八百二十八話 太陽の主神
「言ーか、お前たちもこの街に来ていたンだな。……これはさっきも言ったか。まあ、それはいい。何か用があるのか?」
女性に案内されて城に向かう途中、モバーレズはライたちに向けてこの街に来た目的を訊ねていた。
モバーレズたちには明確な目的があるが、ライたちにはそれが無さそうという事は分かっている。百鬼夜行の事もあるが、モバーレズが情報を持っていたのでライたちがそれを知っているとは思えない。なので此処に来た理由を知りたいのだろう。
ライはモバーレズの方を見て言葉を発する。
「ん? ああ、ただ寄っただけだな。本当は幹部の街に……って、これは言わない方が良さそうだ。……まあ、目的地に向かっている」
曰く、特に目的などは無くただ寄っただけとの事。
実際そうなのだから間違ってはいない。もしもこの街に幹部が居たなら挑んでいたが、あくまで幹部に"匹敵する"という存在は対象外である。
しかし百鬼夜行の事もあるので少しばかりの寄り道を兼ねているのだろう。
「成る程な。それで何時来たんだ?」
「今日だな」
「今日かよ……」
目的ついでにモバーレズはライたちがやって来たタイミングを訊ね、ライは即答で返した。
対するモバーレズはそれを聞いて肩を落とし、呟くように言葉を発する。
「何で主力をずっと探していた俺たちには見つけられなくてお前たちには見つけられンだよ……。この調子じゃ百鬼夜行も今日中に見つけられそうだな……」
聞こえないような声音で話、ため息を吐く。
モバーレズたちが此処に来たのは一ヵ月前。そんなモバーレズたちよりも進んでいるライの存在に思わずため息が出てしまったようである。
元より街の住人達だけに話を聞いていたモバーレズたちにも問題はあるかもしれないが、そんな主力を探し始めた今日この頃。探し始めて数時間は経過しているが一向に進展が無かった。なのにライたちが既に見つけていたとなればこの心境も頷ける。
『ふむ、これも自分にとって都合の良い事が起こる力か……』
「……? どうしたんだ、斉天大聖? てか、何でモバーレズも落ち込んでいるんだよ」
『いや、何でもねえよ。それと、モバーレズはあれだ。俺たちも主力を探していたんだが見つからなくてな。そんな俺たちよりも先に見つけたお前たちを見てこの様な状態になっただけだ。ああ後、その時は主力を探していなかったが、俺たちは一ヵ月この街に滞在している。それも相まって気を落としたという訳だ』
「成る程な。何か悪い事しちゃったな」
『気にする必要はねえだろ。まあ、運の差……とでも考えておくとしようか』
ライの周りに起こる事柄。それは魔王の力からなる、自分にとって都合の良い現象を引き起こす能力の作用によるもの。
孫悟空はそれを知っているので、今後敵対するかもしれないライたちの能力を見極めているようだ。力ではどうやっても覆せない運命や概念。それを操る魔王の力は純粋な力よりもある意味厄介だった。
「見えてきましたよ。と言っても始めから見えてはいるのですけどね。彼処が私の城、"ヒノモト城"です」
「お、着いたみたいだな。ありがとうございます」
「着いたか。サンキューな、主力」
ライたちがその様なやり取りを行っている最中、案内していた女性は目的地である城に着いた事を告げ、城の方向を示すように指を差す。
ライたち五人とモバーレズたち三人はそれに反応を示し、女性に礼を告げた。厳密に言えばまだ到達はしていないが、実質的に着いたも同然なのでそれは捨て置いていいだろう。
何はともあれ、その後ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンとモバーレズ、孫悟空、ユニコの八人は女性の案内によって城に到着した。後は詳しい情報を知るだけである。
*****
──"ヒノモト城"。
「それでは、着替えてきますのでゆっくりしていて下さい。ああそれと……この後立場的にも少し畏まった口調になるかもしれませんから悪しからず。基本的には変わりませんけどね」
「はい。分かりました」
「応、まあ問題無ェよ」
"ヒノモト城"についたライたちは、女性に言われて大広間で待機していた。他の城とは景観が違うが、どうやら此処が貴賓室のような役割を果たしている場所のようである。
床には木ではなく草からなる"畳"が敷かれており、扉に無数の紙が貼り付けられた"障子"が連なっている。それ以外にも一面を大きな絵の描かれた紙が貼り付けられている"襖"も立ち並んでおり、その近くには油を用いて明かりを点ける"行灯が"置いてあった。
ふと外を見れば小石の敷き詰められた砂利道と美しい池があり、鯉が泳ぎ苔の生えた岩や通常の岩が円を描くように並んでいる様子。そこには加工された竹からなる水を溜めて音を鳴らす添水があり、水によって先端の重心が下がってカコーンと心地好い音を鳴らす。
それ以外にも庭には形の整えられた木々などもあり、鳥が囀る声が一定のリズムで聴覚を刺激する。
此処にある音は竹と岩が軽くぶつかる音に鳥の声のみ。これらを見て感じればこの街のモットーとする"静"の感覚が良く分かるだろう。
「何だか落ち着く雰囲気の場所だな。和室って言うんだっけ。"和"ませる"室"内とはよく言ったものだよ」
「うん。何だか此処に居ると瞑想しているみたいに気持ちが落ち着く……」
「ふむ、喧騒から離れた別空間のような部屋。嫌いじゃないな」
「ああ。荒んだ心が癒されるようだ。まあ、最近は荒む出来事もあまりないが」
「落ち着く……自然の匂い……」
「床みたいな所に座るのはどうかと思ったが、これ。座布団って言うンだっけか。これがあると痛まねェな」
『修行していた時の事を思い出すな。ただひたすら無になった事もあった』
「良い雰囲気です。風も心地好い……鳥たちも楽しそうに歌っていますね」
そんな庭の見える和室にて、ライたち五人は座布団に座って寛いでいた。
活気のある街とは対照的にこの場所は静かであり、身心が洗われていく感覚があった。基本的には賑やかな場所に居る事が多いのでこの様な空間は新鮮なのだろう。
「御待たせ致しました。この服、着るのが大変なのですよね」
「……!」
どれくらいの時間が経ったのだろうか。自然に身を委ねていたライたちに主力という女性の声が届いた。ライたちは改めて視線を移し、その女性の様子を確認する。
そこには赤の下地を中心に金色や緑、白などを加えた煌びやかな衣装である十二単を身に纏い、降ろしてあった艶のある黒髪を簪や櫛で纏めている。幼くも見える端正な顔に白い肌の女性が愛らしい笑顔を向けて立っていた。
「フフ……おっと、笑顔は禁止事項でした。ああ、後口調も変えなくては……」
「……」
ライたちを前に笑顔を向けていたが慌てたように笑顔を消し去り、深呼吸をして口調を直す。どうやらそれがこの立場的に必要な事らしい。
豪華な衣装を身に付けた女性は手に持っていた扇子を開き、言葉を発する。
「……。さて、よくぞいらしました。互いに名の知らぬ者同士、先ずは私から今一度名乗り申し上げましょう。私の名は──"天照"。この街の領主を努める主神で御座います」
「……っ」
そして飛び出してきたその名は、予想の遥か上を行くものだった。
──"天照"とは、太陽を司る、八百万という神々の群を収める主神である。
天照大神や天照大御神とも言い、神でありながら巫女でもあり両方の特徴を司ると謂われている。
太陽以外にも農耕、織物なども司っており、何らかの不具合が生じて天照が隠れてしまった場合は様々な災いが降り掛かるとされる。
八百万の神の主神にして太陽や農耕、織物を司る最高神。それが天照だ。
「アマテラス……世界に複数居る太陽神の一人か。その中でも上位の立場に居る存在……」
「ええ。以後お見知り置きを。さて、では早速御訊ねします。アナタ達の聞きたい事とは?」
主神、アマテラス。その存在を前に、心なしか圧迫感が増したような気がした。
しかしそれは何の間違いもないだろう。八百万の長、アマテラスの存在というものはそれ程のものなのだから。因みに八百万とはそのままの意味ではなく、複数や無数。数え切れない程という意味合いがある。それ程までの神々の長。威圧感もかなりのものだろう。
そんなアマテラスの質問。ライがモバーレズと顔を見合せ、頷いて話す。
「では率直に。……百鬼夜行。という名をご存知ですか?」
「百鬼夜行? ええ、勿論名は知っております。妖達の群れ。見た者は死する存在。災厄。異名は様々ですが、その百鬼夜行で間違いありませんね?」
「はい」
先ず訊ねたのは大前提である百鬼夜行の存在の有無について。無論と言うべきか、アマテラスは百鬼夜行の存在自体は知っているらしい。
なのでライは言葉を続ける。
「そして此処からが俺たちの質問の本題です。その百鬼夜行ですが、もしかしたらこの街が故郷ではありませんか?」
「ええ、そうですね。まあ、今の人々に伝わっている情報は伝承によるものだけですから街の住人は名くらいしか知らないかと。しかし間違いなく故郷ですよ」
即答だった。即答ついでに補足を加え、街の住人が百鬼夜行の存在を知っていたが詳しく知らなかった理由も明らかになる。大凡は予想通りだ。
前振りは全て達成。となると残るはもう一つの本題だけだろう。
「それなら、その百鬼夜行。今現在は何処に居るか知っていますか?」
「百鬼夜行の居場所ですか……いえ、知りませんね。姿を消したのは数十年前。この街は数十年前まで閉ざしていたのですが、閉じた時と開けた時。そのどちらかは分かりませんがそれに乗じてその行方を眩ませたと云われています。元々特定の夜の特定の時間にしか姿を現さない者達でしたので、この街の人々を見て分かるように存在が定かではない都市伝説のように噂しか残っていませんね。故に、その存在を知るのは噂好きか私たちのような街を収める存在だけです」
百鬼夜行の現在位置。しかしそれは流石に分からないようだ。
百鬼夜行がこの街を抜けた事自体は案外最近らしいが、その姿はこの街の住人に殆ど知られていない。それに百鬼夜行の行動時間などが関係しているのなら確かに辻褄は合うだろう。
「成る程。何故街を閉ざしていたのかは敢えて聞きませんが、最後に一つ。百鬼夜行に関する、今までに話した事以外の情報は何かないでしょうか?」
居場所が分からないなら仕方無い。なのでライはこの話を切り上げる事にしたが、最後に百鬼夜行についての他の情報が無いかを訊ねた。
ライたちの場合は百鬼夜行を懸念しての情報収集。モバーレズたちも懸念は同じであるが、彼らの場合はヴァイスに関する情報を中心なので根本的な目的は違う。しかし知っておいて損は無いのでアマテラスの返答に耳を傾けていた。
「情報……ですか。そうですね。嘘か誠か、最近の夜中。"妖怪の姿を見た"。という情報はたまに聞きますけど……アナタ達がそれを知らない事も踏まえて微妙な線ですね」
「妖怪の姿……。いえ、それも十分な情報ですよ。何の当てが無いのと違って、夜に何かあるかもしれないという可能性があればそれに備えた行動も起こせますからね」
百鬼夜行に関する情報は、無い事も無かった。
どうやら夜中に妖怪の目撃情報はあるらしく、もしかしたらそれが百鬼夜行かもしれないというものだ。これは中々良い情報だろう。しかしアマテラスは、百鬼夜行について聞き込みをしていたライたちが話を聞いていない事から微妙そうな表情をしていた。
これにてライたちの質問は終わるが、今度は逆にアマテラスの方が訊ねた。
「私も一つ御聞きしたいのですが、何故アナタ達は百鬼夜行についての情報収集を? 何らかの因縁があるという事は分かりますが、その因縁を知りたいところです」
それはライたちが執拗に百鬼夜行について訊ねる事について。外の者が態々その為にこの街に来るのは確かに不思議だろう。
対して、ライたちは本当にたまたま寄っただけなのでそれについてはモバーレズが言葉を発した。
「あー、じゃあ此処からは俺たちが話そう。ライにばかり話させるのもあれだからな。……ンで質問に対してだが、簡単に述べるなら今巷を騒がせている侵略者の組織。そいつらと百鬼夜行は少し関係していてな。本命であるその侵略者に辿り着く為に探しているンだ」
「侵略者……。二つの組織でしたっけ。片方は所構わず戦争を嗾け、街の住人達を攫って行く者達。もう一方は住人に実害は出さない代わり、幹部や側近を打ち倒している者達。そのどちらかに繋がる情報が百鬼夜行と」
「ああ」
モバーレズたちの目的は侵略者の片方。それを聞いたアマテラスが聞き返し、モバーレズは頷いて返した。
アマテラスは成る程と返し、静かに立ち上がってライたちを見渡した。
「それならば私たちも百鬼夜行の捜索に協力しましょう。この街には私以外にも様々な実力者が居ますからね。力になれると思います」
それは、アマテラス達"ヒノモト"の主力が捜査に協力してくれるとの事。
それを聞いたライたち五人とモバーレズたち三人はアマテラスの顔を凝視した。
「そンな事良いのかよ? アンタらには関係ねェ事なンだがな」
「ええ。それに、ご迷惑を御掛けしませんか?」
「フフッ。問題ありません。侵略者はこの街にも脅威を及ぼす可能性がありますので。この街の……この人間の国の為にも協力した方が良いでしょう」
手伝ってくれるのは有り難い。しかしそれは悪いのではと考えていたが、侵略者は後々この街に被害を及ぼすかもしれない存在。なので協力する必要があると判断したようだ。
国の幹部ではないが人間の国全体で見たら主力に値するアマテラス。放っては置けないようである。それならライたちも応えなくてはならないだろう。
「そうですか。それなら有り難い限りです。この街は広い。人数不足も感じていましたので、協力してくれるのは頼もしい」
「ああ。俺たち何か一ヵ月滞在して何も掴めなかったからな。好都合だ」
「それなら交渉成立ですね。今後とも宜しくお願い申し上げます」
両陣からして、断る理由は何処にも見当たらない。なのでライたちとモバーレズたち。そして今、主神の言葉から侵略者対策として"ヒノモト"の主力達の協定が結ばれた。ライたちも侵略者だが、今回は百鬼夜行。そしてヴァイス達についての事なのであまり関与はしないだろう。
最後にアマテラスは言葉を続けた。
「それでは、これで話し合いは終わりですね。ライさん方。モバーレズさん方。太陽の元に繁栄する街、"ヒノモト"。太陽の輝きに照らされる黄金の街。お楽しみ下さいませ」
煌びやかな十二単姿で立ち上がり、太陽のように温かく全てを包み込むような笑顔で話す。
ライ、 レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は到達した"ヒノモト"にて、元々居たモバーレズたちやこの街の主力であるアマテラスと出会った。
そんなライたち五人とモバーレズたち三人は百鬼夜行やヴァイス達の事を調べる為にも、暫くこの街に滞在する事になるのだった。