八百五十七話 激化
「さて、このまま隠れていても意味無いな。んじゃ、早速……」
ライは臨戦態勢に入り、軽く拳を鳴らして腰を低くする。それと同時に踏み込み、
「行くか……!」
『「「…………!」」』
『『……!』』
光の速度で加速した。
そんなライにいち早く反応を示したのは孫悟空、ぬらりひょん、山本五郎左衛門に大天狗と九尾の狐。それから少し遅れてユニコーンも反応しており、光の速度で加速するライは取り敢えず一度相対したので山本五郎左衛門の眼前に迫った。
「先ずはアンタだ! 山本五郎左衛門!」
「あの少年……! ……っ」
『『『……!?』』』
光の速度で拳を放ったライを刀で受け止め、次の瞬間に刀を粉砕する。同時に山本五郎左衛門はそのまま刀ごと吹き飛ばされた。
突然姿を現したライに周りの妖怪達は困惑しているようだが、その困惑は次の瞬間に打ち消される事となった。
「やあ!」
「"炎"!」
「はっ!」
「はあ……!」
「ハッ、温い温い!」
「天に帰りなさい!」
「ハッ、雑魚共が!」
「やれやれ。面倒だ」
物理的に。
ライに続くようレイ、エマ、フォンセ、リヤン、モバーレズ、アマテラス、ツクヨミ、スサノオが飛び出して嗾けた。
レイは鞘に収めた剣を振るい、フォンセは炎魔術を放ち、エマは力を抑えた天候の塊を放出する。リヤンは幻獣・魔物の力で順当に仕掛け、モバーレズは二刀流で切り捨てる。アマテラスは周りに引火しない炎の力を使って妖怪達を焼き尽くし、ツクヨミは流れるような剣技で切り裂き、スサノオは力任せに剣を振るう。
各々の個性を見せた部分が際立った攻撃によって妖怪達は吹き飛び、降り立った者たちに妖怪達全員の視線が集まった。
「来おったか。少年達よ」
『あの神々しい雰囲気……成る程。三貴神の揃い踏みか』
『そう言えば教えていなかったの。この街の神々がおるぞよ。いや、居るのは知っていたかの。それらが参戦しておるぞ』
『そうか。今分かった』
先ず反応を示したのはおそらくこの中では一番ライたちと付き合いの長い百鬼夜行。付き合いと言っても数ヵ月程度だが、それは捨て置く。
ぬらりひょんは来る事が分かっていたかのような面持ちで話しており、アマテラスたちの事を知らなかった大天狗には九尾が話す。
『これで数の差は完全に無くなったみたいだな。寧ろ此方が有利まである』
『というかその通りですよね。オーバーキルも良いところです』
現れたライたちを前に、孫悟空とユニコーンは心強さと同時に敵に同情が生まれる。
それもそうだろう。ライたちの実力を孫悟空とユニコーンはよく知っている。加えてアマテラスたちのような神々の存在。どんなに力が強く、勢力を伸ばしていたとしても妖怪でしかないぬらりひょん達や山本五郎左衛門達では荷が重過ぎる事だろう。
「いきなりで御座るな。作法も何も無い様子」
「ハッ、俺はアンタを数十分前に逃がしちまったからな。それが俺の意思かどうかは分からないけど、落とし前は付ける性格だ」
「大層立派な心掛けで御座るが、拙者からすればよい迷惑だ。しかしそれも致し方無いか」
そして反応を見せるよりも前に吹き飛ばされた山本五郎左衛門の元には既にライがおり、山本五郎左衛門は半ば呆れていた。
だが急に吹き飛ばされて刀も折られた事を怒らないのは寛大なのかもしれない。おそらくそれは筋が通っているからだろう。逃亡したのは紛れもない山本五郎左衛門自身。決着を付けずに此処に来たのである程度の攻撃は仕方無いと割り切っている可能性がある。山本五郎左衛門が武士としての筋を通しているという事だ。
「だが、反撃はさせて貰う」
「……!」
「……む? 思ったより飛ばぬか。まあ仕方無い」
しかしこのままやられる訳でもない山本五郎左衛門は刀の鞘でライの腹部を打ち付けて弾く。が、ライは少し後退るだけだった。例えるなら軽く押された程度。山本五郎左衛門は少し小首を傾げつつもライならそれも当然だろうと切り替え、距離を置いて根元から折れた刀を構え直す。
「そんな刀で戦えるのか?」
「戦えない事は無かろう。拙者にも妖力がある故に……!」
折れた刀に妖力を込め、紫色の刃を生み出して刀身を再現する山本五郎左衛門。同時に踏み込み、ライに向けて刀を突き立てた。
だがライは避けもせずに掌で刀を受け止め、そのまま剣尖を握って引き寄せ、山本五郎左衛門の腹部に蹴りを打ち付けた。
「……ッ! ガハッ……!」
蹴られた山本五郎左衛門は勢いよく吹き飛び、砂塵を舞い上げながら直進する。何とか妖力の刀を根のように地面へ張り巡らせて勢いを止めたが、確かなダメージはあったようだ。
それから遅れて吹き飛んだ軌跡の道が割れ、より一層大きな砂塵を舞い上げた。
「妖力の無効化……そう言えば主はその様な力が使えたな」
「そう言えばって、相対したのはついさっきだろ。もう忘れていたのか?」
「いや、定型文のようなものだ。そう言っていた方が油断を誘えるかもしれぬで御座ろう?」
「それを自分で言っちゃ駄目だろ」
ライの、というより魔王、もとい魔王(元)の異能を無効化する力。それによって妖力からなる刀も問題無くなったライは既に吹き飛ばした山本五郎左衛門の近くに来ており、当の山本五郎左衛門はさも忘れていたかのような口振りで話した。しかしそれも作戦だったのか分からないが、構わずライは拳を放つ。
「……!」
拳と身体が触れた瞬間に再び吹き飛び、妖怪達の群れを薙ぎ払う。しかし本気ではないにせよ二度も攻撃を受け、最初に居た場所から数キロしか離れていないのは流石だろう。
なのでライは吹き飛んだ山本五郎左衛門の背後に回り込み、
「さて、元の位置に戻すか」
「主、拙者の身体で遊んでおらんか?」
軽く小突いて吹き飛ばし、最初の位置へとその身体を戻した。
本気ではなく、山本五郎左衛門なら余裕で生き残れるような攻撃。それを用いて山本五郎左衛門の身体を動かすライにツッコミを入れるが、ライは笑って返した。
「ハハ。遊んでいないさ。アンタらは捕らえる予定だから、一先ず逃がさないように元の位置に戻しただけだ」
「逃げはせぬが、先程逃げた拙者が言っては説得力も何も無かろう。構わん」
逃げるつもりなど毛頭無い山本五郎左衛門だが、先程の事もあるのでこれ以上言及はせず、改めて構え直す。
「ライが動き出したね。私たちも行こう……!」
「ああ」
「そうだな」
「うん……」
「任せろ!」
「やりましょう……!」
「もう既にスサノオは行っているみたいだな」
「あ。……もう、勝手に……」
ライと山本五郎左衛門の攻防によって全主力の戦闘は開始された。ライに続くよう、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、モバーレズ、アマテラス、ツクヨミ、スサノオの九人は主力に向けて駆け出す。約一名は既に駆け出していた。
『ユニコーン。俺たちも負けてられねえぞ!』
『別に張り合わなくても……』
ライたちの行動に感化され、孫悟空とユニコーンも妖怪達の群れに切り込んで行く。孫悟空は如意金箍棒を振り回し、ユニコーンは角で貫き後ろ足で蹴り飛ばす。
より激化する戦闘。ぬらりひょん、大天狗、九尾もそれに続くよう嗾ける。
「儂らものんびりはしていられぬな」
『そうだな。敵の数は多い。まあ、純粋な数なら百鬼夜行が頭一つ抜けているが、一人一人の質で全てを補う事も可能な程の差だ』
『それどころか、一人の質だけで全世界とも渡り合えそうじゃの』
ぬらりひょんは消え去り、何処かへと仕掛ける。それに続き、大天狗は翼を広げて天へ。九尾は跳躍して地へ。同時に到達し、一人と一匹は妖力を込めた。
『焼き払ってくれる!』
『この街じゃ火を放つのは厳禁じゃからの』
そして放たれたのは灼熱の業火。大天狗は腕を振るって掌から炎を放ち、九尾の狐はその九つの尾を用いて火球を放つ。
放たれたそれらは瞬く間に広がりを見せ、百鬼夜行の味方が居ない場所を集中的に炎上させた。
「何という熱……これが大天狗と九尾の力ですか……!」
「あれくらいなら姉さんにも出来るんじゃないか?」
「確かにそうですけど……凄いモノは凄いので良いんじゃないですか?」
「その辺は適当なんだな。いつも」
その炎を見、冷や汗を掻いて話すアマテラスと冷静に話すツクヨミ。
確かにアマテラス程の実力者ならこの炎とは比にならない程の炎も出せるが、自分で放つのと他者が放つのでは少し変わるのだろう。実際威力は凄まじいので別に構わないのかもしれない。
「大天狗は私が……!」
「なら九尾は私がやろう!」
『次は女剣士か。不足はない』
『フム、魔族の娘。まあ良い。先程の続きと行こう……!』
そんな業火を切り裂くレイと水魔術で消し去ったフォンセが大天狗、九尾の元に迫り嗾ける。
一人と一匹は即座に構え直して二人に対応した。
「やあ!」
『フム』
「"炎"!」
『"狐火"!』
レイの剣と大天狗の刀が激突して衝撃波を散らし、フォンセの炎魔術と九尾の炎が衝突して炎の波を展開させる。
本来の狐火は他人を傷付ける事など出来ないのだが、この九尾の場合は少し特別なのだろう。おそらく九尾も意図的に燃やせる炎と燃やせない炎を使い分ける事が出来るのかもしれない。
それらの衝撃で辺りに居た妖怪達は吹き飛ばされ、自然と三人と一匹が鬩ぎ合う形が形成された。
「大物を取られてしまったな。協力しても良いが、レイたちの戦いに手出しをするかどうか。まあ、今までは協力していたがな。今回の百鬼夜行は少し別だ」
「うん……。周りの妖怪達を倒してサポートに回ろうかな……」
「ああ。その方が良さそうだな」
レイたちと大天狗達によって行われる戦闘。エマは手助けをする事も考えたが、今回の百鬼夜行は今までと少し違う感覚がある。なので野暮な真似はせず、リヤンの言うように周りの妖怪達を倒す方向で話していた。
「チッ、出遅れた。雑魚処理が関の山かよ!」
『『『……ッ!』』』
一方で出遅れたと悪態を吐くモバーレズが八つ当たり混じりで妖怪達を切り捨て、次々と打ち倒して行く。
どうやら此方に問題は無さそうだ。元々魔族の国の幹部。それも当然だろう。
「オイオイ。俺の相手が居ねえじゃねえかよ! もっと楽しませろ!」
『『『……ッ!』』』
そして三貴神の中でも即座に駆け出していたスサノオは天羽々斬を用いて周りの妖怪達を切り伏せており、自分の好敵手になりうる存在を探していた。此方も特に問題無さそうである。
「激しくなってきましたね……無益な殺傷は好ましくありませんけど、此処に居る妖怪達の何人が罪人なのでしょう……殺めるにしても選ばなくては……」
「姉さんのそう言うところ、夜を司る私よりも闇っぽいな」
「そうでしょうか? 私はただ、自分の信念に従っているだけなのですが……。いえ、命を奪っているのは事実。変に言い訳はしません」
アマテラスは周りの戦いを見ながら妖怪達を焼き、ツクヨミが若干引いた面持ちで会話する。
アマテラスはただ与えるべき罰を与えているだけらしいが、その言葉に対しての動きが一致していないので少し不気味なのだろう。しかし悪意がある訳ではなく慈悲もある。それが返って恐ろしい。味方で良かったという雰囲気だろう。
「……。そう言えば総大将の姿が見えねえな。よし、そいつを探すか」
妖怪達を一通り切り捨てたスサノオはふと周りを見渡し、主力達の中に総大将であるぬらりひょんが消えたまま出て来ないのを気に掛け、それならばとぬらりひょんを捜索する事にした。
そう、ぬらりひょんは行動に移る為に消えたまま居なくなったのだ。基本的に一対一で戦いたいスサノオはまだ誰とも戦っていない主力と戦いたいという事だろう。
「辺りは激化しているな。さて、今度はアンタを逃がすかどうか……。続きと行こうか?」
「フッ……魔王め……拙者よりも主の方が圧倒的に悪どいな……!」
「まあ、魔王とはよく言われるな。今回の戦闘は少し長く続けちゃったし、夜も明ける。そろそろ終わらせるか……」
「……! その力……!」
それだけ告げ、ライは魔王の力を片手に宿す。一割にも満たない程だが、その漆黒の気配から山本五郎左衛門も何かを感じ取ったようだ。
孫悟空、ユニコーンが織り成していた戦闘にライたちが加わる事で、激化し、戦局が変化するのだった。