八百七十五話 レイ、エマvs海神
「その実力、見ておくとするか」
「「……!」」
向き合い構えた次の瞬間、一瞬にしてレイとエマの背後に回り込んだポセイドンがトライデントを振り回した。それをレイは勇者の剣で受け止め、ポセイドンの身体を弾き飛ばす。
「フム、あの動きに反応したか。加えて、またもやトライデントの力を相殺した様子。その剣の力、底が知れぬな」
「そう? けど、やっぱりトライデントの一撃は重いね……!」
「本来は重いで済まないのだがな。まあ、よく見れば周りに兵士たちが居る。相殺されたお陰で兵士たちは無事だったか」
ポセイドンはトライデントの一撃で手を抜いたつもりはない。全力ではないが、ライたちに向けて放っていたような力は仕掛けていた。
それを相殺したにも拘わらず周りに余波を出さぬ勇者の剣は、あらゆる方向でかなりの力を秘めているようである。無論、レイの実力だからこそ扱えているという事実は変わらないが。
「私では見切るのも至難の技だな。一先ず足止めは優先するか」
「……!」
次の瞬間、両手に天候を纏ったエマが片手は雷。片手は風を纏ってそれらを圧縮しポセイドンに放った。
それらはポセイドンに直撃して雷光と共に暴風による爆発が引き起こされる。辺りは砂塵に包まれ、そこから無傷のポセイドンが姿を現した。
「中々の威力だな。山河は吹き飛ばせる力を秘めているか。この国の幹部にも一部になら通じそうだ。実際、此処にお前が居る事から考えてもお前も我以外の幹部と相対しているのだろうがな」
「そうだな。他の主力達とは割りと戦り合っているさ。しかしまあ、貴様には全く通じないみたいだがな」
無傷で現れつつもエマの力を称賛するポセイドン。それは皮肉なのかもしれないが、エマは何でもないように返した。
しかし確かな時間稼ぎは出来ている。そんなポセイドンに向けてレイは駆け出した。
「取り敢えず、ライたちが来るまで耐えれば良いんだけど……相手が相手だからね……簡単じゃないかな」
「フム、よく分かっているな。確かに少年達なら数秒も掛からずこの場に到達出来るだろうが、お前達がそれまでに持つかどうかが問題だ。我にとっての数秒は常人にとっての何時間かどうか。まあ、戦闘に限らなければ時の流れは常人とも同じだがな」
強者同士の戦闘では数秒が大きく結果を左右する。集中すれば常人と時間の流れを変える事も可能。何はともあれ、ライたちが来るまでの数秒は決して油断出来ない数秒である。
「やあ!」
「フッ……!」
会話しながら迫ったレイはそのまま勇者の剣を振り下ろし、ポセイドンがトライデントで受け止めた。
それと同時にトライデントを振るって薙ぎ払い、レイは距離を置くように跳躍して躱す。次の瞬間にポセイドンはレイの眼前へと迫っており、トライデントを突き刺してレイが紙一重でそれを避ける。その前方。レイからすれば後方真っ直ぐに消滅して世界が崩れ、次の刹那に元の海へと戻る。同時にエマがポセイドンの背後から接近しており、片手に纏った天候の力を放出した。
「貴様から稼ぐほんの数秒。苦行だな」
「……」
風の力を上から叩き付け、ポセイドンの身体を土塊に埋める。同時にクレーターが形成され、辺りを粉塵が飲み込んだ。
「良い連携だな。確かに足止め出来るかもしれぬ」
「ふっ、抜かせ……!」
「……ッ!」
その粉塵から拳が打ち付けられ、エマの身体が上空へと舞い上がるように飛ばされる。同時にもう片方の手に握られたトライデントの石突きによってレイの腹部が突かれ、そのまま吐血して吹き飛ばされた。
そんな一連のやり取りの直後にポセイドンが跳躍して舞い上がったエマの身体を掴み、吹き飛ぶレイに投げ付ける。同時にトライデントを振るい、その衝撃波をレイとエマの元へと放ってレイとエマが居た別の小島ごと粉砕した。
「やっぱり一筋縄じゃいかないみたいだね……!」
「ああ。幸い此処は島の上……幾つかは粉々になったがまだ流水には浸かっていない……そう言えば、太陽も無いのか、この空間は……」
小島は粉砕されたが、どうやらレイとエマは直ぐに近くの島へと移って逃れたらしい。そしてふとエマは疑問に思い、空を見上げた。
「……。成る程、この世界に空なんて無かったのか……」
「……!」
そしてその視界に映ったのは、何処までも続く青く広い──海。
レイとエマがずっと空と思っていた青い空間は全てが海だったようだ。
海の青は空を映したものと言われる事もあるが、実際は水が良く通す色が青というだけであまり関係無い。それでも太陽の存在は気になるが、一先ずは既に迫り来ていたポセイドンに向き直る。
「この世界……ううん。この空間、本当に海の空間なんだ。確かに空があったら海が限りなく十に近い九割を占める訳が無いもんね」
「ああ、まあ、我の司る事柄から三割程を大陸にしても良かったかもしれぬな」
それだけ言い、レイの持つ勇者の剣とポセイドンの持つトライデントが何度目かとなる衝突を起こした。
本来なら世界を崩壊させ兼ねない衝突だが、勇者の剣によってその範囲は抑えられ、通常の武器同士の衝突と然して変わらぬ衝撃が小島を揺らす。
無論、常人の攻撃とは天地の差があり今の衝突で島の一角は消し飛んだが、寧ろ世界を滅ぼせる力を此処まで抑え込んだ勇者の剣が凄まじいのだろう。
「そうだな。そうしてくれれば良かったものの。私は海が嫌いなんだ」
「そうか。次の機会があったら創っておこう」
今度は背後ではなくポセイドンの頭上からエマが風を叩き付け、粉塵を舞い上げる。その瞬間に離れて距離を置き、レイが攻め入って追撃。当然のようにそれは受け止められるが先程のように返り討ちに遭う事が無かっただけ上々だろう。
「大分さっきの場所から距離が開いちゃったね……ライたちは来れるかな?」
「大丈夫だろう。元々海は広いが、ライたちの直感なら到達するさ」
「合流されたら益々厄介だな。早いところこの者達だけでも片付けておくか」
小島の距離を心配するレイと問題無いと返すエマに向け、粉塵を突っ切ったポセイドンが肉迫した。
「フッ……!」
「……っ。さっきより……重い……!」
迫ると同時に振り落とされたトライデント。それを今までと同じように受け止めるレイだが、その重さの変化に顔を歪ませ足元からクレーターが形成される。次の瞬間にレイの側頭部を蹴り抜いて吹き飛ばし、トライデントを構えて嗾けた。
「おっと、そう何度もやらせないさ」
「……!」
そんなポセイドンが仕掛けるよりも前にエマは無数の霆を降り注がせ、その身体を感電させる。しかしこれを受けても無傷なのは承知済み。今回はあくまでレイへの追撃を抑えるのが目的である。
その行動は上手くいき、追撃を止める事に成功した。レイは立ち上がり、ポセイドンに迫った。
「まだ行けるよ……!」
「フム、側頭部を蹴ったつもりだったが、それなりに頑丈なようだな」
勇者の剣を一閃、それをポセイドンは紙一重で躱し、レイの頑丈さに感心する。同時に踏み込んでトライデントを突き上げ、レイはそれを仰け反って躱した。
「はあ!」
「フム……」
仰け反ると同時に剣の方向を変えて斬り込み、それを飛び退いて避けたポセイドンだが掠り傷は作られた。超新星爆発クラスでようやく傷を負ったポセイドンに切り傷を付けられただけでも上々だろう。
しかしポセイドンは怯まず、正面のレイに向けてトライデントを薙いだ。
「危ない……!」
「危ないで済んだら良いな」
それをレイは避け、背後が数光年消滅する。それ程の一撃なら余波も凄まじい筈だが、勇者の剣を持っているのでレイとエマへの影響は抑えられたようだ。
そしてその瞬間、エマがポセイドンの足元から風を放出した。
「"風の地雷"……とでも名付けておくか。今後その言葉を使う機会が訪れるかは分からぬがな」
「フム、魔王の子孫にも同じような技を使われたな。まあ、確かに空中に運べば自由が利かなくなる者も多いか」
空を飛べぬ者は、当然空に飛ばされては自由に行動出来なくなる。仮に飛べたとしても咄嗟に行動は起こしにくいだろう。
なのでそれを狙ったエマだが、既にポセイドンはフォンセによって似たような攻撃を受けている。なので微動だにせず、トライデントを薙いでその風を消し去った。
「ふむ、どうせ消されるとは思っていたが、数秒も拘束出来なかったな」
「あくまでそれは陽動のようなものだろう。風に気を取らせ、我に有効な剣を持つ勇者の子孫が攻め入るという訳か」
「正解!」
同時に勇者の剣が振り下ろされたがそれを読んでいたポセイドンは躱し、そのまま流れるようにトライデントを振り回す。レイはそれを受け止めていなし、急接近して剣尖を突いた。だがそれも避けたポセイドンは片手に持ち替えたトライデントを振るい、辺りに衝撃波を散らして牽制。同時に嗾けたレイとポセイドンが正面衝突を起こした。
「今だ……!」
「……! ダメージは無いが、地味に面倒だな」
ポセイドンの方へエマが霆を放って感電させる。ダメージは無さそうだが、感覚はある。故に痺れが生じポセイドンは若干煩わしそうにしていた。
そしてその隙を突いたレイが勇者の剣で仕掛ける。気は取られてしまうので一瞬が勝敗を分かつ強者同士の戦闘に置いては中々に厄介なのだろう。
「はあ! やあ!」
「闇雲……ではないな。確実に急所を狙って来ている」
「その全てを避けたり防いだりするなんてね……」
剣と槍による鬩ぎ合い。目にも止まらぬ速度でそれが織り成され、斬撃と衝撃波が周囲に散って小島が消滅した。
トライデントの範囲を抑えていた勇者の剣だが、流石に連続して行われる攻防に耐えられなかったのだろう。
最も、数光年を消し去る攻撃が何百回も行われて小島の消滅程度で済んだのは甚だしい事だが。
「ふむ、海に落ちたら大変だな。しかし空に避難しても上空も海。はてさて、一体どうしようか」
「どちらにしても討ち仕留めるのだから関係無いだろう」
「私がそれはさせないけどね……!」
沈む島からエマは飛行して離れ、ポセイドンが追撃するように嗾ける。しかしそれをレイは受け止め、空中で跳躍した二人がぶつかり合って弾かれるように吹き飛んだ。
二人の身体は海に落ち、大きな水飛沫を上げる。
「ポセイドンが吹き飛んだ方向は彼処か」
ポセイドンの方向を見やり、エマは風の塊を海に放つ。その衝撃でまたもや大きな水飛沫が上がり、その飛沫の中から海面に立つポセイドンがエマに視線を向けていた。
「すかさず隙を突くか。しかし、どうやら目眩ましも兼ねているようだな」
「ああ」
「やあ!」
そんなポセイドンの死角からレイが斬り掛かり、一瞥もせずにトライデントで受ける。同時に薙ぎ払い、レイを海の中に落とした。
「お前もだ、ヴァンパイア」
「……!」
そして空中に突きを放ち、衝撃を飛ばして一撃。エマが認識するよりも前の刹那にエマの半身は消え去っており、片翼ではバランスが崩れて落下した。
「……っ。幸い海は避けられたか」
「運が良いな。砕けた小島の破片に掴まったか」
「貴様はどういう理屈で海に立っているのかは分からないが……まあ海を司る存在だしおかしくはないか」
半身は再生し、小島にて肩を落として呟く。ポセイドンが海に立つ理由は本当に分からないが、海を司る存在なのであまり気にはならなかった。
しかし何処でも問題無く戦えるとなると厄介だろう。どの道どちらにしても厄介ではあるのだが。
「ケホッ……一撃一撃が重いね……相殺したのに私もそれなりにダメージを負っちゃった……」
そして同じく弾き飛ばされていたレイが海の中から姿を現し、少し飲み込んでしまった水を吐き出して小島の欠片に掴まる。
「無事だったか。まあレイなら問題無いだろう」
「うん。けど、やっぱり厳しいね。純粋な力なら私が圧倒的に劣っているし……」
「あくまで"厳しい"……か。つまり攻略は不可能じゃないという事だ」
「まあね……!」
レイが現れると同時にレイとエマは小島に立ってポセイドンに向き直り、ポセイドンもトライデントを構え直した。
向き合うレイはポセイドンに返し、レイにしては珍しく不敵な笑みを浮かべる。
「……私たち五人ならね……!」
「──オラァ!」
「……ッ! 来たか、少年……!」
秒速数光年の速度でライが海底から迫り、ポセイドンの死角から殴り付けてその身体を吹き飛ばした。
それを受けたポセイドンは海を滑るように吹き飛び、トライデントを海に突き刺して立て直す。
「"魔王の威圧"!」
「"神の威光"……!」
「……!」
その刹那に上下から魔王と神の力からなる存在する重圧が降り掛かり、もしくは突き上げ、ポセイドンの身体を押し潰した。
魔法や魔術に例えるなら重力魔術に近いその重みは確かにポセイドンを圧し、次の瞬間に粉砕される。
「全員集合か」
「……。そう言えば……空から攻めているな。私は。海の中を進んでいた筈だが、空も海に通じていたのか」
「そう言やそうだな。此処の世界、本当に海の空間なのか」
「やれやれ。我の言葉は無視か」
レイやエマと同じように空の海を気に掛けるライとフォンセだが、無視されたポセイドンは呆れるようにため息を吐く。一応数秒前まで戦っていた相手なのであまり気にしていないのだろう。
「ハハ。会話なんて今更だからな。……さて、アンタ一人vs俺たち全員。少し胸が痛いな」
「気にするな。良い鍛練になる」
レイとエマと相対したポセイドン。そんな三人の元にライ、フォンセ、リヤンの三人が集い、この場にライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人が揃った。
ポセイドン一人相手に五人で戦うのは気になるようだが、本人が構わないと言っているのでそれは一先ず置いておいても良いだろう。
何はともあれ、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンとポセイドンの織り成す戦闘は、本当の最終局面に向かうのだった。