八百三十一話 主力との手合わせ
「それで、暇潰しって言っていたけど特に用は無いんだな?」
「まあな。本当にただの暇潰しだ。どうせなら実力も見ておきたいところだが……味方になるかもしれねえ奴との戦いはご法度だからな。はてさてどうするか」
スサノオが来た理由は本当にただライを一目見てみたかったかららしいが、折角だからとライの実力も気に掛けていた。
実力者がライと従者達の先程のやり取りを見ていたならある程度の力量は理解出来る筈。だからこそスサノオはライの力を間近で見てみたくなったのだろう。
しかしスサノオにも立場というものがある。そう簡単には交戦が出来ない立ち位置にいるのだ。
「この街にも好戦的な奴が居たんだな……いや、まあ純粋に戦力を見定めるって事なら納得は出来るけど」
「俺の場合は好戦的ってよりは自由って感じだな。戦いたい時に戦って、特に街を治めたりとか面倒な事はしねえ」
「成る程な。けど、アンタが城に居るって事はそれなりに職は全うしているって感じか?」
「さあな。俺は仕事をしているつもりはないが、やりたい事をやってるだけで成立しているな」
「となると、アンタの存在自体が主力としての役割を果たしているって訳か。見たところ執務作業じゃなくて外への牽制とか戦闘員としての役割って感じだな」
スサノオの発言にライは好戦的な者と判断したが、どうやら少し違うらしい。
主力としての役割を全うしているようにも見えるが、スサノオ曰く、ただ自由に行動しているだけとの事。この戦乱の世ではスサノオの存在だけで救われている街もあるのかもしれない。本人の発言を聞くに"ヒノモト"以外の街を放浪したりもしているのだろう。それが間接的に主力としての役割に繋がっているとライは判断していた。
「……それで、話を戻すけどアンタは別に何もしないんだな? 実力を確かめるのもご法度らしいし、特に用は無いだろ?」
スサノオの存在を改めて確認したライはそのスサノオに今後の行動を訊ねる。
スサノオはライの事を一目見る為。そして実力を確認する為に来たと言っていたが、仲間同士の戦闘はご法度。つまりしてはいけない事らしい。スサノオならそれを破ってでも自由に行動するかもしれないが、何を隠そうそのスサノオ本人が言い出した事。なのでライは、スサノオが特に関わらないのではないかと考えていた。
スサノオは相変わらずの軽薄な笑みと言葉で返す。
「ああ。ま、それは本当の戦い……つまり仲間割れ。もしくはそれに値する事柄に限った話だ。簡単な試合形式なら力を見せても良いだろうさ」
「なんだ。やっぱり好戦的なんじゃないか」
曰く、戦いは戦いでも試合形式の戦闘なら問題無いとの事。
周りに居た従者達はそんなスサノオから距離を置き、ライを囲むように一糸乱れぬ動きで並んだ。
「もし戦うのなら、私たちがただの試合である証明の為に立ち会いましょう」
「ええ。それが分かれば今回の件は不問とさせて頂きます」
どうやら試合ならスサノオの言葉を飲み込み、それを確認する為の立会人になるつもりらしい。主人に仕えるのが仕事である従者達は、平等に主人の考えを肯定しているようだ。
それを聞いたライはスサノオと従者達を交互に見て言葉を続ける。
「まあ、俺は別に構わないけど……何処かに試合をする場所とかあるのか? この街の雰囲気から……道場はありそうだけど」
「そりゃ勿論、この城全体だろ?」
刹那、スサノオはライに向けて踏み込み、腰に携えた鞘を突き出した。
ライはそれを紙一重で躱し、スサノオの目に視線を合わせる。
「いいのかよ? 今の一撃で俺の実力もある程度分かった筈……この城どころか街が持たないぞ?」
「それ以前に本気なら世界が危ういかもな。だが、これはあくまで試合。倒れたら負けとかいうルールを設ければ比較的安全面は確保出来る筈だ」
「案外考えているんだな。やっぱりそこは主力か。ちゃんと理解しているや」
それと同時にライはスサノオの側面へと移動し、刀剣の鞘に手を当てて弾き飛ばした。
スサノオも何も考えずに仕掛けた訳ではない。試合形式という事もあり、刀剣は鞘から抜かず力も抑えた状態だ。本人はやりたい事をやって仕事をしていると言っていたが、しかと立場は理解しているらしく力の加減も問題無さそうである。
なのでスサノオは更に力を込め直し、ライに向けて鞘を振り抜いた。
「……っと」
「ハッ、かなり身軽みたいだな」
振り抜かれた鞘は躱したが、また一歩踏み込んで突き刺す。それをライはまた紙一重で避け、飛び退くように距離を置いた。
「どうした? 動き出さねえのかよ? さっきから避けてばっかりだ」
「ん? ああ、その刀……いや、剣か? それが気になってな。鞘に納まっているけど、かなり特徴的な形の鞘だ」
避け続けるライの行動を見やり、スサノオはその動きを疑問に思う。と言うのも、ライがスサノオに付け入る隙は何度かあった。にも関わらず何もせず避けるだけなのが疑問なのだろう。
それに返すライ曰く、スサノオの持つ不思議な形の刀剣が気になっていたから動き出さなかったとの事。その刀剣について更に言及する。
「それにその鞘……刀剣の上から被せたような造り……突き刺す他の鞘と違って嵌め込んで使うタイプか。中の獲物を取り出すのも大変そうだな。周りにある棘みたいな物は何に使うんだ?」
「気にするな。抜こうと思えば普通の刀みたいに抜ける。後、棘にもちゃんと強度と切断力がある。広範囲を切り裂けるって利点があるな。大型の生物にはもって来いだ」
刀剣の刀は、刃が見えないがおそらく通常の刀剣に棘のような突起物の生えた物の筈。それが鞘の上から見た形だ。そんな棘の役割は分からないが、広範囲を切り裂くという意味でも役に立つらしい。
しかしそんな摩訶不思議な刀剣に対して、ライには思い当たる節があった。
「その特徴的な形。そしてスサノオが持っている、スサノオの物である刀剣という証明。もしかしてその刀剣……"天羽々斬"じゃないか? 八岐大蛇を切り裂いたって言う」
思い当たる節、神剣である天羽々斬。
それはライたちも出会った事のある八岐大蛇を切り裂いたと謂われている刀剣である。そこから天叢雲剣への伝承にも繋がるが、それは捨て置いてもいいだろう。
そんなライの言葉にスサノオは再び軽薄に笑って返した。
「正解だ。これは正にその天羽々斬で間違いねえ。まあ、抜きはしないから安心しろ。剣を抜いちまったらその時点で試合は成立しないからな。折角楽しめるんだ。そんな勿体無い事は出来ねえだろ?」
「ふうん? 快楽主義者って訳か。俺の知り合いにもそんな奴が居るよ」
「へえ? 気が合いそうだな。そいつとは。そのうち会いたいものだ」
「まあ、何れは会えるかもな(もうアンタの目の前に居るには居るけどな)」
スサノオの持っていた刀剣。剣は、本当に天羽々斬だったようだ。
しかしスサノオ本人が楽しみたいらしく、剣自体を抜くつもりは無いらしい。剣を抜けばその時点で試合が成立しなくなる。剣同士の試合もあるが、今回はライが素手という事もあってあくまで鞘に納まったままの天羽々斬と試合をする形なのである。
ライはその会話からスサノオが元・魔王《何処かの誰か》に似ていると軽く笑い、構え直す。
「って事で、取り敢えずそれが分かったならいいや。それじゃ、俺も試合に参加するとしようか」
「ハッ、そう来なくちゃな。敵の事を考えるよりも前に、味方の力量を見定めなくちゃならねえからな! 護ってやる必要があるか無いか、それが重要だ!」
それだけ告げ、スサノオがライとの距離を一気に詰め寄った。
一歩で眼前に迫り、鞘に納まった剣を薙ぐ。それをライは紙一重で避け、スサノオの側頭部に回し蹴りを打ち付けた。
「……!」
「へえ?」
それに対して勢いそのまま回転させた剣で受け止め、二人の衝撃で畳が剥がれる。互いに然程力は入れていないのだが、それでも相応の破壊力が秘められていたらしい。常人ならその蹴りを受けた瞬間に破裂していた恐れもある程だ。
自身の蹴りを受け止めたスサノオにライは感心するような声を漏らし、刹那にスサノオがライを弾いて鞘を突き刺した。
「よっと」
「チィ……!」
その鞘は掌で逸らし、スサノオの懐に詰め込んで拳を打ち上げる。それをスサノオは仰け反って躱し、
「そこ!」
「……ッ!」
同時にライが片足で踏み込み、蹴りを打ち込んでスサノオの身体を吹き飛ばした。
蹴り飛ばされたスサノオは畳を剥がしながら大広間を吹き飛び、倒れぬように何とか堪えて遠方のライに視線を向ける。
「後ろだ!」
「速いな……!」
あらぬ方向を向いているスサノオに居場所を教えてやり、自身の攻撃を躱させる。躱した瞬間にスサノオは背後のライへ剣の柄を突き立てた。が、それを避けてスサノオの側頭部に裏拳を打ち付けた。
「……ッ」
それによってスサノオは吹き飛ぶが自ら跳躍して勢いを殺し、空中を回転して着地する。着地の瞬間にライの拳が眼前に迫っており、スサノオはそれを辛うじて躱した。
「これで終わりかな?」
「……!?」
その瞬間を狙い、疎かになっていたスサノオの足元に自分の足を掛けて転ばせる。それによってスサノオは倒れ、倒れたら敗北というルールを設けた試合に決着が付いた。
「決着。ライさんの勝利。スサノオ様の負けです」
吹き飛ばし吹き飛ばされた二人の近くに来ていた立会人である従者が宣言し、勝負が終わる。
あまりにもあっさりとした決着に一瞬スサノオは唖然としていたが、少し後に高らかな笑い声を上げた。
「ハッハッハ! 負けちまったか! 成る程な。実力はよく分かったぜ!」
飛び跳ねるように立ち上がり、清々しい表情でライに話すスサノオ。
負けた事に対しては特に何も思っていないらしく、どちらかと言えばライの実力を理解して頼もしさを感じているような雰囲気だった。
そんなスサノオの言葉に対してライも笑い掛ける。
「ハハ。アンタも本気なら俺ももっと苦戦しただろうし、五分五分だな」
「ハッ、あくまで"苦戦した"。か。俺が本気になってもお前に勝てないって事かよ」
「それは分からないさ。本気の試合なら俺が負けていたかもしれない」
「本気の"試合"なら……。やっぱ普通の戦闘には勝つ気満々じゃねえかよ」
ライの言葉に対して、クッと小さく笑うスサノオ。
そう、ライは本気の戦いなら負けるつもりはない。しかし試合形式なら負ける可能性もあると自身を謙遜していた。
そんなライの言葉を聞いたスサノオは変わらずに笑って続けた。
「まあいい。確かな実力はある。本気の俺でも勝てねえってのは事実かも知れねえからな。まだ何らかの力を感じる。それが原因か?」
「やっぱりアンタはかなりの実力者だ。この力の存在に気付くとはな。まあ、それ程分かっているならこの力がどんな感じなのかも大体分かっている筈。話す前に言い訳をする事になりそうだけど、この力で暴走したり暴れ回ったりはしないからその点は安心してくれ」
スサノオはライの力に気付いた。しかしまだ感覚だけでこれが魔王の力という事は知らない筈だが、ライは疑われるよりも前に言い訳を話す。
その方が怪しいかもしれないが、予め言い訳をする事で多少は和らぐかもしれない。なので一応の言い訳だ。
スサノオは少し考え、軽薄な笑みを消して真剣な表情で言葉を発する。
「フム……確かに邪悪な気配だ。言い訳をする程だからな。本当に強力な何かなんだろう。……だが、まあいいだろう。お前を信じるとしよう。見たところ悪い奴には見えないからな。直接戦ったから分かる。まあ、何らかの大きな目的の為に戦闘を行う事もあるんだろうが、今回は関係無いか。元より味方だしな」
ライの内からなる魔王の力は感じ取っている様子だが、試合形式とはいえ一戦交えた事で性格を理解したようだ。
なのでスサノオは特に言及しなかった。
「それでは、私たちはこれで。ライさん方。"ヒノモト城"をお楽しみ下さいませ」
そんな二人のやり取りを横に、従者達が頭を下げて告げる。自分達に何の用も無いのだろうと判断したのかそのままこの場を去った。
「ああ、ありがとう。従者達。アマテラスにも言われたし、城を楽しんでみるとするよ」
従者達も忙しいのだろう。優雅な足取りでそのまま去り行き、ライは最後に礼を言う。
何はともあれ、アマテラスにも城を楽しむように言われた。なのでライも再び動き出そうとしたが、そんなライの様子を見ていたスサノオが何かを少し考えて行動を遮るように話す。
「じゃあ、ついでに俺が城を案内しようか? どうせ行く宛もねえんだろ? 一人で探索しても退屈だろうし、俺もお前の仲間達に会ってみたいからな。それに、俺ならこの城で色々と問題が起こった場合に対処出来るだろ?」
「……。アンタが?」
それは、スサノオがライに同行するとの事。元よりライは一人で動くつもりだったので複雑そうな表情をするが、確かにこのままレイたちにスサノオを紹介するのもいい。加えて懸念していたライたちの事が伝わっていない場合に生じる誤解などもスサノオが居れば問題無いだろう。
ライは少し考え、頷いて返した。
「ああ、じゃあ頼むよ。好んで一人で行動していたけど、確かに問題とかに対応出来る主力が居るのは頼もしいからな。よろしく」
「ああ。任せとけ。道案内は別に得意じゃねえが、自宅みたいな城で迷う事もねえだろ。色んな仕掛け。俗に言う絡繰だな。それもあるから中々飽きないぜ」
一人で行動していた意味がほぼ無くなるが、相応の利点は多い。なのでライはスサノオの同行を了承した。
手を交わし、互いに視線を向ける。この調子で他の主力にも会えたら上々だろう。
"ヒノモト"の街にある"ヒノモト城"。そこで二人目の主力に出会ったライは、その主力であるスサノオと共に行動する事になるのだった。