八百三十話 ヒノモト城の探索
(さて、目ぼしい所はあるかな……というより、主力は何処だ?)
人間の国"ヒノモト"にあるヒノモト城にてライは、レイたちやモバーレズたちと離れて一人で城の中を探索していた。
レイたちやモバーレズたちには共に行こうと誘われたが、城などの探索は基本的に一人で行っているので今回もライは一人で行動しているのである。
【今回の目的は征服じゃねェのか。つまらねェな。ま、百鬼夜行が居るかもしれねェならそれなりの楽しみはあるがな】
(お前は何時も戦いばかりだな。まあ、今更の事だし身動きを取れない事による退屈は分からなくもないけど、戦い以外楽しい事は無いのか?)
【そりゃねェだろ。当たり前だ】
(それが当たり前なら世界はもう滅んでいるな)
まあ一人と言っても、無論の事魔王(元)も居るのだが。
今回の目的は征服や制圧ではない。なので魔王(元)は退屈そうだったが、百鬼夜行が居るかもしれないという事もあって新たな楽しみを見つけたような声音で話していた。
ライは相変わらずの魔王(元)に呆れており、ある意味の安心感を覚えつつ一先ず魔王(元)から意識を逸らした。
(取り敢えず人が居そうな場所に行ってみるか。そう言えば、俺たちの事はこの城の主力達に伝わっているのか? アマテラスは知っていて、モバーレズたちは既に来ていたらしいからいいけど、俺たちは完全に部外者だぞ?)
意識を逸らし、少し薄暗い木造の渡り廊下を歩きながら思案する。
ライたちはアマテラスとは出会った。そして何人かの従者も知っている筈。しかしモバーレズたちと違って初めてこの城に来たばかりのライは自分の存在が知られているのか分からなかった。
もし不法侵入のような扱いを受けられたら城どころか街にも居られなくなる可能性がある。それは少々マズイだろう。何より百鬼夜行を放置する事になるのが問題だ。
直接的な行動はライたちやヴァイス達に比べると少ない百鬼夜行だが、ライたちやヴァイス達のように物騒な目的は持っている。今後にぶつかる可能性を考えれば今のうちに何とかしておきたいところである。
(まあいいか。いざという時はアマテラスが弁明してくれるだろうし、ある程度は広めてくれているかもしれないしな)
しかしライ自身はあまり危惧していなかった。と言うのも、アマテラスはこの街の主神としてしっかりしている。なので主力にはライたちの事を伝えているかもしれない。加えて、仮に何も知らない主力に出会ったらライ自身が自己紹介でもすればアマテラスに確認を取って疑いは晴れるだろう。なので気にする必要も無い問題だった。
「さて、何処に行くか……」
誰に言う訳でもなく小さく呟くライ。改めて渡り廊下を見渡し、何処に行くかを考える。
周りにある物は光源用の行灯や蝋燭。一歩踏み込む度にギシギシと木の軋む音が響き、辺りにはそれ以外の音が無い静寂が包み込む。全体的に暗い雰囲気であり、扉の代わりに襖や障子があったが、そこが何の部屋かはよく分からない物だった。
(よく見るタイプの城と大分違うけど、構造自体は多分同じだよな……食堂はあるか分からないけど調理場はある筈。浴場に寝室もあるとして、調理場と浴場は下層。寝室は上層かな。貴賓室が彼処だったから……)
歩きながら思案するライは脳内で城の内部構造を思い描いていた。
基本的な構造は同じであると考え、部屋の場所を見出だしていく。因みにライの現在位置は話し合いが行われていた貴賓室から少し離れた渡り廊下。真っ直ぐ行けばあの貴賓室に到達する場所なので然程離れてはいない。だからこそ何処に行こうか迷っているとも言える。
この場所に来るまでの途中で階段や分かれ道などがあったのでライたちはそこで分かれ、一先ずライは一階を探索してみようと動いていたが当てが無いので適当に彷徨いている状態である。
(うーん。普通に考えれば、主力の居場所は上層階かもしれないな。……選択を誤ったか?)
【ハッハ。確かに主力となりゃ、安全面的な意味でも上階に居るからな。お前たちは兎も角、本来は空を飛べる奴も限られている。下層を見れば相手の行動も分かってある程度の安全を確保出来る高台は戦場では便利だからな】
(この街の主力もそんな感じなのかは分からないけど、十中八九そんな感じだろうな。この城の周りに池か湖みたいなものがあったけど、多分外からの侵入を阻止するものだよな)
主力は大抵上階に居る。それは飛行する術を持たない者が主力を狙いにくくする為である。
最も主力クラスなら大抵の敵は打ち倒せるのだが、それは捨て置く。何はともあれ、それもあって主力はバカでも煙でもないが高い所に居る場合が多いのだ。
そしてこの城の外観だが、先程の貴賓室から見えた庭とは別にこの城は元々湖の中心にある高台に建っている。泳いだり飛んだりする場合を除けば四方からなる橋のみが城に続く道だ。
この城の大まかな構造について考えるライの言葉に魔王(元)が返す。
【そうだろうな。幹部とかのような主力に匹敵する実力者が居るとしても、仮にこの街で戦いが起こりゃ住人への被害が及ぶ。城とかのような建物は避難所も兼ねてっから侵入しにくい造りなんだろうな。まあ、俺の場合は逆に拠点に攻められた方が燃えるがな。それに、住人がどうなろうと知ったこっちゃねェ】
(二言余計だな。まあ、この城の構造には本当にそんな理由があるんだろうけど……取り敢えず一階を探索するか。主力の捜索も重要だけど、アマテラスにも見所もあるって言われてたしな。レイたちもレイたちで探索している筈だから、必ずしも俺が見つける必要は無いか)
主力を探す必要はある。しかし城の探索もアマテラスにオススメされた。加えてレイたちも各々で行動を起こしているので問題無いだろうと判断し、ライは今回は城の探索を中心的に行う事にした。
*****
「此処は……大広間か。勝手に入っちゃったけど良いのかな?」
探索を開始したライが近くの襖を開けたら畳の敷き詰められた大広間に出た。
大広間という割りに人は少ないが、ただ単に集まりなども無いので今は少人数なだけだろう。
それよりもライは勝手に入っていいのかを考えていた。自由に探索していいとは言われていたが、やはり気になるところではあるのだろう。
「あら、ようこそいらっしゃいました。アマテラス様からお話は窺っております。我らは主力直属の従者。アナタ方もご自由に私たちを御使い下さいませ」
「御使いって……アンタらは物じゃないだろうに……自分で言っていいのか?」
「構いません。アマテラス様や他の主力方にも同じような事を言われましたが、私たちの役目は他人に仕える事なので」
「はあ……成る程……」
従者達は自身を卑下している訳ではないが、仕えるのが役目だからこその在り方らしい。取り敢えず客人に対しても従順という事だろう。
何はともあれ、部屋に入る事自体は問題無いようだ。それなら他の部屋も同じだろう。ふとライは従者に訊ねた。
「そう言えば、俺たちの存在はアマテラスさんに聞いたのか? それとも話し合いの近くに居たとか?」
それはライの存在を知っていた事に対して。
アマテラスが去ったのはつい先程。なのでもう伝わっているのか、それが疑問だった。しかし従者なのでアマテラスが着替える時にでも確認していた可能性もある。ともあれ、何がどうかは定かではないだろう。なので訊ねたのだ。
従者はその言葉に頷いて返した。
「はい。私たちは話し合いの近くに居た従者ですね。と言っても待合室で待機していたので距離は離れていました。アナタ方の事を知った事柄に対して強いて言えば、アマテラス様の衣装を変えた時です」
「成る程。それなら何故この大広間に居たのかが謎ですけど、見たところ掃除をしていたみたいですね」
「はい。今日は八人もの来客がおりますからね。城に泊まる事は無さそうですけど、せめて帰るまでに寛ぎを与えたい所存です」
どうやら此処に居る従者達は全員がアマテラスの着替えを手伝っていた者らしい。なのでライたちの事も知っていたようだ。
現在この大広間に居る理由は掃除。ライたちをもてなしてくれるそうだが、既に宿を取っている事は知っているようなので城での寝泊まりについては言及しなかった。
ライは辺りを見渡して言葉を続ける。
「えーと、それならアンタ達と──天井裏や床下に居る人達は俺たちの存在を知っているんだな?」
「はい。御気づきでしたか。流石で御座います」
「忍びって言うんだっけか。諜報や暗殺、スパイをメインに活動する職業。知り合いに女性の忍びっていうくノ一が居るから知っていたよ。気配も感じるしな」
「お見事です」
ライたちの存在を知っているであろう者は従者と忍び達。ライは貴賓室からずっと付けていたその存在に気付いており、従者も気付かれると思っていたのか大きな反応は示さずに称賛の言葉を掛けた。
ライにはくノ一の知り合いであるサリーアが居る。丁度今居るモバーレズの側近のくノ一であるサリーアの存在があったので忍びの存在は知っていたのだ。
ライは苦笑を浮かべて従者達と忍びに聞かせるよう言葉を発した。
「ハハ。信用は無いみたいだな。多分アマテラスの指示とかじゃなくて自分の意思での追跡だろ?」
「追跡に関しては私たちの意思ですけど、信用が無い訳じゃありませんよ。そうですね……実力を見ていた……とでも言っておきましょうか。聞いた話では百鬼夜行が居ると言っていましたからね。確かに目撃証言もありますし、本当に相対する事になった場合にどの程度戦えるか……という感じでしょうかね」
「言葉が全体的に少し曖昧だな……。まあそれはいいや。それで、俺の実力は分かったのか? 気配を探るだけなら基本的に出来るけどな」
「ええ。申し分ありません。気配を探るだけでなく感じた瞬間の態勢に隙がありませんでしたからね」
どうやら実力は認めてくれたらしい。しかしアマテラスや従者達の反応を見るに、まだこの街にはライたちの事が伝わっていないようだ。
主に主力達の街。というより幹部には伝わっている情報でも、常人達の街では侵略者の存在のみを伝えるのが普通だろう。変に警戒させてはそれによって生じるトラブルもある。
ただの犯人ならまだしも、幾つもの街を攻め落としている侵略者。過激派であるヴァイス達の情報なら警戒の為に住人にも教えなければならないが、基本的に無害なライたちの情報を伝えると正義感の強い常人が仕掛けてしまい被害。返り討ちに遭うのが目に見えているからである。
「へえ。コイツが例のお客人か。他国の幹部達と違って弱そうな見た目だが……確かな実力はあるみたいだな」
「……!」
そんなライと従者のやり取りに割って入るよう、一人の男性が話し掛けてきた。
ライはそちらの方を見やり、従者達がその者に頭を下げて言葉を続ける。
「──"スサノオ"様。お疲れ様です。ライさんに何か御用ですか?」
「ああ。腕の立つ客人が来たと聞いてな。暇潰しがてら見てみたんだ」
そしてその名は、新たな神の存在の証明だった。
──"スサノオ"とは、八百万の神々の一角にして海を治める事になった、かもしれない神である。
須佐之男命とも言い、天照の弟にして確かな実力があった神で父神に海原か夜の国を治めるように言われたがそれを断った逸話もある。
一説では嵐の神という説もあり、性格も子供のように泣き喚く姿から形振り構わず暴れる凶暴な姿。そして怪物、かの八岐大蛇を打ち倒す英雄のような姿など様々な姿を見せている。
八岐大蛇と戦った逸話もあり様々な側面を見せる八百万の神。それがスサノオだ。
「スサノオ……違うって説もあるけど、確かアマテラスの弟だっけか」
「ああ。お前がライか。と言っても今知ったんだけどな」
スサノオを前に張り詰めた表情をするライとは裏腹に、軽薄な笑みを浮かべて話す。
"ヒノモト城"の探索を開始して数分。ライは目的である主力の一人、アマテラスの弟である神に出会うのだった。