八百七十二話 トライデント
「では、早速参るか……!」
「さて、お手並み拝見……するまでもないか」
トライデントを携えたポセイドンは即座に駆け出し、ライ、フォンセ、リヤンの眼前に迫った。
三人は迫るポセイドンに向き直り、次の刹那には互いに鬩ぎ合いを織り成した。
「はっ!」
「っと……!」
「「……!」」
軽い掛け声と共に放たれたトライデントによって前方が大きく抉られ、無限に続く水平線の彼方に衝撃波が向かって前方にあった全ての海水が消滅した。
先程戻ったばかりの海水は即座に無くなり、前方が開ける。だが次の瞬間に周囲から波が押し寄せ、ライ、フォンセ、リヤンの三人を飲み込んだ。
「成る程な。一突きで世界を崩壊させる威力に加えて、その後トライデントによって津波や嵐が追撃してくる。確かにこの世界で使えば海水が消滅しても直ぐに戻るな」
「左様。だが、お前達は容易くそれを防ぐか」
押し寄せた波を拳で砕き、トライデントの力を推察するライ。
ライの言うようにポセイドンがトライデントを振るえば世界。厳密に言えば太陽系から銀河系程の範囲が消え去り、その後でその範囲に及ぶ大波が押し寄せて来るようだ。
「容易くは無いさ。それにそのトライデント。見た目より範囲が広いみたいだな。震動を纏わせているのか?」
「そうだな。聞きたい事があるなら言えばいい。情報くらい明け渡してくれる」
「そりゃ随分親切だな。情報ってのは、本来は相手に悟られないように隠し通すものだけど」
「支配者が支配者だからな。隠し事など直ぐにバレる」
「成る程」
トライデントの力を簡単に話すポセイドンにライは訊ねたが、どうやら全知のゼウスが支配者だからこそ隠す必要は無いと判断しているようだ。
実際、タネを明かしたからと言ってもポセイドン相手では戦況が良くなる訳ではない。ポセイドン程の実力者からすれば変に隠して気を使うよりどんどん明かして自分にも戦いやすい環境を形成する方が良いのだろう。
「さて、質問は終わりか? それなら行くぞ!」
「……!」
トライデントを突き刺し、それをライは受け止める。が、受け止め切れずに吹き飛ばされてしまった。
柄の方を掴んだので貫かれる事は無かったが、現在のライの本気よりはポセイドンの方が実力的に上のようだ。
「"魔王の嵐"!」
「"神の嵐"……!」
「……!」
ライを吹き飛ばした直後、ポセイドンの周りを二つの力からなる嵐が包み込み、周りの海水が渦を巻き暴風と海水による大渦に囚われた。
その風は流転を繰り返して更に勢いと威力を増幅させ、中に居る者を粉微塵に粉砕する。
「フム、やはり少年の相手をすると他の場所にまで気が回らぬな」
「……まあ、やはりこうなるよな」
「うん……。想定の範囲内……」
その流転を繰り返す大渦をポセイドンはトライデントを薙いで内部から粉砕し、辺りの水を消し飛ばした。
水は即座に戻るがやはり閉じ込める事は出来なさそうである。それはフォンセとリヤンも予想していた事。なので二人は既に準備を終えていた。
「続けるぞ! "魔王の手"──」
「うん……! "神の手"──」
「「──"祈り"!」」
左右から魔王の力と神の力を放出し、それが手のような形となり、両手で合掌するような形が形成されてポセイドンを押し潰した。
海中でその様な動きをした事によって辺りの水が揺らぎ、大きく波打つ。二人は更に力を込め、擂り潰すように力を動かした。
「二つの力からなる手の圧縮か。脅威的だな。その力で押さえ付けられては中々抜け出せぬ、もしくは成す術無くペシャンコか粉々だな」
「「……!」」
そして先程の渦と同等にトライデントを薙ぎ払って掻き消し、それと同時に二人の元へ迫った。
「流石にトライデントでは殺してしまうかもしれないな。手加減はするから耐えてくれ」
「「……ッ!」」
迫った瞬間にトライデントを振るい、二人の事を吹き飛ばした。
手加減はすると言っており、実際に柄で仕掛けてくれたがそれでも十分過ぎる程の破壊力が秘められている。フォンセとリヤンは海を割りながら飛び行き、遠方へと消え去った。
「フム、三人とも吹き飛ばしてしまったな。大した傷は負っていないだろうが、探し出すのは少し大変だ」
独り言を呟き、ポセイドンは周りを見渡す。
バラバラの方角に吹き飛んだライ、フォンセ、リヤンの三人を探そうと試みた、次の瞬間、
「……! この気配……」
「俺も……というより俺たちも、もうちょっと本気を出す……!」
禍々しい気配を纏い、漆黒に包まれたライが眼前に迫る。ポセイドンはその状態からライが何をしたのか理解し、光の速度を超え、更にその先を超えたライに向き直った。
「それが噂に聞く魔王の力か。成る程。爆発的に力が上昇したな」
「ああ……!」
向き直った瞬間にライの拳が放たれ、ポセイドンはそれをトライデントで受け止める。同時にポセイドンの身体は吹き飛び、ライから見た前方の海全てが割れた。
「……! これがその力……」
「オラァ!」
海が割れる勢いで吹き飛んだポセイドンはその力について思案し、考えている隙にライは上から叩き落とした。
その一撃で下方の海にクレーターが形成され、恒星程の範囲が空と化す。
「かなりのものだな。先程まで受け止められた攻撃が受け止め切れない。まあ、ダメージ自体は少なめだが。魔王の何割くらいだ?」
「少ないってだけで大したものだよ。殆どの主力はこの力で十分に戦えたんだからな。取り敢えず、何割かって聞かれたら……一割くらいかな」
「一割でその力か。先が思いやられるな」
先程までと大きく変わった動きを気に掛けるポセイドンだが、まだ魔王の一割しか使っていないと聞いて苦笑を浮かべる。
考えてみれば苦笑とは言え表情が変わったのは初めてかもしれない。ライは訊ねるように言葉を続けた。
「アレスのように粗野で狂暴な性格って言う割にアンタはそんな素振りが見えなかったけど、その表情の変化からしてようやく俺を敵と認めてくれたみたいだな」
「フム、一応始めから敵。それも強敵であると判断していたつもりだが……言われてみれば確かにほんの少しの侮りと驕りがあったかもしれないな。正直のところ、トライデントを出せば勝てるのではないかと思っていた。これから本番だな」
「それは良かった。これで心置き無く戦える……!」
空気を蹴り飛ばし、背後の恒星以上の範囲を吹き飛ばしながら加速したライはポセイドンに向けて再び拳を突き出す。それをポセイドンは紙一重で躱し、拳によって生じた余波に煽られつつトライデントを振り回し、ライはそのトライデントの柄を掴んでポセイドンの身体を引き寄せた。
「そこだ!」
「……!」
同時にポセイドンの顔面に拳を打ち付け、その身体を吹き飛ばす。凄まじい勢いで海の壁に衝突した瞬間にその場の海が消え去り、一瞬にして数百万キロを吹き飛んだ。
同じタイミングでライも踏み出し、その距離を更に早い時間で追い付きポセイドンの腕を掴む。次の瞬間に放り投げ、投げた先にライ自身が到達して蹴りによる追撃を放った。
「……ッ!」
ようやく苦痛によってポセイドンの表情に変化が生まれ、更に下方へ一秒も掛からず数十光年落下する。それと同時にライは下方へ回り込んでおり、そのまま天高く蹴り上げた。
「よっとォ!」
「速くて重い……その力に拍車が掛かっているな……!」
蹴り上げられ、数十光年上昇したポセイドン。
そしてその場所に到達していたフォンセとリヤンが魔王と神の力を放出する。
「"魔王の爆発"!」
「"神の爆発"……!」
秒速数十光年を前に会話する余裕など無く、フォンセとリヤンは数十光年下でライがポセイドンを蹴り上げた瞬間には既に力を込めていた。
言い終わると同時に放たれた超新星爆発に匹敵する大爆発。その時点でポセイドンは下方数光年程の場所に居たが、丁度良く力が放たれ数光年を上昇したポセイドンに二つの力が衝突する。
それによって半径数十光年が消し飛び、その範囲に存在する海が消滅した。
「さて、今度は太陽系の数倍くらいは吹き飛ぶ爆発を起こしたが……果たしてどうだろうな」
「分からない……。けど……上に居るレイたちは大丈夫かな?」
「確かに気になるな。超新星爆発の範囲を考えるとレイたちにも何らかの影響は及びそうだが……勇者の剣があるから大丈夫なんじゃないか? レイとエマが離れていたとしても、勇者の剣によって二人は無事な筈だ」
超新星爆発を直撃させたが、ポセイドンはおそらく無事ではないにせよ生きている事だろう。しかしそれよりも二人はレイとエマの存在を気に掛けていた。
勇者の剣なら広範囲を防ぐ事も可能。それを考えればレイたちは高確率で無事な筈だが、やはり気になるものは気になるのだろう。
「フム……超新星爆発……恒星が死ぬ時に起こる爆発をその場で引き起こし、本来の超新星爆発なら数光年掛かる距離をも一瞬で消滅させたか……。今度は効いた……」
「手応えはあったみたいだが、やはり生きていたな。ポセイドン」
「うん……しかも……軽傷では無さそうだけど重傷って程のダメージでもないみたい……」
超新星爆発に匹敵する爆発の中から少しばかり火傷や傷を負ったポセイドンがトライデントを構えて姿を現した。
生きているのは予想通りだったが、思ったよりもダメージは受けなかったらしい。
今更ながら、やはり人間の国のNo.2は伊達じゃないという事だろう。
「ようやく表面的な傷も負ったみたいだな。ポセイドン。それでも十分動ける程度ではあるみたいだけど」
「お、ライ」
「ライ……」
「よっ」
「フッ、超新星爆発くらいで傷を負うとは我もまだまだだな。人間の国のNo.2が聞いて呆れる」
「……超新星爆発を耐えられる時点で大した事だと思うけどな。本来は超新星爆発が起こった場所から数光年の全生物が絶滅するって言われている程だ。数十光年離れていても大きな影響が及ぶしな。十分だろ」
「そんな爆発の近くで無傷のお前がそう言ってもな」
流石にライでも少し熱いと思う超新星爆発規模ならほんのりとダメージを負ったようだが、まだまだ無事な様子。逆にこの程度で傷を負うとはと謙遜していた。
ライの言うように超新星爆発は宇宙的に見てもかなりの爆発なのだが、やはり頑丈な身体なのだろう。
ポセイドンはライの皮肉に聞こえる言葉に返しつつトライデントを構えた。
「次は此方から行かせて貰おう……!」
「……!」
「「……!」」
その瞬間にトライデントを薙ぎ払い、爆発的な衝撃波を巻き起こして真空空間を作り出しつつライ、フォンセ、リヤンの三人を吹き飛ばした。同時に震動と大波が生じて三人を飲み込み、数十光年消え去った海が再び形成される。
それ程の質量となるともはや誰にも防げない筈だが、吹き飛ばされる途中のライ、フォンセ、リヤンは体勢を立て直して一部の波を粉砕し、自身へのダメージを抑えつつ向き直った。
「一振りで消えた海を戻すとはな。アンタ、破壊より創造の方が向いているんじゃないか?」
「まあ、我は破壊と創造の両方を兼ね備えているからな。海神と陸神を備えているのだからこれくらい出来る」
ライは吹き飛んだ先にて軽薄に笑い、ポセイドンは変わらぬ態度でそれに返す。
海を支配し陸地を支えるポセイドンは破壊も創造もお手の物。なので別におかしな事ではないが、変わらぬ力は脅威的である。
「じゃ、その脅威には警戒しなくちゃな」
それだけ告げ、ライは海水を踏み込んで加速した。
光を超えたその先を超えて迫り、そのままポセイドンに拳を放つ。ポセイドンはトライデントを構えて向き合い、次の刹那に二人が正面衝突を引き起こした。
「オラァ!」
「……!」
ライ自身の全力に魔王の一割が加わった銀河系を消し去れる拳と凄まじい破壊力を有するトライデントの衝突で戻ったばかりの海が消え去り、水に濡れた二人が向き合った状態で更に下へと落下する。
ライ、フォンセ、リヤンの行うポセイドンとの戦闘は、ようやくポセイドンにダメージを与えられたが依然として続行されるのだった。