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八百六十話 記憶

『見たところ女剣士に女魔術師。魔術師の方は魔族か。魔族がこの街……いや、この国に居るのは珍しいな。それにしても周りが騒がしいな。戦争でもおこなっているのか?』


『人間の女に魔族の女か。整った顔をしていて腹が立つのう。丁度良い。この得も言えぬ違和感を振り払おう』


 レイとフォンセの姿を確認し、大天狗は二人と周囲の様子を冷静に分析。九尾の狐はいきなり殺意を剥き出しにしてきた。

 そんな一人と一匹を見やり、レイとフォンセは顔を見合わせて会話する。


「大天狗は分からないけど、九尾はまだ戦うつもりみたいだね……」


「その様だな。理由は心底下らないモノだが、おそらく顔云々(うんぬん)は口実。本筋は得も言えない違和感と言う部分だろうな」


 大天狗は、周囲とレイとフォンセの分析はしているが戦意はまだない様子。そうなると腹が立つという理由で襲おうとする九尾の狐だが、フォンセはおそらくそれは単なる口実だろうと推測していた。

 と言うのも、何らかの理由があってぬらりひょんの能力による影響がけていたとして、全ての記憶が抜け落ちている訳ではない筈。出会ってからの記憶が無くなっていても行動していた身体は覚えているモノだからだ。

 大天狗と九尾の狐がぬらりひょんに出会ってから何百年経過したのかは分からないが、その記憶が消えた事で逆に違和感を作り出しているのだろう。

 その違和感を払いたいのと、ぬらりひょんとの行動によってレイたちを敵と判断した身体の記憶。それらが相まり戦闘へと思考を移行しているのである。


『何を話しておる。主らを見ておると何故か無性に腹が立つ。纏めて消し去ってやろう……!』


 やはり完全に忘れた訳ではないようだ。レイとフォンセに何らかの意識が向いているのがその証拠である。九尾は何時ものように妖力の塊を九つの尾に集めて光球を生み出し、一気にそれらを放出した。


「攻撃方法は同じ。元々こういう攻め方だったのか?」


「どうなんだろう。けど、威力はあまり変わらないみたいだね」


『私も巻き込んでいる……が、既視感がある技だ。見た事の無いモノを見た事があるように錯覚するあの現象か? 私は疲労や心労などは無く、夢の内容をあまり覚えている方ではないのだがな』


 九つの尾から放たれた九つの光球を二人はかわし、大天狗は翼を広げて空へ飛び立った。

 大天狗の様子を見るに、デジャブのような感覚で断片的な記憶が残っているのかもしれない。

 そして次の瞬間、それらの妖力が爆発のような衝撃を上げて辺りが大きく揺らいだ。


『……。フム、我ながら威力が上がっておるの……。封じられていた筈だが、封じられている間に成長したのかの?』


 妖力の光球の爆発によって生じた粉塵の中で九尾の狐は小首を傾げて周りを見渡していた。

 そう、ぬらりひょん関連の記憶が無くなっている九尾は自分の実力を封じられるまでの範囲でしか知らない。故に百鬼夜行としての活動によって向上した能力の変化に戸惑っているのだろう。しかしその能力は扱えているのでそれによって弱体化する事は無さそうである。


「記憶が混濁こんだくしているようだな。自分の力を操れない訳ではないようだが、その力に慣れていた先程までの九尾には劣る」


「そうだね。まだ今の方が戦いやすいかも」


 記憶によって本来の実力を出せない九尾の狐。それは二人にとって都合が良い。大天狗は分からないが、九尾の狐は戦う気がある。だからこそ戦いやすい現在の九尾は都合の良い存在という事である。

 レイとフォンセは九尾に向き直り、大天狗は依然として空を舞っていた。


『広範囲の爆発。通常の爆発とは違い、対象を消滅させるモノか。やはり九尾の実力は確かな様子。しかし本人は困惑しているな』


 大天狗はとことん分析を続ける。分析に次ぐ分析で欠けている記憶の部分を補っていた。

 それは意図的なモノではなく、熟練の大天狗だからこそ意識せずにその様な行動を起こしているのだろう。その一方で向き直ったレイとフォンセは大天狗を余所に九尾へ向けて駆け出した。


「取り敢えず九尾の相手はしなくてはならないようだな」


「うん。色々と思うところはあるけど、分かっているのは大天狗と九尾の記憶の喪失。そのうち九尾には戦闘意欲があるって事だね……!」


 やる事は一つ。戦う理由はもうほぼ無いも同義だが、九尾がその気なのでこの場を離れるにも離れられない状況にあった。

 なので迫った二人は途中で分かれ、左右から九尾に向かう。


『フッ、意識を片方に向けようとしておるのか? 無駄じゃ。纏めて吹き飛ばすつもりだからの……!』


「やれやれ。本当に記憶を失っているのか。今までの九尾と全く同じじゃないか」


「アハハ……同一人物だからね。人かどうかはて置いて。……けど、記憶が無いって言ってもぬらりひょんと出会うまでの記憶は残っているみたいだから性格は逆に悪い方向に向かっているんじゃないかな」


 九尾が放つ無数の妖力の塊。レイとフォンセはそれを避けながら軽く会話する。

 左右から攻めると言っても二人の距離は数十メートル程。爆発の中を次々と交差するように進んでいるので会話をする距離にも近寄れているのだ。

 その内容は九尾の記憶と性格について。記憶を失う前とあまり変わっていないようにも見える九尾だが、レイが言うように消えたのはあくまでぬらりひょんに関する記憶なので本人の性格が変わらないのは確かに当然かもしれない。

 そんな事を話ながら進んだ二人は九尾の側に来ており、レイは勇者の剣。フォンセは手に魔力を纏ってけしかけた。


『フム……女剣士は分かるが、何故なにゆえ魔術師の主が直接攻めるんじゃ? 普通は遠距離からのサポートなどがメインと思うがの』


「ふふ、私は両刀使い。魔術は大前提。武術もある程度使えるのさ」


「そうだったっけ……?」


 九尾は妖力の壁を展開してそれらを防ぎ、魔術師にも拘わらず自ら攻めて来たフォンセに向けて訊ねる。

 曰く、フォンセは武術も心得ているとの事。しかしそれは当然ハッタリ。それを理解しているレイは小さくツッコミを入れつつ、二人で九尾の貼った壁を砕いた。


『む? 破られてしまったの。しかし、やはりわらわの妖力がより高まっておる。この力……試してみればこの違和感を取り除けるやもしれぬな』


「「……!」」


 壁を砕かれた瞬間に九尾は跳躍して飛び退き、下方へ光球を放って牽制。自身の力を確かめるべく、更に妖力を高めてけしかけた。


『ハァ!』


「試すって……また妖力の塊……」

「一番効率的な技なのだろうな」


 九尾の技は幾度と無く目にした妖力による光球の爆発。芸の無い者と思われるかもしれないが、フォンセの言うように一番効率的な力なのだろう。一撃で広範囲に及び、対象を消滅させる。余計な小細工や手間を必要とせず、ただ妖力を放てば良いだけのこの術は重宝しているのだろう。


「けど、確かに厄介かもしれないね……! 私たちは避けられるからあまり危険な感じじゃないけど、広範囲が消し飛ぶだけで街の被害が大きい……!」


「ああ。九尾が封じられた記憶が新しいだろうから、この街に対する容赦の無さなら先程以上だ」


 妖力の光球は避けられない事は無いが、辺り及ぶ被害が厄介なところ。

 今の九尾はぬらりひょんに会う前の状態だからこそ封印された国に近い景観のこの街は敵視しているかもしれない。そうでなくてもフォンセの言うように容赦の無さは先程以上。このままでは街が持たないのでレイとフォンセは飛び退いた九尾の眼前に迫った。


「だから貴女を斬る!」

「私はどうしようか。まあ、これで良いか。"ファイア"!」

『……!』


 一歩踏み込み、勇者の剣を振り下ろすレイ。フォンセはどんな魔術で行くか考えていたが、一先ず攻撃方法として無難な炎魔術を放った。

 それらを目の当たりにした九尾は今一度飛び退いてかわし、九つの尾に妖力を込めた。


『吹き飛べ!』

「またそれか。"土の壁(ランド・ウォール)"!」

「一番使用頻度が高いね……!」


 そして放たれた妖力の塊をフォンセは土魔術からなる壁で防ぎ、レイは勇者の剣で斬り伏せて消滅させた。

 それによって生じた余波が辺りに広がり、レイとフォンセの髪を揺らす。この様に余波や余風だけでも何らかの影響は及ぶ妖力の放出。重宝するのも頷ける。


『カッ!』


 そこから続くように更なる連撃をけしかける。レイとフォンセはそれも防ぐが、まだまだ放たれ連続するように爆発が巻き起こる。


「滅茶苦茶だね……」

「普通に戦うより厄介かもしれないな……」


 今の攻撃自体は大した事が無い。それでも山くらいなら吹き飛ばせたのだろうが、二人が防いだ事も相まって範囲は抑えられた。しかし、九尾の純粋な実力は記憶が無くなる前の方が上だったが見境無さが加わった事である意味先程よりも厄介だった。


「九尾に大天狗……周りの妖怪達にも少しずつ影響が出てきているようだな」


「うん……けどそうなると……もう一人の幹部……酒呑童子も気が付いたら此処に来るかも……」


「有り得るな。……まあ、記憶があってもそれは変わらない筈だ。そして……もしかしたらもう既に来ているかもしれない」


 それを告げたその直後、タイミング良くレイとフォンセの前を斬撃が横切った。

 斬撃が大地を切り裂くと同時に九尾の妖力の塊も破裂し、辺りは粉塵に包まれた。


「噂をすればなんとやら……って奴か」

「タイミング良く都合の良い事が起こる……これもフォンセの能力かもね」

「そうかもしれないな」


『何となく刀を振ってしまったが……何故我は負傷している?』


 背中合わせになり、レイとフォンセは九尾とたった今来た存在──酒呑童子しゅてんどうじに向き直る。

 これがフォンセも宿す魔王の力の所為かどうか分からないが、当の酒呑童子は成り行きで刀を振るったらしく、何故自分が此処に居るのかも分からないようだ。


「けど、あの傷でもうこんなに動けるなんて……やっぱり酒呑童子はかなりの実力者なんだね……」


「鬼だからただ単にタフなだけかもしれないが、その理由だけでも十分に主力としての役割を果たせるだろうな」


 改めて酒呑童子の様子を窺うレイとフォンセだが、自分が片を付けたからこそレイはその傷で普通に行動している酒呑童子を見て素直に驚く。驚愕とまではいかないが、ほんの数十分前の出来事だからこそ驚きはフォンセよりあった。


『……。フム、まあいい。見たところ争っているのは九尾と女剣士……後は……触媒無しで魔力からなる壁を貼っているのを見ると魔術師か。空に舞う天狗は大天狗……大物がつどっているようだな』


 不意討ちのように仕掛けた事と自身が負傷している事は一先ずて置き、酒呑童子は周りの様子を見て戦力を確認していた。

 特徴的な大天狗や九尾は良いとして、少ない情報からレイたちの役職を理解して刀を構え直し、更に言葉を続ける。


『色々と気になる事はあるが、何とも言えない違和感があるな。記憶が霞んでいるような感覚……傷によるモノか分からないが、ボーッとする。そして九尾や大天狗ではなく、そこに居る女二人と戦わなくてはならないような感覚だ』


 先程の一撃からも分かるように、どうやら酒呑童子も戦う方向で進めるらしい。

 レイとフォンセは背中合わせのまま警戒を高め、互いの背部の温もりをしかと感じ取り、互いの気配を失わぬように集中する。


「やっぱり、直前まで戦闘が行われていたって言うのはうっすらと分かっているのかもしれないね……」


「ああ。不自然なまでに戦闘へ移行する傾向にあるのは記憶の手懸かりを探るには戦うのが一番手っ取り早いと無意識下で判断しているのかもな」


 記憶が無いにもかかわらず、大天狗を除いて戦闘を行うつもりなのは不自然。何も戦う理由が無いのだから当然だ。

 しかし九尾や酒呑童子の様子を見るに、戦う事で何かを掴もうとしているのはうかがえられた。

 戦う理由の無い記憶を求めた戦闘は、九尾の狐と酒呑童子をレイとフォンセが相手取る事で続こうとしていた。

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