八百五十話 三剣士vs鬼神・決着
「取り敢えずやろうぜ!」
「オーケー!」
『良かろう!』
「本当にやるの……?」
向き合った瞬間、モバーレズの掛け声と共にスサノオ、酒呑童子が駆け出し、レイが何とも言えない表情で周りに合わせて一応駆け出した。
敵は酒呑童子。あくまでモバーレズ、スサノオは味方なのだが、こうなっては止めるのも至難の技。なのでレイは仕方無く実力行使で止める事にした。
「レイや酒呑童子とは一度戦り合った事があるからな。今回は味方だが、お前を狙うぜスサノオミコト!」
「構わねえぜ! 魔族の国でも屈指の実力を誇る幹部。その力を堪能してやらァ!」
二本の刀を構え、突進するようにスサノオとの距離を詰めるモバーレズ。同時に刀は振り下ろされ、スサノオはその二本の隙間を通り抜けるように紙一重で躱した。その瞬間に天羽々斬を横へ薙ぎ、モバーレズを狙う。
「容赦無しか!」
「お互いにな!」
天羽々斬は逸らし、一旦距離を置くように飛び退く。モバーレズの剣術もスサノオの剣術も容赦はしない確実に相手を仕留めるやり方。味方である彼らは試合形式でという口約だったが、どうやら手加減無し、本気の試合形式のようだ。
味方同士で何をしているのかと疑問に思う事柄だが、本人たちの性格から仕方のない事なのだろう。
「はあ……。モバーレズさんがスサノオさんを止めてって言ったのに……」
そんな二人を見やり、レイは肩を落としてため息を吐く。
レイがスサノオと酒呑童子の決闘に割って入ったのは街を滅ぼさぬ為のモバーレズからの指示。レイもそれに肯定したが、そんな指示を出したモバーレズがこの様なのでため息も吐きたくなるのだろう。
酒呑童子は軽く笑ってレイに話す。
『フッ、比較的常識のあるお主は、常識のあるお主だからこそあの者達の扱いに苦労しているようだな、女剣士よ。しかしこれは我の戦いでもある。横槍を入れたのだ。最後まで相手をして貰おうか……!』
「……。まあ、先に酒呑童子を倒しちゃえば街が悲惨な事になるよりも前に二人の戦いが終わるよね……!」
同じく好戦的な酒呑童子に対し、早いところ終わらせようとレイは踏み込んで嗾けた。
前述したように今の酒呑童子は疲労が募りつつある。だからこそ、成長し続けているレイには早く終わらせる事も出来るかもしれない。その為の行動だ。
「やあ!」
『フッ……!』
先程と同じような速度で斬り掛かり、その斬撃は防がれる。防がれた瞬間に剣を引き、勢いを付けて突き刺す。それも防がれレイの身体は弾かれるが弾かれた瞬間に距離を詰め、連撃を打ち噛ました。
「やあああ!」
『……っ。速いな……!』
縦斬りからの横薙ぎ、斬り下がって薙ぎ払い、続くように刺突。それも防がれるが防がれた瞬間に態勢を変えており、低い位置から跳躍するように斬り上げた。
斬り上げは今までのように仰け反って躱される。なのでレイは上がっている手から剣を落とすようにもう片手に持ち替え、流れるような動きで剣尖を突き刺した。
『……ッ! 誘導されていたか……!』
「うん!」
レイの剣尖は酒呑童子の反応速度も相まって急所は外され、掠り傷のような傷が付いて鮮血が少し流れた。
しかしレイは間髪入れず、刺突の位置から勇者の剣を横に薙いで追撃。それを飛び退いて避けた酒呑童子に迫り、地面に剣を突き刺し剣を軸に回転、棒高跳びのように跳躍。剣を抜きながら跳躍した事で酒呑童子の背後に回り込み、一気に踏み込んで突き刺した。
『危なかった……。片手は使いにくくなってしまうが、直撃は避けたから良しとしよう』
「……!」
そんな剣の剣尖を片手で握り締め、鮮血を流しながら呟くように話す酒呑童子。
どうやら酒呑童子は突き刺された瞬間に片手を咄嗟に出し、刃を握り締める事で勢いを止めたようだ。
鬼の腕力に強靭な肉と皮膚。それがあったからこそ指の一本も失わず止められたという事だろう。受け止めた酒呑童子はそのまま刃を掴んだ状態で剣を放り投げ、剣を持った状態であるレイごと近場の建物に叩き付けた。
「……ッ!」
鬼の腕力で投げ付けられたレイ。通常の鬼ではなく鬼神を謳われる酒呑童子の一撃。建物は倒壊し、レイの身体にも打撲や破片などによって生じた切り傷が作られていた。
以前までならかなりのダメージだった今の一撃だが、勇者の剣を携え成長途中のレイにとっては軽傷。多少のダメージはあれど即座に目の前数十メートルの酒呑童子に向き直った。
「回復力、早いんだね。傷じゃなくて疲労のがね。さっきまでの貴方なら確実に決まっていたもん」
『ああ、そうだな。我は鬼。常人よりも遥かに優れた肉体を持っているからな。これのお陰でまだ十分に戦えそうだ』
酒呑童子はどうやら疲労の回復が早いらしい。鬼神の一人なのでそう言われれば納得出来るが、レイからしたら面倒極まりない相手のようである。
レイが構えた瞬間に酒呑童子は巨体で迫り、童子切安綱をレイに向けて振り下ろした。
「……っ!」
『フム、中々の反応だ』
「……ッ!」
童子切安綱による縦斬りは躱した。しかし次の刹那には躱した方向へ蹴りが放たれ、レイの身体が的確に捉えられて数十メートルの距離を転がるように吹き飛ばされた。
純粋な力だけならレイよりも高い酒呑童子。態々刀に拘るのではなく、今のように肉体全身を使った戦い方は重要だろう。
吹き飛ばされたが軽傷であるレイは起き上がり、眼前に迫っている酒呑童子を捉えた。
「……。休ませてくれないの?」
『以前のお主ならまだしも、今の主にはその必要も無かろう』
吹き飛ばされた瞬間の追撃。レイは肩を落として軽く言い放ち、その追撃に対応する。童子切安綱を勇者の剣で受け止め、足で踏み込み鬼の力を堪える。足元はそれによって陥没し、小さなクレーターが造り出されるがレイは受け流して距離を置いた。
受け流された童子切安綱は大地に振り下ろされ、巨大な亀裂が形成される。
「受け流しちゃったけど、それだと街が持たないみたいだね……。相手をするのも疲れるなぁ……」
『フッ、街を護りながら戦っているのか。自分の街という訳でもあるまいに。律儀なものだ』
「自分の街じゃなくても好き好んで破壊活動をしたりしないよ。戦闘の余波で世界を巻き込んじゃう事もあるけど、基本的には平和主義者だからね」
『それはまた末恐ろしい平和主義者だな』
街を崩壊させない事は重要である。なので正面から受けつつ相殺しなくてはならないのはそれなりに難易度の高い技だった。
そんな自称平和主義者に対して酒呑童子は苦笑し、大地を踏み砕く勢いで加速して迫る。
『ならば、平和主義者らしく守ってみよ!』
「元々そのつもり!」
同時に童子切安綱を振り下ろし、レイが相殺するように勇者の剣でいなす。
直接防げば足元が割れる。避ければ街が割れる。それならばと、勇者の剣でいなして上空に勢いを逃がしたのである。
空に放たれた斬撃は雲を突き抜け星を飛び出し、おそらく大気圏辺りで消散する。瞬間的にレイは懐へと入り込み、剣を薙いで切り裂いた。
「やあ!」
『……ッ! 先程から押されてしまっているな……!』
脇腹が切り裂かれ、酒呑童子から鮮血が噴き出す。それでも倒れなかったが確かなダメージにはなった事だろう。
酒呑童子は距離を置き、童子切安綱を振るって斬撃を飛ばす。その斬撃は揺れるような最小限の動きで躱し、逆に斬撃を飛ばして牽制。二つの斬撃はぶつかり合い、空中で衝突して大気を揺らした。
「相殺は出来たみたい……!」
『フム、近距離も中距離もあまり効果は変わらぬか。中距離の方がリスクは少ないが、決定打に欠ける。やはり近接戦か』
近距離では難しいと考えての行動だったようだが、中距離でもあまり変わらないという事は分かったようだ。
なので酒呑童子は小細工をせず、正面からレイを迎え撃つ事にした。レイも同じような心意気で構え直す。
「「どわ!?」」
「……!」
『……!』
──そこに、まだ戦っていたスサノオとモバーレズが互いの元に吹き飛んで来た。
スサノオはレイの背後にある川に飛び込み、モバーレズは酒呑童子の背後にある建物を粉砕する。
「スサノオさん……大丈夫ですか?」
「ああ。しかし、ハハ。あれが魔族の国、最高戦力の一角か。確かに手強いな……!」
川に落ちたスサノオは川から上がり、濡れた髪を垂らして小さく笑う。
魔族の国幹部であるモバーレズは、どうやら今の状況を見るに世界最強人間の国幹部に匹敵する実力者のスサノオと互角のようだ。しかしそれも当然と言えば当然だろう。
国の主力に実力差があり過ぎれば世界の均衡など保たれている筈がない。加えてヴァイス達との接触によって鍛えられつつある魔族の国は、かつては支配者以外の主力は最弱にも等しかったが成長性も相まり、今では世界最強の国に匹敵する力を秘めているようだ。
『フム、疲弊しているスサノオと互角か。情けぬものよ』
「ハッ、そう言うテメェも押されているみてェじゃねェか? それに、言い訳するみたいだが俺もテメェの部下達の所為でそこそこ疲れてンだよ」
一方で建物を粉砕したモバーレズが頭を押さえながら姿を現す。
酒呑童子は自分との戦いで疲労が募っているであろうスサノオと互角なのは情けないと言っていたが、数十の鬼達を相手にしていたモバーレズ。鬼達と実力差があっても、生き物が永遠に走り続ける事が出来ないように疲労は募る。ダメージは無くとも疲労はあるのだ。
「取り敢えず、全員が向き合う形になった訳だ。さっさと終わらせようぜ?」
「上等。片ァ付けてやンよ」
『フッ、良かろう。負けて後悔するが良い……!』
「えーと……一応私たち三人は味方の筈なんだけど……本当に何で皆で戦う事になっちゃってるの……」
周りにノリを合わせるモバーレズ、スサノオ、酒呑童子を見たレイはガックリと肩を落とす。そう、今この場に居る意識のある者はレイ、モバーレズ、スサノオに酒呑童子。そのうち三人は何処からどう見ても味方なのだが、味方の筈なのだが、どういう訳かレイ以外の全員が相手にトドメを刺す態勢に入っていた。
モバーレズは二刀流の構えで、スサノオは天羽々斬を構え、酒呑童子は童子切安綱を構える。各々で魔力や妖力を込めて刀剣を強化し、最後の一撃を放つ態勢に入っている。もうツッコミを入れるのも面倒臭いと考えたレイは呆れ果て、勇者の剣を構え直す。
「これで終わりだ……!」
「お互いにな……!」
『フフ……血湧き肉踊るとはこの事だ……!』
「もう! 私たちは味方なのに!」
──その瞬間、四人の居場所は対角線上の者達と入れ替わっており、全員が自分の相手に背中を向けていた。それと同時に各々から鮮血が噴き出し、四人全員が膝を着く。
「「……ッ!」」
「『……ッ!』」
斬られた直後の出血。あまりの剣速にダメージが遅れて生じたが、肩や脇腹、胸などのような位置にある深い傷を抑えながら四人はゆっくりと立ち上がった。
「何言ー速さだよ。流石だな」
「お前が言うか。二刀流ってのは結構扱いにくいんだけどよ」
『……フッ……見事なものだな。やはり強者は喜びだ』
「……。決着……付いたんだよね……?」
背中合わせで話し合い、その直後一番最初に酒呑童子が倒れた。
それに続くようモバーレズ、スサノオも座り込み、少し呼吸は荒いがこの場にはレイのみが立っていた。
「私の剣とモバーレズさんの二刀流の一つが酒呑童子に当たったのかな……。スサノオさんはモバーレズさん。酒呑童子は私を狙っていたから……手数の差で決まったみたいだね」
「みたいだな。だが、まさか酒呑童子を狙わねェとはよ。スサノオ」
「お前が言うか。確かに片方は酒呑童子を狙っていたが、もう片方は俺を狙っていたじゃねェか」
「そりゃあな。二つあるんだから一つくらい良いだろ」
「良い訳あるか」
酒呑童子が倒れた理由はレイの言った通り。元々狙っていたレイの一撃と、モバーレズの持つ、二刀流のうちの片方によって生じた"一撃"という手数の差によるもの。なのでモバーレズは全く狙っていなかったスサノオに文句を言うが、スサノオもモバーレズには狙われたらしいのでお互い様だろう。
「結局……何で酒呑童子は私たちの前に現れたんだろう……。本当に戦いが望みってだけだったのかな?」
「さあな。だが、確かに本気ではあった。少し休んだら他の場所に行かなきゃな」
「ああそうだな。目的があるなら、後で出会えるかも知れねえ主力に話を聞けば良いだけだ」
戦闘は終わったが、謎は残っている。酒呑童子はただ戦いたいだけで来たのか何かの目的があるのかは不明なままである。
しかし何はともあれ、レイ、モバーレズ、スサノオの三人による酒呑童子と鬼達との戦闘は、味方と戦うという事態もあったが決着が付く。三人は少し休んだ後で行動を起こす事にするのだった。