八百六十七話 人間の国・十一人目の幹部
──"タラッタ・バシレウス"。
目的を決めたライたちは早速行動を開始した。
心地好い海風を身体に受けて歩き、賑わいを見せる街中を行く。呼び込みなどで何度か話し掛けられるがやんわりと断って先に進むライたち五人。目移りするモノは多いが、一先ずは城の元に行くのが最優先。
そんな喧騒の中を抜けたライたちは、遠目からも目立っていた城の近くへと到達する。
「此処から城の敷地かな。兵士の数が一気に増えた」
「うん、そうみたいだね。見張りが厳重……別に堂々としても良さそうだけど……どうする?」
「そうだな……。一応俺たちの特徴は国全体に伝わっているからな。まあそれはあくまで主力になんだけど」
「このお城が主力の物かどうかによるね」
現在ライたちが居る場所はあくまで城の近くというだけであり、城の敷地にも入ってはいない。観光客を装っているので大々的に行動は起こせないのである。
それは今までの街でも同じ事。城は権力者の所有物であるが、観光目的で城を見て回る者も居るので厳しい所でなければ基本的に見学は自由だ。
しかし城を見学するには身元の調査や敵国のスパイではないかの取り調べがある。この戦乱の世なのでそれも致し方無い事だが、侵略者のライたちは身分などがバレたら色々と不利益が生じる。なので観光客を装っているにも拘わらず身を隠し、見付からないようにやり過ごしているのである。
「さて、それでどうするんだ? このまま隠れていても意味が無いだろう。今まで通り兵士達の目を盗んで城に潜入でもするか?」
「ま、それが一番手っ取り早いしな。そうするか」
行動は決まった。それは何時も通りの潜入である。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は物陰に隠れながら移動し、瞬く間に城の元へと近付いて行く。
「……? 突風か?」
「どうした?」
「いや、何かが……」
「まさか……」
「可能性はあるな。警備をより厳しくするか」
高速で移動しているのでその余波は周りにも及ぶ。しかし範囲は最小限に抑えているので気付かれる心配も無いだろう。
そのままライたちは兵士を意に介さず進み、一気に城の門前へと到達した。
「……? 何か様子がおかしいな……」
そして物陰から城の様子を窺うライは、何らかの違和感を覚える。それが何なのかは分からないが、違和感があるのだ。
そしてその違和感の正体は、次の瞬間に気付く事となる。
「出てこい! 居るのだろう! 侵入者……いや、侵略者が!」
「……!」
それは、ライたちの存在が既に気付かれていた事からなるものだった。
ライたちは此処に来るまで気配を消していた。なので気付かれる訳が無い筈。ハッタリかとライたちはまだ姿を見せないが、構わず兵士は言葉を続ける。
「既にこの街の幹部によってお前達の存在は分かっている! お前達はこの"タラッタ・バシレウス"に入った瞬間から存在がバレていたのだ! 追跡すれば誰かに付けられていると気付かれる事から兵士は見張りに付けなかったが、お前達が気配を消した後も幹部はその存在を理解していた! 我々には分からぬ次元だが、おそらく誰かは居るのだろう!」
どうやらこの街に着いた瞬間気付かれていたらしい。そしてもう一つの情報、どうやら此処は幹部の居る街との事。そして兵士の言葉からハッタリという訳でも無さそうである。
それならばと、ライたちは観念して姿を現す事にした。
「分かったよ。じゃあ姿を見せる。これでいいか?」
兵士はライたちが居るのか分かっていない様子。確かに先程の警備兵も違和感は覚えている様子だったがライたちに気付きはしなかった。
しかしこの街に居るという幹部が気付いているなら隠れても意味は無い。故にライは言葉を発して姿を見せ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人もその後に続くよう姿を現したのだ。
「……! 本当に居たのか……流石は幹部様だ……!」
ライたちの姿を見やり、驚愕の表情を浮かべる兵士。その様子を見る限り本当にライたちの存在には気付いていなかったようだが、幹部とやらの助言に感心していた。
取り敢えずこうしていても話は進まない。なのでライは訊ねる。
「それで、此処からどうする? 侵略者の立場からして既に気付かれている以上、早速侵略行為を開始する事になりそうだけど」
訊ねたのは無論、覚悟の有無。ライたちが侵略者という事も理解している様子の兵士達。なので侵略者と戦う覚悟や意思はあるのかを訊ねたのだ。
それを聞いた兵士達は集まり、一糸乱れぬ統制の取れた動きで整列して腕を振り上げた。
「英雄、勇者様の子孫に敬礼!」
「「「はっ!」」」
「……はい?」
「……え……?」
「「「……?」」」
次に行った行動は、ライたちに。いや、レイに対する敬礼。
ライは思わず素っ頓狂な声が漏れ、レイは唖然とする。エマ、フォンセ、リヤンの三人も小首を傾げており、ライたちは全員が呆気に取られていた。
しかしそれもそうだろう。元々戦うつもりで来た街。ライたちの存在に気付いた事から主力が居るのは明確。既に戦闘の準備は万端だったのだが、この様な行動を取られたら動けなくなるのも当然だ。
これが罠や作戦という可能性もあるが、他人の嘘を見抜く力には長けているライたち。兵士の様子からしても本心という事は窺えられた。
「……わ、私!?」
それからレイが遅れて反応を示し、自身を指差して兵士達に訊ねる。対する兵士達は敬礼を解き、言葉を続けた。
「はっ! 数千年前"アヴニール・タラッタ"と此処、"タラッタ・バシレウス"は姉妹都市として繁栄しておりました!」
「しかし怪物の暴走によって"アヴニール・タラッタ"は壊滅。だが一度はアナタ様のご先祖であらせられる勇者様の手によって救われているのです!」
「故に、我ら"タラッタ・バシレウス"の兵士達はアナタ方が何をしていようと、勇者様の子孫である子孫様は手厚く迎えようと考えた次第です!」
曰く、ライたちの予想通り"アヴニール・タラッタ"と"タラッタ・バシレウス"は姉妹都市であり、数千年前に勇者によって救われた恩から歓迎するとの事。
しかし既に"アヴニール・タラッタ"は消滅した筈。もしかしたらと、ライは兵士達に訊ねた。
「ええと、アンタらに質問をしたいんだけど……良いかな?」
「アナタは子孫様のお仲間ですね。構いません。どうぞ」
「ああ。んじゃ……数千年前の恩。普通に考えたら今は何も関係が無い筈。どうやら罠を張っている訳でもなく、本当に歓迎してくれている様子だ。その事から考えるに……アンタ達何人かの先祖ってもしかして"アヴニール・タラッタ"の出身か?」
「……!」
その言葉に反応を示す兵士。
そう、ライが推測したのは先祖が"アヴニール・タラッタ"出身だからこそレイを手厚く迎えているのではないかという事だった。
兵士達は頷いて返す。
「作用で御座います。街は住人と共に沈みましたが、何人かの住人や子供だけは逃がし、縁あって姉妹都市であるこの"タラッタ・バシレウス"に引き取られ、今現在子孫の我々が街を護る兵士をやっております」
つまり、レヴィアタンによって沈む事になった"アヴニール・タラッタ"だが、そこに住む者達の子供は避難して此処"タラッタ・バシレウス"に引き取られそこが故郷になったとの事。
その子孫であるが為に、レイに対する扱いが良いのだろう。
しかしそれとは別に、ライはもう一つ質問をする。
「……。何でアンタらはレイの事を勇者の子孫って知っていた? 名前は知らないみたいだけど、その情報は幹部クラスにも伝わっていない筈だ」
それは、レイが勇者の子孫である事を知っていた事柄に対して。
そう、レイが勇者の子孫である事はこの国の他の幹部達も知らなかったもの。推測などでバレた事はあるが、少なくともそれまでは気付かれていなかった。それもそうだろう。人間の国の支配者、ゼウスが敢えて教えなかったのだから。
「その事を知っているのは主力の中でもほんの一握りだ。故に、その一握りである我が伝えた」
その質問に返したのは、城の方から出てきた一人の人物。その様な現れ方をする者は決まって大物。今回に至ってはその者の言葉からしてこの国でもかなりの重要人物だろう。
故にライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は警戒を高めて構え直した。それと同時に兵士達が武器を掲げ、その者のトンネルを作るように整列して武器を持たぬ方の手で敬礼する。
「"ポセイドン"様! お疲れ様です!」
「……っ。まあ、海の街って時点で大まかな予想は出来ていたけどな……」
その名に、やっぱりなと苦笑を浮かべるライ。
──"ポセイドン"とは、ネプチューンとも呼ばれるオリュンポス十二神の一角にしてゼウスに次ぐ力を有する海神だ。
強大な力を誇るオリュンポスのNo.2であり、海神であるがそれと同時に大陸を支える陸地の神でもある。
その性格は荒ぶる海洋の如く粗野で狂暴とされ、傲慢な者達を罰する事が多々あったとされる。
地震や嵐を操る力を有しており、全物質を支配していると謂われている。
オリュンポス十二神のNo.2であり紛れもない最強の一角、海と陸を支配する海神、それがポセイドンだ。
「……人間の国の……No.2……! ポセイドン……!」
「如何にも。だが、だからこそそこに居る娘が勇者の子孫であるという事を知っている事情にも合点がいくだろう? 人間の国を騒がせる侵略者の一つよ。確かお前達は比較的穏健派だったな」
「何から何まで把握済みって訳か」
世界最強を謳われる人間の国にてNo.2の実力者、海神ポセイドン。おそらく全知のゼウスはライたちの先祖などについても知っている筈。しかし教えているのが本当にポセイドン並みの実力者のみなのだろう。
それなら人間の国にてNo.3だったハデスが知らなかったのはおかしいが、本当に一握り。ポセイドンにだけという線は考えにくいが、ポセイドンを除き身内にしか伝えられていない情報なのかもしれない。
確かにハデスの伝承とは少し違う性格を考えると、始めから詳細を知っている状態ではヴァイス達を撃退するに当たって苦労が生じた可能性もある。
既に素性知られているなら関係無いとライは言葉を続ける。
「それで、アンタはどうするんだ? さっきも戦いを挑もうとはしたけど、どうやらレイの存在からして兵士達に敵意は無い様子。それがあるからゼウスは俺たちの詳細を他の主力や街に教えなかったのかもしれない。まあそれはさておき、俺たちが侵略者って分かっている以上、放っては置けないだろ?」
「そうだな。まあ、お前達によって崩壊した街の情報は何度か聞いたが、死傷者の情報は無かった。出来ればこのまま何もせずに帰って欲しいものだが……どうだ?」
「断る」
即答だった。しかしそれも当たり前の事。元々ライたちには目的がある。その目的を果たさずに帰れと言うのは無理な相談だ。
ライはそれに返しつつ、気になった事を話す為に言葉を続ける。
「俺の目的からしてこのまま何もせずに帰ると言うのは飲めないからな。……まあそれは後で良いさ。そんな事より聞きたいんだけど、アンタは伝承とは随分と性格が違うみたいだな。粗野で狂暴。ゼウスから地位を奪おうとしたり結構荒い伝承がある筈だけど」
ライが気になったのはポセイドンの伝承について。
そう、ポセイドンは粗野で狂暴とされ、荒々しい伝承が多数存在している。にも拘わらずこの様な態度を見せる現在目の前に居るポセイドン。気になるのも当然だ。
対してそのポセイドンは言葉を続ける。
「その伝承は先代ポセイドーンだ。まあ、我としても罰などを与える事はある。祖先が世界を救った英雄だろうと世界の創造者だろうと何だろうと、国に仇なす者は見過ごせない。要するに、お前達の返答次第では伝承通りの姿を見せてやるつもりだ」
「成る程ね……。じゃ、もう返答はした。意見は決まったのか?」
「フム、そうだな……」
腕を組み、わざとらしく呟くポセイドン。周りには緊張が走り、レイたちと兵士達は行く末を見守る。
世界最強人間の国のNo.2を前に一触即発の緊迫した状況。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は文字通り世界最強の幹部を前に、息を飲むのだった。