八十三話 大樹の図書館にて
──"タウィーザ・バラド"、大樹の図書館。
エマ、フォンセ、リヤンの三人は日記を読み進めていた。
しかし、いや、やはりと言うべきか、その日記の続きも似たような内容だった。
「ふむ……神が倒された前まで戻ってみたが……勇者の記録が殆どだ……。まあ、仕方の無い事何だがな……」
先程までは慎重にページを捲っていたエマだったが、今では半ば投げ遣りとなってしまい、適当にパラパラとページを捲り続ける。
すると──
「あのぅ……忙しそうな中すみません。一つ伺っても宜しいでしょうか……?」
──図書館の職員が話し掛けてきた。
その職員は、昨日エマたちがこの図書館へ予約? する際に受付を担当していた者だ。
「……貴女は昨日受付をしていた……。何か用でも……?」
フォンセは訝しげな表情で職員へ尋ねる。それは、特に怪しまれるような行動を行っていないのに職員が来たとという事に対して。いずれはこの街も征服する事になるだろうが、今はまだ何もしていないからだ。
「あ、いえ。先程何かが爆発? したような……」
「「「………………」」」
職員の言葉を聞き、ギクリと肩を竦ませるエマ、フォンセ、リヤン。
そう言えば一つだけ怪しい事をしていた。悪い事なのかは分からない三人だが、この図書館にあった本の魔術を使ってしまったのだ。
それが使用禁止の物だった場合、相応の罰を与えられる可能性がある。
「いや……実はこの本がな……」
しかし黙っていても意味が無いので、エマは素直に魔法・魔術が書かれた本を職員へ渡す。
「この本……? 本って……え!? この本ですか!?」
「「「………………?」」」
本を受け取り、唐突に声を上げる職員。
エマ、フォンセ、リヤンの三人はその様子を見てキョトンとした表情で小首を傾げる。
そんな三人を横目に、職員は言葉を続ける。
「いや……実はこの本……大変危険な魔法・魔術が書かれているんです……」
「「「……へえ……?」」」
職員の言葉に相槌を打つエマ、フォンセ、リヤンの三人。
しかし三人はそれを既に承知していた。"火の無い所に煙は立たぬ"と言う言葉があるように、禍々しい雰囲気というモノは何かしらの根元がそこにあるのだ。
俗にいうとかつて封印されたモノや呪いが掛かったモノ。とかである。エマたちの反応を一瞥し、職員は説明を続けるように話す。
「はい。……それはもう、適応者以外が使ったら一瞬で死に至る程に……」
「「「………………え?」」」
そして、先程とは別の意味で声を上げるエマ、フォンセ、リヤンの三人。
声を上げた理由は、"適応者以外が使ったら一瞬で死に至る"と言う部分だ。
"一瞬で死に至る"とは、文字通りその命が尽きるという事。
それを聞き、冷や汗を流しているフォンセは職員に尋ねる。
「……えーと……それは使った瞬間なのか……? それとも使ってから数分、数時間、数日後なのか……?」
それは死に至る時間についてだ。もしかしたらそれを使ったフォンセが死んでしまう可能性もある。それは即死では無く、時間が経つに連れて回るモノの可能性があるからだ。
職員はそのような事を尋ねたフォンセに対して"?"を浮かべるが、一応フォンセへ返す。
「えーと……使った瞬間ですね。使った瞬間に何も起こらなければその者に素質あり! ……と言う事ですが……。でも、そんな人や魔族、幻獣・魔物なんてそうそう居るものではありません。その可能性があるとしたら支配者様か幹部様方……それも上位に入り込むレベルの……くらいです」
「…………ほう?」
その言葉を聞いたフォンセは一先ず安堵する。
使った瞬間にフォンセが死ななかったという事は、フォンセにはこの魔法・魔術を扱う素質があるという事だ。
それと同時に、その魔術を使う事が出来たフォンセには上位の幹部や支配者と並べる力を秘めているという事になる。
だが、かつて世界を支配していた魔王の子孫なのだから、当たり前といえば当たり前だろう。
「……一つ気になったんだが……」
「……?」
そして、命の危機が無くなった事で冷や汗が収まり、肩が軽くなったような錯覚を覚えたフォンセは職員へ気になる事を尋ねようとする。
職員はまたもやキョトン顔で"?"を浮かべているが、頷いて了承した。
「何故そんな危険な物がこの図書館にあるんだ? ……それとも、この図書館だからこそ危険物を扱えるのか……?」
それは、何故そのように命を脅かす本が"タウィーザ・バラド"の図書館にあるのか。という質問だ。
何故このような質問をしたのかというと、素質が無い者が何らかの拍子にこの本を読んで魔法・魔術を使おうとした場合、その者は確実に死する。
そのような物を公の場に晒すというのは危険行為だと考えたからだ。
職員は痛いところを突かれたような表情をし、苦々しく話す。
「ええとですね……。実はこの本、このような代物ですから引き取り手が無く……仕方無く此処へ保管されているのです……けど……」
「「けど?」」
職員は話している途中で言葉を止める。その事を疑問に思ったであろうエマとフォンセは最後の部分を聞き返す。
それを聞き、職員は口を開いた。
「……その本はあまりに危険過ぎる為、この図書館の奥にずっと保管されており……そこを開けるにはこの鍵が必要だったんですが……。無論、その扉は厳重です」
「……何っ?」
職員は懐から鍵を取り出し、エマたちへ見せるように胸の前へ持ってくる。
その鍵を一瞥するエマはその言葉に疑問を覚える。
「……保管されていた……? いや、この本は普通に置いてあったぞ……テーブル? の上にな……」
エマは本がそのまま置きっぱなしにされていたと言う。
そのように大事な本ならば、他の職員が取り出したとしても元あった場所に戻すだろうからだ。職員はエマの言葉に頷き、言葉を続けて返す。
「……はい。だからおかしいのです……。この鍵を持っているのは……今は私だけ……当番制となっており、昨日から明日までは私がこの鍵の担当者なのです……。けど、昨日確認したときもその本は置かれていませんでした……。そもそも、本は全て監視ルームで管理していますので、その管理を怠るという事は致しません」
職員の言葉に益々分からなくなるエマ、フォンセ、リヤン。それならば何故エマが図書館を見渡した時に見つけたのか、何故本は無防備に置かれていたのか。謎が謎を呼ぶ現状。どういう事か疑問が残る。
「……すり抜ける魔法・魔術とかがあるんじゃないか? それを使ってこう……」
身体を動かし、ジェスチャーしながら話すフォンセ。
物を通り抜ける魔法・魔術もある為、それを使って誰かが持ち出したのではないかと考えたのだ。
確かにそれを使えば簡単に本を持ち出せるだろう。自分がすり抜けるのなら、自分のみならず本などもすり抜ける質に変えてしまえるのだから。そうでなくては服などがすり抜ける理由が無くなってしまう。
「……いえ、本を保管してある倉庫の扉は先程言いましたように厳重……。その厳重さというものは恐らく"タウィーザ・バラド"……いや、魔族の国全体でも上位に食い込むレベルです……。それこそ支配者様レベル無ければ……。要するに、魔法・魔術のような類いを無効化する素材が使われたりしているのです……」
「……そうか」
職員の話を静聴していたフォンセは、確かに無理かもしれないと思っているような表情だった。
魔法・魔術を無効化する素材という物が存在していた事は知らなかったフォンセだが、世界は広い。何があってもおかしくないのだ。
「……となると……物理的に破壊されたのか……支配者か誰かが悪戯でピッキングでもしたのか……いや……支配者は無いか。……まあ、扉を開けて閉めるだけなら幾らでも方法があるからな……考えれば考える程浮かんできてキリがねえな……」
「そうだな。しかし……厳重に閉められていると言うのならピッキングすら無効化されそうな気もするな……」
背後から掛かったライの言葉に返すエマ。そしてエマは、ゆっくりとライたちの方を振り向く。
「……で、お前は何時から居たんだ……? ライ」
「「…………!」」
フォンセとリヤンもライ、レイ、キュリテの方を慌てるように振り向き、目を丸くして驚く。
「ああ、今来たところだ。真剣な顔付きで何かを話していたから気になってな。魔法・魔術の本が何やかんや……って聞こえたが……どうしたんだ?」
エマの言葉に返すライ。ライはエマたちの声が聞こえたから此処に来たと言う。そしてライは何について話していたのかエマへ尋ねる。
「ああそれはだな……──」
エマはライの質問に返すよう、答えた。
「──って事だ」
そして何があったかの話を言い終える。魔法・魔術の本を使った事は職員がいる為、伏せて説明した。
「成る程な……。じゃあ、やっぱ誰かが持ち出したって線が一番現実的かもな……」
エマの説明を聞き終えたライは腕を組んで頷いていた。
犯人? なんて者がいるかも分からないが、取り敢えず何があったかはある程度理解する。
キュリテのサイコメトリーで調べるのが一番早いのだが、如何せん職員がいる為、幹部の側近だとバレたら厄介なのだ。
そして、
「……突然だが……此処は図書館だろ? ……その本を貸し出す事は出来ないか……?」
「……はい?」
唐突にフォンセが職員へ話した。曰く、魔法・魔術が書かれた本を借りたいと言うのだ。それを聞かれた職員は素っ頓狂な声を上げ、首を振って返す。
「な、何言っているんですか!? 言いましたよね!? 適応者じゃなければ一瞬で死に至るって……!」
「……そうか。なら……」
職員は一瞬止まったが、若干慌てながら直ぐにフォンセへ返した。フォンセは仕方無いと呟き、パラパラと、徐にその本を開く。
「……何を?」
その様子を怪訝に思った職員はフォンセに聞き返し、それを聞いたフォンセは悪戯っぽくフッと笑ってそれに応えた。
「いや、隠していても物事が進まないからな……私がこの本を欲しがる理由を教えようと思ってな……」
真ん中のページで動きを止め、フォンセは言葉を綴る。
「"───・────"……!!」
──その刹那、本が目映い光を放出し図書館全体が白く染まる。
「……!?」
「…………今度は白か……」
職員はその光に驚愕する。そしてそれを見たそんなフォンセの呟きも光に包まれ、図書館から色が消え去った。
*****
「……これが本を欲しがっている理由だ……。……多分……『私はこの本に書かれた魔術が扱える』……。今使ったのは光魔術だ。今は辺りを照らしただけだが、その気になればそれを攻撃に回す事も出来るだろう……」
「……ッ。まさか……本当に……」
光が収まり、本が置かれたテーブルの近くにに立っているフォンセが驚愕の表情を浮かべている職員を見て言い、更に言葉を続ける。
「まあ、流石に無理強いはしないが……。それを外に持ち出して何かしら良からぬ事が起きる可能性もあるからな……」
驚愕して動きが止まっている職員を一瞥し、フォンセは言い切った。職員はハッとし、ようやく言葉を発する。
「そうですね……確かにそのその本に書かれた事が使えるようですが……」
口を濁すように話終える職員。
何故ならそれは忌々しい物で、受け取り手がいない為に"タウィーザ・バラド"の図書館で預かっている本だが、それを扱える者が現れた場合それを悪用する可能性が高いからだ。
「……やはり、そう簡単に明け渡す訳には……本当は手放したい物ですが……それを自在に使えるようになるかもしれない方には……見たところ貴女ご悪い人って訳では無さそうですが……強大な力を得て負の方向へ進んだ者を多くみているのです……」
この職員は力に溺れ、自我を保てなくなった者を多く見てきたと言う。
事実そのような者は多く、力があるが故に一つの物に執着する者もいる。
「……そうか。それなら、いずれ気が向いた時にでも頼む」
そうしてこの話は終わる。
しかし、ライたちへ"神の日記"の事を伝えられずにいた。
だが職員もいなくなった為、今ならば普通に伝えても問題ないだろう。
「……そうだ。多分ライたちが来た理由は情報収集とリヤンの本についてだろう? それを再生させる事に成功したぞ」
頃合いを見たエマがライ、レイ、キュリテへ話す。
因みにキュリテは職員と話していなかった。話し方が割りと独特な為、幹部の側近だと気付かれてしまう可能性があったからである。
「あ、成功したんだ」
「おめでとー! なのかな?」
「本当か? どんな本だったんだ?」
それはさておき、それを聞いたライは興味津々でエマへ聞き返す。あらゆる物に対して好奇心の溢れるライ。本の事もずっと気になっていたので、どういう物かを知る事が楽しみなのだろう。
「言ってしまえば日記だな。タイトルも"神の日記"とそのまんまだった。……まあ、書いてある事の殆どは勇者の記録だった。絵本と同じような内容……って事だな。表現方法くらいしか違いが無いレベルではな」
「そうか。……見ても良い?」
エマの言葉に頷いたライは、エマから本。もとい、日記を受け取る。
そしてその本を開き、その内容に目を通す。
「これがリヤンの家にあった本の正体ねえ……」
パラパラパラとページを捲り、日記の内容をザッと眺めるライ。
隅々まで見逃さぬように細心の注意を払っているライだが、本を捲る速度はそれなりに早い。
「…………ん?」
「「「…………?」」」
「「どうした?」」
そのようにページを捲る中、ライはふと、気になるページが目に付く。
その事にレイ、リヤン、キュリテは"?"を浮かべ、エマとフォンセがライに尋ねる。
「一つ聞きたいんだが……この本の内容って……『全て昔に書かれたもの』だよな……?」
「……? 何を言っている……そんなの当たり前だろ? 神は数千年前に消え去ったのだからな……」
ライの言葉に訝しげな表情を浮かべるエマ。
何故訝しげな表情なのかというと、ライが少し落ち着きの無いような、ソワソワしているからだ。
この本はかつて世界を創造した神の日記。それに書かれている事は全て、その時に起こった事だろう。そしてライは、そのページをエマたちへ向ける。
「いや、な……。これ……『文字が浮かび上がっている』んだが……」
「「「「「………………はい?」」」」」
レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテが同時に言葉を上げた──
──次の刹那!
『グルオオオォォォォォ!!!!』
「「「「「「!!!?」」」」」」
謎の声が響き渡り、"タウィーザ・バラド"を大きく揺らす。
ライたちは直ぐ様図書館の窓に目をやり、外にいる"それ"を確認した。
そこにあった地面には巨大な穴が空いており、周りの建物は沈んでいる。そんな場所の中心にて、空を突く程の巨躯を誇る怪物が吠えていた。