八百五十一話 エマvs天狗達・決着。リヤンvs大天狗・続行
『『『はあッ!』』』
「ふふ……」
レイたちと酒呑童子達の織り成していた戦闘が終わった頃、エマは三人の天狗達を前に余裕のある様子で相手取っていた。
大天狗の神通力によって肉体的な力と妖力が主力に匹敵するレベルとなった筈の天狗達。しかしエマはそれらを軽くいなす。
『何だ、この吸血鬼……先程までは私たちの一人だけでも善戦出来ていたと言うのに……!?』
『今は数も増えて三人。だが、攻撃が当たらぬ……!』
『ただ避けているだけ……とは思えないな。一人相手ならまだしも、我ら三人。近距離、中距離、遠距離の不規則な攻撃を全て完璧に見切っている……』
そんなエマの動きに驚愕する天狗達。
それもその筈だ。主力に匹敵する実力を得、加えて三人で一気に攻め込んでいる現状、それを容易く避けられるのはおかしな事だからだ。
天狗達も言っているように先程までのエマは天狗一人相手でも苦戦はしないにせよ、五分に近い戦いをしていた。なのに急激な対応の変化。困惑するのも頷ける。
「ふっ、遅いな。縦横無尽に飛び交うからこそ、私の目も慣れてしまったようだ」
『そう簡単に慣れる筈も無かろう!』
『今の我らの速度は音の約五十倍! この声が届くよりも速く嗾けているのだぞ!』
『ハッタリに決まっている!』
エマの挑発混じりの言葉に対し、焦りの見える天狗達は第三宇宙速度で迫る。大天狗に強化されてからの戦闘で先程までが第一宇宙速度から第三宇宙速度の中間程だったが、全力を出しているのを見ると本当に焦っているのが窺えた。
なのでエマは下手に手を下さず、霧のように消え去って天狗達の刀や槍から逃れる。
「冷静になれ。先程までは自分の役割を分担して挑んでいたと言うのに、攻撃を避けられただけで焦り過ぎだ」
『『『…………ッ!』』』
霧になって天狗達の背後に回り込んだ瞬間、天候を操り雷の力を纏って三人の天狗達に打ち付けた。
それを受けた天狗達は感電して痙攣を起こし、先程までエマの立っていた場所で膝を着く。
『霆か……! 確かに纏めて仕掛けるには良い技だ……!』
『だが、この程度なら少し痺れるだけ……問題無い……!』
『しかし、本当に慣れたというのか……我らの速度に……。にわかには信じがたいな』
膝は着いたが、次の瞬間には立ち上がって翼を広げ天へと昇る。
別に昇天した訳ではない。一時的に距離を置くという事も踏まえての移動だ。
十分に距離を置いた天狗達は一ヶ所に固まらぬように気を付けながら飛び交い、冷静さを少しずつ取り戻して話し合う。
『速さには慣れたと言っていたが……おそらく我らの焦りによって緩急が少なくなったからだろう。それでも普通見切るのはおかしな話だが、吸血鬼達が今まで戦っていた者達の事を考えるとおかしくはない』
『ああ。決着を急ぐのは愚作だな』
『冷静さを欠いては相手の思う壺。改めて仕掛け直した方が良さそうだ』
今の感電で冷静さを取り戻した様子の天狗達は再び統制の取れた動きで飛び回り、エマを囲むように様子を窺っていた。
その時点で既に動きに緩急を付けており、あまり速過ぎず遅過ぎない速度で隙を狙う。
「ふふ、そんなにのんびりしていても良いのか?」
『『『…………!』』』
だが、そう簡単に隙を見せるエマではない。天狗達が仕掛けないのを見定め、蝙蝠のような翼を広げて逆に嗾けた。
唐突な動きに天狗達は付いて来れずエマに隙を見せてしまい、飛び交う天狗達の中心で再び放電が撃ち込まれた。
『『『うぐ……ッ!』』』
「数の多い相手には雷が効率的で良いな。まあ、強化されている貴様らが相手じゃ、数億ボルトの電流を何度か受けても意識すら奪えないようだがな」
不敵な笑みを浮かべ、霆によって焦げた天狗達を嘲笑するエマ。
天狗達は大天狗によって肉体が強化されているらこそ雷などを何度か受けても意識は保っているようだが、完全にエマのペースになっていた。
『窺っている暇は無さそうだな……!』
『だが、無闇矢鱈に嗾けても返り討ちに遭うが関の山だ……!』
『それを考えている暇も無い……!』
第一宇宙速度から第二宇宙速度の中間程の速さで飛び回りながら対策を練る天狗達。本人達も理解しているように話している時間は無いらしく、エマは天狗達に向けて追撃を仕掛けた。
「考えているところ悪いな。……ふむ、一つ良い事を教えてやろう。貴様らは気付いていないと思うが、おそらく急激に強化された力に肉体が追い付いていないだけだ」
『『『…………ッ……!』』』
痺れによって動きの鈍った天狗達に向け、エマは風の塊を放出する。
そんなエマ曰く、急激な成長に肉体が追い付かず思うような動きが出来なくなっていたとの事。それを聞いた瞬間に天狗達は三人が別々の方向に吹き飛ばされ、何処かに落ちたのか粉塵が舞い上がっていた。
「さて、大天狗の部下相手に少し手間を取ってしまったな。リヤンは何処に行った?」
吹き飛ばされた天狗達は戻って来ない。なので打ち倒したと考えて良いだろう。連続の雷に山を吹き飛ばす風の塊。それを受けたのなら大抵の者は起き上がれない筈だ。
本当の主力と違い、肉体的な力が強化されていても精神力が伴っていない。なので暫くは動けないだろう。
天狗達を打ち倒したエマはリヤンと大天狗を探す為、今一度蝙蝠のような翼を羽ばたいて向かうのだった。
*****
『ハア!』
「えい……!」
大天狗が扇を薙いで暴風を引き起こし、リヤンが風魔術で迎え撃つ。
二つの暴風は正面からぶつかり合い、互いの風力を互いが打ち消し相殺された。
それによって生じた余風が"ヒノモト"の街に降り注ぎ、台風のようなうねりが街全体を覆った。
「本当に仕掛けて来ないんだ……。そんなに警戒してるの……?」
『うむ、かなりな。寧ろ警戒しない方がおかしいだろう。今回は今まで以上に慎重だからな』
「なんで……?」
『無論、勝利を得る為だ』
それだけ告げ、次に大天狗は遠距離から斬撃を飛ばして嗾けた。
今回の大天狗は慎重。今までも不用意に仕掛けたりはしていなかったが、今回はそれに拍車が掛かっている。本人曰く勝つ為の行動らしいが、それにしても慎重過ぎるとも言える行動だ。
それ程までに勝利に執着する理由は定かではないが、リヤンは構わず斬撃を砕き、大天狗に向けて光の速度で肉迫した。
「やあ……!」
『速いな……!』
急激な速度の変化。光の速度には何とか追い付ける様子の大天狗だが、その変化に対応するのは至難の技。光の速度で放たれたリヤンの拳は大天狗が刀で受け止めたが勢いを止める事は叶わず、吹き飛ばされて複数の建物を貫通し、大地に着弾した。
「あ……建物壊しちゃった……人は居ないみたい……後で直しておこう……」
建物を破壊してしまった事に負い目を感じている様子のリヤンだが、どうやら中に人はおらず建物の倒壊によって負傷した者も居なさそうなので一先ずは安心だ。この後でその建物を直せば事は済みそうなのは幸いだろう。
『吹き飛ばされた私は意に介さずか。全く、舐められたものだな』
「別に舐めてない……。ただ……どうせ戻ってくるのは分かってたから……」
『成る程。厄介だ』
建物の事だけを気にしているリヤンに向け、大天狗は肩を落とした様子で再び目の前に現れる。しかし別にリヤンは大天狗を侮っている訳ではない。侮れる筈が無い。
大天狗に勝利するつもりではいるが、光の速度で殴られただけなら戻ってくる事を理解していたからこその対応だった。
二人は向き合い、次の刹那に大天狗が動き出した。
『だが、時間を与えるのは私にとっても不都合。自ら仕掛けさせて貰う!』
「今度は貴方が来るんだ……」
中、遠距離での様子見。大天狗はそれを止め、刀を片手にリヤンの眼前に迫った。
この刀は先程の攻撃を止めた刀。光の一撃を受けても砕けていないのは流石だろう。妖力で強化されているとは言え、直撃はなるべく避けた方が良さそうである。
「まあ……いいや……」
『……! ほう? お主も刀を使うか』
迫って来た大天狗に向け、リヤンは魔族の国"マレカ・アースィマ"の幹部ブラックの剣魔術を使い、魔力から剣を創造してその刀を受け止めた。
それと同時に思い付く限りの達人の剣技を用いて大天狗に嗾ける。
「そこ……!」
『……ッ!』
剣と刀による鬩ぎ合い。
リヤンは巧みに操られる刀を全て受け止め、魔力の剣で大天狗の身体を切り裂いた。
主に使っているのはレイ、ザラーム、ファーレス、モバーレズ、ブラック、ニュンフェの剣術。一部を除いて流派は違うが超一流たちの技。流石に大天狗一人でそれを受け切る事は不可能なのだろう。
『成る程な。剣魔術で様々な形の刀剣を形成し、自分の力と"サイコキネシス"か何かの類いで操って嗾ける。まさか一人で複数人の動きを真似るとはな。身体への負担も大きいのではないか?』
「大丈夫……。私には治癒の力が流れているから……」
『フム、不思議なものだな。しかし常に再生を続ける訳でもあるまい。その気になれば出来るやも知れぬが、今までの戦闘から考えて常に回復を続けるのは無理だろう』
「どうだろうね……」
『まあいい。無茶な力の使い方で己が身を滅ぼす危険性もあると心せよ』
一度に多数の力を使うリヤン。大天狗はそんなリヤンに掛かる負担を気にするが、"癒しの源"によって治癒の力が宿るリヤンは問題無いらしい。
しかし今までの戦闘を見てきた大天狗はリヤンの身体が常に回復し続けないのは知っている。それでも何らかの効果はあるかもしれないが、構わず仕掛ける事にした。
『ハァッ!』
「……」
刀を正面から受け止め、押し出すように弾き返す。同時に大天狗は天を舞い、上空から神通力からなる様々な天候の力を放出した。
『お主らの仲間、吸血鬼の操れる天候は私も操れる。食らうが良い!』
「……。"盾"……」
降り注ぐ無数の嵐。雷や雨、雹に風。ありとあらゆる天候に対してリヤンはブラックと同郷、"マレカ・アースィマ"のシターが使っていた盾魔術からなる防壁でそれらを防ぎ、力を込めて逆に仕掛けた。
「"無数の矢"……!」
『……!』
仕掛けたのは、またもや魔族の国"マレカ・アースィマ"。その出身者のサイフからなる矢魔術。天候によって生じた粉塵の中からそれらが放たれ、天を舞う大天狗に無数の矢が狙いを定めた。
大天狗はその矢を巧みな動きで躱し、縫うように進んで距離を詰め寄る。
『多才且つ臨機応変なお主が相手だと遠距離も近距離もそう変わらぬようだな。それなら私の得意とする近接戦に持ち込もう』
「それ……自分で言っちゃうんだ……」
元々リヤンには近接戦を挑もうとしていた大天狗。今は成り行きで距離を置いてしまったが、近接戦の方が良さそうと判断したようだ。
リヤン相手では近距離も遠距離も手強いと理解しているのだろうが、少しでも有利な方に運ぶのは至極当然の考えである。
しかし自分でそれを言うのかとリヤンは指摘し、大天狗は迫りながら返す。
『言おうと言わなかろうと、お主なら近接戦も受けてくれると分かっているからな』
「うん……。否定はしない……」
迫ると同時に刀を振るい、リヤンが再び剣魔術でそれを防ぐ。同時に無数の剣を生み出し、先程と同様知り合いに居る剣士たちの剣術を用いて切り刻んだ。
だが同じ手は通じ難いらしく、大天狗は剣魔術からなる複数の達人剣術を己の剣術のみで防ぐ。流石に全てを防ぐ事は出来なかったようだが、半数以上を防いだだけで大したものだろう。
「結構防いだね……凄いと思うよ……」
『フム、先程から私を少々下に見ているようだな。まあ、いいか。それもまた一興。……さて、今度の攻め方はどうする?』
「どうしようかな……。やっぱり最初は剣術で様子見かな……」
大天狗を下に見ているとも取れるリヤンの発言だが、当の大天狗は気にしない。見込みのある子供を見ると鍛えたくなる天狗という種族の性分からしても、今まで見てきたリヤンから下に見られる事も感慨深いモノがあるのだろう。おそらくそれはライ、レイ、フォンセにその様な態度を取られても同じような反応だった筈だ。
何はともあれ、エマと天狗達の戦闘が終わった一方でリヤンと大天狗の戦闘も終わりに向かうのだった。