八百四十話 英雄神vs鬼神
「やあ!」
「ダラァ!」
「ハッ……!」
『フッ……!』
レイが勇者の剣を振るい、モバーレズが二本の刀を巧みに操る。スサノオが天羽々斬を薙ぎ、酒呑童子が巨刀、即ち大太刀を薙いで弾き飛ばした。
『女剣士に魔族の幹部。主らとも戦いたいが、スサノオ殿。英雄神でもあるお主とは一戦交えてみたいと思っていた。手合わせ願おう……!』
「ハッ、良いぜ。上等だ! そう言う事なら受けて立つ! 俺様の刀の錆にしてやるよ!」
「その台詞……何か負けフラグっぽいけど……」
酒呑童子の指名は戦った事の無いスサノオ。流石の統率力で金棒を持った鬼達はレイとモバーレズを囲んでおり、酒呑童子とスサノオが向き合う陣形が形成されていた。
当のスサノオはそれに嬉々として乗り、彼の八岐大蛇を切り裂いた天羽々斬を構える。そんなスサノオの言葉にレイは小さくツッコミを入れるが、周りが鬼達に囲まれているので余り落ち着いてもいられなかった。
「前線に出るのは久々だな。その久々の相手がアンタみてえな有名人……いや、有名妖怪なのは都合が良い。いやそれも違うな。都合が良いって訳じゃなくて……。……。思い付かねえ。まあ取り敢えず良かったぜ」
『フム……そこまで語彙力は無いようだな。八岐大蛇の時の搦手と言い、知能自体は悪くない筈なんだがな。……まあいい。我も心して掛かるとしよう』
両者は自身の刀剣を構え、不敵に笑って相手の出方を窺う。一流同士の戦いでは常に数手先の動きも予想しなくてはならない。ただ闇雲に刀剣を振るうのは反って隙だらけになってしまうからだ。
なのでそんな者達が相対した場合、相手が動くまでは常に張り裂けそうな空気が漂うのが普通である。その緊張の糸が切れる切っ掛けは、案外直ぐに来るだろう。
『『『ウオオオォォォォ!!!』』』
「「……!」」
「……!」
『……!』
酒呑童子の部下である鬼達が雄叫びを上げてレイとモバーレズの元に迫る。それと同時にスサノオと酒呑童子も動き出し、天羽々斬と大太刀が正面から衝突した。──その瞬間、刀と剣の衝突とは思えない程の衝撃波が広がり、斬撃の風が周りの建物を切り裂き粉砕した。
しかしこの世界ではこれが普通。一流。一流以上の存在が持つ武器は一撃一撃で星をも揺るがす力を有している。最強格なら一挙一動で星を容易く切断する事だろう。今の衝突で轟音と共に砂塵が舞い上がったが二人は気にしない。そのまま再び互いに向けて駆け出した。
『ハァ!』
「ハッハァッ!」
酒呑童子が一級の速度で大太刀を振り下ろし、スサノオは急停止して紙一重で躱した。それと同時に裏拳のような要領で天羽々斬を薙ぎ払い、酒呑童子は飛び退いてそれを避ける。
避けた先にスサノオは踏み込み、天羽々斬を突き刺す。それを紙一重で躱し、先程のスサノオが行ったような動きで大太刀を薙いだ。
「ハッ、俺の真似かよ!」
『参考になる動きだったんでな。強くなる為ならば我も吸収する』
力を求める節があり、それが百鬼夜行の中でも随一の酒呑童子。だからこそ得られるモノは得る。それが酒呑童子のやり方だった。
そんな酒呑童子は大太刀の重さを感じさせない軽快な動きで連続して斬り掛かる。
「大きな一撃の次は高速の連撃。流石は鬼の主。すげえパワーだ」
『お主に言われても褒められている気はしないな』
大太刀による上段斬り、下段斬り、突きに薙ぎ払い。斬り下がり。その全てをスサノオは完全に躱し切り、懐へと攻め入って天羽々斬を切り上げた。
『その剣。どうやらあまり守護には向かないようだな。最初の一撃以外全てを避けている。まあ、我の太刀を受けるまでもないと考えているのかもしれぬがな』
「ハッ、残念ながら前者だ。見ての通り複雑な形でね。変に受けると周りの棘みたいなやつが折れちまうかも知れねえ。お前程の力を有している奴が相手だとな」
『棘みたいなやつ……。自分の武器の部位にある名称も分からないのか。しかし、まあ我の力が侮られていないと解釈しておこう』
「構わねえぜ。事実だしな」
スサノオの持つ天羽々斬は、刃の部分に本人が言うような棘みたいな部分がある。そこもかなりの強度と切れ味を誇っているが、酒呑童子を相手にするとなるとそれなりに不安があるのだろう。
だからこそスサノオは避ける事を主体として相対しているようである。
『そう言って貰えると我としても悪くない。まあ、だからと言って加減は出来ないがな』
「要らねえよ。加減なんかしたらアレだぞ! ……えーとだな、取り敢えず捕らえるのが目的だから殺すかどうかは捨て置いて、アレだ。ヤベーからな!」
『……。やはり語彙力は無いらしいな』
再び踏み込み、それと同時に天羽々斬を突き通す。酒呑童子は大太刀の峰でそれを流すように逸らし、切り上げるように振るうった。
切り上げられた刀は仰け反って避け、剣の持ち手を右手から左手に持ち替えたスサノオが背面から天羽々斬を切り伏せる。それを酒呑童子は石突きで叩き付けスサノオのバランスを崩させて回し蹴りを放った。
「刀だけじゃねえんだな。ま、鬼の身体能力だしそれも当然か」
『そうだな。だが、素の力ではイマイチ決定打に欠ける。鬼の力は常人にとっては脅威的だが、所詮はそこまでだ。この世界ではそんな常人ですら鍛練すればそれなりになれるからな。まあ、常人では一生掛かっても精々並みの使い手。主力クラスにはなれない……なれたとしてもかなりの難航を極めるが』
「成る程な。確かに鬼の身体能力よりも刀の方が強いか。その刀もその辺に売っている武器じゃ歯が立たねえとしても、お前の刀は特注品か?」
『いや、自分で鍛えた。元々の刀はそこに居る魔族の幹部に折られてしまったからな。無論、万が一に備えて予備の刀も持ってきている。寧ろそれが本命かもしれないな』
鬼の身体能力からなる一撃は強烈だが、その破壊力自体は精々大岩や鉄を粉砕する程度だろう。一概に鉄と言っても種類は柔らかい物から硬い物。熱に弱い物だったり強い物だったりと様々だが、大半の鉄は砕ける筈だ。
しかしそれでも威力は大した事が無い。常人ですら生き残る可能性はあるくらいだろう。なので自身で加工を施し、全力なら山河を切り裂き、星をも揺るがす刀を使った方が良いに決まっている。範囲自体は山河クラスと少々小さいが、鬼神でもある酒呑童子の織り成す一撃の威力は惑星破壊に匹敵する力はある筈だ。
予備の刀もあると言う言葉は気になるが、どうやらそれを気にしている暇は無そうである。
『しかしそんな事は戦いに関係無いだろう。行くぞ……!』
「ああ。それも上等……!」
話している瞬間に酒呑童子が飛び掛かってきたからである。
スサノオは既に構えており、流れるような動きで酒呑童子の猛攻をいなす。空気を切り裂き、空間をも裂く大太刀は目にも止まらぬ速度で放たれるがスサノオならそれを見切れる。そのまま大太刀の上に乗り、天羽々斬を横に薙いだ。
『身軽なモノだな』
「八岐大蛇の巨体と戦う為にゃ、この身軽な肉体は必要だったからな!」
それに対する酒呑童子は大太刀を振り上げ、刀身に乗ったスサノオを振り払う。振り払われると同時にスサノオは空気を蹴り、落下しながら天羽々斬を突き立てた。
「そこォ!」
『ほう? 急に攻撃の方法を変えたな。カウンターのような型から怒濤に攻め込む型になっている』
突き立てられた天羽々斬は避ける酒呑童子だが、スサノオは即座に地面に剣尖を擦らせながら眼前に迫る。その瞬間に斬り上げ、避けられてもそのまま流れるように振り下ろす。
振り下ろされた天羽々斬は飛び退いて躱し、その間合いを刹那に詰め寄ったスサノオが再び振るう。それも避けるが、酒呑童子の身体には切り傷が付いた。
『……! 成る程。その棘の刃か。避けたと思っても少し間隔が違うようだ。横幅もそれなりにある剣だと思った方が良さそうだな』
「ああ。そう思ってくれて構わねえぜ。まあ、お前の刀の方が大きさはあるんだがな」
天羽々斬にある棘。それは距離を補う役割も担っている。故に避けたと思っても想像の倍くらいは離れなければ傷を負うのだ。
それに気付いた酒呑童子は態勢を変え、それを配慮した上での戦法に移行する。
「やっぱり強いね。二人とも。私も参考になる」
「そうだな。だが、ンな事を言っている場合じゃねェだろうよ。ま、その辺の鬼はそンなに強い相手じゃねェから見学しながら戦えるけどな」
一方ではスサノオと酒呑童子の戦闘を窺いつつ、鬼達との戦闘を繰り広げるレイとモバーレズ。
しかし鬼達と二人とでは戦闘とは言えない程の差があり、二人は鬼達を圧倒していた。
『ウガーッ!』
「おっと……」
鬼が金棒をレイに向けて振り下ろし、それをレイは飛び退くように躱す。金棒が叩き付けられた場所は大地が抉れて数メートル程の穴が造られるが、大した事は無い。鞘に納まったままの勇者の剣を用いたレイは鬼の頭に叩き付け、余波で大地を粉砕して意識を奪い去った。
「折角剣を抜いたけど、酒呑童子じゃないなら死んじゃうかもしれないからね。やっぱりこれくらいが安定かな」
「ハッ、余裕があるみてェだな。コイツらが相手ならそれも当たり前か。俺も余裕だ」
レイが鬼を倒したところで、モバーレズも峰を使って鬼の意識を消し去っていた。
前述したように二人からすれば鬼も大した事は無い。生物兵器の兵士達は知能が無い代わりに不死身の肉体と鬼に匹敵する力を有していたのだ。それに比べれば容易いものだろう。
知能があると言っても鬼は基本的に正面から攻めてくる。なので正面から打ち破れば良いだけなので比較的楽な戦いだった。
「じゃあ、やっぱり心配なのはスサノオさんだね……」
「心配する必要も無さそうだがな。ま、鬼神と英雄神の戦い。見る分にゃ面白ェ。何なら俺も参加したいところだ」
それならと気になるのはスサノオと酒呑童子の両主力。
まだスサノオの実力は未知数だが、今の戦い方を見る限り思った通りの強者である事は変わらない。なので特に心配はしていないが、今は仲間であるが為に二人は気になるのだろう。
『『『ウオオオォォォォッッ!!!』』』
「それよりも前にやるべき事は鬼退治かな……!」
「だな。参加するのはまたの機会にすっか。決闘を申し込めばスサノオも乗ってくれるかもしれねェし」
話している時にも鬼達の進行は止まらない。なので二人はスサノオと酒呑童子から視線を切り替え、攻め掛かってきた鬼達を切り伏せる。
切り伏せると言っても鞘を鈍器のように使って殴り倒すやり方だが、二人の実力があればその一撃で意識を奪い取る事は可能だった。
何はともあれ、レイとモバーレズ、スサノオの三人は相手に差があるものの戦闘が本格的になる。
「そこだァ!」
『……ッ!』
──だが果たして、何処まで本格的な戦闘が持続されるのかは不明であるが。
スサノオは天羽々斬を振り下ろし、酒呑童子は大太刀でそれを防いだ。のだが、振り下ろされた天羽々斬によってその大太刀が切断されたのだ。
大太刀の切断と同時に酒呑童子の身体も切り裂き、夜の"ヒノモト"に鮮血が舞い散る。斬り付けた張本人のスサノオはそこから更に剣を振るい、それをマズイと判断した酒呑童子は大地を踏み砕いて土塊を巻き上げ、周囲を大きく揺らす。
「……!」
『流石の実力だな。須佐之男命。しかし、予備の刀が本命だ』
浮き上がった土塊。岩盤の上にスサノオは乗った状態で打ち上げられ、空中で回転して着地する。その瞬間に酒呑童子は予備の刀を取り出しており、その刃を月明かりに照らして輝かせていた。
「その刀……ハッ、何でお前が持ってんだよ。──"童子切安綱"をな。お前が斬られたっ言ー伝承の刀じゃねえか」
『フッ、別に良かろう。我が有しても逸話は変わらず、その切れ味と強度も相応のモノだからな』
その刀、童子切安綱。
刀の名が示すように酒呑童子の伝承ではこの酒呑童子を斬った逸話もあり、血吸とも謂われている。
優れた刀剣を示す天下五剣にも数えられており、その中で最も優れていると言う者も少なくない名刀だ。
何故酒呑童子を斬った刀を当の本人が持っているのかは不明だが、名刀を謳われているだけあってかなりの力を有している事だろう。
「ハハ、良いな。良いぜ酒呑童子! 天下五剣、童子切安綱! 堪能してやらァ!」
童子切安綱を見たスサノオは獰猛に笑って酒呑童子に構え直す。あっさり決着が付くのは面白くない。その様な考えがあるスサノオは童子切安綱を携えた酒呑童子の相手が楽しみなのだろう。
レイ、モバーレズ、スサノオと酒呑童子に鬼達。剣士たちによる鬩ぎ合いは更に激しくなるのだった。