八十二話 神の日記・地下の怪物
「……せ、成功……したんだよね……?」
──そして、再生したであろう本を見、訝しげな表情でエマとフォンセに尋ねるリヤン。
見た目が直っていたので喜んでしまったが、中身が直っていない可能性を考えたからだ。
「……よし、捲るぞ……」
それを聞き、エマがリヤンの本に手を掛ける。
開いた瞬間に何が起こるか分からない為、不老不死であるエマが試すのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
ゴクリ。と生唾を飲み込み、エマは恐る恐る本を開いた。
「…………」
──そして、その本には何も起こらなかった。爆発などもせず、呪いのような物も無い。一先ずその事に安堵するエマ、フォンセ、リヤン。
「じゃあ、読んでみるとするか……タイトルは……"神の日記"……そのまんまだな……かつての神は自分が神だと自覚していたのか……」
続くようにタイトルと安全を確認した後、エマはその本を音読する。
『"神の日記"
0000年。
今日、この瞬間……新たな神話が誕生する。
しかし書き記す事は世界に何らかの影響を与える時だけ、早く今日以外にも書き記したい気分だ。
最近は平穏過ぎてつまらない。
0×××年。
久々に日記を付けようと思う。何故なら最近、自らを魔王と名乗る者が現れたからだ。
大きな影響を与えるか分からないが、何でも世界を手にしたいらしい。まあそれはどうでも良いのだが……人間や幻獣・魔物が我に助けを乞うてくるのが少々うざったい……。
だから一人の若者へ我に等しい力を授けた。その魔王とやらの力が如何ほどのモノか分からないが、多分大丈夫だろう 』
「これは……数千年前の記録か……恐らく若者とは勇者の事……勇者に恩恵を与えたのはかつての神だったのか……確かにそれならあの時の力も納得がいく……」
最初のページを読み、早々に感想を言うエマは勇者の力は神のモノだったと知り、何かを納得する。
「……どうした?」
そして、その口振りを聞いたフォンセはエマに尋ねた。何に納得したのか、それが気になったからである。エマはそんなフォンセを一瞥し、フォンセに話した。
「いや、大した事じゃない。私も昔は血気盛んでな……その時に巷を湧かせているという勇者が気になって勝負を挑んだに過ぎない。その時のアヤツ……今までに無い程の強敵だった。生まれて初めての敗北を味わったからな……」
「……ほう?」
それを聞いたフォンセは納得する。
つまりエマは、勇者の人智を遥かに凌駕した力に一目を置きながら疑問を抱いていたのだろう。
普通の人間はそのような力を持つ事が出来る筈が無く、自らを壊してしまい兼ねない。
そのような力をただの若者である勇者が持っていた事を疑問に思っていたようで、それが解決したから頷いたのだ。
「……このページから殆どが勇者についてだ……まあ、世界に影響を及ぼす事なら必然的に多くなるな……」
「なら、少し飛ばしたりしよう。一文一句全てに目を通していたらキリが無い。数千年分の記録だからな」
フォンセの言葉に頷き、パラと次のページを捲ったエマは古の文字を読み進める。
『0×××年。
勇者となった若者は魔王とやらの部下を次々と退治に成功している。
0×××年。
勇者となった若者はレヴィアタンを……。
0×××年。
勇者は……。 』
「……ふむ、まるで勇者の成長記録だ……。まあ、最初の方に平穏が退屈だと書いてあったからな……。本当に何も起こらない世界だったのだろう」
「……だな」
「うん……」
エマが次々と綴る言葉に頷いて返すフォンセとリヤン。この日記に書いてある事は勇者伝説の絵本と同じような内容だった。
その為、殆どの事が既に知っている事なのだ。
レヴィアタンと戦う前までならばレヴィアタンの記録に興味を示したかもしれないが、如何せん既にライが数ヵ月間行動不能にしてしまった。
「他には……"その時の気候"や"勇者と魔王の戦い"……それと"当時の支配者"……うーむ……"神の日記"とは大層な名だが、普通に今でも調べられるような事ばかりだな……」
淡々と読み続けるエマ。どれもイマイチ興味を示すような内容ではなく、大体数千年前の記録に残っているようなモノだった。
再びパラ、とページを捲り、日記を読む。
「……お、これは中々良いかもしれないぞ……」
「「…………?」」
そして、そのページに初めて興味を示すエマ。フォンセとリヤンはキョトンとした表情で同時に首を傾げる。
『0×××年
勇者がいよいよ我のところに来るらしい。まあ、世界を破壊しようと言う事を勇者に教えたからな。やっと暇潰しが出来そうだ。
だが、この世界は我が人間時間で言う一週間で軽く創った世界なのだが……やはりその世界に誕生した者はその世界が大事なようだ。中にはそう思っていない奴もいるから、何も言えないが……。
我が世界が創り、その後は大抵勝手に発展して勝手に破滅する……。どのみち滅び行く運命なのに、何故勇者の野郎は戦うんだ?
人間の考える事は理解し難い……。 』
「これを読む限り、既に世界を滅ぼすと宣言した時の記録だな……。そして勇者がこの後神を倒す……」
そのページを読み、神の成れの果てに何かを思い馳せるエマ。
この時の神はどんな気持ちでそれを書いたのか、それとも何も思わなかったのかが気になった。
「……やっぱり……私の先祖は世界を壊そうとしていたんだ……」
エマが読む言葉を聞き、先祖がしそうとした事に疑問を覚えるリヤン。そして、フォンセがリヤンの言葉に疑問を浮かべてリヤンへ尋ねる。
「……ちょっと待て……、今、『私の先祖は』……って言ったか……!?」
「……あ」
リヤンは口が滑ってしまっていた。
そう、リヤンは思った事を口にしたのだが、それはまだエマとフォンセ、ライたちにも言っていない事だったのだ。
「……ほう? それは中々面白い……リヤンの先祖がかつての神だと……?」
それを聞き、さながら子供が新しい玩具を見つけたかのような笑みを浮かべたエマはリヤンへ聞き、言葉を続ける。
「成る程……そうかそうか……かつての神が祖先か……。……ふふふ……もう少し詳しく聞かせて貰おうか……?」
「えーと……」
エマはラスボスか何かのようにクイッとリヤンの顎を上げ、息が掛かる程顔を近付けて話す。ヴァンパイアなので息は出ない。が、それはさておき、リヤンは何故か楽しそうなエマの様子に困惑する。
「私も詳しく聞きたいな……教えてくれれば私もリヤンへ相応の事を教えてやろう……。言うなれば情報の等価交換だ……」
フォンセの訝しげな表情もリヤンの反応を見て変わり、不敵な笑みを浮かべる。
リヤンの事を教えた場合、その対価としてフォンセも何かを教えてくれるらしい。
「良いだろう? 別に……幸いこの場には誰もいない……私とエマとリヤンだけだ……今から数分程度なら何をしようともバレる事は無い……見たところ監視されている感覚も無いからな……」
少し怪しげな事を言い、リヤンに近付くフォンセ。
その距離はリヤンの胸とフォンセの胸が当たる程だった。
リヤンよりも少しだけ身長の高いフォンセは自然とリヤンを見下ろすカタチになる。
「わ……分かった……。えーと……──」
リヤンはそんなフォンセの圧に押され、諦めて自分の事を話す。
「──って事なの……」
「ふむ……成る程……。……意識を失った時、自分の記憶に残っていた事が映像として流れた……という事か……」
リヤンの説明を聞き、エマが腕を組ながら話していた。
リヤンが体験したのは所謂夢のようなモノという事なのだろう。
夢というモノは記憶を整理する為に脳が見せる幻想。しかし実際に起こった事を見せる時もある。リヤンが見たのはそれだ。
「……信じられない。……と言いたいところだが……リヤンが突然魔術を扱えるようになったり、リヤンの雰囲気からただ者ではないという事が窺える……しかし……まさか神の子孫とは……」
リヤンの話を聞き、フォンセは驚愕する。
通常ならば信じられない事だが、生憎リヤンには通常よりも上位の何かを胸に秘めている感覚があった。それが神の子孫だからというのなら納得できるだろう。
リヤンの話を聞き終え、次いでフォンセがリヤンに話す。
「取り敢えずリヤンが神の子孫という事は分かった。……約束通り次は私だな。……私はかつて世界を支配していたという魔王の子孫だ。よろしく」
「………………………………………………え?」
単刀直入に言い放ったフォンセの言葉。それを聞き、長い沈黙を隔て困惑するように一言だけ言うリヤン。間を置き、リヤンは言葉を続ける。
「……魔王……って……あの魔王……? 世界を支配していたって……」
「ああ。さっきも言っただろ? その子孫が私だ」
そして、目を丸くしたままフォンセに返し、フォンセは何でもないように頷いて返した。
フォンセ自身、魔王の子孫という事に負い目を感じている訳では無い。そのお陰でライたちと出会えたという事もあり、どちらかと言えば感謝している程だ。
「フォンセは魔王の子孫なんだ……」
リヤンはポカンと口を開けていたが、何とか納得したようだった。
自分も隠していたが仲間も似たような事を隠しているとは思わなかったのだろう。
「ふふ……リヤンが神の子孫か……。伝説のような存在が身近に居るとは……まだまだ世界は分からないな……。……さて、日記の続きを読もうじゃないか……」
一通り話が終わり、頃合いを見たエマが日記の続きを促す。
フォンセとリヤンも頷いて返し、日記の方へ集中力を向ける。
現在目の前に置いてある"神の日記"は、まだ半分も行っていなかった。
*****
一方の探索組み。こちらの三人は昨日行かなかったような道を歩いていた。
今いる場所は薄暗い裏路地だ。何故こんなところに居るのかというと、昼間は裏路地の方が人。というより魔族が多い筈だからである。
「とは言っても……やっぱ朝早くじゃ裏路地にも魔族達はそうそう居るもんじゃないか……。ただでさえ昨日数ヵ月に一度の祭典があったんだからなぁ……」
辺りを見渡すライだが、その場には人気が無く閑散とした空気が流れていた。
ライの言うように祭典があった為、朝方には一般人や破落戸ですら殆どの者が眠りについているのだろう。
「駄目っぽいな……。まあ、元々探索が目的だったし……情報を集めるにも何をすりゃ良いか分からなかったし……別に良いか」
人がいないならば仕方が無いとあっさりと諦めるライ。まあ無駄に足掻いても何かが起こるという訳では無いので、それはしょうがないだろう。そしてそんなライに向け、レイが言葉を発する。
「……あ、じゃあエマたちが向かった図書館に行くってのはどうかな? 図書館なら他にも情報を集められるかもしれないし、リヤンの本も気になるし」
レイが提案した事、それはエマ、フォンセ、リヤンが向かった図書館に行こうと言う事。
このまま此処で燻っていたとしても物事が進まない。
つまり、より情報が集まるであろう図書館へ行けば何かが分かるかもしれないからだ。
「……図書館ねえ……まあ、確かに此処に居ても意味無いだろうし……図書館に行くってのも良いかもな」
レイの意見に賛成するような素振りを見せるライ。何もしないよりは情報が得られそうな図書館に行く。実に合理的だ。それに続くよう、キュリテも二人へ話す。
「そうだね、それが良いよ。……それに大分前だけど、この街の図書館は他の所よりも優れているってアスワドちゃんが豪語していたんだよねー。だから本の揃えは良いと思うよ? 昔の物から今の物までね!」
キュリテによると、この街にある図書館は過去から現在までの本が大量にあるとの事。
ライたちが求めるのは情報だが、情報と言ってもこの街の幹部には既に出会った。なので、別に街の者達へ聞き込みなどをしなくとも良いのだ。
「……だな。街の雰囲気も大体分かったし、街の名産品? も分かった……まあそれはそれとして……要するにある程度は見たんだ……レイとキュリテの意見に賛成だな。早速図書館……いや、あの大樹へ向かうとするか……」
裏路地を抜け、大樹の方向を見るライ。
ライ、レイ、キュリテの三人は、エマたちのいる"タウィーザ・バラド"、大樹の図書館へ向かうのだった。
*****
──"???"。
此処は暗い土の中。地下・地底・深淵……そのいずれかに当てはまるだろう。
土の中で生活する幻獣・魔物も数多くいるが、これ程の暗さ、深さだと酸素すら行き渡らず、とても生活出来るような場所ではない。
しかし、その場所には巨躯を誇る"何か"が居た。
『グルルルル……』
眠っているのか、起きているのか。その生物? は音を出している。
その音は静かに、ゆっくりと地下全体に伝わる。それはさながら地響きのように。ただ、ゆっくりと。
『………………』
鼾のような音が止み、その生物? は顔? を上げる。
最近、何かしらの騒動が頻繁に起こっている。何処かでは大地が砕け、山河が砕け、街が砕ける。その振動はその生物? にとって大変心地の好いものだった。
目覚めは近い。長い眠りに就いていた、その怪物。
眠りから目覚めた怪物は、身体を少しだけ動かす。
その衝撃によって地下は揺れ、周りの土が砕けて溢れる。
──"タウィーザ・バラド"のその地下で、その怪物は──
『グルオォォ……!!』
──今、目覚めた。