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八百四十二話 フォンセ、月と夜の神vs九尾の狐

『堕ちよ、この街諸ともな……!』

「いきなり仕掛けて来るか」

「フム、これが九尾の力か」


 九尾の狐と相対していたフォンセとツクヨミの頭上から、妖力からなる塊が雨のように降り注ぐ。

 雲を払って月を出した瞬間に行われたこの攻撃。フォンセとツクヨミはあまり大きな反応を示しておらず、フォンセが魔力を込めた。


「これくらいなら防げるが……一応街も護っておくか。"巨大な傘(ビッグ・アンブレラ)"!」


 降り注ぐ妖力に対して放ったのは魔力からなる巨大な傘。傘は本来の用途通り開き、九尾の放った妖力の雨を全て防いだ。

 一つ一つの威力はおそらく巨大建造物破壊クラス。なのでフォンセとツクヨミは食らってもほぼ無傷なのだろうが、街が崩壊し兼ねないので傘を開き妖力()に濡れるのを防いだという事である。

 次の瞬間に九尾は九つの尾を揺らしながら二人の前に降り立っており、妖しい力を全身に秘めていた。


『"妖光弾シン・チンギェン・ツダン"!』


 それと同時に放たれたのは先程の雨よりも強力な妖力からなる光の球。

 光の球は光の速度ではないがかなりの速度で迫っており、着弾すれば広範囲を巻き込む爆発を引き起こすだろうというのは理解出来る破壊力があった。


「さて、次は私が防ごう。このまま客人に任せっ切りというのは頂けない。主力としての顔が立たないからな」


『ほう?』


 それに対し、フォンセに任せっぱなしというのに思うところがあるツクヨミが立ちはだかる。

 刀に手を掛け、落ち着いた足取りで迫る光球に構える。


「まあ、この攻撃を防いだくらいでは貢献出来る事も限られているがな」


 そのまま刀を抜き、光球に軽く触れて、触れるだけで軌道を逸らした。

 逸らされた光球は闇夜の空に舞い上がり、光の爆発を引き起こして"ヒノモト"を照らす。

 特に何をしたという訳でもなく、切っ先のみで光の軌道を逸らす剣技。基本的に正面から切り裂き自分へのダメージのみを抑える剣士が多い中、ツクヨミのこの技術は流石と言える実力だろう。


「さて、仕掛けるぞ。九尾の狐……!」

『ホホ……来るが良い。返り討ちにしてくれるわ!』


 降り注ぐ破裂の後の光の欠片を余所にツクヨミは駆け出し、月光のような軌跡を描く速度で九尾の眼前に迫った。

 一瞬にして到達したツクヨミが刀を振るい、九尾は妖力の込めた尾を束ねて刀を防ぐ。


「成る程。尾の壁と言ったところか。妖力によって柔らかな尾が硬くなり、盾の役割を果たす」


『そうじゃな。そしてその盾は、カウンターのように一撃となる』


 防いだ瞬間にその刀を飲み込み、吸収するように力を込める。別に本当に吸収しているのではなく、次の瞬間に尾をバネのように弾いてツクヨミの身体を弾き飛ばした。

 飛ばされたツクヨミは空中で優雅に回って着地し、九尾へと向き直る。九尾は変わらず不敵な笑みを浮かべていた。


『"柔"にして"剛"。"剛"にして"柔"。妖術のみならず、わらわの肉体は武器にも盾にもなりうる。便利なものじゃろう?』


「ああ、本当にな。力だけで攻めるのは意味が無さそうだ」


「それなら私の魔術が良さそうだな。まあ、それでも必ず破れるという訳では無さそうだがな」


 纏う妖力次第で九尾の有する尾は武器にも盾にもなる。なので純粋に斬り付けるだけでは分が悪いとツクヨミは判断し、フォンセが魔力を込めて前に出る。

 しかし魔術師のフォンセが前線に出るとして、それでは少し問題があるだろう。なのでほんの少し前に出ただけであり、中、遠距離をフォンセ。近距離をツクヨミが相手取るという方向で行動を起こしているようだ。


「なら、私が囮となって陽動しよう。敵の目の前でそれを実行しても意味があるか分からないがな」


 それだけ告げ、ツクヨミは大地を踏み込んで駆け出した。

 瞬く間に九尾の狐との距離を詰め寄り、再び刀を振るう。陽動の話は九尾に聞かれないような声音で話していたのでおそらく大丈夫だろうが、果たして掛かってくれるのかが不安である。


「はあ!」

『またか。懲りんのう』


 振るわれた刀は九尾の尾によって受け止められ、辺りに衝撃波が広がる。しかしどうやら乗ってくれたらしく、先程と同様弾き飛ばされると同時にフォンセが魔力の塊を放出した。


「"魔力の弾丸(マジック・バレット)"!」


 弾丸とは名ばかりに、縦横無尽に飛び交う魔力の塊が前後左右から九尾の狐を囲い込んだ。

 ツクヨミは弾かれるように飛び退き、九尾に魔力の弾丸が着弾する。


『この程度か。"妖力の壁(ヤオリー・シャンビー)"』


 その魔力の弾丸は九尾が自分の周りに展開させた妖力からなる壁で防ぎ、そのまま消し去る。それによって粉塵が舞い上がるが次の瞬間にその粉塵の中から九つの尾が槍のように放たれた。

 フォンセとツクヨミはその尾をかわし、尾は大地に突き刺さって新たな粉塵を舞い上げる。


「本当に槍のように扱うんだな。はて、今までにこの様な攻撃をした事があったかどうか……」


「威力自体はそこそこ。まずまずと言ったところか」


 強度はありそうだが、威力は先程の妖力の雨などと同じようなもの。二人にとっては大した破壊力が無さそうだが、範囲が狭いだけでフォンセやツクヨミにも通る一撃かもしれない。避けるに越した事は無いだろう。


「取り敢えず、展開される妖力の壁が厄介だな。斬り伏せる事が出来るかどうか」


「あの壁は確かに厄介だな。その精度は本人の匙加減さじかげん次第ではあるが、大陸を破壊出来る力があって初めて破れる存在だ」


「大陸を破壊か。それは文字通りの意味なのだろうな。展開される壁を打ち破るには一撃で大陸を砕ける力が必要という訳か。範囲は捨て置き、一点に集中して範囲を抑えればやれそうだ」


 避けると同時に二人は九尾の狐の尾を駆け抜け、話ながら九尾へ迫る。その間にも無数の妖弾が放たれるが全てをかわし、九尾の眼前に到達した。


「はっ!」

『……ッ!』


 そしてツクヨミは刀で妖力の壁を切り裂き、そのまま刀を九尾の肩に突き刺した。

 その箇所からは鮮血が吹き出し、九尾は身体を震わせてツクヨミを弾く。次に見た九尾の顔には余裕の笑みが消え去っており、怒りをあらわにして睨み付けていた。


『貴様……! よくもわらわの高潔な身体に傷を付け、気高い血を流させたな……! 傷自体は即座に癒えるが、傷を付けた事実は許せぬ行為……! 重罪だ! 死を持って償わせてやる!!』


「そうか。それは悪い事をしたな。自分を護る壁を過信していたからその隙を付いただけなのだがな。確かにそれなりの強度はあったが、何とかなった」


『フン、その余裕、即座に消し去ってくれる……! お前達を纏めてな!』


「相変わらず短気だな。私まで巻き込むか」

「まあ、君から教えて貰ったからな。あの壁の事を。同罪さ」

「爽やかな顔でそれを言うか」


 怒りを見せる九尾に対してフォンセとツクヨミはあまり大きく考えていなかった。

 九尾の怒りを見慣れたフォンセは兎も角、ツクヨミもあまり大きく考えていないのは怒っている者にはあまり関わらない方が良いと知っているからだ。

 最も、その怒りの原因はそんなツクヨミ自身にあるのだが。本人は気にしていない様子だった。


わらわの怒り……受けてみよ!』

「私はもう何度も受けた」

「私は初めてだが、折角だ。経験しておこう」


 九つの尾に再び妖力を集中させ、光球を形成する。次の刹那にそれら全てが解き放たれ、高速で進んでフォンセとツクヨミに迫った。


「フム、全てを逸らすのは骨が折れるが、そうしなくては街が持たないな」


「また私が傘でも開けば良いかもしれないが、今回は九尾がそうさせてくれないだろうな」


 ツクヨミは刀で柔らかく返し、天空に光球を逸らして破裂させる。

 その一方でフォンセは幾つかを防ぐが、全てを防ぐには九尾が邪魔をするだろうと視線を向けた次の瞬間、予想通り九尾の九つの尾が迫っており、鞭のようにしなる槍のような破壊力でけしかける。


「光球と尾の槍。その他にも妖力の壁等々。まだあまり技は使っていないが、それだけでも十分に戦えているな。いや、私も刀のみでの攻め。あまり変わらないか。しかし厄介だな」


「ああ。この騒ぎの中でも街の者達が一人も居ないのは気に掛かるが、そんな事を気にしている場合じゃないな」


 九尾の尾を避け抜け、光球を逸らして防ぐ。そのまま近距離に迫り、ツクヨミは再び刀を振るった。


「はあ!」

『二度は受けぬ!』


 対する九尾は先程の妖力の壁を全て一本の尾に集中させ、その刀を正面から防いだ。それによって再び砂塵が舞い上がり視界が消え去る。


「一本に集中させているな。それなら他はおろそかと考えるのが妥当か。"無数の槍(カウントレス・ランス)"!」


 その粉塵目掛け、ツクヨミの位置を把握して九尾にのみ魔力からなる、槍魔術とは違う槍を放つ。

 放たれた槍は粉塵の中に被弾し、"ヒノモト"に振動を走らせた。


『フフ……一人の相手をしていてもこの程度の力くらいなら容易く防げる……! お主が少し強くなったからと言って、わらわの力をあなどっているな?』


「別に侮っていないさ。しかし、確かに私たちには街を護らなくてはならないハンデがあるな。此処を含めて既に幾つかの建物は砕けているが、護りながら戦うというのは少し大変だ」


「本来、街を護るのは私の役目なのだがな。中断も出来なさそうだ。早いところ決着を付けるとしよう」


 街を護る事も重要な今、九尾の狐との戦闘を早めたいと考えるフォンセとツクヨミ。本来はフォンセに街を護る義務など無いのだが、その様な事を自然に担ってしまう性格なのだろう。

 だからこそ二人は会話を中断し、怒り狂う九尾の元に駆け寄る。


「悪いがその身体。意識を失うまで斬る事になるかもしれない。心してくれ」


『フン、舐めおって……。それならばわらわも更に力を出そう……"無数の尾(ウスウ・ウェイバ)"!』


 駆け寄るフォンセとツクヨミに対し、妖力から九つ以上の尾を形成して一斉に放出する。

 一つ一つにはかなりの破壊力が秘められており、二人は尾の弾幕を切り抜けて突き進む。


「一つ一つの強度は本人の尾より劣るみたいだが、数が多いから厄介だな。威力はそのまま。いや、少し軽いか」

「一つ一つの処理自体は然程さほど難しくないんだがな。まあ、一先ず九尾を仕留めるか」


 妖力からなる尾を斬り伏せ、破壊し、消滅させて二人は進む。

 本人たちも理解しているように一つ一つは然程脅威ではない。大陸を砕く力は要らず、軽く薙ぐような一連だけで粉砕出来た。


『まだまだよ!』


 しかしそれは九尾にとっても想定の範囲内だったようだ。まだまだ妖力からなる尾の波が押し寄せ、街全体を尾が飲み込む。


「埒が明かないな。一つ一つは大した事無いのだが、如何せん数が多い」


「そうだな。私が焼き払っても良いのだが……それを実行すれば街その物が焼かれてしまう」


 刀の斬撃に最小限の範囲にのみ放つ魔術。それらで自分に降り掛かる尾は消し飛ばしているが、所詮はそこまで。街の事もあるので手数の不利さが厄介なところだった。これでは九尾に近付く事すらままならないだろう。


「空間移動の魔術を使っても良さそうだが、九尾は空間に干渉出来るからな……やはりみずから本体に近付かなくてはならないのが面倒だ」


「フム……こうなったら少しばかり本気を出した方が良さそうだな」


「……!」


 街に及ぼす被害を最小限に留めるのが大前提。だからこそどの様に動くか迷っていた瞬間、ツクヨミが少し本気を出すと告げてフォンセの眼前から姿を消した。──否、消え去るような速度で移動した。

 そのまま光の軌跡を残して進んだツクヨミは一瞬にして九尾の眼前に迫り、勢いよく刀を振るった。


『……っ。この様な動き……!』


「すまないな。あまり速く動くと街が砕ける。だから力を抑えつつ高速で移動する他無かった」


 その振るった瞬間は九尾の視界にも映らない。話しているうちに九尾の背後へと回り込んでおり、既に九尾の肉体は切り裂かれていた。


「しかし頑丈だな。大抵の物は切り裂けると自負じふしているが……お前には少し肉を抉る程度のダメージしか与えられなかった」


『……ッ!』


 告げられた瞬間に切り口が開き、大きく出血して鮮血が舞い散る。どれ程の動きかは分からないが、一瞬にして何千、何万回も斬ったのだろう。

 しかしそれ程の斬撃を持ってしてもなお、四肢や尾を切り離す事が出来なかった現状、本人曰く大抵の物は切り裂けるらしいが、妖力で強化されている九尾の肉体はそれ程までに頑丈だったようだ。


『おのれ……おのれおのれ……!! 許さん……許さんぞ月と夜の支配者!』


「勘弁してくれ。この世界で支配者と言うと別の存在を彷彿とさせてしまう。確かに私は月を司り、夜を治めているが……月と夜の神はこの世に多いからな。この世界で支配者を名乗るのは少し烏滸おこがましいかもしれない」


 傷は即座に再生するがより一層怒り狂い、九つの尾をなびかせて妖力の尾を更に増殖させる。ツクヨミが少し本気を出した事もあり、九尾もより本気に近くなった。

 それらの尾をいなすフォンセも九尾に近付き、此方の戦闘も激化する。フォンセ、ツクヨミと九尾の狐が織り成す戦闘は続くのだった。

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