八百四十九話 終わる戦いと続く戦い
『さっきの借りは返させて貰うよ!』
臨戦態勢から即座に移行し、河童が周りの水分を操って大水の塊をライに向けて放出した。
渦巻く水砲は空気を揺らしながら真っ直ぐうねりながら進み、
「よっと」
ライによって内部から崩壊させられた。
軽く拳を放ち、水砲を容易く打ち砕く。水をも砕くのが魔王の力という事だろう。
しかしこれは簡単な様子見のようなもの。ライと河童の横ではアマテラスと魃も動き出しており、直ぐ様アマテラスは巨大な火球を形成していた。
『太陽その物を作り出すなんてね……!』
「フフ、そう言う貴女も司る事柄は似たようなものでしょうに」
火球の表面温度は太陽の表面温度と同じ。しかし街は燃やさぬように調整しており、魃と河童のみを標的として放出し続けていた。
『……っ。頭の皿が乾いちゃうな……!』
頭上に現れた太陽。文字通り命に関わる河童は火球を形成した瞬間に近くの川に飛び込んで避難する。本来なら川の水も蒸発してしまうが、アマテラスの意思で川には影響を及ばせないようにしているので問題無いのだ。
『なら、先ずは貴方から狙おうかな!』
しかしそんな河童を見兼ねた魃は川に干魃の力を向け、その水面を蒸発させる。流石に一瞬で蒸発させる事は出来ないようだが、夜の街に水蒸気が蔓延して徐々に周囲を覆っていく。
「敵同士が争ってくれるのは良いのですけど、街の景観を変えるのは頂けませんね」
『……!』
次の瞬間、魃の身体に複数の火球が迫り、着弾と同時に業火に包まれた。
この街の川はただ景色を良くする為のモノではない。農作業を初めとして様々な用途のある川なのだ。
なのでそれを消されるのはアマテラスとしても困る。故の攻撃だった。
『……ッ。干魃を司る私にも熱さを感じさせるなんて……! これが太陽神の力……!』
「先程も言いましたように、貴女も似たような存在でしょう。けど、私の炎に比べたら貴女の熱は氷点下に等しいですよ? だって数千度の差ですもの」
『……あぁ……っ!』
魃はたまらず自身の苦手とする水の中に飛び込み、自分の身体を冷やした。
太陽に匹敵する熱でも数秒耐えたのは流石だが、耐え切る事は出来なかったのだろう。干魃を引き起こす温度と太陽ではその温度が違い過ぎるのでそれも当然である。
「ほら、アンタもさっさと水から出ろよ」
『ぐへっ……!』
アマテラスが魃に大きなダメージを与えた時、ライも河童の逃げ込んだ川の中に入り、河童を蹴り上げて無理矢理飛び出させた。
水柱と共に大きな水飛沫が上がり、少し滞空した河童が地面に落ちる。その周りには水が染み込み、河童は起き上がってライとアマテラスを一瞥した。
『全く、酷い事をするね。此処に居たら死んじゃうから水の中に逃げたのに。そこから無理矢理追い出すなんて。もう少し命を大切にしようよ』
「……。アンタが言えたのかって言い返したいけど、河童は別に命を奪っている訳じゃないんだよな。まあ伝承によっては溺死させるのも居るけど、アンタは人とかを殺してなさそうだ」
『フン。さあ、どうだろうね。殺していなくても腑抜けにはしちゃっているから、悪い事をしていないとは言えないかな』
「自分で悪い事をしているって自覚のある罪人はそうそう居ないさ。まあ、いくらかは居るんだけど、それはいいか」
アマテラスの生み出した、河童に向けられた火球はもうなくなっている。アマテラス自身が殺す必要は無いと判断して消し去ったと考えるのが妥当だろう。
その後魃も水の中から上がり、衣服を絞りながらライ、アマテラス、河童に構えた。
『不便なものね。私を焼けたのに、水に入るだけで消えちゃうなんて』
「フフ、敢えて消して差し上げたのですよ。その気になれば水には影響を与えず、対象だけを永久的に焼き続ける事も可能ですから」
『……。どうやら嘘っぽくは無いわね。じゃあ何でかな?』
魃を焼いていた炎は水に入る事で消えた。それが弱点かと踏んだ魃だったが、どうやら検討違いのようだ。アマテラスの言っている事は事実だろう。
それならばと、魃は何故見逃したのかを訊ねる。本当に逃がしてくれるという訳では無さそうな雰囲気だったからこそ、何故魃を倒せたであろう炎を消したのか疑問なのだ。
アマテラスは癒されるような愛らしい顔で笑って返す。
「フフ、ただの気紛れ。もしくは、貴女から色々と聞きたいからですね。もう教えておきますけど、牛鬼に野槌はもう私が倒しましたよ。そして貴女達のリーダーもそこに居るライさんが正面から打ち破り、逃がしました」
『……!?』
魃は驚愕の表情を浮かべた。
どうやらアマテラスが魃を殺さなかった理由は気紛れらしいが、驚愕したのはそこではない。幹部二匹と長がやられたと聞いて驚愕したのだ。
長、山本五郎左衛門は敗れても逃げたならそれでいい。しかしその実力はしかと理解している。だからこそ一度でも打ち破れた事実が信じられないのだろう。そして牛鬼と野槌の存在。この二匹は逃げたと言われていないので魃は恐る恐るアマテラスに訊ねた。
『じゃあ……五郎左衛門様の居場所は分からないようね。それなら……牛鬼と野槌の居場所は分かるかしら?』
「はい。──黄泉。地獄。あの世。冥界。……御好きな所を選んでください。おそらくそこに居ますよ♪」
『……っ』
即答だった。
そんな即答の返答が、幹部二匹は既にこの世には存在していないというもの。魃は同じ主力だからこそ一人と二匹の実力を理解している。そんな一人と二匹を無傷で倒す存在が居るとなれば、魃の勝率は絶望的だろう。
魃は思わず後退り、歯噛みしてライとアマテラスに視線を向けた。
『状況は最悪みたい……。これは一時的に撤退かな……』
それと同時に小さな猿のような姿となり、魃は疾風のように消え去った。
勝てないと判断したからこその撤退だろう。命を捨てて挑むだけが戦いではない。実力差があるなら素直に諦めるのも重要である。
「逃げちゃいましたね」
「珍しいな。アマテラス。牛鬼や野槌みたく確実に仕留めると思っていたよ」
「見たところ、魃はまだ人を殺めておりませんからね。伝承でもその様なモノはありません。なので捕らえる方向で進めていたのですけど、力の調整は難しいですね」
魃には逃げられた。アマテラス程の者なら即座に追い付く事も可能だろうとライは考えていたが、まだ罪らしい罪を犯していないので捕らえる為に力を抑えていたら逃げれてしまったとの事。
確かに力を抑えるのは全力を出すより難しい。なので仕方無いと割り切り、河童に視線を向けた。
「それで、アンタはどうする? 俺たちは敵である以上アンタも倒すつもりだけど、もう既に色々逃がしてるからな。逃げるってなら止めないぜ? 他の主力が気になるしな」
「そうですね。殺戮を行う者なら即座に始末しますけど、今ならまだ見逃しても良いでしょう。他の戦地に行けば貴方達百鬼夜行の情報は掴めそうですし」
それは河童を逃がしてやらない事もないとの事。
情報が少ない山本五郎左衛門一派の者達からは捕らえて色々と聞き出したいが、百鬼夜行に関する情報は至るところで起こっている戦闘から簡単に掴める。なので執拗に追う必要も無いのだ。
河童はそんな二人に言葉を返した。
『じゃあ、お言葉に甘えようかなぁ。このまま戦り合っても勝てそうにないしね~。部下の妖怪達も皆気を失ってるし、他の妖怪が攻めて来たのを主力たちに教えなくちゃね』
それは、割とあっさりした快諾だった。
戦力差は歴然。数だけなら二人と一人で差は無いが、その実力が問題。なので断る理由も無く、周りに居る味方の妖怪達を水で包み込んで川に飛び込み姿を消し去る。その場にはライ、アマテラスと魃に付いていたであろう意識不明の妖怪達のみが残った。
「さて、取り敢えず片付いた……って事で良いか。早く主力を見つけて終わらせよう」
「そうですね。心なしか次第に戦闘も収束しているように思えますし」
まだ残っている妖怪達も居るが、ほぼ気を失っている。なのでライとアマテラスは意に介さず他の主力の元に向かう。
ライとアマテラス、河童と魃の戦闘は一先ず決着が付くのだった。
*****
──"ヒノモト"。
『はあ!』
「よっと!」
童子切安綱を構えた酒呑童子と天羽々斬を構えたスサノオが正面から衝突し、周囲に斬撃を飛ばして辺りを崩壊させた。
孫悟空たちとライたち。終わる戦いと続く戦いの中、此方の戦闘は続く戦い。主にスサノオと酒呑童子によるものだがより激しさを増していた。
「成る程な! 童子切安綱。噂に違わぬ力だ!」
『そう言ってくれると嬉しいが、その刀で受け止められるとはな。受けるのには向かないのではなかったのか?』
「受けられねえ事はねえだろ。周りの棘みたいな奴の所為で受けにくいだけだ」
『そうか』
それだけ話、童子切安綱を構えた酒呑童子が再び迫る。今度のスサノオはそれを避け、態勢を低くして斬り上げるように振り抜いた。
それを酒呑童子は仰け反って躱し、一回の踏み込みで刺突を嗾ける。
「ハッ……!」
『フム』
スサノオは刺突に対し、童子切安綱の刃に天羽々斬を滑らせるように進め、刃から火花を散らしながら接近する。
「そこ!」
『ハズレだ』
接近と同時に天羽々斬を振り下ろし、酒呑童子はそれも避けた。瞬間に童子切安綱を薙ぎ払い、スサノオは天羽々斬で正面から受け止める。それによって周囲が抉れ、斬撃が複数の建物を斬り落とした。
「スサノオさん……自分の街なのに破壊してる……」
「熱くなると前が見えなくなるタイプなのかもしれねェな。鬼達も大方片付いた。後は俺に任せてお前は止めて来いよ」
「うん。横槍を入れるのは思うところがあるけど、街が消えたら元も子も無いからね」
スサノオと酒呑童子の戦闘が激化するに伴い、周りへの被害も増えてきた。なのである程度部下の鬼達を片付けたレイとモバーレズは、レイが二人の元に向かう事で決着を早めようと試みる。
「二人とも、悪いけど横槍入れるよ!」
「『……!』」
鬩ぎ合う二人を前に、レイが勇者の剣を用いて嗾けた。二人の進行はそれによって止まり、止まった瞬間にレイは酒呑童子の元へと肉迫する。
「やあ!」
『フム、まあいい。成長したお前とも戦ってみたい気分ではあるからな。前に敗れた雪辱を晴らすのも良い……!』
迫ると同時に縦に斬り付け、刹那に横薙ぎを放つ。その二撃を酒呑童子は受け止め、童子切安綱で弾き飛ばす。弾かれた瞬間にレイは踏み込み、目にも止まらぬ速度で通り抜けた。
『……ッ!』
「今の私は、貴方より圧倒的に強いよ……!」
酒呑童子の背後に背中合わせのような形となったレイ。次の刹那に酒呑童子の脇腹から鮮血が噴き出し膝を着く。
スサノオとの戦闘による疲れも相まっての事なのだろうが、疲労が募りつつある状態の酒呑童子ならレイの相手ではなかった。
「ハッ、やるじゃねえか。だが、俺の獲物だ! 何なら、試合形式でお前と戦っても良いぜ! 敵は酒呑童子だが、今の攻撃でお前の実力も見てみたくなった!」
「えぇ……。確かに私としてもスサノオさんと手合わせして勉強したい気持ちもあるけど……今の状況からそれはダメじゃないかな……」
『フッ、三竦みか。我は別に構わんぞ』
「オイオイ、そう言う事なら俺も入れてくれよ。もうお前の部下の鬼共は片付けたンだからな。何なら全員でやろうぜ!」
「えっ!? ぜ、全員!? ……って私とモバーレズさんも戦うの……?」
「当たり前だ!」
レイ以外好戦的な者たちの集まり。なのでこうなる可能性もあったが、本当にそうなるとはとレイは困惑する。
確かに今は味方の二人。出会って数時間のスサノオは兎も角、モバーレズまで乗ってくるのは少し予想外だった。
「んじゃ、満場一致だ。やろうぜ?」
「ハッ、上等だ!」
『良かろう。受けて立つ!』
「ええ!? 私はまだやるなんて……! と言うか、目的が変わっちゃってるよ! 味方同士なのに!」
どうやらレイを除く三人は既にヤル気満々の様子。レイの指摘も虚しく、四人全員で戦うという形が形成されつつあった。これはもう止められなさそうだ。
レイ、モバーレズ、スサノオと酒呑童子の織り成す戦闘。それは好戦的な者たちに挟まれた事により、別方向で続く事になりそうだった。