八十六話 一騒動の終わり
『グルギャアアアァァァァッッ!!!』
──そして、ベヒモスは更に巨大化する。
それによって街がベヒモスの質量に押し潰され、多くの建物が破壊されていった。
「な、何だ……!?」
「案ずるな……! あの怪物が巨大化しただけだッ!」
「ああ! 先程から少しずつ巨大になっている!」
"タウィーザ・バラド"の兵士達はザワ付く。が、その性質を理解した者が説明して落ち着かせた。
そう、ベヒモスは先程から巨大化している。いってしまえば、目覚めたその瞬間から巨大化が始まっていたのだ。
「そ、そうか……! 巨大化が何だってんだ! こっちには幹部様が居られるのだ! デカいだけの怪物なんか怖くねェ!!」
納得した者は箒を加速させ、ベヒモスの元に近付いていく。他の者達も向かい、ベヒモスを一気に仕留める作戦に出たのだろう。
「オイ! テメーら! ……チッ、しゃーねーかァ!!!」
ナールはそれを止めようとしたが、恐らく兵士達は聞く耳を持たないと考え自らもベヒモスへ向かって行った。
その横顔が楽しそうだったのは多分、恐らく、きっと、十中八九ある程度は気のせいだろう。
「食らいやがれ!! "炎の矢"!!」
ナールは足から炎を放出して飛行しつつ掌に魔力を溜め、その炎を矢のように放った。
ナールに創られた炎の矢は空気を焦がしながら切り裂き、一直線でベヒモスへと向かう。
『…………!』
それは見事ベヒモスに突き刺さり、そこから轟炎が吹き出して炎の矢がベヒモスの血肉を焦がした。
がしかし!
『グルル……』
「……ケッ、微動だにしやがらねェ……。……巨大化して防御力でも上がったか……?」
ベヒモスは全くダメージを受けた素振りを見せず、低く唸っていた。
その様子を見たナールはベヒモスの耐久性も向上したと即座に理解する。
「ハッ、この程度の火力じゃ無意味ってか……? 上等だゴラァ!」
攻撃を防がれたナールは自嘲するように笑い、今度は両手から炎を放出してベヒモスへ近付く。
「やれやれ……直ぐに熱くなる性格が何とかならないのかしらねぇ……幹部の側近たるものはもっと堂々としていなきゃ……」
「アハハ……まあ、それがナールさんの良いところでもありますし……」
ナールの様子を見ていたマイは呆れたような顔で言い、アスワドは苦笑を浮かべる。
二人の様子からするに、ナールは中々の熱血漢なのだろう。扱う魔法から、その性格に炎はピッタリだ。
「兎に角、私たちも向かいましょう……!」
「そうね」
アスワドは箒に横向きで座るように乗り、マイは水魔術を使って移動する。
『ガギャアアアァァァァァッ!!!』
今も尚巨大化しつつあるベヒモス。既に城の大きさなどは既に超越しており、小さな山程度の大きさになっていた。
「ふむ……どんどん巨大化していく……さっさと沈めなければ少々厄介になりそうだ……」
ベヒモスの肉体を破壊しつつ、その身体が大きくなっていくのを感じるエマ。
「そうだね……。……けど、イマイチダメージが通っているのか……」
レイはエマの言葉に返す。しかし斬っても斬ってもベヒモスは巨大化する為、中々手応えを感じ取れない様子だった。
「まあ、確かにダメージはあるのだろうが……如何せん巨大化するに連れてその傷が小さくなるからな……普通は広がるんじゃないかと思うが……どういう訳か少し回復しているようだ。……元々レヴィアタンと一つだったらしいからな……不死身の性質が少しはあるのやもしれぬ……」
そのような会話を広げつつ、ベヒモスの傷口を広げるレイとエマ。手応えをイマイチ感じていない様子の二人だが、ダメージはあると考えて攻撃を続ける。
「"雷"!!」
「ウ……"水"……!」
「なら……これで!」
フォンセは魔術同士を織り交ぜて雷を創り出し、リヤンはその雷を通す為に水を放つ。
取り敢えずベヒモスの皮膚を貫通させる事を優先したキュリテは"フォトンキネシス"を使い、光を集めてレーザーを放出させた。
『グルォォ……』
しかしそれを諸に受けたベヒモスは低く唸るだけで、それらの攻撃を意に介していない様子だった。
その耐久力はかなり厄介なモノとなっているだろう。レイたちの攻撃を受けても尚、この状態を保てる生物はそうそう居ないのだから。
「巨大化に伴って力と耐久が上がる……か。……これは本当に骨が折れそうだ……!」
「そうだねー……。レヴィアタンと対になるってくらいだから……今のうちに倒さなくちゃ……私たちが殺られちゃうかもね」
「うん……。可哀想だけど……。この子が山の草木を全て食べ付くしちゃったら……山に棲んでいる他の生き物たちが……」
ベヒモスを見下ろしながら話すフォンセ、リヤン、キュリテの三人。
フォンセとキュリテはまだ小さいうちに倒そうと考えるような表情で、幻獣・魔物好きのリヤンはあまり乗り気ではないが、放って置いた方が他の幻獣・魔物が死滅してしまう可能性が高いだろうと考えたのかフォンセとキュリテに賛同するよう頷いた。
「リヤンちゃんからも許可が降りたし……なら、容赦しなくても良いよね?」
刹那、キュリテの両手から大量の魔力が放出される。
「相手が大きいなら……相応の対応をしなくちゃね♪」
──そして次の瞬間、"タウィーザ・バラド"の上空から……『大量の隕石が降ってきた』。
「な、何だ……!?」
「何で隕石が……!?」
「あの怪物の仕業か……!?」
ベヒモスへ魔法・魔術を放っていた兵士達が空を見上げて次々と言葉を発する。
突然隕石が降ってきたのだ。当然だろう。大気によって圧縮された隕石は発火し、秒速数キロの速度になってベヒモスへ向かう。
「隕石……? 確か……"イルム・アスリー"で隕石騒動があったと聞いたけど……もしかしてこの街にも……?」
隕石を見たマイは"イルム・アスリー"からの報告書を思い出し、似たような出来事があったと考える。
という事はやはり、"イルム・アスリー"での出来事が"タウィーザ・バラド"まで伝わっていたらしい。
「……と、なりますと……誰かの魔法・魔術で重力を操るか、超能力者……がいるのか分かりませんがサイコキネシスとかで隕石を引っ張っている……という線が一番それっぽいですね……けど……本当にそうでしょうか……」
それを聞き、何が原因かを推測するアスワド。割りといい線いっているのだが、キュリテが来ていると知らない為かその答えに自信が無さそうだった。
「いえ……今は考えている場合じゃありません。隕石とあの生物を何とかしなくては……!」
そして思考を止め、ベヒモスと隕石に集中するアスワド。
隕石は加速しながら降ってきているが、その位置からどの辺りに落ちるのかは大体予測できる。
「真っ直ぐあの生物に向かっていますね……」
目を凝らして空から降ってくる隕石を眺め、アスワドは落下地点を予想した。その位置と距離、角度などを見て推測しているのだ。
その予想の結果、隕石は怪物──ベヒモスに向けて降ってきている事が分かった。
「……となると……アスワドさんの言うようにあの隕石は偶然落ちてきた物ではなく、誰かが落とした物……という線が高いわね……。何はともあれ、あの怪物の近くに兵士達を置いておくのは危険ね……。直ぐに避難させましょう……」
「ええ、隕石は余波だけでも危険ですからね」
隕石を見、それだけ会話したアスワドとマイは加速し、ベヒモスの近くで戦っている兵士達とナールの元へ向かう。
*****
プラズマと化した隕石は音速を超え、ベヒモスに降る。
まだ上空にも拘わらず、その隕石の衝撃によって街へ大きな振動が奔った。
そしてその隕石は──
『ガギャアアアァァァァァッ!!!』
──『全てベヒモスによって砕かれた』。
「……ッ! 隕石が……!?」
キュリテが思わず声を上げる。
当然だ。第一宇宙速度で降ってきていた隕石、それも大量に。その隕石が、上空数十キロの地点でベヒモスに砕かれてしまったのだから。
幾らベヒモスが巨大とはいえ、数十キロまで一瞬で届くなどありえない。しかし、それが目の前で起きたのである。信じられないといった表情のキュリテ。
「くっ……! 取り敢えず後始末は自分でしなくちゃ……!」
我に返り、冷静な判断を起こせるようになったキュリテはサイコキネシスを放ち、隕石の破片を消滅させる。
破片をベヒモスにぶつけるという作戦も良いが、小さ過ぎて蚊に刺された程度も効かないだろう。
「心なしか動きも素早くなっている気がするな……」
そしてフォンセが巨躯に見合わない程素早く動くベヒモスを見、ベヒモスの能力が上がりつつあると実感する。
目覚めた時から全盛期の力となる為、身体や能力が巨大化するベヒモス。このまま放って置いたのでは、その被害は恐ろしい事となってしまう。
「まあ、気にしても仕方無いか……!」
しかし動きの変化に気付いたからと言って倒せるという訳が無く、再びフォンセ、リヤン、キュリテはベヒモスを討伐する為、ベヒモスへ向けて攻撃を仕掛けようとする──
──その刹那、
「まだ終わってねえぞッッ!!」
──一閃。
遠方から雷速を超えてベヒモスの正面に向かって来た"黒い渦を纏った何か"がベヒモスを貫通し、音速を超えた際に生じるソニックブームによって辺りの地面へ亀裂が入る。
「……! ライ!」
「ライ……!」
そして、その"黒い渦を纏った何か"の存在に気付けたのは比較的相手の動きを捉える事の出来るエマと、物事の観察力が高いリヤンだ。
「……やっぱ貫通しただけじゃ倒れないか……」
ライはゆっくりと振り返り、山程の大きさとなったベヒモスを見やる。小山から普通の山と変わらない大きさへ成長? したベヒモス。それは一歩動くだけで"タウィーザ・バラド"が消滅してしまう程の巨躯となっていた。
「……幸い? 此処は建物が少ないからな……街の外に近い場所だ……このまま山や草原の方に誘い出せたら良いんだが……」
ブツブツと呟くように考えるライ。この場で戦ったとして、ライの放つ攻撃の余波だけで街が壊滅し兼ねない。なので何とか策を講じているのだが、動かすとしてもベヒモスの巨躯は少々厄介だ。
(はてさて……一体どうするか……)
【ハッ、簡単じゃねェか……ベヒモスをその場で消し飛ばしゃ良いんだよ。それが無理なら移動させりゃ良いだろ】
考えるライに向け、相変わらずの飄々とした態度で話す魔王(元)。それを聞いたライは呆れ、魔王(元)に向けて言葉を続ける。
(簡単に言うけどな……どういう訳かベヒモスは殴っても木っ端微塵にならねえし……移動させる為に殴り飛ばせば貫通するだけでほんの数メートルくらいしか動かないんだよ……。まあ、投げ飛ばすのも良いかもしれないがそこに何があるか分からないからなあ……)
要するに、ベヒモスの身体構造によって思うような場所へ飛ばす事が出来ないという事だ。それに加え、ベヒモスを吹き飛ばしたとしてもそこに魔族が居れば危険極まりない。
巨躯の肉体にそれなりの再生能力というものは、厄介この上ないモノである。
(……まあ、魔王の力を四割程の使えばやれると思うけどな……。……殺す……ってのはどうするか迷いどころだが……事実暴れている理由は先に仕掛けた俺にある訳だしな。……かといって生かしておいたらこの世界は別の意味で崩壊する……植物の消滅によってな……)
【ククク……何はともあれ、殺さなくても結局は封印って形でベヒモスを沈めるんだろ? 殺したら殺したで別に構わねェが……お前は少し甘い……。自分の障害に成りうる者は排除した方が世界征服にも良いと思うんだがな……。まあ、お前は気儘な世界征服を拒否するがな】
ベヒモスについての会話を行うライと魔王(元)。
ベヒモスの驚異は巨躯の肉体のみならず、その食欲もだ。一回の食事で山一つを捕食してしまうベヒモスが放たれた時、自然は数年で消え去る事だろう。
ライと魔王(元)がそのような会話を広げ、一纏まり着いたところでライが笑みを浮かべて魔王(元)へ述べる。
「……まあ、生かすも殺すも……その時はその時だ……!」
──その刹那、大地を踏み砕き、一瞬にして速度を上げたライは空気を突き抜け、ベヒモスへと攻撃を仕掛ける。
「元々、人や魔族、幻獣・魔物に大きな危害を加えるモノはやむを得ず仕留める……って考えだったからな……」
『ガ……ギ……!?』
瞬く間にベヒモスを往復したライはその身体に二ヶ所の風穴を空けた。
ベヒモスは一瞬にして二つの穴が空いた為、その出血量に驚きつつ何も出来ない様子だった。
「山『程度』の大きさなら、簡単に砕けるからな……。街の被害も大きくなりそうだし、封印方法でもあれば良いんだが……。そういやレヴィアタンも海底でほったらかしだからなぁ……」
往復した為、今は地面に足を着けているライ。
ライは何とかならないものかと頭を抱えていた。
『ガ……ギャ……グラギリャアアアァァァァァッッッ!!!!!』
そして、数々の攻撃を受けたベヒモスが遂に怒りを表し、一段と凶暴になって街を破壊しながら暴れ回る。
「「…………ッ!!」」
「「「…………ッ!!」」」
「「「「「グワアアァァァ!!」」」」」
その鼓膜を揺らし、耳を劈くベヒモスの声にレイとエマ、フォンセにリヤンにキュリテ、"タウィーザ・バラド"の人々は堪らず耳を防ぐ。
その行動にはもう自分の意思など関係無く、危険を知らせる本能によって目を閉じ耳を塞いでいるのだろう。
『ギャアアアァァァァァァァァッッッッッ!!!!!』
「──ッ!」
それはライも例外では無い。
魔法・魔術や呪術に妖術。兎に角、特殊な技が全て効かない体質の魔王も物理的である"音"は防げないのだろう。
能力によっての音ならば軽く防げるだろうが、ベヒモスの音はベヒモス自信が出している。
「──ッせェんだよ!! デカブツがァァァ!!!」
──それから、ベヒモスの声に負けないような轟音が辺りへ響き渡った。
ライは珍しく感情を露にして大地を粉々に踏み砕き、雷速を超越した──『第四宇宙速度(秒速300㎞)』に加速してベヒモスへと向ったのだ。
そして──
「その口ィ……!! 閉じていやがれェ!!!」
──山を超える程の大きさがあったベヒモスを……『殴り飛ばした』。
どんどん巨大化したベヒモスは、片足だけで"タウィーザ・バラド"程の大きさを誇っていた。
場所が良かったのか、"タウィーザ・バラド"を含めた近隣の街には被害が及ばなかったが、既にベヒモスの全貌を目視するのは不可能に近い状態だった。
一歩進めば文字通り、街が粉砕する程の巨躯を誇っていたベヒモス。
──そのベヒモスを魔王は……『片手で吹き飛ばした』のだ。
『………………!?』
何が起こったのか分からない様子のベヒモス。突然だ。自分の身体が浮かぶという、自身でも考えない事が今己の身に降り掛かったのだから。
飛べる筈が無いのにも拘わらず空中へ投げ出され、ベヒモスはどんどん加速して行く。
「「「「「……………………………………」」」」」
「「「「「……………………………………」」」」」
「「…………」」
「「「………………」」」
シ──────ン。と静まる"タウィーザ・バラド"。
街の兵士と住人も、幹部とその側近も、レイとエマも、フォンセにリヤンとキュリテも、全員が突然の出来事に息を飲み、何も言えなくなっていた。
*****
──その数分後。
「「「「「「………………な!?」」」」」」
無言だった者達が遠方を眺めた瞬間、全員同時に声を上げた。
何故ならそう、
『…………』
意識を失ったベヒモスが……『星を一周して"タウィーザ・バラド"まで戻ってきた』からだ。
「「「「「んなアホなァァ!?」」」」」
「「ふふ……」」
「「ハハ……」」
「アハハ……」
"タウィーザ・バラド"の者達は思わずツッコミをいれてしまう程驚愕し、エマとフォンセ、レイとリヤン、そしてキュリテは相変わらずの規格外っぷりだと苦笑を浮かべる。
「……帰って来たな……」
次いでベヒモスを確認したライは再び跳躍し、ベヒモスが現れた穴の上に立つ。
飛ぶ事の出来ないライが空中に立てる時間は数秒が良いところだ。
そんな数秒を使い、ライは第四宇宙速度を超える速さで向かって来るベヒモスに向け、
「もう一度……眠っていろ……!」
『………………』
虫を叩き落とすように、ベヒモスが復活した穴へベヒモスを叩き込んだ。
星を一周して肉体が削られたのか、はたまたエネルギーを消費したのかベヒモスの身体は小さくなっており、最初の城レベルより少しだけ大きい身体となっていた。
なのでベヒモスを何とか穴に封じ込める事が出来たのだ。
「……ふう……一丁上がり……」
パンパンと手を叩いて汚れを払い、一息吐くライ。そして次の瞬間、"タウィーザ・バラド"の人々が一斉にライへ向かってやって来た。
「オ、オイアンタ……! その力は一体……!?」
「どうやったんだ……!?」
「この子供……昨晩幹部様を助けた奴じゃね……?」
「あ、確かに。あのバカ強かった……」
「強ェ奴とは思ったが……まさかこれ程とは……」
「ち、ちょっと待ってくれ……!」
ワイワイガヤガヤワーワーギャーギャーと、昨晩アスワドの箒を取り返した時とは比にはならない程の魔族達が集まって来る。この騒ぎをどうすれば良いのか分からず、ライは逃げ出した。
「あ、ライ! ……どうしたの?」
「あ、ああちょっとな……」
そして、音速で逃げ出したライが向かったのはレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人が集まっている場所だった。
ライはまだ齢十四、五。
平均的なその年の者より精神年齢は高そうだが、子供なのは変わらない為に訳が分からなくなった時は自分よりも年上の者たちを頼りたいのだろう。
「……ふふ……。……さしずめ、一人で沢山の者に囲まれて困惑し、助けを求めて私たちのところに向かった……と言ったところか?」
「ハ、ハハハ……まあそんなところだ」
フッと笑って話すエマ。流石は数千年の年の功、全て見通していたようだ。ライは苦笑を浮かべてエマに返す。
「オイ……あれって……"レイル・マディーナ"の幹部じゃないか……?」
「ほ、本当だ……。何故こんなところに……!?」
「……え?」
そして、ライを追い掛けてきた者達がキュリテを指差して話し合う。変装していた筈のキュリテは何事かと自分の身体を見る為に霊界へ干渉する能力──"アストラル・コントロール"で幽体離脱し、霊体になって自分の正面に立つ。
そこには、
「……………………」
『あちゃー……変装が取れちゃってる……』
自分の素顔があった。
レイは"アストラル・コントロール"を使い、何故かバレた自分の顔を確認したのだ。結果は見ての通り、折角施した変装が消えていたようである。
「……? どうしたんだキュリテ……?」
ライは突然動きが停止したキュリテに疑問を覚え、その前に立ちながらキュリテの顔を覗き込む。
『あわわ……近いよライ君……!』
キュリテは子供とはいえ、自分に近付く男性の対処が慣れていない為、慌てて自分の顔を覆う。
霊体なのでライには見えておらず、魂じゃない方の身体にライは近付いているのだが、やはり自分の見た目をした物なので気にするものなのだろう。
「…………!?」
そして、ライは驚愕の表情を浮かべて言葉を発した。
「キュ……キュリテが……立ったまま死んでいる……!!」
「「「「…………え!?」」」」
『……あ』
血の気が無くなり、意識が無いキュリテを見たラムルは大きな反応を示し、レイ、エマ、フォンセ、リヤン──そして霊体のキュリテもそれぞれで反応を示す。
「お、オイ! キュリテ! しっかりしろ! 大丈夫か!?」
ライは本気でキュリテを心配し、意識の無いキュリテを揺する。
『そんなに揺らしたら戻った時クラクラしそう……でも、ちゃんと心配してくれるのかぁ』
そう呟きながら自らの身体に戻るキュリテ。取り敢えずこれ以上心配させない為に魂を戻す事にしたのだ。
「ん……」
「「「「「………………!?」」」」」
キュリテが意識を取り戻し、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンが同時に反応する。
そんなライたちを一瞥したキュリテは苦笑を浮かべて頭を掻きながら話した。
「あー、驚かせちゃってごめんね? 今のは私の超能力の一つで……肉体と魂を離す能力なの……」
「ああ、そうだったのか……。いや、無事で良かったよ」
両手を合わせ、小首を傾げて笑いながら謝るキュリテ。それはおどけているようだが、ライは安堵したように肩を落とし苦笑を浮かべる。
「……貴女は昨晩の……」
「あー、どっかで見た面だと思ったら……アスワドさんの箒を取り返してくれた……」
「「「あー」」」
「……!」
そして、騒ぎを聞き付けた"タウィーザ・バラド"、幹部のアスワドとナール、マイ、ハワー、ラムルがライたちの元へ近付いて来た。
アスワドは箒に乗っており、ナール、マイ、ハワー、ラムルは自らの魔術で浮かんでいる。
ピクリと反応を示したライはアスワド達の方を振り向き、ライたちを見たアスワドは箒から降り、ライたちへ言葉を発する。
「……昨日に引き続き、今日も助けられてしまいましたね。昨日は私の不注意でしたが、今回は突然の出来事……感謝してもしきれません。本当に有難うございます」
「あ、そんなに畏まらなくても……。実際、あの怪物……ベヒモスを倒さなくちゃ俺たちも危なかったからさ……」
ペコリと頭を下げ、ライへ礼を申すアスワド。その畏まり過ぎる態度に恐縮したライは気にする事無いとアスワドへ返した。
「「「「ベヒモス……?」」」」
「……そうですか……。あの生物はベヒモスだったのですね……。いえ、ベヒモスと分かった今、やはり改めて御礼を……」
「いや、別に……」
ベヒモスという言葉に反応するナール、マイ、ハワー、ラムル。そしてグイグイ来るアスワドの対処が分からず、ライはレイたちの方を見て助けを求める。
「「「「……………………」」」」
それを見ていたレイたちはニコッと笑みを浮かべているが、ライの助けに入る様子は無さそうだ。
「……ああ……」
ライはこりゃ駄目そうだ……と諦め、仕方無くアスワドの言葉に乗る事にした。
「分かった。気持ちは貰っておくよ……。まあ、さっきも言ったように俺の都合もあったからな……。だから倒した。街や住人は莫大な被害を受けたが、俺たちは俺を除いて傷一つ付いていない……。その俺の傷も軽い掠り傷だからな。寧ろ……"何故さっさと倒さなかった"……って罵倒される側の筈だ」
「そうですか……。けど、アナタ方がいなければこの街は今よりも酷い有り様だったと思います。なので、アナタ方には感謝致します!」
力強く話すアスワド。街の被害は直ぐに修復できないような家が数十戸。高い建物数百棟。
簡単に修復出来そうな物でも全て合わせれば千近くに上り、死者負傷者は合わせて数百人。それなりの被害に見えるが、敵がベヒモスという事を踏まえるとこれでも軽く済んだ方なのだ。
「そうか。街を破壊されたのに感謝してくれるなんてな。その器の広さは大事かもな」
「いえ……アナタ方は街を護ってくれたのです。感謝しない方が失礼かと思います」
こうして、"タウィーザ・バラド"でのベヒモス騒動は一旦終わりを告げた。
──そう、ベヒモス騒動"は"。