八百五十三話 フォンセ、月と夜の神vs九尾の狐・決着
「どうやらお前の方がダメージは与えられているようだ。私はサポートに徹する事にするよ」
「そうか。分かった。君の実力をもう少し見てみたかったけど、また街を破壊されたら堪ったものじゃないからな」
ツクヨミの剣術。先程から九尾の狐にはかなり有効な様子のそれは、今回の戦闘に置いて重宝出来る。なのでフォンセはツクヨミにある程度を任せるとして、自分はサポート役に回る事にした。
そんなフォンセの状況判断能力にツクヨミは感嘆の意を示し、改めて九尾の狐に構え直す。
「奴が冷静になった今では役割分担が重要だからな。ただひたすら真っ直ぐ進むだけでも問題無いようなサポートを行うから後援は任せろ」
「頼もしいな。それなら遠慮無く攻められる……!」
フォンセの言葉に返したツクヨミは一歩踏み込み、刹那に光の速度へと達して九尾の狐に嗾ける。
その間にも妖力からなる無数の妨害は放たれるがその全てをフォンセが相殺し、光の速度で動いているにも拘わらず余計な破壊を起こしていないツクヨミは一瞬も経たずに九尾の眼前へと迫った。
『言ったであろう……同じ轍は踏まぬとな……!』
「……!」
しかしただでやられる九尾ではない。ツクヨミが駆け出した瞬間には既に妖力の壁を再び展開させており、九つの尾と合わせて九重構造の防壁で刀を防いだ。
それと同時に一本の尾を腹部に嗾け、突き刺すように吹き飛ばす。
「"風の緩衝材"。そして"回復"!」
「すまない!」
吹き飛ばされたツクヨミは飛び退くように後退して威力は弱めたが、それでもかなりの勢いがある。なのでフォンセは風の緩衝材を作り出して吹き飛んだツクヨミをキャッチし、そのまま傷を癒す。
九尾に迫る事を逆手に取られた攻撃は、流石のフォンセもサポートに回るには少し遅れが生じる。元より降り注ぐ妖力の塊を防ぎながらの行動なのでそれも仕方無いだろう。だからこそフォンセは吹き飛ばされた瞬間を狙って治癒などを施したのだ。
『フッ、まだまだ続くぞよ!』
「話している暇は全く無いな……!」
「ああ、その様だな……!」
それらのやり取りが行われていた瞬間、九尾は二人に向けて妖力で強化した尾を伸ばし、それを槍のように用いて嗾けた。
二人は見切って躱したが、先程まで二人の居た場所には槍の尾が地面に衝突して粉砕。大きな粉塵を舞い上げた。
「これくらいなら先程から避けている。構わず進め。全て防ぐ」
「ああ、頼んだ」
尾を槍のように用いた攻撃。それは既に何度か放たれているもの。なのでフォンセはツクヨミに指示を出し、ツクヨミは頷いて加速した。
光の速度で迫るツクヨミの位置を九尾は読み、そこに向けて無数の槍を放つ。しかしそれらは悉くフォンセの作り出した魔力の防壁によって防がれ、言われた通り構わずに直進するツクヨミが再び迫った。
『……っ。尾が足りるか……!?』
「はあ!」
尾は攻撃に使っているので九尾の元に残ったのは半数以下。先程と同様に尾を固めて自身を覆い、妖力の壁を展開させて防壁を生み出した。
それに向けてツクヨミは刀を振り下ろし、九尾の狐と拮抗する。しかしどうやら半数以下の尾でも大陸破壊規模でなければ砕けない妖力の壁と組み合わせる事で防げるらしい。不安が払われた九尾は得意になって言葉を続ける。
『フッ……フフ……ホホホ……いける、いけるぞ! これならまたカウンターを食らわせられる……!』
余裕で押し返せる訳ではないが、受け止め拮抗する事は可能。確かにこれなら先程のようなやり方で攻撃を防ぎつつ返り討ちにする事も可能だろう。
だが焦りを見せないツクヨミは軽く笑って一言。
「フッ、攻撃するだけなんだ。態々斬る必要も無いだろう?」
『……ッ!』
──次の刹那、九尾の狐は刀によって尾ごと吹き飛ばされた。
スピードだけがツクヨミの実力ではない。そもそも九尾の狐が展開した壁を斬り伏せる力を有しているのだ。なので当然、純粋な腕力もとてつもないモノがある。
吹き飛ばされた九尾は地面から砂塵を舞い上げながら進み、一つの丘に衝突して停止した。そのまま小さく唸りながら起き上がり、周りに妖力の壁を展開させて警戒を高める。
『人間離れした腕力よ……いや、この世界の人間はそのレベルの実力者も少なくなかったか……』
「フッ!」
『……っ! 来おったな!』
妖力の壁に光の速度で何かが当たる。それに気付いた九尾は尾を地面に立てて跳躍し、丘の上へと登った。
『此処は……墓地。いや、寺社か。こんな所まで飛ばされるとはの……』
「寺社か。此処で戦うのは少し気が引けるな。少ない余波でも辺りを巻き込んでしまう」
「寺社……?」
九尾の狐がぶつかった丘。そこは神々の社もある寺社だった。
寺や神社と呼ばれるが、その総称が寺社。此処には赤い門のような建物や規則的に並んだ石があり、独特の雰囲気を醸し出していた。
何がなんだかよく分からない様子のフォンセに向け、ツクヨミは軽く説明する。
「そうか。君は外からの旅人だったな。簡単に教えておこう。此処は寺社。私たち神々が住む場所で、天界と繋がっている。あの目立つ赤い建物は鳥居と言って現世と天界、神域を繋げる結界の役割を果たしている。そして立ち並ぶ石は墓石。つまり此処は墓地も兼ねているという事だ」
「成る程。天界へ通ずる道、結界、墓、様々な役割を担う重要な場所という事か」
「有り体に言えばそうだな。戦い難い理由が分かっただろう」
「そうだな。確かに戦い難そうだ。要するに神聖な場所という事だからな」
寺社についての説明を終えたツクヨミとある程度は理解したフォンセが九尾の狐に構え直す。どうやら九尾もツクヨミが行ったフォンセへの説明を待っていてくれたらしく、何事も無かったように言葉を続ける。
『ホホ……話は終わったようじゃな。それなら攻めても構わぬという事だろう?』
「ああ。と言うか、別に話している最中にでも攻めて来れば良かったものを。今回のお前は随分と優しいな」
『フン。なに、ただの気紛れじゃ。この街は妾にとって第二の故郷のようなもの。まあ、本来の故郷は妾が滅ぼしたんじゃが、それは捨て置く。故にこの街の文化を知って貰えるのは悪くない』
「そんな性格だったか? お前」
九尾の狐が待っていてくれた理由はこの街についてもっと知って欲しいからとの事。
しかし九尾が既に妖力の塊を形成している状況から、ただの時間稼ぎだったのか本当に待っていてくれたのかの真偽は定かではない。だが、向こうも変わらず戦る気があるようなのでそれは置いておく。
何はともあれ、フォンセとツクヨミ、九尾の狐の戦闘が再開された。
「取り敢えず、なるべく寺社は傷付けないようにしなくてはな。色々と支障を来してしまう」
「そうか。じゃあ、広範囲の力はあまり使えないな」
『フッ……まあ、妾には関係の無い事じゃがな』
再開した瞬間、ツクヨミが光の速度で九尾との距離を詰める。寺社の広さは精々数十メートルから数百メートルなので一瞬も掛からずに到達し、そのまま刀を振り下ろした。
九尾は妖力の壁を貼っているが刹那に切り裂かれる。しかし今度は切り裂かれた瞬間に飛び退いて距離を置き、空中から妖力の球を複数放つ。それをツクヨミは刀で逸らし、上から来たそれを受け流すように打ち上げて天空へ返し、空中に居る九尾の狐にぶつけて爆発を引き起こした。
『フム、柔の刀剣と言ったところか。攻撃を受け流す時は柔。斬る時は剛。その二つを上手い事使い分けているようだな』
そんな爆発の中から、妖力の壁によって防ぎ無傷の九尾が寺社にある建物の屋根に乗った状態で月を背後に姿を現す。ツクヨミの扱う柔の剣術。九尾はそれに対して素直に感心しているようだ。
その九尾を見やり、ツクヨミは言葉を続ける。
「使い分けなくては色々と大変だからな。力だけで攻めては周りに悪影響を及ぼす。お前達のような者なら構わないのだろうが、私にも立場というものがある。守るべき民を神が傷付けては元も子も無いだろう」
『立派じゃの。偽善臭くて敵わん。神と言っても所詮はこの世に存在している一つに過ぎんからの。今のように考える事が出来るのなら、その思考がお主らにとっての悪影響になるかもしれんじゃろ?』
「まあ、自分勝手な神も居るからな。否定はしない」
ツクヨミは街の事を考え、あまり周りに影響が及ばぬように気を付けているが、九尾にとってそれはどうでもいい事だった。だからこそツクヨミの考えは九尾にとって下らないものなのだろう。
しかし善良な神とそうではない神が居るこの世界。九尾の言葉は別に否定せず、気にしない。なので構え直した。
「取り敢えず、多少の被害が出ても良いところに追い出さなくてはな」
「そうか。なら私もそれに協力しよう。サポート役として戦いやすい環境を作る必要があるからな」
『フッ……別にどちらでも構わないが、追い出そうとするなら逆に留まりたくなった』
「それなら──」
「──私たちが追い出してやろう……!」
寺社にある寺院の屋根に乗っている九尾は九つの尾を広げ、その先端に妖力を集中させる。月明かりに照らされる九尾は絵になるが、フォンセとツクヨミは打ち倒す事のみ考えて跳躍した。
『フン、纏めて消し飛ばしてくれる!』
「させるか。"守護壁"!」
跳躍した二人に向けて放たれた妖力の光弾。それに対してフォンセは壁を貼って防ぎ、その壁を乗り越えてツクヨミが九尾の眼前に迫った。
「はあ!」
『そんな視線誘導には乗らん!』
フォンセの壁によって九尾の視界は遮られた。その死角からツクヨミが刀を振り下ろすが九尾はそれを予測しており、一つの尾で防いだ。
流石に一本で防げるとは思っていないようであり、防ぐと同時に自身の身体を弾き、勢いよく境内に着地した。それによって砂塵が舞い上がり、九尾は四肢に力を込めて上空を見やる。上空からはフォンセが魔術を放っており、それに紛れてツクヨミが肉迫した。
「"隕石"!」
「……!」
『隕石と、それに紛れたツクヨミか……!』
放ったのは土魔術からなる無数の隕石。その影にツクヨミが隠れる形となり、狙いが定まり難い状態が形成されていた。
隕石となるとそれが地面に激突するだけで辺りには大きな被害が被るが、その点はしかと理解しており、熱と衝撃は纏っているにしても精々数メートルのクレーターが造れる程度の威力である。熱を纏った落石のような物だろう。あくまでツクヨミの姿を隠すのが目的だ。
『小賢しい……纏めて消し飛ばせば問題無かろう!』
再び九つの尾から妖力の光弾を放出し、上空にある全ての隕石を破壊した。
その爆風で地上に留まる粉塵は更に広がり、全体的な視界が消え去る。
『そして背後に回り込んでおったか』
「……気付いたか」
『うむ、既に何度か斬られたが……問題無く回復出来る』
その死角にツクヨミは立っており、既に九尾の身体を何度か斬ったが九尾の傷は癒えていた。
先程までの九尾なら怒り狂っていた筈だが、冷静になったというのはかなり面倒である。怒ってくれれば隙を突く事も出来るというのにこの有り様だ。
何より厄介なのは、
「……。九尾。どうやらお前の真骨頂はその壁と回復力のようだな。攻撃も範囲は広いが、防ごうと思えば簡単に防げる。大陸粉砕の技でようやく砕ける壁とその壁を打ち破っても深く傷付かない肉体。傷付いても再生する能力。攻撃の酒呑童子。速度の大天狗、守護の九尾という事か」
『フフ、そうかもしれぬな』
九尾の耐久力である。
フォンセの言ったような耐久力。それは不死身なだけの生物兵器よりも遥かに厄介であり、相手にするのはかなり面倒な存在だ。
──現に、たった今フォンセの放った魔力からなる爆発もほぼ無傷で姿を現した。
「厄介だな。こうなると、チマチマ攻めていても意味が無さそうだ」
「同感だ。私の刀では掠り傷が関の山みたいだからな」
『……では、どうするのじゃ?』
粉塵はフォンセの爆発魔術で吹き飛んだ。逆に広がりそうだが、吹き飛んだのだから仕方無い。
そんなフォンセとツクヨミに対して小首を傾げる九尾の狐。二人は即答で返した。
「「これで終わらせる……!」」
『ほう?』
同時にフォンセが魔力を込め、ツクヨミが刀を正面に向けて構える。九尾は九つの尾を展開して不敵に笑い、次の一撃が放たれた。
「"最後の爆発"!」
「技名は無いな。よし、安直だが"月夜の構え"とでも言うか」
魔王の魔術では世界が消し飛ぶ。なのでフォンセは力を抑えた禁断の魔術を使い、ツクヨミが光の速度を超えて肉迫した。
不敵な表情の九尾も続くように力を解放する。
『面白い! "妖狐の光"!』
そして放たれた妖力からなる目映い光と高熱の一撃。
魔法と妖術と生身は正面からぶつかり合い、辺り一帯は轟音と共に消し飛んだ。
「……。まだまだのようだな」
「それなりの一撃だったのだがな。やはり耐久面が群を抜いている」
『お主らもの。さて、続きと行こう……』
そんな爆発の中から多少汚れた三人は姿を現し、相手の無事を確認した瞬間に構え直す。
街を消し飛ばさぬように力を抑えた結果判決数百メートルは消し飛んだが大したダメージは与えられず、このまま戦いが続こうとしたその刹那、
『終わりだ。九尾よ。ややこしい気配を感じた。直ぐに来い』
「「『…………!』」」
一つの声が空から掛かり、そこから少し負傷している様子の大天狗が姿を現した。
二人と一匹はそんな大天狗に視線を向け、九尾が肩を落として残っていた鳥居の上に乗る。
『その様子、冷やかしや戦いの邪魔をしに来た訳では無さそうじゃの。……仕方無い。行ってやろう』
『そうか、助かる』
どういう訳か、戦闘を此処で切り上げる事にしたようだ。
戦闘が中断された事によってフォンセとツクヨミは多少の不満はあるようだが、九尾の様子から文句を言う気にはなれなかった。
『すまんな。主ら。野暮用が出来た。此処で終いじゃ』
「……。そうか、色々と理由があるようだな。深くは追求しない」
「此処は大人しく刀を納めるとするか」
九尾からの謝罪。それが二人に追撃をさせない要因になった。
プライドの高い九尾が謝罪を申すのは、相応の理由があるからと分かる。二人が返した瞬間に九尾と大天狗は姿を消し去った。
「……。どうやら終わったみたいだな。随分とあっさりしていたが、百鬼夜行を脅かす何かが現れたという事だろうか」
「それはそれで困るな。街の防衛は私たちの役目だが、百鬼夜行の一幹部相手でこの様。傷は浅いが、益々面倒な事になりそうだ」
終わりはあっさりとしたもの。しかし九尾と大天狗の様子からそれ相応の事があったのだろうと二人は肩を落とす。あくまで推測の範囲内だが、新たな刺客となると気が滅入るのも当然だろう。
何はともあれ、此方の戦いも終わりを迎えた。新たな刺客の存在があるかもしれないが、百鬼夜行との戦闘は次第に収束へと向かうのだった。