八百七十話 海の空間
「確かスキュラは剣を使う伝承もあったよね。それなら相手は私が適正かな……!」
「なら消去法でカリュブディスは私が相手をしよう。同じ魔物として思うところがあるからな。まあ、魔物と言えば二匹ともそうなんだがな」
「ふふ、だからこその消去法か。いいんじゃないか? 私とライ、リヤンでポセイドンと兵士達は相手取る。邪魔はさせないさ」
「うん……!」
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人は直感のような感覚で自身の戦う相手を決め、即座に行動へ移る。
スキュラはレイが。カリュブディスはエマが。残るポセイドンと兵士達はライ、フォンセ、リヤンの三人が。各々で自身の敵に向き直り、次の刹那に踏み込んだ。
「一つ聞きたいけど、貴女達も敵だよね?」
『無論……!』
「あ、喋れたんだ」
レイはスキュラの眼前に迫り、一応の質問をすると同時に剣を振り下ろす。それに返答したスキュラは腹部の犬を嗾け、レイはその犬達を避けて攻撃を継続させた。
しかしスキュラはそれを躱し、海の中に退避。同時に海の中から剣を突き上げて嗾けた。
「海の中から……! 初動を見せない事で確実な一撃を放つのが狙いかな?」
海からの攻撃を見やり、レイはスキュラの狙いを理解する。
確かに海の中は死角。出てくるまで分からない不可視の攻撃と考えれば強力だろう。しかし気配からその動きは読める。なので然して問題は無かった。
「そこだね!」
『……ッ!』
次の出現場所を推測し、気配を読み取って剣を振るうレイ。その剣はスキュラの腕を捉え、その腕を切断した。
切断面からは遅れて鮮血が噴き出し、スキュラは怯んで海に沈んだ。
「さて、確かカリュブディスは類を見ない大食いで色々な物を食い尽くし、罰として怪物になったんだっけか。……ふふ、かつて気儘に人間の血と生気を吸っていた誰かを思い出すな」
『お前も食ってやろう……!』
「生憎、私の肉は熟成し切っている。いや、既に熟成を通り過ぎて不味くなっているかもしれないな。腐ってはいないと思うが血抜きも済んでいないし、人間のような温もりもない。食すには向かないと思うぞ?」
『構わぬ……!』
カリュブディスは大口を開け、エマを飲み込むように飛び掛かる。それをエマは跳躍して躱し、片手に天候を纏った。
「先程はお前の親と同名のポセイドンにしてやられたからな。憂さ晴らしをして置こう」
『……ッ!』
次の刹那に片手が瞬き、電撃が走って霆を形成。そのままカリュブディスの身体を雷が感電させた。
それを受けたカリュブディスは怯み、エマが距離を詰めて顔に片手を翳す。
「吹き飛べ!」
『ガァ!?』
次に放たれたのは風。雷によって感電し、身体が痺れて動きが止まっていた隙を突いてそれを放ったのだ。
顔に圧縮した風を放たれたカリュブディスは仰け反るように倒れ、海の水を舞い上げる。
「二人とも調子は良さそうだな。さて、となると問題は世界最強のNo.2だ」
「ああ。実力は既に理解しているからな。相手取る事の難しさは実感済みだ」
「うん……」
レイとエマならカリュブディスとスキュラが相手でも問題無いだろう。
となると問題はポセイドンだが、考えていても仕方無い。なのでライ、フォンセ、リヤンの三人はポセイドンに向けて駆け出した。
「正面からの攻撃はあまり意味が無いかもな」
「そうだな。だから一番力のあるお前が正面。残り二人を左側と背後に向けたか」
正面からライがポセイドンに迫り、光の速度を超えて拳を打ち付けた。
ポセイドンはかなりの強敵。故にライは魔王の力は使っていないが自身の出せる全力で挑んでいるのだ。
対するそのポセイドンは光を超えた拳も受け止め、そのままライを背後へと放り投げて背後から迫るフォンセに牽制した。
「……ッ!」
「悪い、フォンセ!」
「ああ……大丈夫だ……!」
「それなら私が……!」
「容易い」
光を超えた速度のままライとフォンセがぶつかり合い、海の方に飛ばされて大きな水飛沫を上げた。そんなポセイドンの左側にリヤンが迫っており、ポセイドンはそんなリヤンの腕を掴み、流れるように投げ飛ばす。
「オラァ!」
「フム……」
次の刹那に海の中を通ってきたライがポセイドンの足元から拳を放ち、それを読んでいたポセイドンが躱す。同時に回し蹴りを放ち、ライの身体を吹き飛ばした。
「"上昇気流"!」
「……」
ライが吹き飛んだその瞬間、別の場所から暴風が吹き荒れ、その風がポセイドンの身体を持ち上げる。しかしポセイドンは微動だにせず、浮き掛けた状態で足踏みをした。
「フム……確かに空中に上げる作戦も悪くないかもしれぬな」
「なっ……!」
刹那に大陸が割れ、その余波がフォンセを襲う。気付いた瞬間にフォンセは大陸の欠片によって生き埋めとなり、大陸は無数の小島の集合体と化した。
「そらっ!」
「む? いつの間に……」
それと同時に背後へと回り込んでいたライが回し蹴りを放ち、ポセイドンがしゃがんで避ける。刹那に場所を移動し、ポセイドンの正面に現れたライが腹部を勢いよく蹴り上げた。
蹴り上げられたポセイドンは天空を舞い、次の瞬間にライが上から叩き落とす。それによって粉塵が舞い上がり、そのまま小島を貫いて海に落ち、噴水のような水飛沫が上がった。
「大丈夫か? フォンセ」
「ああ、何とかな。あの足踏みを受けていたらマズかったが、降り掛かったのが砕けた大陸の欠片だけで助かった。所詮はただの土や石の集まり。ポセイドンの足踏みを受ける方が危険だからな」
「けど……一応治療する……」
「ああ、すまない」
ポセイドンを蹴り落としたライは浮き上がってくるまでフォンセの元で待機する。
大陸の欠片によって生き埋めになったフォンセだが、確かにポセイドンの足踏みを受けるよりは断然いいだろう。念の為にリヤンはフォンセを治療し、万全の体勢で海に視線を向けた。
「フム、やはり重い一撃だな」
「「「……!」」」
次の瞬間、ライたちの居た小島が粉砕されて海に沈む。ポセイドンも先程のライやフォンセと同様、海から仕掛けてきたようだ。
島の崩壊よりも先に動けるライたちだがポセイドンは間髪入れずに攻め入り、ライ、フォンセ、リヤンの三人を海の中へと叩き落とした。
「海は我のテリトリー。兵士達は余波で気を失ってしまったから、数的には我が不利だ。故に我に有利な場所で戦って貰おう」
「別に構わないさ。俺は、俺と魔王は宇宙や海でも普通に会話が出来るからな。フォンセやリヤンも海底で行動する術は持ち合わせている」
「ああ。私は戦闘に支障が起きない空気の膜を」
「私は水生幻獣や魔物の力で呼吸が出来るから……」
数の差を無くす為の行動のようだが、ライたち三人には海の中でも普通に行動出来ていた。
元より宇宙などでも戦っていたライに海底都市"アヴニール・タラッタ"に行った際に空気のある膜を張っていたフォンセ。そして様々な幻獣・魔物の力を扱えるリヤン。この三人は海の中だろうと特に問題は無さそうである。
「そうか。それは良かった。それなら遠慮無く攻められる」
「「「……!」」」
次の瞬間、海を割り、移動したポセイドンがライ、フォンセ、リヤンの三人を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた三人の軌跡には気泡が現れ、空気となって空に消える。三人は吹き飛ばされた瞬間に向き直り、ポセイドンに向けて泳いだ。
「オラァ!」
「水の中には浮力がある。折角の重い拳も威力が半減だな」
海の中でも変わらず光を超えているが、浮力によって妨げられ容易く受け止められた。
と言っても、今までも容易く受け止められていたのだが、今回はポセイドン自身があまり力を入れずに受け止めている。やはり威力は地上より下がっているのだろう。
しかし連撃の体勢に入ったライは笑って返した。
「ハッ、海の中でならレヴィアタンと戦った事もある。多少威力が下がったとしても、十分に戦えるさ!」
「そうか。ならば見せてみよ」
ライの拳を受け止めたポセイドンの掌を弾き、海中を光速移動して回り込む。同時に蹴りを放つがそれは片手で受け止められ、刹那に今一度移動してポセイドンの顎を蹴り上げる。
蹴り上げられたポセイドンは少し仰け反るが怯まず、片手でライをあしらうように弾き飛ばして岩礁に衝突させた。
岩礁を散らす中でライは既に死角に回り込んでおり、そんなライを捉えたポセイドンの腕とライの拳が衝突する。そして二人の周りから海が消え去った。
「弾け飛んだな。海が」
「どうせ直ぐに戻る。この空間は無限の広さを誇っているから割り合いという概念は無いが、海が限り無く十に近い九割。陸地が限り無く零に近い一割程だ」
「成る程な。そりゃ、何万キロ海を吹き飛ばしても戻ってくるな」
向き合って落下するライとポセイドン。落下途中にも下方は見えず、本当に全てが海からなる空間という事を実感する。先程の大陸はただ兵士達の為に造られた足場だったという事だろう。
空中となった海を落下するライとポセイドンは向かい合い、次の刹那に空気を蹴って加速した。
「オラァ!」
「はっ……!」
同時に正面からぶつかり合い、空中で二人は弾き飛ばされる。その瞬間に再び加速し、互いに徒手空拳で鬩ぎ合いを織り成した。
ライが拳を放ち、それを紙一重で躱したポセイドンが回し蹴りを打ち付ける。ライはそれを避けて足を掴み、適当な場所に光の速度で放り投げる。次の瞬間にポセイドンは戻っており、横からの蹴りを放つ。それを片手で受けて拳で牽制。同時に光を超えた二人が目にも止まらぬ速度で攻防を行っていた。
「ライとポセイドンが鬩ぎ合っているな。足手纏いになるかもしれないが、私たちも行くぞ……!」
「うん……! ライだけに任せたら何時もと同じになっちゃう……!」
海が消え去ったのはライとポセイドンを中心に半径数百万キロ。
光の速度なら数秒で到達出来る距離だが、押された海がいつ頃戻ってくるのか分からない。だからと言って見ているだけにも行かず、同じく空中を落下するフォンセとリヤンもポセイドンの元に向かった。
「此方も少し本気を出した方が良さそうだな。"魔王の"──」
「うん……! "神の"──」
「「──"炎"!」」
フォンセとリヤンの二人は少しの本気を出し、星を焼き尽くす二つの炎を一気に放出した。
本来の神と魔王の力なら太陽系から銀河系まで広範囲を焼き尽くせるが、ライは大丈夫として周囲にはレイやエマ。そして一応"タラッタ・バシレウス"の兵士達が居る。主にレイたちを巻き込まぬ為に力を抑えているのだ。
最も、星を焼き尽くす程度の炎だとしても周囲への影響は及びそうであるが。
「フム、星を焼き尽くす炎か。少し熱そうだな」
それだけ告げ、ポセイドンは片手を薙いで炎を掻き消した。
一挙一動で星を砕くライの拳をずっと受け続けていたのだ。星を焼き尽くす炎だとしても問題無く、消し去るのに造作も無いのは分かり切っていた。
「やれやれ。星を焼く炎が少し熱いであしらわれたら堪らないな。別の力を使っても結果は同じかもしれない」
「けど……もう少し本気を出せば互角になれるかも……」
「我と互角か。その様子を見るとかつての神と魔王の力はある程度以上に使えるようになっているのか。それらの力を使えるとは聞いていたが、そうなると厄介だな」
星を焼き尽くす炎は無意味に終わった。しかし他のエレメントでも結果は同じだろう。特に水を使えば逆にポセイドンを奮い立たせてしまうかもしれない。
だが二人が至った結論は圧倒される相手では無いとの事。そこに向け、ライが拳を放った。
「厄介なのは二人だけじゃないぜ、ポセイドン?」
「だろうな。見たところ、お前はまだ魔王の力を使っていない。奥の手を隠し持っている三人が相手か。本当に厄介極まりないな。確かに世界も落とせるかもしれぬな」
拳は受け止められ、フォンセとリヤンも交えて攻防が行われる。そんな鬩ぎ合いを行いながらライは笑い掛けた。
「奥の手を隠し持っているのはお互い様だろ。アンタもまだまだ力を見せていない」
「ああ。押され気味で言うのもアレだが、人間の国のNo.2がこの程度の訳無いからな」
「うん……」
「そうだな」
ライ、フォンセ、リヤン。支配者クラスの実力者を前にこの態度を変えないポセイドンの実力も確かだろう。
レイとスキュラ。エマとカリュブディスの戦いが続く一方で、ライたちとポセイドンの織り成す一挙一動で星を崩壊させる戦闘も続くのだった。