八百四十一話 エマ、リヤンvs大天狗と天狗
『掛かれ!』
『『『はっ!』』』
──大天狗の命令と共に部下の天狗達が統率の取れた動きでエマとリヤンを囲い込む。
百鬼夜行の中でも統率力のある大天狗。故に仲間を連れてきた以上、個々で仕掛けるやり方もあるがこの様に連携して翻弄。仕掛けるのが一先ずの目的なのだろう。
「案外今までに無かった敵だな。大天狗自身とは何度か会った事はあるが、主力クラスとなると基本的に自身の力のみで攻めている。まあ、兵士と主力の差からして当然なんだがな」
「うん……。けど天狗は一人一人が神って云われておる存在……生物兵器の兵士達より圧倒的に強いし……少し大変……」
今までエマたちは、様々な者と戦った経験がある。その中には連携して攻めてくる者も居たような気もするが、あまり記憶に無い。主力という存在の実力は一般的な兵士と比べて地の底と宇宙の果てくらいの差があるのだから当然だ。
だからこそ今回の天狗達の相手は少し貴重な体験である。今後にこの様な機会が訪れるのかは分からないが、統率の取れた主力クラスとの戦闘経験を積んでおくのも悪くないだろう。
『ふっ!』
『はっ!』
『はあ!』
背中合わせに天狗達の動きを読み取るエマとリヤンの周りをそんな天狗達が縦横無尽に飛び交い、刀や扇。槍などを用いて嗾ける。
だがそれらの近接のみならず、天狗達は近接と神通力からなる中、遠距離の攻めを使い分けて仕掛けていた。
近接戦が得意なエマ相手には神通力からなる遠距離攻撃を。遠距離攻撃が得意なリヤン相手には武器を用いた近接戦を。別に二人ともそれらが苦手という訳ではないが、どちらかと言えば得意なのはエマは近接。リヤンは中、遠距離。なので少しでも勝率を上げる為のやり方のようだ。
『私の風に乗れ、お前たち!』
『御意!』
『忝う御座います!』
『有り難き幸せ!』
統率を崩さずに飛び交う天狗達は大天狗の扇からなる風に乗り、加速して飛び回る
本来の速度でも音速は出せるだろう天狗。今は大天狗の力によってその五倍は出せている筈だ。
「行くぞリヤン!」
「うん……!」
『『『…………!』』』
だが、音速の五倍程度はエマとリヤンにとって大した速度では無かった。
天狗達の動きを完璧に見切った二人は跳躍し、エマは雷雲を生み出し、リヤンは幻獣・魔物の力を用いて、互いにどちらかと言えば得意じゃないかもしれない攻撃で数人の天狗を打ち落とした。
『フム、やはり少し力不足だったか。それなら……"仙術・包容神仏"!』
「「……!」」
エマとリヤンにはちょっとした速度の変化は大した事が無い。なので大天狗は仙術を用いて天狗達の周りに何かを形成した。
それはその名が示すように天狗達を覆っている。おそらく大天狗の妖力のようだ。それを見た瞬間、エマは何をしたのか理解した。
「成る程な。味方の身体能力を何段階も上昇させたか」
『ご名答。……と言わずとも分かるか。今の様子を見ればな』
大天狗が作り出したのは自身の妖力と神通力からなる膜。それを天狗達の周りに張り巡らせる事で妖力を供給させ、天狗達の身体能力を著しく上昇させているようだ。
エマが気付いたのは天狗達が動き出してから。音速の五倍程度だった速度もかなり上昇しており、今なら第一宇宙速度から第三宇宙速度の中間クラスはあるだろう。
「まだ見切れるが……速度だけでなく素の力や神通力の威力も上がっているみたいだな。少し面倒だ」
「うん……。数がそれなりでこの動きだから大変……」
大天狗によって能力が上昇し、且つ相変わらずの統率。二人なら対応する事は出来るが、それでも少々難しい事だろう。要するに天狗の一人一人が主力クラスに迫る実力になったという事なのだから。
元より天狗、河童、鬼は百鬼夜行の準主力。強化されれば相応の強さになるのも頷ける。
『隙あり!』
「ふふ、隙など無いさ」
『……!』
飛び交い、神通力を集結させて力を放出する天狗に向け、風の塊を放出して嗾けるエマ。天狗は強化された速度で何とか避けたが風の塊は天空にて破裂し、残っていた雲を全て吹き飛ばした。
その風圧で飛び回る天狗は少し怯み、その隙を付いてエマが蝙蝠のような翼を広げた。
「逆に、貴様の方が隙だらけだな?」
『……っ。お主が作った隙だろうに……!』
そのまま眼前に迫り、天候を纏めた掌を天狗に翳す。しかし天狗はその僅かな時間で集中し、神通力を用いた。
『"神足通"!』
「……! ほう?」
思い通りの場所に行ける神速通。それを用いた事で天狗はエマの前から姿を消し去り、背後に回り込んで刀を薙いだ。
『はっ!』
「音速以上の速度に瞬間移動染みた神通力。並外れた身体能力。確かにかなりのモノだな」
刀にも何らかの術は掛かっている事だろう。そうでなくてはヴァンパイアという前情報があるエマへ闇雲に斬り掛かる筈が無い。なのでエマは何時ものように直接受けず霧となって刀から逃れた。
それと同時に背後へ回り込み、天狗の後ろから蹴りを放ち打ち落とす。
「まあ、私もそれなりにやるぞ?」
『……ッ!』
蹴り付けられて墜落した天狗は大地に叩き付けられ、粉塵を巻き上げて街を揺らす。しかしその中で立ち上がり、上空のエマに視線を向けた。
『居ない? いや、背後か!』
「ご名答」
そこにエマの姿は無かったが、そう何度も背後を取られる実力でも無いらしい。既に攻撃の態勢に入っていたエマだったが、それを見抜いて飛び退くように躱した。
『『はあ!』』
「やらせない……!」
『『……!』』
無論、その間にも他の天狗達は行動を起こしていた。が、リヤンによってそれは阻止される。と言うより先程から味方への援護を阻止されていたのだろう。だからこそエマと天狗は一騎打ちが出来ていたのだ。
武器を携えた天狗達は自分達が仕掛けた肉弾戦でリヤンに苦戦しており、それでも統率を崩さないのは流石と言えるが早いうちに限界を迎えそうな雰囲気が漂っていた。
『我々は大天狗様の御厚意で主力に匹敵する力を手に入れた筈……事実、吸血鬼と戦っている同胞も押されてはいるがそれなりに戦えはしている……』
『なのに何故この小娘にはこうも圧倒されているのだ……!?』
天狗達がリヤンは神の子孫である事を知っているのかは分からない。だが、天狗達とリヤンの間に大きな差があるのは分かっている事だろう。いや、今気付いたとも言える。
『……。フム、お前達は吸血鬼の相手をしていろ。この者の相手は荷が重そうだ』
『は、はい!』
『ぎ、御意!』
なので戦いを見ていた大天狗はリヤンの前に姿を現し、天狗達を下げて自分が前に出た。実力差から考えて賢明な判断だろう。
しかしリヤンに劣るかもしれないというだけで、エマの強さも既に支配者に匹敵するくらいにはなっているかもしれない。天狗達の矛先が変わり、リヤンと大天狗。エマと三人の天狗が戦う事になったが、かなり激しくなる事はほぼ決定事項だろう。
『さて、吸血鬼もかなりの実力がある。正直に言えば私の部下達はやられるだろう。だが、それはまあいい。私に似合わないが、お前達には玉砕覚悟で挑むとするか』
「……」
刀を抜き、リヤンに構える大天狗。リヤンは無言で構え直して力を高めた。
銀色の刃は月明かりで輝き、刹那に踏み込んでリヤンの眼前に迫る。
「……!」
『これくらいは躱すか』
そのまま刺突を嗾けるがリヤンは紙一重で躱し、大天狗の懐へと飛び込む。大天狗は空を舞ってそれを避け、上空から光弾を放出した光の爆発を引き起こした。
「光魔術……じゃないよね……。それも神通力……?」
『そうだな。"天眼"・"天耳"・"他心"・"宿住隨念"・"漏尽"と様々な神通力はあるが、その何れにも該当しない熱や光の神通力は"神境"とされる。お前も知っているだろう?』
「うん……。て言うか……多分使えると思う……」
『フム、既にその領域に踏み込んでいる……いや、元々使えると考えた方が良さそうだな』
神通力は様々な種類がある。その種類の中でも魔法や魔術のように多種多様の能力を有する力は"神境"というその他に含まれる。先程の光弾はその一つなのだろう。
それだけ話した大天狗は一回の羽ばたきで急降下し、リヤンの前に降り立った。
『まあ、遠距離からの攻撃も良いが、お主相手なら近接戦に持ち込んだ方が良いからな。あまり大きな差が無いにしても、少しでも有利な環境で戦いたいものよ』
「そう……」
その瞬間に刀を構え、第三宇宙速度で眼前に迫る。リヤンは返事と同時にそれを躱し、片手に神の力を有してそれを放出した。
「"神の光"……!」
『"仙術・暁闇"……!』
神の光が放たれた瞬間、闇の神通力でその光を打ち消した。
天から降り注ぐ光。それには星をも貫く力を秘めているが、大天狗クラスの神通力にも相応の力は秘められている。だからこそ相殺出来たのだろう。
全力なら宇宙を滅ぼせる神の力と天上世界を一瞬にして焼き尽くせる大天狗の力。互角であっても何ら不思議ではなかった。
『近距離でそれを使うのは頂けぬな。主も巻き込まれていただろうに』
「大丈夫……。私は自分の力で身を滅ぼさないから……」
『根拠は無いが、まあ事実だろうな。しかしそれもいい。私は変わらず近接で攻めるとしよう』
大天狗が刀を薙ぎ、リヤンは揺れるような最小限の動きでそれを避ける。そのまま腕を高質化させ、振り子のようにその拳を放った。
それを大天狗は"神速通"で瞬間移動のように躱し、リヤンの背後に回り込んで刀を振るう。その刀を高質化した片手で受け止め、拳を放つ態勢になるリヤンだが大天狗はリヤンの腕を振り払い、跳躍と同時に下方へ向けて扇を振るって暴風を引き起こした。
「……はあ……!」
『フム、先程の力は使わないか』
その風に飲まれたリヤンは神の力を纏わず、通常の風魔術で相殺する。それと同時に大天狗に向けて掌を翳し、
「"光の球"!」
光魔術を放った。
放たれた光魔術は天空の大天狗に着弾して光の爆発を引き起こし、空にもう一つの月を彷彿とさせる光の球体が形成されて消え去った。
『範囲は広い。威力もまあまあ。だが私にはあまり効かない。おそらくお主も分かっているだろう?』
「うん……」
その光の中に大天狗はおらず、リヤンの背後にある建物の上から見下ろしていた。
そのまま背後を取って嗾けても良かったかもしれないが、どの道避けられるのは理解しているのでリヤンの能力を確認しながらの行動なのだろう。
今の瞬間だけでもリヤンは風魔術、光魔術、肉体強化など関連性の少ない様々な技を使っている。だからこそ情報を集めているようだ。
何度か会った事があるからこそ、その時出来なくて今出来る事は何なのかを調べる必要があるのだろう。
『となるとお主も牽制のような理由か。まあ、確かに私もそれなりに鍛えてはいるがな。お主ら達程の成長速度は無いが』
「うん……。けど……多分大丈夫そう……」
『そうか。それならば心して掛からなければならないな』
建物から飛び降り、リヤンと数十メートル程の差を付けて構え直す大天狗。今回の大天狗は天狗達を引き連れ、慎重に攻めている。なのでそう簡単に攻めはしないのだろう。それならまだ姿を現さずとも良い筈なのだが、何かを急いでいるのでそれは不可抗力というものである。
エマ、リヤンと大天狗、天狗達。レイたちの場所と同じように、この場でも数人の織り成す戦闘が始まった。