、その場から遥か上空まで上ってしまった。
「…………は?」
「おー」
「「「「…………え?」」」」
困惑の表情を浮かべるフォンセ、レイ、エマ、リヤン、キュリテと、感心したような表情のライ。
フォンセは『たった一回で遥か上空まで上がり』、『空中でバランスを取れている』のだ。
「…………」
空中に上がってから少し経ち、取り敢えず箒から降りて地面に足を着けるフォンセ。まさか一度の事で此処まで出来るとは、全く思っていなかったのだろう。
「凄いな……! 凄いぞフォンセ! これなら勝てる!」
「そ、そうか……!」
降り立つや否や、近くに来たライに褒められ、フォンセは少し赤面し照れくさそうにしているが嬉しそうである。
しかし初挑戦で乗った事の無い箒に乗れたのだ。普段はポーカーフェイスなフォンセも自然と笑みが溢れるものだろう。
「じ、じゃあ次は真っ直ぐに移動するんだね?」
「ああ、今ので大分自信が付いた。自信が付くのは早過ぎるかもしれないが、この速さならばいい勝負を出きるだろう」
そして、次に寄って来たレイがフォンセへ話す。フォンセは頷いてレイに返し、自信が出てきたと報告する。
──その後、真っ直ぐに移動したり曲がって移動したりと練習をし、フォンセは箒のコツを完全に掴んだ。
飲み込みが早いのは魔王の子孫だからという理由もあるのかもしれない。
数千年前から続く血だが、まだ途絶えていないという事だ。フォンセも成長につれて多くの技を扱えるようになる事だろう。
「良し……イケる……イケるぞ……!」
グッと小さく握り拳を作るフォンセ。そうこうしているうちに日は完全に落ち夜も更け始め、明日のレースに備えてライたちは休む事にした。