八百六十九話 下準備
「レイ、エマ、フォンセ、リヤン。準備は出来ているか?」
「うん、勿論! お城に入った瞬間から覚悟は決めていたからね!」
「そうだな。それに、こんな風に囲まれるシチュエーションは慣れている」
「ああ。あと、兵士達自体は今までと同様、大した力は秘めていない事だろうからな」
「……」
ポセイドンの形成した世界にて、余裕の面持ちで構えるライたち五人。
世界最強の国のNo.2が相手なので決して余裕の戦闘ではないのだが、あくまで今の状況に対しては特に問題視していないのだろう。
主力は確かな実力を秘めているが、兵士達はそうでもない。なので兵士の存在は意に介していなかった。
「フム、兵士達の存在は気にしていないか。まあ、それも頷ける。基本的に戦闘方面は主力が何とかするからな。王が前線に出ぬように、本来はその様な存在が前線に出るのは間違っているのだが、この世界で考えれば主力が出た方が手っ取り早いからな。しかし、我の兵は甘くないぞ」
「「「はっ!」」」
「へえ?」
ポセイドンの言葉と同時に統制の取れた兵士達が連なり、各々が剣や銃や弓矢。槍などを構えて近接を主軸とする前衛部隊が一気に駆け出した。
銃と弓矢を構える後衛部隊はそれらを放ち、前衛部隊の隙間を抜けてライたちを狙う。それをライは回し蹴りで全て打ち消し、レイたちが前衛部隊の相手を行う。
「戦い方自体は普通の兵士達と同じ。けど確かに少しは動きが良いな」
「うん。けど、苦戦する程じゃない」
ライは柔術で兵士達を投げ飛ばし、伏せ、打ち倒す。レイは鞘に収まったままの剣を用いて意識を奪い取り、エマ、フォンセ、リヤンの三人もなるべく傷付けぬやり方で意識を刈り取った。
動き自体は悪くない。だが、ライたちを相手にするにはかなり実力不足。他の国や街の兵士達と同じだろう。
「ポセイドンがああ言っているからには何かはあるんだろうけど、今のところは特に何も無さそうだな。何を狙っているんだ?」
「さあな。だが、何かがあると言うのは事実だろうな。兵士達を嗾けてポセイドン自身はまだ動かない。となると余波を起こさぬように待機していると考えても良さそうだな」
「何の為の待機かって問われたら、その何かの下準備だろうな」
兵士達の動きとポセイドンの様子を見やり、何を目論んでいるのかを推測するライたち。
ポセイドンの兵士達に対する信頼と本人が動かない現状。その事から推測すれば敵の狙いもある程度は絞れるが、確定ではない。なので兵士達を相手にしつつそれを阻止するべくポセイドンの元にも行き嗾けるのが最善策だろう。
最も、ライたちは何らかの作戦が成功したとしても問題無いと考えているが。
「取り敢えず、遠方で何かしている兵士達を狙うか」
「そうだね。一番怪しいし……!」
「ま、無難にそうするか」
「同じく」
「うん……」
そしてライが狙いを定めたのは、攻め来る兵士達でも中距離から銃や弓矢で狙撃する兵士達でもポセイドンでもなく、海の側にて何らかの行動を起こしていた兵士達。
ライに続くようレイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人も行き、数人の兵士を狙った。
「フム、やはり気付かれたか。他の兵士を陽動として上手く使えたというのに。……いや、使うという言い方はあまりよくないな。適正な言葉は無いだろうか」
「……!」
「「……!」」
「「……!」」
──次の刹那、いつの間にかライたちの眼前に立っていたポセイドンが拳を振るい、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人を一撃で吹き飛ばした。
その余波によって大陸の砂が全て消え去り、剥き出しの岩盤が露になる。五人のうちライだけは立っており、ポセイドンに向き直った。
「やっぱり作戦の要はあの兵士達か。まあ、今の力を見れば作戦とか関係無く、アンタと兵士達だけでも十分に俺たちと張り合えると思うけどな」
「勘弁してくれ。支配者に匹敵する実力者五人を纏めて相手にするのは骨が折れる。寧ろ、骨が折れるだけで済むならそれはかつてない幸運だろうな。この国の全幹部でようやく対等かもしれない」
「幹部にハデスとアンタが居る時点でそれは無いだろ。世界最強の国のNo.2とNo.3が手を組むだけで俺たちも苦戦を強いられる筈だ」
「あくまで強いられるだけか。……まあ、そんな事は今現在起こらないからな。関係のない事だ」
作戦とやらの要は分かった。しかしポセイドンが作戦阻止の邪魔に入ると厄介だろう。
ポセイドンからしたらライたち五人と戦う事自体気乗りしていないようだが、それは純粋にライたちの実力を危険視しているのだろう。
ポセイドンの実力なら十分にライたち五人を相手取れそうだが、割りと謙遜しているようだ。
「取り敢えず、作戦を実行されるよりも前にアンタを倒すのが一番手っ取り早そうだな!」
「それもそうだろうが、簡単にやられる訳にはいかない」
踏み込み、数十メートルの距離を光の速度で詰め寄ったライが拳を放った。それをポセイドンは片手で受け止め、ライとポセイドンを中心に大陸の岩盤が砕け散る。
拳を受け止めたポセイドンはそのまま背後へ流すように投げ飛ばし、投げられたライは着地して再び踏み込む。同時に光へと到達し、今一度肉迫して拳を打ち付けた。
「オラァ!」
「先程も受けたが速く、重い拳だな。まだまだ全力には程遠いが、それだけで並大抵の主力になら勝てるかもしれない」
その拳を見切って躱し、ポセイドンはその場で回し蹴りを放つ。それをライはしゃがんで避け、ポセイドンの顔に蹴りを放った。ポセイドンはそれも避け、ライの足を掴んで放り投げた。
「──はあ!」
「──はっ!」
その背後から勇者の剣を構えたレイと風を掌に纏ったエマが現れ、同時にそれらが振り下ろされた。
ポセイドンはそちらを一瞥もせずにレイとエマの腕を掴み、剥き出しの岩盤に叩き付ける。
「「……ッ!」」
「片方はヴァンパイア。硬い岩盤に激突したとしても大したダメージは受けていないか。まあ、動きを止めて時間稼ぎをするだけなら問題無い」
「出来ると良いな!」
「うん……!」
同時に前後からフォンセとリヤンが攻め入り、魔力を込めた二人が一気に嗾ける。
「"炎"!」
「"炎"……!」
二人が放ったのは少ない魔力で純粋に威力の高い炎を放てる炎魔術。二つの業火は前後からポセイドンを狙い、ポセイドンはまたもや目もくれずに炎を拳の風圧で掻き消し、前後の二人を掴んでレイとエマの上に叩き付けた。
「「……ッ!」」
その一撃で岩盤が割れ、大きな土塊が巻き上がる。遅れて砂塵を舞い上げ、辺り一帯が粉塵に包み込まれた。
「やはり全力、もしくはそれに近い力を出していない今の状態ではこの程度の力か。手を抜いているなら早いところ力を出した方が良いぞ。一先ずのところ作戦云々は捨て置き、今の力ではこの場で我に敗れるぞ?」
「「……っ」」
「「……っ」」
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人は地に伏せて歯噛みをし、兵士達がそんなレイたちに向けて駆け出した。
何らかの下準備を行っている兵士達の段階も最終行程に入ったのか、徐々に魔力などの力が集い始めていた。
「どの道準備は終わりそうだな。アンタが足止めをするってだけで完全に動きを止められる」
「やはりお前があの中では一番の実力者のようだな。血筋は一番普通なのだが、お前に宿る存在が大きいか」
「かもな。それのお陰で俺自身の力も上がっている」
その様子を見やり、感想を呟くライ。
そんなライを見たポセイドンは実力を評価し、ライは軽く相槌を打って刹那に踏み込んだ。
「取り敢えず、兵士達は払うか!」
「「「……ッ!」」」
それと同時にそのまま大地を踏み砕き、土塊を周りに飛ばして周りの兵士達を打ち倒す。先ずは数が多く厄介な兵士達を片付けようと言う魂胆なのだろう。
しかし無論、ポセイドンの事も狙う。兵士達を吹き飛ばしたライは即座に狙いを定めて再び光の速度で肉迫した。
「次はアンタだ!」
「速度と重さ。確かなモノはあるが、同じ攻撃ばかりというのは頂けぬな。加えて、その攻撃は先程も防いだモノだろう。通じぬ同じ攻撃を続けるのは愚作だ」
光の速度の拳を軽く受け止め、そのまま握って引き寄せる。ライはその手から逃れ、地に足を着けると同時にポセイドンの頭へ回し蹴りを放った。
それをポセイドンはしゃがんで避け、ライの顔に拳を打ち付ける。
「……!」
「同じような動き。容易く見切れるな」
殴られたライは吹き飛び、岩盤が剥き出しになった大陸を進み直線上の砂塵を舞い上げる。
その砂塵を突き破り、ほぼ無傷のライはポセイドンの眼前に迫った。
「一発は一発だ!」
「……!」
同時に拳を打ち付け、逆にポセイドンを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたポセイドンは大陸を突き抜けて海に向かい、そのまま吹き飛ぶ風圧で海が割れた。
「大分距離を置かれてしまったな」
「……! もう戻ってきたか……!」
吹き飛ぶ最中、空中で体勢を立て直したポセイドンは海を蹴り、背後に大波を起こして大陸に居るライの元に迫る。
迫ると同時に拳を放ち、ライも拳で応戦。二人の拳がぶつかり合い、辺り一帯が吹き飛んだ。
「手加減はしてくれているみたいだな。今の一撃でもアンタの兵士達は吹き飛んでいない……!」
「そう言うお前もな。仲間達が風圧には煽られるが被害は及んでいないようだ」
二つの拳は弾かれ、ライとポセイドンは距離を置く。その瞬間、兵士達から声が掛かった。
「ポセイドン様! 準備が整いました!」
「今行きます!」
「……! 出来たみたいだな……! 阻止は失敗か」
「隙を見せたな!」
「見せていないさ!」
それは、下準備が終わったという報告。
ライがそちらに気を取られた瞬間ポセイドンは殴り付けるがそれを躱し、兵士達は最後に力を解放した。
「「「はあ!」」」
声を荒らげると同時に魔力が放出され、その一連の後で海の水が舞い上がり、次の刹那に幾つかの影が姿を現した。
「上手くいったようだな。少しばかり数を増やし、少しでも此方の戦力を増やした次第だ」
「成る程な。"カリュブディス"と"スキュラ"か」
──"カリュブディス"とは、渦潮が魔物の姿になったとされる怪物だ。
ポセイドーンの娘が怪物になった姿とも謂われており、一日に三回行うとされる食事によって海に大渦が作られ、船乗りを襲うと謂われている。
海に棲む大渦の怪物、それがカリュブディスだ。
──そして"スキュラ"とは、人間の上半身と魚の下半身。そして腹部から犬を生やす怪物である。
美しい女性の上半身に魚の下半身を持つ姿だけなら人魚などと同じだが、スキュラは六匹の犬を生やしている奇妙な姿と謂われている。
その様な姿になってしまった理由はとある魔女の嫉妬心によるものと謂われており、元々は普通の人間だったとされる。
人間の上半身と魚の下半身、腹部に六匹の犬を生やした、魔女によって怪物にさせられてしまった魔物、それがスキュラだ。
「片方はアンタの知り合いか? 確か、何処かの海じゃカリュブディスとスキュラに挟まれているから船乗りも慎重に通るんだっけ」
「そうだな。しかし、我の娘ではない。先代ポセイドーンの娘の成れの果てとでも言っておくか」
「ふうん? ま、取り敢えず主力クラス? の実力者は二人……二匹? 二体増えたって考えて良さそうだな」
「ああ、構わぬ。その為の下準備だからな」
二体の怪物を前に、まだ余裕の面持ちで構えるライ。
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人も立ち上がっており、ポセイドンを始めとした海の怪物達に向き直った。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの織り成すポセイドンとの戦闘に、カリュブディスとスキュラ。二体の怪物が加わるのだった。