八百三十七話 百鬼夜行の存在
軽快な音楽が鳴り響き、異形の姿をした者達が躍りながら行進する。
踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆だが彼らは妖怪。此処は人間の国にある街"ヒノモト"。そんな街を陽気に進む妖怪達の群れ、百鬼夜行は本当に祭りでも行っているかのような雰囲気だった。
『フム、皆楽しんでいるようだな。基本的に陽気な奴等だが、何時も以上に盛り上がっている』
『フッ、久々の故郷だからな。それも仕方の無い事だ』
「ホホ……その気持ちは分からなくもない。妾も、本当の故郷とは違うが落ち着くからのぅ」
故郷での行進を楽しむ妖怪達を見やり、百鬼夜行の主力である大天狗、酒呑童子、玉藻の前こと九尾の狐は楽しそうに眺めていた。
妖怪達が盛り上がっているのはこの街"ヒノモト"が本当に故郷だったから。既に住民達は大天狗と九尾の狐による術中に掛かっており、決して外に出ないよう自宅に拘束している。だからこそこんなに騒いでも問題無いのだ。
「盛り上がっている。それは良い事じゃろう。まあ、今回の儂らはただ単に里帰りに来た訳ではない事は、少なくとも主らは分かってくれているな?」
『はっ。ぬらりひょん殿』
『当たり前だ、総大将』
「うむ。しかと肝に命じておるわ」
そんな三人の元に、この百鬼夜行を統べる総大将ぬらりひょんが姿を現した。
此処に居るという事は少なくともライたちの誰のチームにも侵入していない事だけは確かだろう。そんなぬらりひょんを前に三人は体勢を変え、引き締めて態度を改める。
「フッ、それも承知の上だ。しかし、今回は少年達が居るという報告があった。住人に扮した者達からな。城下の方では魔族の剣士や斉天大聖、ユニコーンが居たから中々行動に移せなかったが、今日……時間的に言えば既に昨日だが少年達も来た。これではやり過ごすという行動にも制限されてしまう。故に、今日の今現在に行動は起こすつもりじゃ」
どうやら今回のぬらりひょん達百鬼夜行には何らかの目的があるらしく、既に何匹の妖怪を住人に紛れ込ませているようだ。
しかしやり過ごすという考えがあるならライたちが去るのを待っても良い筈。それをしない事には何かの理由があるのだろう。
酒呑童子がそんなぬらりひょんに向けて言葉を発する。
『それで、具体的には何をするのだ? 概要は聞いたが、それが分からなくては話にならなかろう。と言っても目的が目的。世界征服みたいなものだが、何時ものように適当に攻めるのか?』
「それも良かろう。しかし、少年達は既に何組みかのチームが作られていると考えるのが妥当じゃろうな。適当に騒ぎを起こして混乱を引き起こしたとしても対応は迅速な筈。無論、儂への対策も完璧ではないにせよしている事じゃろう。一応この街のあらゆる方向に何匹かの妖怪を配置して騒ぎ、少年達を誘い出すように指示しておるが分別させたところでの。具体的な行動は特に無い。策を練り、それを実行したところで正面から打ち砕かれるのは目に見えておるからな。各自好きなように行動すると良い」
ライたちに作戦という事柄が通じないのはぬらりひょんは知り尽くしている。
例え動きを封じようと罠に掛けようと、その全てを正面から粉砕する力をライたちは備えている。それなら頭脳戦に持ち込むなど、力を使わせない方向に運ぶのも良いが態々それに乗りはしないだろう。仮に乗ったとしてもライたちも頭は切れるので苦戦する事に変わらない。なのでぬらりひょんは半ば投げ遣り気味に指示していた。
それを聞いた大天狗は肩を落としつつ言葉を続ける。
『珍しく曖昧であるな総大将。……しかし、それも良い。彼らが去るのを待っていたらリスクが生じてしまう。元々一ヵ月待っていたのだからな。流石にこれ以上は待てないだろう』
「そうじゃの。……何故なら──妾たち妖怪の存在が消え掛かっているのだからの」
ぬらりひょん達百鬼夜行がライたちが去るのを待たずに行動を起こす理由。それは、どういう訳か妖怪の存在が消滅してしまう可能性があったからだった。
何故そうなったのか、ぬらりひょんは頷いて言葉を続ける。
「フム、やはり少し目立たな過ぎたかもしれぬのう。伝承では残り続けるが、その存在自体はかなり薄れている。まあ、住人に見つからなぬように行動をしていたのもあるが、儂らはほんの数十年前までは普通に姿を見せていた。それなのに今はその時から居た筈の住人にも忘れられているからの」
妖怪は、不思議な現象などが具現化した存在である。だからこそ存在その物を他人から消したりする事も出来る。要するにぬらりひょんのような力がなくとも力を持たぬ常人からなら姿を消せるという訳だ。
そんな妖怪だが、妖怪が存在するにはそんな常人達の認識は重要なモノとなる。想像と存在は紙一重。想像上だとしてもそこに居るからこそ存在が確立されるのだ。
無論、全ての妖怪がそう言う訳ではない。この世に想像上ではなく本当に存在しているからこそ百鬼夜行はあるのだが、力のある妖怪なら妖力から存在を継続出来る。だからこそ数千年も百鬼夜行が存在出来ているのだ。しかしそれでも何故か今回は消え掛かっている程に深刻なようだ。
何はともあれ、おそらく故郷での記憶が一番重要なのだろう。だからこそ存在の維持に関わっているとの事。
『しかし腑に落ちないな。何故今までは何の問題もなく存在出来た我らが今現在、急に消え掛かっているのか……。身体に目立った変化も無いと言うのに』
それは、尤もな疑問だった。
大天狗は今の今まで存在出来たにも拘わらず急にその様な事になっている事を気に掛ける。身体にも異常が無いのも疑問だ。
他の幻獣や魔物、知る者の神々は記憶の云々に拘わらず存在する事が出来ているのに、百鬼夜行の面々だけが消え去るのは腑に落ちないのも当然である。
ぬらりひょんはフッと笑って言葉を続ける。
「そうじゃな。まあ、消えると言ってもこの世から完全に消え去る訳ではない。あくまで百鬼夜行の存在が消え去るだけだ。伝承も姿形もこの世に留まり続ける」
『『「…………?」』』
そんなぬらりひょんの言葉に三人は小首を傾げた。それもそうだろう。"存在"が"消え去る"のならこの世からと考えるのが普通。なのにこの世には残り続けると言われたのだから。
存在が消え去るのに大天狗達の存在は変わらず残る。ぬらりひょんの言葉から"残留思念"や"伝承"のように形の無い物だけではなく、今と同じように残るという事が分かる。だがそれでは矛盾が生じてしまう。
「まあ、住人からは"百鬼夜行"としての記憶が消えるだけ。お主らは何も変わらんよ」
それだけ告げ、ぬらりくらりと歩み出し、ひょんと消え去る。
今のぬらりひょんの言葉には矛盾点が多い。多過ぎる。それを上手い具合に纏めて言葉で誤魔化しているつもりかもしれないが、流石に気付くだろう。しかし本人は皆まで告げずに消え去ってしまった。
『何だかモヤモヤするな。あらゆる事柄を見落としているような、そんな感覚だ』
『ああ。我らは確かにぬらりひょん率いる百鬼夜行……だが、何だこの違和感は……』
「妾たちの存在が消えても存在は消えない……。駄目じゃ。訳が分からぬ。面倒な事は考えなくても良いか』
ぬらりひょんの言葉に違和感を覚える三人。しかし考えても意味がないと思考を切り替え、九尾の狐は玉藻の前の姿から狐の姿となり、幹部達は二人と一匹になる。
『まあ、取り敢えず最後かもしれないと言う今の行動。私たちも行動を起こしておくとするか』
『そうだな。モバーレズやレイも居る。それなら我との決着を付けさせて貰おう』
『フム、まあ妾はどちらでも構わぬ。策を練って行動を起こすか策を練らずに行動を起こすか。妾たち次第だろう』
ぬらりひょんの言葉に対する違和感は捨て置き、百鬼夜行にも目標がある。世界征服に匹敵する目的ではあるが、それ程に大規模なものではない。しかしそれにつけても何らかの行動は起こすようだ。
妖怪達の群れ、百鬼夜行。消え去る可能性というのは本人達にも分からないようだが、"ヒノモト"にて行動を開始した。
*****
百鬼夜行が行動を開始したその頃、祭り囃子のように軽快な音が聞こえる何かの集まる場所にライとアマテラスの二人が来ていた。
二人は建物の物陰に隠れており、提灯を片手に踊る妖怪達の様子を窺っていた。
「居たのは本当に妖怪達だったな……さて、どうする?」
「どうしましょうね。このまま後を付けて主力クラスの元に案内して貰うのも良いですけど、主力の元に向かっているようにも思えない。このまま見張るべきでしょうか……」
ライとアマテラスは妖怪達が居るのだろうと光の元に向かっていた。その予想は的中したようだが、当の妖怪達は主力や戦いなど関係無いような素振りで躍り続けている。
果たして主力の事は何も考えていないのか、それともこれも指示なのか。何も分からないからこそ二人は動き出せなかった。
「それか一噌の事、妖怪達の中に紛れ込んでみるとか?」
「……。そうですね。場合次第ではその様な行動も考えられます。いえ、寧ろそれくらいしなくては情報を掴めないかもしれませんね……」
動き出せないならばと、ライとアマテラスは妖怪達の中に紛れ込んでみるかどうかについて話していた。
このまま様子を窺うだけでは何も分からないのは事実。故にずっとこうしている訳にはいかない。だからこその思案である。
「仮に紛れ込むとして……俺たちの存在に気付くと思うか?」
「どうでしょう。私も十二単から外出用の召し物に着替えましたけど……」
「俺の着物とか、確かに見た目はあの妖怪達とあまり変わらないけどな。人型の妖怪も何人か居るし。最後尾なら行けるか?」
服装は彼処に居る妖怪達と同じ。加えて楽しそうに、熱心に踊っている最中なので最後尾になら紛れても問題無いかもしれないと考えていた。
実際、妖怪達は躍りに夢中で周りの様子は気に掛けていない様子だ。
「……と言うか、何で踊っているんだ? いや、まあ楽しみたいなら踊るってのも分からなくもないけど……そもそもこの街に攻め込むつもりはないのか?」
「そう言えばそうですね。何故彼らはただ踊っているだけなのでしょう? まるで、この世に未練を残さないように無理矢理楽しんでいるような……」
「未練……。確かに妖怪は死霊とかじゃないから死ぬ時は死ぬな……。それなら百鬼夜行が消えるのか? そんな事一度も聞いた事がない。唐突だ」
妖怪達の様子を眺めていたライとアマテラスは、何故そこまでして躍り続けるのかを気に掛けていた。
何か目的があるのか。目的が無いならただ普通に楽しむ事が目的なのか。この世に未練を残さない為なのか。その全てが不思議だ。
『オイ、彼処に誰か居るぜ?』
『……ん? 人間か?』
「「……!」」
そんな事を話しているうちに、思わず身を乗り出していたライとアマテラスが何匹かの妖怪に見つかってしまった。
それを聞いた二人は構え直し、警戒を高める。妖怪達はそんなライたちに向けて──
『オーイ! 人間ー! 何で術に掛かっていないのかは分からないが……折角だからお前らも踊らねえかー!』
『オゥ、何か知らねえが今日は総大将が楽しめって言ってな! 住人は術に掛けて存在を知られないようにしたらしいが、此処で会ったのも何かの縁! 一期一会っ言ーからな! 来いよ、お前らも!』
「は?」
「え?」
──手を振り、躍りに誘った。
その予想外な態度にライとアマテラスからは思わず素っ頓狂な声が漏れる。
この街の住人達には何らかの術が掛かっているらしく、それでこの様な騒ぎにも何の反応も無いらしい。それはいいのだが、そんな術に掛かっていないライとアマテラスを怪しむどころか躍りに誘う妖怪。そもそも百鬼夜行の仲間ならライの事を知らないのか、何とも不思議なものである。
「……まあ、良いかもしれないな。仮にこれが罠だとしても相手の懐に入る口実が生まれる」
「そうですね。私も舞は得意ですし……!」
「……。それ、関係あるか?」
二人はヒソヒソ声で話、これからの行動を決めた。妖怪達の懐に入れる可能性があるならそれに越した事は無い。寧ろ都合が良い事だ。
仮にライたちの正体が既にバレていたとしても、ある程度の策なら正面から打ち破れる力を有している。故に乗らない手は無いだろう。
ぬらりひょん曰く消え去るかもしれないと言う百鬼夜行。それを知らぬライとアマテラスはそんな妖怪達の中に潜入するのだった。