八百四十五話 もう一つの群れの幹部
「魔王の力、見せてみろよ!」
「言われずとも見せてやろう……と言いたいが、拙者で主の相手をするのは少し荷が重いかもしれぬな」
五郎左衛門の目的を暴く為にも、ライは早速踏み込んで嗾けた。
ライも魔王の力を扱えるが、それは一部の者にしか知られていない事柄。だからこそライは同じく魔王を謳われる五郎左衛門の実力を確かめてみようという魂胆のようだ。
「オラァ!」
「ぬぅ……強烈……!」
しかしまだライは魔王の力を纏わず、素の腕力で拳を打ち付けた。また咄嗟に刀でそれを受けた五郎左衛門だが、それでもそれなりには効いたらしく怯みを見せる。続くようにライは刀を掴んで振り回し、五郎左衛門の身体を近くの建物に叩き付けた。
「……ッ!」
「それでも刀は離さないか。それを話せば衝突は避けられたかもしれないのに」
先程の一撃で吹き飛んだ五郎左衛門によって複数の建物が砕け散り、周囲には粉塵が舞い上がる。
砕けた建物を見、五郎左衛門の刀を気に掛けていたライはアマテラスの方を見やる。
「あ、悪いアマテラス。街の建物を破壊しちゃった。後で修繕しとくよ」
「フフ、構いませんよ。幸い人の居る種物ではなく廃屋でしたから。……あ、いつの間にか廃屋が連なる場所に来てしまいましたね。どの道壊す予定の建物なので此処から半径数キロは破壊しても問題ありません」
「へえ……。って、何でこんなに廃屋があるんだ? "ヒノモト"の中でも栄えていた街が衰退したのか?」
「えーと……まあそんなところです。その原因は私にあると言うか何と言うか……昔閉じ籠った事があり、その時厄災に見回れて街が……」
「……? 気になるけど、あまり話したい雰囲気じゃないな。別に話さなくても良いさ。取り敢えず此処から数キロは戦っても問題無さそうだからな。それだけ分かれば有難い」
此処は昔に何かあった廃墟街のようだ。その原因はどうやらアマテラスにあるらしいが、バツが悪そうなのでライは言及せず五郎左衛門の捜索に向かった。
建物を破壊した事を気に掛けていたライだが、暴れられると分かれば話は早い。さっさと五郎左衛門を打ち倒してレイたちの元に行きたいところである。
「気配の方向は……。……なんだ、自分から近付いて来ているや」
「ウム、先程から先に仕掛けられているからな。今度は此方から行かせて貰う」
なので五郎左衛門を探そうとしたライだが、どうやら今度は向こうから来てくれたらしい。そんな五郎左衛門を前に拳を構え、五郎左衛門は迫ると同時に斬り付けた。
「はあ!」
「よっと!」
「……っ! 成る程、全身に自分の都合の悪い事柄を無効化する力が宿っているようで御座るな」
「ハハ。まあな」
斬り付けはライが足で受け止め、蹴るように五郎左衛門を弾き飛ばす。それを見てライの身体には全身にその様な力が宿っていると理解し、手法を変えて嗾けた。
「それなら物理的な力と異能を合わせてみるか」
「もう既に似たような物だけど、違うのか?」
「ああ。妖力を高めれば相応の力になる。基本的に強度と切れ味を上げるだけで良いが、主相手ではそれもあまり意味がないからな」
それは刀に纏わせた妖力を更に上昇させ、完全に調和させて合わせる事。
通常の強化とは違い、妖力の成分が均等に分けられているので物理的な力と特殊な力が同時に放てるようだ。通常の強化より妖力を消費するが、確かに良いモノだろう。
「ま、俺は二つとも無効化するから意味無いけど」
「その様で御座るな。何とも厄介な体質。しかし、その力は両立出来る事が可能とは分かっただけ収穫と考えられるかもしれぬ」
無論、片方の無効化を一つずつしか使えないという訳ではないライからすれば合わせ技も無意味であるが。
前までは一方を使っている時は一方が使えない。もしくは弱まる事もあったが、成長によってライの宿す物理的な力の無効化と魔王の宿す異能を無効化する力が両立出来ているようだ。
「まあ、それでも完全な無効化じゃないけどな。両立出来る範囲はあくまで俺の実力と同じくらいだ」
「……。まるで別の何かに力を借りているかのような口振りで御座るな。確かに何かの力を感じる」
「そう言えばアンタには関係無い事だったな。けどまあ、アンタの技くらいなら簡単に受けられる」
ライが無効化を両立出来るのは、あくまで今のライ自身が使える全力並み。つまり魔王の七割に匹敵する力くらいしか無効化出来ないのである。
それでも銀河系破壊クラスの力は無効化出来るので五郎左衛門の刀なら容易く受け止められる事だろう。
「それは困ったな。拙者に成す術が無くなってしまった。止む事無く仕掛け続ければ好機は訪れるやもしれぬか、一先ず仕掛けるとしよう」
ライの説明を聞き、その実力も目の当たりにした五郎左衛門は少し悩むが、仕掛け続ければ何かあるかもしれないと一先ず嗾ける事にしたようだ。
踏み込んだ瞬間に常人なら目にも止まらぬ動きで加速し、一瞬にして数百回斬り付ける。
「確かに何千、何万、何億……無限にでも斬り付け続ければ少しは効果があるかもしれないな。けど、そんなに食らうつもりが無ければそんなに長引かせるつもりもないさ」
「無限という言葉が出てきた時点で拙者の攻撃は全て永遠に効かないと言っているようなものであるが、少しは効果があるかもしれないという言葉の方を信じてみるとしよう」
斬撃は全て躱す。ライの言葉からしても回数は関係無く、絶対に攻撃は効かない可能性は高いが、一応その後の言葉を信じて仕掛けるようだ。
突きから入り横薙ぎ、流れるように縦斬りを繰り出してからの薙ぎ払い。そして一度刀を鞘に納めてから踏み込み、光を越えて居合い斬り。一連の動きは洗練されており、常人なら最初の突きで全身が消滅していた事だろう。そしてそれを仕掛けられていたライはと言うと、
「な。当たる当たらない以前の問題だっただろ?」
「その様で御座るな。無限に斬り続ければ好機が訪れたかもしれぬが、そもそもが当たらぬ……!」
無論、その全てを避けていた。
洗練された超一流の動き。そんな動きの全てを容易く躱し切り、次の瞬間には回し蹴りを打ち付けた。
「よっと!」
「……っ」
またもや刀で受け止め、弾き飛ばされる五郎左衛門だが毎回直撃は避けてくる。やはり相応の実力はあるという事なのだろう。
「私の出番は無さそうですね。ライさん一人で平気そうです」
そんなライと五郎左衛門の様子を見やり、主神の割には何も出来ていないアマテラスは悩むように肘に片腕を乗せ、その手で頬を抑えていた。
周りには敵対する妖怪達。なので何匹かの妖怪達は倒しているが、主力クラスを倒せていないのが気掛かりのようだ。
『それなら、我ら幹部と相対すると言うのはどうだ? 天照大御神よ』
「……。そうですか。そう言えば貴方達も組織。首領を山本五郎左衛門とするのなら、当然幹部という存在も居る筈ですね。私自身、このまま何もしないというのは思うところがありました。故に御望み通り貴方達を討ち滅ぼしましょう」
そしてタイミング良く、アマテラスが望む主力クラスが話し掛けて来る。その者は廃屋の屋根の上に居るらしく、まだ姿はよく見えない。だが徐々に月が移動し、その姿が明らかになった。
『名乗り遅れたな。我が名は"牛鬼"。お主の血肉、貰い受ける』
「これはこれは……。有名な御方ですね」
──"牛鬼"とは、牛の頭と蜘蛛の身体を持つ妖怪である。
残忍で獰猛な性格であり、毒を扱う事が出来て人を食い殺す事を好むと謂われている。
山間部から森に林、川や湖に沼など様々な場所で目撃情報があり、神出鬼没を体現した存在だ。
神の化身や椿の精霊という説もあるが、詳しい事は不明である。しかし椿のある場所に出現する事が多いらしい。
残忍で獰猛な、人肉を好む凶悪な妖怪。それが牛鬼だ。
「しかし、貴方程度が神である私に勝てると御思いでしょうか? 伝承では侍に斬られる事が多いですし」
『フッ、それはあくまで伝承ではの話だ。あまり舐めて掛からぬ方が良いと教えておこう』
「そうですか。肝に命じて置きましょう」
その存在、牛鬼を前にしてもアマテラスは狼狽えない。神であるアマテラスからすれば妖怪は少し次元の小さな存在。大国を滅ぼした実績のある九尾の狐や天上世界を一瞬で火の海に出来る大天狗クラスならまだしも、常人を食うだけで侍にやられた伝承が多い牛鬼は然程脅威に感じていないのだろう。
しかしそんな牛鬼も牛鬼で伝承の事は意に介していなかった。確かに殺された伝承は多いが、もし居たとしても此処に牛鬼が居る時点で殺されたのは自分とは個体の違う存在。それらの牛鬼の力は自分より劣るモノと判断しており、此処に居る牛鬼は余裕の表情だった。
ふとアマテラスは周りを見て言葉を続ける。
「それで、貴方は"我ら幹部"と申しましたね。もう一人、一匹、一体、もしくは複数? ……取り敢えず、貴方以外の幹部の姿が見当たらないのですが、何処に居るのでしょう?」
それは、牛鬼の言葉から知った事。
牛鬼は確かに"我ら幹部"と告げた。それならこの場に他の幹部が居ても良さそうだが、そんな存在は見当たらない。疑問に思うのも当然だろう。牛鬼は言葉を返す。
『それならもう既に仕掛けている』
「……!」
次の瞬間、アマテラスの上から一つの穴が降り注いだ。それは比喩ではなく、本当に穴が降ってきたのだ。
アマテラスはそれを避け、踏み込みと同時に距離を置く。そして穴の正体に気付いた。
「……成る程、"野槌"ですか」
──"野槌"とは、蛇のような風貌に大口のみがある妖怪だ。
前述したように蛇のような身体に頭部が口というだけで目も鼻も無い見た目をしており、大きさは普通の蛇より少し小さい。大きいモノでも三尺、つまり九〇センチメートル程とされ、野の精霊である伝承があり山奥に棲んでいると謂われている。
主にリスやウサギなどの小動物を主食としているが、シカのような大きめの動物を食したり人間を食する事もあるという。
野槌を見た者は病を患ってて死する事があり、野槌に当たった者は死ぬという存在自体が災害のような伝承もある。そして人に化ける事もあると謂われている。
小さな割には様々な伝承があり、存在が危険な妖怪、それが野槌だ。
「小さな身体に似合わない大きな口ですね。私なんか一口で食べられてしまいそうです」
『…………』
『そうだろうな。しかし見たら病に掛かると云われているが……どうやら神である主相手ではその呪いも効かないらしい』
アマテラスの言葉に返したのは牛鬼。どうやら野槌には、口はあるが話せはしないらしい。そして野槌を見たら起こる問題だが、アマテラスは神なのでその様な呪いは効かないようだ。
本来は神であろうとそう言った呪いの類いは無効化されない筈だが、存在その者に厄災を払う力が宿っているアマテラスだからこそ効かなかったのだろう。本人もこの廃墟街を作り出してしまった理由に自分が関係していると述べていた。
「まあそれはどうでもいい事です。しかし意外ですね。貴方のような者が誰かに仕えるなんて。誰の下にも付かない者と思っていました」
『なに、下に付いている訳ではない。百鬼夜行と違い、此処は自由だから属しているだけだ。まあ、百鬼夜行も自由ではあるが、此方の方が条件は良かったからな』
「そうですか。その条件というものは気になりますけど、貴方のような性格の者が良しとする条件は良いものでは無いのでしょうから聞きません。取り敢えず、貴方と野槌を打ち倒し、この街へ及ぼす被害を抑えますか」
牛鬼は自由な妖怪である。元々妖怪自体が自由な存在だが、この世界では個々で行動するよりも徒党を組んで行動を起こす者が多い。牛鬼もその一つだが、条件が良かったので五郎左衛門の下に付いているとの事。アマテラスはそれも良くない事と考えて条件は聞かず、牛鬼と野槌。二匹の幹部に向けて構え直した。
ライと山本五郎左衛門が廃墟街で戦闘を繰り広げる中、この街の主神であるアマテラスも戦闘態勢に移行するのだった。