八百三十八話 三組みの主力
──"ヒノモト"。
「……。誰か居る……」
「ああ。みてェだな。よくもまあ、堂々と来やがるぜ」
「ハッ、上等。態々《わざわざ》此処に来たって事はよ、=挑みに来たって感じだろ?」
ライとアマテラスが妖怪達に誘われてその輪に入っていた頃、レイ、モバーレズ、スサノオの三人も夜の"ヒノモト"を進み妖怪達の後を付けていたが、そんな三人の前には一人の妖怪が立っていた。
その様子からして十中八九敵だろう。物陰に隠れているのでよく見えないが面持ちがそれである。三人の剣士は自分の腰に携えている刀剣に手を当て、警戒しながらそのうちのモバーレズが言葉を発した。
「暗くてよく見えねェが……テメェは誰だ? 自分から名乗るのが礼儀ってのは知ってるが、それは敢えて避けた。どうせ知ってる奴だろうしな。返答次第では斬るぜ……」
モバーレズは銀色の刃を少し抜き、態勢を低して踏み込む。敵の可能性は高い。だが魔族の国の幹部という立場上、他国で問答無用に斬る訳にはいかない。なので忠告したのだ。
モバーレズに訊ねられたその者は物陰から姿を現し、その巨体を見せる。
「此処で会ったが百年目。我の名は酒呑童子。魔族の国、"シャハル・カラズ"のモバーレズ。そして人間、レイ・ミール。お前達と再び相見える為に此処に来た。して英雄神、須佐之男命殿。お主とは御初にお目にかかる。その御手前、しかと我に見せて貰いたい」
「酒呑童子……ハッ、言ー事は百鬼夜行の主力か……! やっぱり知っている奴だったみてェだな!」
「そうみたいだね……!」
「フム、まさか本当に居たとはな。妖怪達の群れ、百鬼夜行。しかし堂々と俺たちの前に出てくるとは。ハハ、肝が座っているようだな」
その存在、百鬼夜行にて幹部を努める悪鬼、酒呑童子。鬼であるが確かな侍らしく、堂々としており、刀を構えてレイたちに向き直っていた。
そんな酒呑童子の周りには部下である鬼達もおり、正々堂々としてはいるが流石に数の不利は補ってきたようだ。鬼達の数は数十人とそれなりに多めだが、それでも足りないのは本人が一番理解しているようだ。
『この人数は些か卑怯やもしれぬが、お主らの相手を一人で努めるのは無理だと判断した。恥ずべき事だが、悪く思わないでくれ』
「構わねェよ。鬼達が何人居ようが関係ねェ。正面から斬り伏せるだけだ」
「うん。これくらいの数なら今まで生物兵器を相手にして来たから慣れてる……!」
「みてえだな。ま、俺も乱戦は苦手じゃねえ。やってやるよ」
武士としての誇りがある酒呑童子はフクロ。つまり少数を囲んで戦うようなやり方は気に入らないらしいが、自身の実力を過信していない。だからこそ不本意ながらもこの様な形を形成したのだろう。
レイたちはそれでも別に構わないと返しており、レイが勇者の剣。モバーレズが二本の刀。スサノオが天羽々斬を手に取った。
「さて、何処からでも掛かって来な」
「逃げも隠れもしないよ!」
「受けて立つぜ」
『では、いざ参らん……!』
『『『ウオオオォォォォッ!!!』』』
三人が自身の武器を手に取ったのを見た瞬間、酒呑童子が刀を片手に踏み込み大地を蹴って加速した。同時に周りの鬼達も雄叫びを上げて突き進み、金棒を振るう。
レイ、モバーレズ、スサノオの三人は鬼を引き連れた百鬼夜行の幹部である酒呑童子と出会う。それによって、三人と一人。そして数十人の鬼達が織り成す戦闘が始まった。
*****
「……。賑やかな様子だな。だが彼処にある影全てが人間のモノではない。少なくとも妖怪達が居る事は確定みたいだ」
「うん……。そうみたいだね……」
レイたちが酒呑童子と相対する中、光と気配、匂いの方向に向かっていたエマとリヤンの二人は物陰からその方向に居た妖怪達を窺っていた。
もしかしたらこの街の誰かかと思ったが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。何処からどう見てもあの異形な者達は妖怪だろう。
二人は息を潜め、物陰を辿って移動する。先ずは先頭に誰が居るのかを確認するのが目的のようだ。無論周りにも注意は払っており、自分たちの存在を明かさぬよう迅速かつ静かに駆け抜ける。
「あの群れはただの有象無象の集まりか主力クラスが居るのか。それを確認しなくてはな」
「うん……。もしかしたらもう主力に会っちゃうかもしれない……。慎重に行動しなくちゃね……」
この団体の長さは百メートル程。なので二人なら軽く走っても数秒も掛からずに到達出来る。なので早くも先頭に着いた二人は再び物陰から百鬼夜行と思しき者達の姿を確認した。
「……。どうやら主力クラスは居ない群れみたいだな。まあ、一時的に離れているだけであの群れを率いている可能性はあるが」
「そうだね……。少なくとも今は居ないみたい……」
そこに主力クラスの姿は無さそうだった。
賑やかに躍りを躍り続ける妖怪達の姿は何とも言えないが、主力が居ない事は分かった。因みに二人は気配を消しておらず、主力クラスなら分かる状態にある。だからこそ反応を示す存在が居ないので主力が居ないという確証を持てるのだ。
「しかし、奴等は神出鬼没だからな。居ないと思った次の瞬間に現れても何ら不思議ではない」
「うん……。周りに気配は集中しているけど……範囲にも限りがあるからね……。気配を感じられない距離まで離れている可能性もある……」
だが、エマとリヤンは警戒を怠らない。
今現在感じている気配の範囲外に主力が居るのは確定。本気ならこの街の範囲くらいは読めるが、今の二人が気配を感じる範囲は精々数百メートル程。なのでその範囲外から主力が来たら気付くのに少し時間が掛かってしまうだろう。
「「……!」」
──そして次の瞬間、その予想が早くも当たり、二人は何かを感じて気配のある方向に注意を向けた。
「高速で接近して来ている何かが居るな……この速さ、主力で間違い無さそうだ」
「うん……。多分飛んでいるよね……それなら此処に来るのは……──」
──リヤンがその言葉を続けようとするよりも前に、高速で接近して来る飛行物体が姿を現した。
『私と考えているな?』
「……。ああ。しかしあの会話、よく聞こえたな。──大天狗」
その存在、百鬼夜行主力の中でも最強格の幹部である大天狗。周りには部下であろう天狗達もおり、エマは大天狗の存在よりも二人の会話に応えられた事を笑っていた。
大天狗は二人に向けて言葉を続ける。
『当然だ。此処は故郷だが、我々からしたら敵地。常に何らかの術を使い、気を張っている』
「成る程な。それなら概ね"天耳"辺りを使った……と考えるのが妥当か」
大天狗がエマとリヤンの会話に入れた理由。それはおそらく、ありとあらゆる音を聞き分ける"天耳"を使ったのだろうとエマは考えていた。
しかし大天狗はそれに答えず、刀を片手に構え直した。
『それはどうでもいい事だ。さて、今までも何度か相対したが……今回は少し特別だ。相手をして貰おう。この街の住人達は術中に居るからどれだけ暴れても問題無い』
「特別? まあそれはいい。しかし成る程な。人通りの少なさはそれが理由か。しかし意外だな。貴様程の者が私たち二人を相手に部下を引き連れるとは」
『フッ、自分の実力は理解している。前までならまだしも、今のお前達が相手では私一人では無理だと判断したのだ』
大天狗も、自分の力は弁えていた。だからこそ部下の天狗達を連れているようだ。
おそらく大天狗も酒呑童子と同じく不本意なのだろう。しかし百鬼夜行として最後かもしれないからこそ、この様な行動に移っているのだ。
『さて、それもどうでもいい事。この戦い。受けてくれるな?』
「まあ、別に構わないさ。そちらがその気なら私たちも応えてやろう」
「うん……」
そんな話は切り捨て、刀を構えた大天狗が二人に向き直り、二人も応えるように大天狗と天狗達に構える。
レイたちが酒呑童子達と相対していた頃、エマたちも大天狗達と出会い、相対していた。
*****
「あの集まりはどうやら妖怪達の群れだったみたいだな。かなり賑やかだ」
「そうみたいだな。やれやれ、果たして私たちの街に何の用なのか気になるな。まあ、此処が奴等の故郷ならただの里帰り。文句を言う筋合いは無いがな」
レイたちとエマたちの行動時間と同時刻。フォンセとツクヨミは連なる家の屋根の上から下方の様子を眺めていた。
これにてそこに居たのが妖怪達であった事は分かったようだが、何が目的なのかは分からない様子。変わらず建物の上から下方を眺め続けている。
「それで、妖怪達と言う事は分かった。これからどうする? 降りて仕掛けるか、まだ何もしていないから様子を見続けるか。主力はまだ姿が見えないな」
「どうしたものかな。確かに何もしていない。強いて言えば踊っているくらい。そんな者達に仕掛けるのは気が引けるな」
建物の屋根に居続ける理由は、妖怪達の目的を探る為。百鬼夜行の目的自体は知っているフォンセだが、見たところ主力クラスも居ないので行動に移せない状況という事だろう。
ツクヨミもツクヨミで、主力として不審者は捕らえるつもりであるが特に悪さはまだしていない様子の百鬼夜行。故に二人は眺めているだけのようだ。
「……。こうなったらあの群れに潜入でもするか? 空間を移動しながら行けば気付かれないだろうしな」
「またアレか。まあ、確かに楽で良い。だが、常に移動し続けるのは君にとっても辛いんじゃないか?」
「問題無い。常に魔力を放出しているとは言え、その量は僅かなものだからな。まあ、僅かと言っても常人からすれば数日は疲れが取れないが……私にとっては無問題」
「成る程。頼もしいな」
それだけ告げ、フォンセは空間移動用の魔力を展開する。そのまま魔力の中に入り、屋根の上から移動した。
あの中には魔力の気配を感じられる妖怪も居そうだが、此処に来るまでの空間移動の魔術でも気付かれなかったのを思えばあの中にその様な妖怪は居ないと踏んでも良いだろう。
──そう、"あの中"には。
『本当に頼もしいのう。空間その物に干渉出来る存在が無ければほぼ無敵の移動術じゃ』
「──……。ああそうか。あの中に主力が居なかったのは此処で貴様が待機していたからか」
「……。君のその口振りからするに、どうやらあの者が主力のようだな」
一つの声が掛かり、空間移動の魔術が切断された。
その声と力からフォンセは大凡を理解し、空間の中から姿を現して屋根の上に居るその存在に視線を向けた。
『久しいのぅ。魔族の娘。そして初対面じゃのう……月の神』
「九尾。……いや、玉藻の前と言った方が良いか?」
『ホホ。どちらでも構わん』
「魔族……? いや、今はそれよりも九尾、九尾の狐の方が重要か」
──九尾の狐、玉藻の前。
フォンセは魔力を込めて警戒を高め、九尾の狐は軽く笑う。ツクヨミは"魔族の娘"という言葉を気に掛けていたが、今はそれどころではないと判断して九尾の狐に視線を向けていた。
『……。フム、少し暗いのう。月の明かりが雲に隠れてしもうておる。妾の美しさが目立たぬではなあか』
そんなフォンセとツクヨミを余所に、月が出ていないのを風情がないと考えた九尾は九つの尾を払い──全ての雲を消し飛ばして自身に月の光を降り注がせた。
「お、明るくなった。ふふ、これは良いな」
「フム、態々隠れていた月を出してくれるとはな」
『ホホ。これで良い。妾妖怪は宵闇にも月にも力は与えられる……』
屋根の上に居る九尾の狐は月の明かりに照らされ、黄金の毛並みが光輝く。
その姿は幻想的であり、とても美しいが九尾の性格からその全てが掻き消される感覚があった。
「それで、一芸は終わったか? そろそろ仕掛けたいところだが」
『構わぬ。妾の美しさも十分に伝えられたからの。後はお主とそこに居る月を落として妾をより美しいモノにしよう』
「フム、夜を照らす月。そう簡単に落とさせる訳にはいかないな」
空間の魔術は全てを消し去り、魔力を込めて構える。九尾の狐はそれに返して構え、ツクヨミも刀に手を掛ける。
レイとモバーレズとスサノオ。
エマとリヤン。
フォンセとツクヨミ。
計三組みの主力は、百鬼夜行の三幹部と出会うのだった。