八十五話 vsベヒモス
「"炎"!!」
「"水"!!」
「"風"!!」
「"土"!!」
魔法使いと魔術師が放出する、"炎"・"水"・"風"・"土"の四大エレメントがベヒモスに向かって突き進む。
空気を焦がす轟炎、全てを沈める轟水、建物を吹き飛ばす強風、地殻変動を起こす大地。その数十人の魔法・魔術が全てベヒモスへ降り注ぐ。
『グルオオオォォォォォッ!!!』
「……ッ!」
「……やはり……我々じゃ……!」
そしてベヒモスは身体を少しだけ動かし、その全てを意図も簡単に一蹴してしまった。
身体能力が高まりつつあるライも魔王の力を使わなくてはダメージを通せなかったのだ。
通常よりも能力が高いだけの魔法使い・魔術師ではどうする事も出来ないだろう。
「……"炎の雨"……!」
『……グルァ!?』
──一人を除いて。
その一人、幹部の側近であるナールが放った炎の雨。それによってベヒモスの身体はたちまち燃え上がった。
それでもベヒモスに殆どダメージは無いだろうが、今からナールが行おうとしている事にそれは十分な説得力を生み出すことだろう。そう、その事──
「貴様らァ! 何をぼやっとしている! 俺が放った炎の雨! これであの怪物は怯んだ! あとは風で炎を煽って火力を上げるか、炎をぶつけて畳み掛けろ!! そして! 土魔術と水魔術を組み合わせ、奴の身体から自由を奪え! 足元を狙えばあの巨体なら軽く滑ってくれる筈だ!」
──"タウィーザ・バラド"の兵士達に向けた指示だ。目の前で燃え上がるベヒモスの身体。あの巨躯を燃やす程の炎。それを見れば、勝てるかもしれないという希望も見えてくるだろう。ナールはより効率的にベヒモスを倒す算段を作り上げる。
「そうだァ!! ナール様の作戦に乗れェ!!」
「「「「「オオォォォッッッ!!!」」」」」
一人がナールの言葉を仰ぎ、他の者達も賛同する。そしてその者達はナールの言葉通りの作戦を遂行した。
「……へえ? やるじゃん。あのナールって人……(じゃ、俺たちも追撃するか)」
【おう!】
それを見ていたライも動き出す。ナールを含めた兵士達の行いには感心していたが、それでも自分の力じゃなくてはベヒモスを倒せないと確信していたからだ。
「ほら……! 炎に気を取られてんじゃねえぞ……! ベヒモス!!」
『……!!』
大地を踏み砕いて跳躍し、跳躍した勢いのままベヒモスの腹部へ魔王を纏った拳を突き刺すライ。それを受けたベヒモスは苦悶の表情を浮かべて吐血する。
「畳み掛けろォ!!」
そして、怯んだベヒモス目掛けて魔法使いと魔術師が一斉に魔法・魔術を放つ。
この者達はベヒモスの近くにライが居る事に気付いているのか分からないが、ベヒモスが怯んだのは見て分かったようだ。
『グルアアアァァァァァッ!!!』
あらゆる魔法・魔術、そして側近の炎と魔王の攻撃を受けたベヒモスは確かな傷を負い、堪らず膝? を着く。
「よぉーし! 良い調子だ! このまま攻めれば……勝てるかもしれな……ガッ!?」
──その刹那、ベヒモスへ攻撃を続けていた一人の兵士が……『何かに貫かれた』。
『グルォォ……』
「……ガハッ……!」
──ベヒモスの尾だ。
ベヒモスの尾は数百メートル離れた場所から攻撃を仕掛けていた兵士に突き刺さった。それは槍に貫かれたのと同義だろう。
五臓六腑を貫かれた兵士は吐血し、上半身と下半身が別れてしまうと錯覚する程の出血をする。
だが、上半身と下半身がくっ付いていたとしても助からない可能性が高い。運良く助かったとしてもあらゆる障害が残ってしまうだろう。まあ、それを治す術もあるだろうが。
そして、突き刺された兵士が居たその場所は今のベヒモスでは届かないような場所だった。だが、その攻撃が届いたという事はつまり『ベヒモスが更に巨大化した』という事である。
五臓六腑を突き刺された兵士は箒から落ち、地面に落下した。
「オイッ! 大丈……ガッ……!?」
「……ッ!」
「────ッ!」
そして、その兵士を助けようと入った者達にも杉のような、鉄のような尾が突き刺さる。それを例えるなら、"残酷な串肉団子"という表現が似合うモノだった。
『グオオオォォォォォッ!!!』
ベヒモスはその尾を振り、兵士達を数キロ離れた建物に叩き付ける。兵士を叩き付けられた建物は粉砕し、瓦礫と化して辺りへ降り注ぐ。
兵士達が魔族じゃなければ粉微塵のミンチ肉になっていた筈だ。辺りには生々しい血痕が広がる。
「オイッ!! 彼処には住人がッ……!!」
「何だと!?」
「ヤバい! ならば直ぐそこへ……!!」
その建物の付近は住人が避難していた場所で、そこが崩された兵士達は慌てて住人を救助しに向かう。
そして、『住人を避難させていた建物』という事は、その建物は安全を確保できるという事。つまり──『"タウィーザ・バラド"では一番頑丈な建物』という事だった。
その防壁を容易く砕かれた"タウィーザ・バラド"の兵士達の心情は穏やかな筈が無かった。
「……ッ! くそッ!! 住人が……!!」
ナールも慌てて住人の救助へと向かう。その場にはまだ兵士達が居たが、突然の出来事に全員が呆然としていた。
それもその筈。住人達が避難しており安全だった筈の建物が、いとも簡単に粉砕されたのだから。
「……! さっさと倒すべきだったか……!!」
その出来事は全て一瞬で起こったものである。ライは思考を回転させるよりも先に、これ以上被害を増やさぬようベヒモス討伐へ向かう。
「ベヒモス!!」
石畳の大地を踏み砕き、第三宇宙速度を遥かに超越した雷速でベヒモスの元へ突撃するライ。
ライはソニックブームを巻き起こし、空中にて更に加速しベヒモスへと直進する。
「オ────ラァッ!!!」
『……!!』
次の瞬間ライはベヒモスに激突し、まるで金属がへし折れるかのような音を出しつつライはベヒモスの身体を貫通した。
『グオオオォォォォォッ!!!』
「……ッ!!」
しかし、ベヒモスは雷速で貫かれたにも拘わらずライへ杉のような鋼鉄の尾を振り回してぶつける。
ライは少し吐血したが物理耐性を身に付けつつある身体にはほぼ無効だった。
【……お前の表面は頑丈になりつつあるが……振動によって内部を刺激されちゃまだ完全には防げねェか……】
(……何がだ……? ……心当たりがあるとすりゃ……前に言ってたお前以上の素質ってやつか……?)
【ああ、それに近い事だがな……。まだ完全には気付いちゃいねェか……まあ、今は気にする事も無いだろうよ】
家を数百戸、高い建造物を数百棟貫通したライは数百キロ程離れている場所にある建物に埋まっていた。
そして魔王(元)が意味深な事を言うが、ライはまだ完全に気付いているという訳では無い様子だ。
ライの身体はいつぞやの"レイル・マディーナ"の時にザラームの斬撃を防いでからある程度成長しており、全ての物理耐性を得るのも時間の問題だった。が、ライはその事をまだ理解しきれていないのだ。
(まあ、お前は言葉を濁していたが……要するに俺には何かの力があるって事だよな? ……その何かが分からないけど……今はベヒモス優先だ……!)
【ハッ! それには同感だ!】
それだけ交わし、ライは埋まっていた建物を砕いて抜け出したあと"音速(秒速340m)"・"第一宇宙速度(秒速7.9㎞)"・"第二宇宙速度(秒速11.2㎞)"・"第三宇宙速度(秒速16.7㎞)"・"雷速(秒速150~200㎞)"と、どんどん加速して行くのだった。
*****
ベヒモスは依然として巨大化しつつ"タウィーザ・バラド"の兵士達を吹き飛ばしていた。
「クッ……! このままでは我々の戦力が欠けていくばかりだ……!」
「い、一体……一体どうすれば……!」
兵士達は魔法・魔術で何とか応戦しようとしているが、完全復活しつつある今のベヒモスにそんな魔法が効く筈も無く。無情ながら一方的に狩られるのみだった。
「ふう……情けない奴等だ……」
「「「…………!」」」
そして、ベヒモスに狩られつつある兵士達は幹部やその側近、他の仲間達とは違う声が聞こえた方を振り向く。
そこには傘をクルクルと回している金髪の幼い少女が立っていた。
「な、何だ貴様は!! 情けないだと!? その言葉はあの怪物にやられた仲間達に言ったのと同じだッ!!」
「そうだ! 仲間を侮辱するのは許さんぞ!!」
兵士達は次々とその声の主。傘を持っている幼い少女──エマに向けて文句を言う。
それを聞いたエマはハァと呆れたような表情をし、兵士達へ言葉を続ける。
「誰も侮辱はしていないさ……。それに、許せないのは私じゃなくてあの怪物だろう? 行かぬなら……私が行こうか?」
「「「…………え?」」」
兵士達の言葉を横に、エマは姿を消した。
兵士達から見れば、それは幻覚だったかのように錯覚するだろう。目の前に現れた幼き少女が突然姿を消したのだから。
「さて……先ずは環境を創るか……」
そして、ベヒモスの上に移動していたエマは天に掌を翳し、天候を操って太陽の光を隠す。
「……! 何だ……急に天気が……」
「不穏だな……怪物が現れた事と何か関係があるかもしれない……!」
「ああ、警戒するに越した事は無いな……!」
兵士達は天候の変化も怪物、ベヒモスの所為だと考え、警戒を高める。だがそれならばエマ的にもその方が邪魔が入りにくい。なので逆に都合が良かった。
「ふふ……さあベヒモスよ……お前の一番柔らかい場所は何処だ……? お前の血や精気を吸えばそれなりの力を得る事が出来るやもしれぬ……」
エマは暴れ続けるベヒモスの上を優雅に歩き、ベヒモスの身体を調べていた。
ベヒモスの"骨"は鉄のような強度を誇り、ヴァンパイアの歯でも貫くのは少々骨の折れる作業になるだろう。
なのでエマは骨が少ない箇所を探し、そこへ牙を突き立てようと考えているのだ。
「……ふむ……。此処なんか良いんじゃないか……?」
そしてエマはベヒモスの横に移動し、ベヒモスの脇腹に立っていた。通常ならば立つ事が出来ず重力に伴って落下してしまう場所である。
どうやっているのかというと、足の爪を立てて落下しないように立っているのだ。
「やはり腹部は肉質が柔らかそうだな……。ふふ……少し不味そうだが……頂くとしようか……何故か穴が開いているが……」
エマは見た感じの感想を言いながらベヒモスの腹部に牙を突き立て、皮膚を噛み千切って血液を啜る。
「……ん……んむ……っ……ふ……。……少し……量が多いかもな……。それに味も濃い……。流石は伝説の生物という訳だ……」
血を吸い終え、口元を拭いてペロリと舌舐めずりするエマ。
ベヒモスの血液は多く、ヴァンパイアのエマにとっては御馳走とも言えた。が、多過ぎる御馳走は果たして御馳走と言えるのか怪しいものである。
「……まあ良い。久々に血を吸えたんだ……その血がこの味と濃さなら上々だろう……」
ベヒモスの血を吸い終えたエマはベヒモスの脇腹から移動し、頭? の上に立つ。
そしてエマは──
「さて……一仕事……するか……!」
『……ギギャァ!!?』
──刹那、ベヒモスの牙を……『片手で粉砕した』。
突然何かに牙を砕かれたベヒモスは困惑し、頭を上下左右に振ってその何か──エマを振り落とそうとする。
しかしそんな簡単に振り落とされるエマな筈が無く、エマはゆっくりと歩いてもう片方の牙へ向かい、
「ほれ……」
『グルォォ!?』
バキッという音と共にもう片方もの牙粉砕した。
一説でベヒモスの容姿はゾウ、カバ、サイと比喩される。エマはその、ゾウのような牙をエマは軽々と粉砕したのだ。
歯は骨とはまた違う物だが、元々歯は骨以上の強度を誇っているのでベヒモスの牙は鋼鉄以上の強度という事である。
それを軽々粉砕したとあったら、血を吸ったとはいえヴァンパイア。もとい、エマの怪力は凄まじいモノだろう。
「ふふ……やってるな……」
「やってるねー♪」
「「………………」」
そして、そこにやって来たのはフォンセにキュリテと、何故かぐったりとした様子のレイとリヤンだった。レイとリヤンの顔は青く、何も言わずに黙り込んでいた。
エマはそんな四人を一瞥し、フッと笑って言葉を発する。
「ああ、久々に血を吸えて力が滾っているよ……。久しい感覚だ。最後にこの感覚を得たのは……クラーケン……いや、キュリテの血を吸った時以来だな」
「もう! だから、私の血を軟体生物や巨大生物と同列にしないでよ! 可愛くないから!」
エマの言葉に頬を膨らませて返すキュリテ。キュリテはやはり女性。クラーケンやベヒモスのような決して見た目が華やかでは無い幻獣・魔物と同一視されるのが嫌なようだ。
「おっと……それはすまなかったな。……そして一つ質問だが……何故レイとリヤンはぐったりとしておるのだ?」
「あー……多分ベヒモスの所へ向かっている時に揺らし過ぎちゃったからねー。酔っちゃったんじゃない?」
普段から素早く行動をするという訳では無いレイとリヤン。
普通の人間であるレイと静かに暮らしていたリヤンは空を飛ぶ事や速く動く事に慣れていなかったのだろう。なので酔ってしまいぐったりとしているという事。
「成る程な……。まあ、此処はもうベヒモスの身体の上……キュリテに運ばれていた時よりも揺れるやも知れぬぞ?」
ふふ。と、悪戯っぽい笑みを浮かべてからかうようにレイとリヤンへ話すエマ。
ベヒモスはライやエマによるダメージを受け、苦痛の為に暴れている。なので普段よりも大きな揺れが身体を揺らすのだ。
「だ、大丈夫……酔いも……覚めてきたから……」
「う……うん……」
フラフラしながら剣に手を乗せるレイと深呼吸して自分を落ち着かせるリヤン。
何はともあれ、ライを除く全員が揃ったレイたちはベヒモスへ構える。
「取り敢えず、攻撃を仕掛けるのならばその箇所が重要だな……肉質が柔らかい場所ならある程度の攻撃が通る筈だ。まあ恐らく……この場に居る全員が鉄を破壊できるだろうけど……な!」
その言葉を筆頭に、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人は同時に動き出した。
比較的に物理攻撃をメインとするエマとレイは一ヶ所を集中狙いし、魔術・超能力を扱うフォンセ、リヤン、キュリテはベヒモスの身体全体への攻撃を仕掛ける。
「はぁッ!!」
「やぁッ!!」
先ずはエマの拳とレイの斬撃。それによってベヒモスの後背部? が抉れ出血が辺り一帯に飛び散る。
『ガ……ギャァ!?』
牙に続き後背部までダメージを負ったベヒモスは苦痛の声を上げた。巨大な身体を何者かに破壊されているのだ。それはベヒモスでなくとも苦痛だろう。
「"炎"!!」
「や、やぁ……!!」
「行っくよー!!」
それによって動きが止まっているベヒモスへ炎魔術を放つフォンセとリヤン。キュリテは"パイロキネシス"で更に火力を増加させた。
『ガルルァ!!』
大抵の生き物は炎に弱い、それはベヒモスも例外では無かった。
一般魔法使い・魔術師よりも魔力が高い幹部の部下達も炎を放っていたが、フォンセ、リヤン、キュリテの炎は魔族達を遥かに凌駕しているのだ。
通常以上の魔法・魔術が効かなくとも、更にその上を行く魔法・魔術は効果がある。
「何なんだ……次から次へ見た事の無い奴らが……!」
「俺たち……自分の街を護りきれていないんじゃないか……?」
「……ッ! 確かにな……悔しいが……部外者の方が俺たちよりも遥かに格上の魔術を扱っている……!」
ベヒモスを翻弄する五人。そんな五人を箒や魔術で浮遊する者達が眺めていた。者達はその実力差を犇々と感じたのかその場で留まっていた。
力の差は歴然。それを見れば、自らの危険を冒してまで仕掛けなくとも良いと思うのも仕方の無い事だろう。
「オイテメーらァ!! 何ボサっとしてんだ!! 仲間の仇を討つ為に行くぞォォォ!!」
「住民は安全な場所に避難させたわ! そこには側近四人の二人がいるから安心して! さっさとあのデカブツを倒すわよ!!」
「街を滅茶苦茶にされたんです! 私も戦いますよ!」
そんな動けずにいた兵士達へ指揮を出すのはナール。
後ろからはマイとアスワドも来ており、"タウィーザ・バラド"の戦力の中心が集まっていた。
「か、幹部様だ! 幹部様と側近の一人も手助けに来てくれたぞ!!」
「それに加え、どういう訳か強い五人とさっき吹き飛ばされた子供もいる……! 多分あの子供はピンピンしている筈だ……」
「勝てる……勝てるぞ……!」
「怪物に勝てるんだ!!」
幹部達も駆け付け、同胞を数人やられて戦意を喪失していた兵士達が再び動き出す。
先程から起こる出来事に左右され過ぎかもしれないが、見ているだけで死んでいくよりは良いだろう。
戦意を取り戻した兵士達と"タウィーザ・バラド"の幹部アスワドを交え、ベヒモスとの戦いは此方側が優位に成りつつある。