八百六十五話 夢の記憶
「はぁ……はぁ……」
「フム……」
色も何も無い世界で、肩で息をする勇者ノヴァ・ミールと空中に浮かんでいるかのようなソール・ゴッドが居た。ふむ、久し振りの夢だな。
靄が掛かっているように見えないけど二人は向かい合って構えているみたい。
互いに疲弊しているようだな。まあ、一挙一動で宇宙破壊規模の技が放たれる戦い。どれくらいやっていたのかは分からないが、それも当然か。
けど……勇者に比べて先祖はあまり疲れていないみたい……。やっぱり治癒能力もあるのかな……。
「ハッ、ズルいな。本当に。即死クラスの技も効かないのか……!」
「当然だろう。我は全能たる神。お主の攻撃を全て模倣出来れば、お主の攻撃を全て無効化出来る。お主の打ち破ったヴェリテ・エラトマはあくまで異能の無効化に長けている存在。我は完全に上位の存在だ。ヴェリテ・エラトマの所業も、ノヴァ・ミールの所業も全てを行う事が出来るのだからな!」
「またキャラ作っているな……けど、その言葉に嘘偽りは無いみたいだ。だからと言ってそれが俺の敗因にはならないんだけどな……!」
神の言葉に返し、勇者は剣を構えて駆け出した。その姿は俺にも見えない。気付いた瞬間に二人は鬩ぎ合っている感覚だ。
凄い戦い……。血を引いている私もそのうちあの領域に辿り着けるのかな……。無理っぽいけど……。
神と勇者。私の先祖が下に見られているのは少し気に障るな。まあ、立場的には仕方無いのかもしれないが。
一見すると互角の戦い……。もう暫く続きそうだけど……。
「これで……終わりだァ━━━━ッ!!!」
勇者が剣を振るった。
その瞬間、神様は言葉を言い放った。
「……ッ! 見事だ……勇者ノヴァ・ミールよ……! よくぞ我を打ち破った……!」
それと同時に光のような何かが消え去り、
私の先祖は地に伏せた。
「…………」
どうやら既に終盤だったみたいだ。どんな戦いが行われていたのか分からなかったが、決着が付いたらしい。
だけど、ご先祖の様子。何処か腑に落ちないような、そんな感覚……。なんだろう?
……。何かあるな。あの一連、私も見えなかったがその戦いで何を言われたのか。
私の先祖が消え掛けている……。けど……何処か満足そう……。元々暇潰しが目的だったからかな……?
「……ハッ、アンタ程の者がただでやられる訳ないよな。……それにさっきの話──俺が此処に残れば問題無いんだな?」
「ああ。それは保証しよう。しかし、良い暇潰しだった」
あの鬩ぎ合いの最中で何があったのか、勇者が聖域に残る方向で話が続いていた。
ご先祖……一体何を話していたんだろう。絵本や御伽噺通りなら──"しかし神が亡き世界、それでは秩序が乱れてしまいます。
それを駄目だと考えた勇者は、責任を取る事も兼ねて自らが神と成り、愛する家族の元に戻る事をせずに永久にその場に留まる事にしました。"──……という事だけど、具体的に言うと秩序が乱れるって何なんだろう……。
確かに勇者は聖域に残る。御伽噺でもそう書かれていた。しかし、それなら誰がこの話を伝えたんだ?
私の先祖は消えて……勇者は聖域に残る……? そんな勇者は更に言葉を続ける……。
「そうか。……まあ、スピカにソル、ルナ、ティエラの元に戻れなくなるのは心の底から嫌だけど……アンタがこの状態なら仕方無い事だったのか。……それとこれとは別件で、暇潰しでこの世界を終わらせようとしたのは事実みたいだけどな」
「ふふ、もう駄目と分かっていると最期に巻き込んで全てを終わらせたくなるのさ。だが、もう満足だ。最後の一撃、かなり効いた」
「そうだろうな。アンタの神格と存在も含めて全てを切り捨てた。それでも此処に残れているのはアンタと聖域の力が強大だからだろうさ。けど、それももう終わる」
さらっととんでもない事を言っているが、神格と存在。概念を斬れるのか……いや、まあ魔王の力もそれは出来るけど。それに、神に何かあったみたいだ。
何があったのかは分からない。乱れる秩序が何かも分からないから当然だよね。
しかし、暇潰しは七割方本当のようだが、何か和解しているようにも見えるな……。
確実に良い人じゃない……。けど……私の先祖は純粋な悪人って訳でも無かったのかな……そうあって欲しいけど……。
「だが、時間はまだある。人類滅亡とか世界滅亡とか、この世の不利益になる事以外でやり残した事があるならやって来ると良いさ。どうせもう常人並みの身体能力と後一回何かが出来るかどうかの力しか残っていないんだからな」
「そうだな。さて、そろそろキャラを作るのは止めるとするか。我のやり残した事……何だろうな……取り敢えず長い事現世には行っていなかったな。聖域から抜け出してみるか」
「一人称は我のままなのか。まあいいや。現世に行くなら……コレ。俺の剣を……──"模倣"! 現世に持っていってくれ。一応念の為にこのレプリカは俺が持つとして、俺が居た証くらいは残しておきたいからな。本物は現世の……スピカたちの元に送ってくれ。この聖域からは全世界を見渡せる。俺の家も分かるだろ?」
「……。地味に厄介な事を押し付けてくれるな。我の所為でお前は此処に残るのだぞ。何を言われるか……」
「いや、神のアンタがそれを恐れてどうするよ。まあ、俺も怒ったスピカには歯が立たないんだけどな。……取り敢えず頼んだ。ファイト!」
「無責任だな。おそらくこの宇宙で最強になったお前すら敵わぬ相手を我に任せるか」
「ハハ。戦った好だ。固い事言うなよ」
「……まあ、致し方無いか。責任は我にも一割程あるからな」
何だか勇者と神、ノヴァ・ミールとソール・ゴッドの二人が和やかに話している。あの一瞬の鬩ぎ合いで何があったんだよ……本当に。
仲が良さそうなのは良かったけど、逆に謎が増えちゃったな……。私も何れ聖域に行く事があるなら、そこにご先祖が居るなら、その時に分かるかな。
……。これが勇者の強さかもしれないな。魔王にも認められ、神にも認められる。当時は世界最強じゃなかったただの人間で此処までとはな。
それならスピカさん……。私の先祖に会っていたんだ……。伝承を伝えたのはスピカさんなのかな……。
「それで、報告した後だけど、何をするつもりだ? 常人並みの身体能力と最後に何かの能力を使ったら消え去ってしまう程に微かな力……出来る事は本当に限られている」
「そうだな……ふっ、せめてもの我の存在の証明……この力では時間の調整は出来ないが、何れ来るという予言と共に何年、何十年、何百年に何千年……その先に我の血族を残すとするか。……なあ、勇者ノヴァ・ミールよ。知っているか? "フロマ家"という名を。そこの家系は古来より神に仕えていたのだ。我の残り少ないこの力で我の血族を生み出すのはただの常人相手では無理だが、そのフロマ家ならもしかするかもしれない。……やり残した事は、我の血を残してみたいな。一時も血族と共に居られないのは思うところもあるが、血縁という存在を残してみるのも面白そうだ」
……! "フロマ家"!? 神に仕えていた家系だって!? まさか、もしかしたらリヤンの出生は……!
この時に決まっていたの……!? 力が少ないから、神様が居なくなってから数千年後の現在に……!?
ふむ……初耳だ……まさかリヤンの出生にそんな秘密があったとは……!
私……望まれた子供だったんだ……。神の……先祖のやり残した事が私の創造……。
「へえ。意外だな。アンタも家族が欲しいのか。ハハ、家族は良いもんだ。俺もほんの数年しか居られなかったけど、この聖域で永遠に残り続ける事になった心の拠り所はスピカやソル、ルナ、ティエラとの思い出になりそうだ。まあ、アンタと違って俺は家族や血縁者の今後を見守る事は出来るんだけどな」
「ふっ、主に感化されたのかもしれないな。戦いの最中で我が見たモノは主の家族……それによって悔いの残らぬ筈だった破滅の道に心残りが生まれてしまった。罪深き男よ」
「そうか。それは良かったよ。これから世界は平和になる……戦争はまだまだ消えないかもしれないけど、何れこの世界を征服でもして全てを終わらせる存在が出てくるかもしれない。それを楽しみに待つさ。この聖域で永久にな」
「我にも主のような考えが出来れば良かったのかもしれぬな。……そろそろ時間だ。では、勇者の剣。しかと受け取った」
「ああ。ありがとう。神様」
──それと同時に、俺たちの意識が一気に遠退いた。
結局、神の身に何があったのかは分からなかったな……。けど、大きな収穫はあったかもしれない。
ご先祖様と神様。二人の邂逅は夢の中で、私たちに確かな記憶を残している……。
興味深い話だったな……戦闘自体は殆ど何が起こっていたのか見えなかったが……あらゆるモノのルーツを見た感覚だ。
あの後数千年を経て……私のお母さん……レーヴ・フロマに私が宿るのかな……。先祖の最期の力で私は生まれたんだ……。
──勇者と神の姿は吸い込まれるように消え行く。目覚め……これが夢なら、眠っているほんの数時間の出来事。それだけで私たちはこの世界の、お伽噺を見届けた。
何処か寂しく、虚しい夢の中。それを掻き消すような光が差し込み、俺は微睡みの中から覚醒した。
*****
「「…………」」
「「…………」」
次第に明ける微睡みの中からライ、レイ、フォンセ、リヤンの四人は目覚めた。
何時もは起きてすぐに朝の挨拶を交わすが、どうやら今回は普段と少し違うらしい。目が覚め、自然と三人の視線が一人に向く。
「リヤン……えーと……何て言うか……お、おはよう!」
「おはよー! リヤン!」
「……。挨拶……するぞ。リヤン……」
「……」
無論、それは夢の中でその出生を知ったリヤンに対して。
ライ、レイ、フォンセの三人は他の二人よりも先にリヤンへ挨拶を交わし、リヤンは何かを考えるように俯く。
「……。……ライ……レイ……フォンセ……おはよう……」
「「「……!」」」
俯いて数十秒、リヤンはニコリと笑って挨拶を返した。
ライたちはピクリと反応を示すが深くは探らず、リヤンの言葉に笑顔で返したその後、何時ものように外へと出た。
「ふふ、起きたか。おはよう。ライ、レイ、フォンセ、リヤン」
「ああ、おはよう。エマ」
「おはよー、エマ!」
「挨拶、ご苦労。エマ」
「……。おはよう……エマ……」
そして何時ものように見張りを兼任しつつ、木の上で寛いでいたエマが挨拶をした。
因みに今更だが、エマが木の上に居るのは基本的に日差しを避ける為である。高所だからこそ見張りやすく、生い茂る葉によって日光も遮断される。なので木の上に居るのだ。
そんなエマはライたちを見やり、眉を顰めて一言。
「……。その様子、何かあったみたいだな。また夢を見たのか?」
「「……!」」
「「……!」」
ライたちは普通に挨拶をしたつもりだったが、エマは即座にそれに気付いた。
それを聞いたライは苦笑を浮かべ、エマに向けて言葉を続ける。
「……。ハハ。早くもバレたか。元々隠すつもりはないけど。まあ、今回の夢は少し印象的だったからな。いや、今までも神話を体験している気分で印象的だったけど、今回は少し特別だ。今までより記憶に残る」
「ふふ。それは興味深い。それは早く聞いてみたいな。神妙な面持ちだったから陽気な夢では無さそうだが、本当に興味深い。早速準備をするか」
今回の夢は少し特殊。今現在生きているリヤンに関する事柄なのだから当然だ。
尤も、今現在に通じる事柄と言えば勇者や魔王、神の存在その物がそうであるが、それらとはまた少し意味合いの変わる事柄である。
それならばと、エマは木から飛び降り朝食の準備に取り掛かる。基本的に話し合いが行われるのは食事時。地域によってはマナーの悪い事だが、ライたちには関係無いだろう。
「じゃあ、俺も取り掛かるかな」
「あ、私も!」
「そうだな。寝起きだからまだあまり空腹感は無いが、一晩中夢を見ていた。身体はエネルギーを欲している筈だ」
「私も手伝う……」
エマに続くよう、ライ、レイ、フォンセ、リヤンの四人も朝食の準備に取り掛かる。現在は"ヒノモト"を出てから三日程経過していた。元々進んでいた道に高速で到達し、そこから三日間進んだという事である。
穏やかな夏の日の朝。勇者と神の決着を夢の中で見届けたライたちは、記憶に収め、寝起き数分。朝食を摂るのだった。