八百四十七話 妖怪達vs妖怪達
──"ヒノモト"。
『ギャハハハハ!』
『踊れ踊れ!』
『楽しめ!』
『呑めや歌えや!』
『おどらにゃ損損!』
至るところで戦闘が行われている最中、百鬼夜行の妖怪達は相も変わらず宴会の席で賑わっていた。
おそらく此処に居る妖怪達は両陣営の主力たちが戦っている事すら知らない事だろう。
『そう言や、主力の方々は何処に居るんだ? さっきから姿が見えねえが』
『そう言やそうだな。他の主力は兎も角、酒のあるところに酒呑童子さんが来ないなんて珍しい事もあったもんだ』
『何処かで酒盛りでもしてんのか? ま、いいか』
一部の妖怪達は主力達の存在についても話しているが、基本的には意に介していなかった。
元より主力クラスは主力や直属の部下以外の妖怪達とはあまり連まないのか、よくある事なのかもしれない。
『そうだな。気にしても意味がねえ。総大将の御言葉だ今は特に争わずこの宴を楽しむか!』
『『『オオーッ!』』』
宴の飲食物は豊富であり、正に酒池肉林。何処にこれ程までの資金があったのか分からないが、百鬼夜行なら誰にもバレずそれらを集める事は可能だろう。
ともあれ、居ないなら仕方無い。なので妖怪達は割り切ってこの宴会を楽しみ続けていた。
『お前達が百鬼夜行か。弱そうな奴等の集まりだな』
『こんな奴等、俺たちの相手じゃねえな』
『『『……。あ?』』』
──だがその宴会は、複数の何者かによって阻害されそうであるが。
『んだと? テメェ……』
『いきなりじゃねえか……随分な態度でよ』
『見たところお前達も妖怪か。数はそれなりみてえだな』
唐突に現れて失礼な事を吐き捨てた者達。その数は奥にも複数居るが、百鬼夜行の妖怪達は構わずに睨み付ける。
この楽しい宴の席。微酔い気分で心地が好かった妖怪達だが、流石にこのような事を見ず知らずの者に言われると癪に障るのだろう。
加えてその妖怪達が敵意を剥き出しにしているのも窺える。故に百鬼夜行の妖怪達は臨戦態勢に入り、構え直した。
『まだ酔いは覚めねえが……やるってんならやるぜ?』
『ああ。同じ妖怪なら、俺たちの事も知ってんだろ? つか、知ってたよな?』
『その様子……もう既にやる気だよな』
場には張り詰めた空気が走る。百鬼夜行の妖怪達は刀を抜き、妖力を高める。そのまま片手に持った酒を飲み干し、肉を食し終えた。
そんな百鬼夜行の妖怪達を見、別の妖怪達は言葉を続ける。
『クク……流石は有名な妖怪の群れ……物分かりが良いじゃねえか』
『一つ聞きたいんだが……お前達、百鬼夜行を抜けて俺たちの仲間にならねえか?』
『ああ、それが俺たちの目的だ』
『あ?』
『何言ってんだ?』
『……?』
臨戦態勢に入った百鬼夜行の妖怪達。そんな者達に向けて告げられた唐突な誘い。それを聞いた百鬼夜行の妖怪達は小首を傾げ、態勢は崩さずに聞き返す。
明らかに敵意を剥き出しにして姿を現した妖怪達。にも関わらず唐突に仲間に誘っているのだ。疑問に思うのも当たり前だろう。
妖怪達は笑って返す。
『そのままの意味だ。百鬼夜行なんか辞めて、俺たちと共に来るんだよ』
『そうだ。単刀直入に聞くがお前達。何でぬらりひょんに付いている? その理由を知っているか?』
ぬらりひょん率いる百鬼夜行。しかしこの妖怪達は、百鬼夜行の妖怪達に何故ぬらりひょんの元に居るのかを訊ねた。
小首を傾げ、百鬼夜行の妖怪達は返答するように言葉を続ける。
『何でってもな。そりゃ総大将は総大将だからだ』
『いつからだ?』
『ずっとだ』
『何故だ?』
『そりゃあ……何でだ? だが、総大将は総大将だ』
『……フム、成る程な』
百鬼夜行の妖怪達と、別の妖怪達による問答。どうやら百鬼夜行ではない妖怪達はぬらりひょんの能力について知っているらしく、その事について言及していた。
しかし百鬼夜行の妖怪達はそれをあまり気にしていない。それがぬらりひょんの能力なのだから当然だ。
『ハッ、気は済んだか? 一々面倒臭え事を聞きやがって。さっさとケリを付ける!』
『『『応!』』』
『フッ、まあいい。ぬらりひょんの力は弱まっていると聞く……早いところ片付け、五郎左衛門様にこの者達を引き渡すか……!』
『『『ああ……!』』』
百鬼夜行ではない妖怪達。そう、もう一つの妖怪達の群れ、山本五郎左衛門の部下である。
しかしこれにて五郎左衛門の目的は分かった。どうやら五郎左衛門達は百鬼夜行を我が物にし、更に勢力を伸ばすのが目的のようだ。だからこそ百鬼夜行の出現に便乗して姿を現したという事だろう。
百鬼夜行と山本五郎左衛門の群れ。人間の国"ヒノモト"にて、その群れ達が相対する事となった。
*****
「やれい、ガシャ髑髏よ!」
『……』
『『……!』』
──山本五郎左衛門の部下達が百鬼夜行に仕掛けていた時、そんな百鬼夜行の総大将であるぬらりひょんは自分達が作り出したガシャ髑髏を孫悟空たちとユニコーンに向けて嗾けていた。
命令に従うガシャ髑髏は白骨の巨腕を用いて孫悟空たちとユニコーンに振り下ろし、数十人の孫悟空と一匹のユニコーンは躱す。次の瞬間には大地が陥没し、盛り上がるようにクレーターが形成された。
『見た目は骨。スカスカの筈なんだが、妙に重い一撃じゃねえか』
『だが、あの巨体だからか動きは鈍いぜ。まあ、本来の巨躯の持ち主は重力の影響で存在する事すら出来ないんだがな』
『巨躯の自由な動きは今に始まった事じゃねえだろ。この世界では巨体だろうが極小サイズだろうがあまり関係ねえよ』
ガシャ髑髏の一撃はそれなりの威力。孫悟空本人は無傷だろうが、分身たちは消え去ってしまう程度の威力があった。
本来は重力などによって巨体は存在出来ないが、そんな理論はこの世界に関係無い。その様なモノはその様なモノとして確立されている。故に身体が受ける重力の影響は全員が常人と同等という事だろう。ただ常人よりも遥かに強いだけである。
『取り敢えず、あのデカブツはさっさと片付けてぬらりひょんを捕らえるか!』
『『『よっしゃー!』』』
『元気ですね、貴方たちは……。まあ分身なので同一人物なのですけど、それは捨て置きましょう』
動きは孫悟空たちから見れば鈍いが、その巨体は厄介。なのでぬらりひょんとガシャ髑髏は孫悟空とユニコーン、孫悟空の分身たちが分断して戦う事にした。
分身の数は数十人。分身よりも力のある本体に幹部のユニコーン。戦力を均等に分ける事は出来ていた。
「フム、面倒じゃな。ユニコーンは捨て置き、斉天大聖とその分身による数の暴力はキツイものがある」
分断した瞬間、動きが追い付けそうなガシャ髑髏にはユニコーンが。素早く回避力の高いぬらりひょんには孫悟空が付いて嗾けた。
因みに孫悟空は分身たちを使っているが、ぬらりひょん相手にはあくまで孫悟空一人で挑んでいる。残りの分身たちは全てをガシャ髑髏に向けていた。
『伸びろ、如意棒!』
「……っ」
亜光速で神珍鉄からなる如意金箍棒が伸び、目の前に居るガシャ髑髏の腕を粉砕してぬらりひょんに突き進んだ。
ぬらりひょんはそれを見切って躱し、再び刀を構えて孫悟空の様子を窺う。次の瞬間に孫悟空はぬらりひょんの背後に回り込んでいた。
「成る程、神通力かの……!」
『ああ。俺も神仏の一角。これくらいはやれるぜ?』
それは孫悟空が神通力である"神足通"を使って回り込んだようだ。
ぬらりひょんに正面から挑んでも躱されるのが関の山。それなら一噌、惜しみなく術を用いて嗾けるのが最良と判断したのだろう。
その判断は正しかったらしく、背後に回り込んでいた孫悟空の如意金箍棒が薙ぐように振り下ろされ、ぬらりひょんの縦長な頭を叩き抜いた。
それを受けたぬらりひょんは一瞬脳震盪が起こって意識が遠退き、次の瞬間には顔から地面に叩き付けられていた。
手応えを確認した瞬間、孫悟空は更に畳み掛ける。
『"妖術・巨人の術"!』
「くっ……!」
次に放った巨大化させた腕からなる、腕を鎚のように扱った氷柱割り。それを意識の戻ったぬらりひょんは辛うじて避け、後頭部に走る痛みを感じながら構え直した。
「容赦無いのう……。老体は労らんか戯け者め……!」
『老体か。そんな俊敏な動きをする老人はあまり居ねえよ。あと、情報は聞き出すつもりだから殺しはしねえが、本来なら後頭部を殴っただけでお前は意識を失う算段だったんだがな。残念だ』
「フッ、儂も遊び呆けておる訳ではないからの。油断はせぬ事だ」
『油断なんか出来るかよ。能力を使われたら厄介だからな。ま、今の俺には効かねえけど、それも時間の問題だ』
「それを自分で言うか。いや、時間を無いように見せる作戦かもしれぬな。気を付けよう」
孫悟空のそれなりに力を込めて放った一撃でも一瞬の脳震盪だけで済んだぬらりひょん。やはり肉体的な硬度もかなりあるようだ。
しかし確かなダメージは与えられた。孫悟空とぬらりひょんの力の差から考えてあと数撃と言ったところだろうが、ぬらりひょん相手では一度見せたやり方がもう一度通じるとは思い難い。そう何度も上手く行く筈が無いだろう。なので孫悟空は手法を変えて嗾ける。
『"仙術・鳳林の術"!』
「……!」
刹那、神鳥が羽を広げるかのような花の咲いた木々が連なり、ぬらりひょんの周りを囲み込んだ。
その全ては仙術からなる木。故に強度もかなりのもの。ぬらりひょんは即座に刀を薙いで切断を試みるが表面の薄皮を剥ぐのがやっとの様子だった。
「成る程の。この林。此処にある全ての木々は神樹か。妖力によって強化しただけの刀ではどう足掻いても斬れぬようだ」
『これで逃げ場は塞いだぜ? 後は正面から打ちのめすだけだ!』
「逆に言えば、お主も正面から来るという事じゃろう?」
『ああ』
刹那、孫悟空は自分自身が加速し、一気にぬらりひょんとの距離を詰め寄る。ぬらりひょんは孫悟空の軌道に刀を向け、次の瞬間には孫悟空の眼前に刀の切っ先が。ぬらりひょんの眼前に如意棒の先端が向いていた。
「じゃが、どうやら避けられそうじゃな」
『そうみたいだな。逃げ場を塞いだとしても、少しは隙間が残る』
次の瞬間に二人は互いに向けられた凶器を躱し、刀と如意棒を避けた方向に薙ぐ。
それも避け切り、ぬらりひょんは逆に林を利用して飛び交う。
「考えてみれば、態々神樹を切る必要も無いか。逃げ場がそれによって塞がれているのならそれを利用するまでだ」
『ハッ、逆に逃げ場を与えたか? まあいい。それは大した問題じゃねえからな』
木から木に跳び移り、隙を見つけては斬り掛かる。その速度は見切れないものではないが対処するのは少し大変だ。
しかし孫悟空は構わずに如意棒で応戦し、死角から来る攻撃を全て防ぐ。
『伸びろ如意棒!』
「……!」
『ぜあっ!』
それと同時に如意棒を伸ばし、大きく振り回して木々を薙ぎ払う。自分で作り出した林だが、動きを止めるのが目的だったのでそれが破られては存在している意味が無いのだろう。
ぬらりひょんの一撃では小さな傷が付く程度のダメージだったが孫悟空は一撃で消し去り、神樹の林は魔力の欠片にして散らす。そしてぬらりひょんの方向に構え直した。
『伸びろ、如意棒!』
「……ッ!」
亜光速で棒が伸び、ぬらりひょんの脳天を貫いて弾き飛ばす。その威力は貫通してもおかしくなかったが、どうやら貫通はしなかったらしい。しかしちゃんと手応えはあった。
『さっきまでは翻弄されていたが、大分慣れてきたな。ガシャ髑髏とやらもアイツらが相手をしてくれている。そろそろ終わらせるぜ?』
「……。フッ、やはり強いのう。じゃが、此方としてもそう簡単にやられては話にならぬ。まだまだ行かせて貰うぞ……!」
額を拭い、鮮血を拭き取る。垂れ流しのままでは血によって視界が狭まる事もあるので一時的にとは言え血は払ったようだ。
それと同時に刀を構え、孫悟空も変わらず如意金箍棒を構え直した。
百鬼夜行配下の妖怪達が山本五郎左衛門傘下の妖怪達と相対する中、ぬらりひょんとガシャ髑髏が織り成す孫悟空たちとユニコーンの戦闘も継続するのだった。