八百二十四話 街での服装選び
──"人間の国・ヒノモト"。
街に入ったライたちは、周りと見た目が大きく違うが意外と奇っ怪な目では見られていなかった。
この街にも何人かの観光客は居る。なので他所から来た者も寛容に受け入れられるのだろう。しかし周りの人々が着物を着ているので衣服の違うライたちは、それなりに目立ってはいた。
「結構目立っているな。俺たち。いや、浮いているって感じか。まあ、服装が主な原因なんだろうけど」
「そうだね。周りの人達は気にしていないみたいだけど、こんなに浮いていたら色々と問題がありそう」
「幹部が居れば私たちの存在を明かしているようなもの。幹部が居なくとも、仮にヴァイス達が居たら同じく存在を明かしているようなもの……ある程度は街に紛れた方が良さそうだな」
「ああ。情報収集をするにしても目立つ姿じゃ問題がある。私たちは一応侵略者だからな。その辺でこの街に馴染む服でも購入するか」
「……うん……」
ライたちの服装は、他の街ではよくある物だがこの"ヒノモト"では観光客以外に身に付けている者は居ない服装。その、他の観光客達もこの街に合わせた服を着ているらしくライたちもそうした方が良いと判断していた。
情報収集や色々と探索するにもその方が良いだろう。五人は全員が納得し、一先ずはこの街に合わせた着物を購入する為、呉服屋を探す事にした。
「この街の店は基本的に中に入らなくても何を売っているのかよく分かるな。まあ、他の街もそうだけど、他の街の店より内装を見せてくれる感じだ」
「吹き抜けになっているから見易いみたいだね」
「より商品を見せる為の工夫という事か。断る事の出来ない者なら、覇気のある目の前の店主からの呼び込みを見たら買わざるを得なくなるな。上手い事やっている」
「まあ、私たちには関係のない事。目的は衣類だからな」
「うん……」
街にある店は内部が外側から見やすく、何が売っているのかよく分かるものだった。加えて暖簾に達筆な字でその店を表す文字が記されているので分からないという事は無いだろう。しかしライたちの目的は衣服なので一瞥を向ける程度で他の店には寄らず街中を進む。
活気のある街並みに風が吹き抜け、ザァと小さな葉が舞う。穏やかな気候の街。依然として賑わいはあるが、この様に風が吹き抜けると静寂にも感じた。
ライたちは暫し雑談しながら"ヒノモト"の街を進んで一つの店の前で止まった。
「……。お? 此処っぽいな。暖簾にもそう書いてあるし」
「確かに"呉服屋"って書かれているね。見本の着物も掛かっているし、間違いなさそう」
「そうみたいだな。案外早く見つけられたようだ」
そこにあったのは店内から掛かっている着物が見えた店。外の看板や暖簾には太字で『呉服屋』と書かれており、間違いなくライたちの探す服屋だった。
見つかったのなら話は早い。早速ライたちは店の中に入ってみる事にした。
「おお、色んな種類の着物が置かれているな。柄物やシンプルに色だけを変えた物……あまり派手な色は無いみたいだ。落ち着く印象の物が多い」
「ふむ……おそらくこの街の方針がそうなんだろうな。静なる美。それがこの街のあり方なのかもしれぬ。街の景観も派手な色を抑えた落ち着く色合いを中心にしている。そして川や木々に花など、自然の風情を大切にしているみたいだ」
着物の柄は様々。無地の物から色を付け加えた物。そして花柄など。紅葉や緑葉などもあり、自然物を主体とした柄の着物が多い様子だった。
エマはそれがこの街の方針と推察しており、静けさや風情などを大切にしていると判断していた。周りの様子から考えても確かにそうなのかもしれない。
何はともあれ、そんな呉服屋に辿り着いたライたち五人は早速物色を開始した。
「この店の広さ自体は然程ないな。取り敢えず自分に合う物があったらそれを買って身に付けるとしよう。当たり前の事だけどな」
「うん。じゃあ後でね」
「心得た」
「分かった」
「うん……」
自分の着る物は自分で選ぶ。至極当然の事柄。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は暫し店の中を彷徨きながら自分に合った服を探すのだった。
*****
(……って言っても、これと言った拘りは無いんだよなぁ……。はてさて、一体全体どうするべきか……)
そしてその後、早速着物を探し始めたライだが、衣類には好みや拘りなども無く、レイたちから離れた男性用の着物が売っている場所で悩んでいた。
然程の広さが無いと言っても、様々な着物を揃えているだけあって普通の店に比べたら広さもあって店員もそれなりに居る。
内装では男物の場所と女物の場所に分かれているが、それくらいの広さと豊富な品揃えからどれにするか悩んでいるのだ。
(一応侵略者……祭典とかに着て行きそうな派手な物は却下、だからと言って暗過ぎても怪しい……参ったな……)
悩んでいるなら目に付いた物を適当に選んでも良いかもしれないが、ライたちの立場からしてそう言う訳にはいかなかった。
先ず、人間の国にある街なら何処であろうと広まっているライたちに関する情報が存在している事が第一問題。
顔までは割れていないのだろうが、髪型や身長などと言った特徴は広まっている。なので目立つ着物を着てバレてしまう訳にはいかないのである。
逆に、普段着のように暗過ぎるのも問題がある。他の街なら普段着が黒の者も多いので問題無いがこの街は着物が主体。全身真っ黒の者は少なく、また目立ってしまうという壁にぶち当たるのだ。
その事からライが至った結論はこれ。
(……。灰色か紺色、薄茶色みたいな鈍色の一つにした方が良さそうだな)
答えは、限り無く目立たない色を選ぶという至って単純明快な結論だった。
街の者達が身に付けている着物は、片寄っていないようで案外片寄っている。この街の方針から考えて"静"が"美"である以上、騒がしい服装ではなく落ち着いた鈍色の服装が必然的に多くなっているのだ。なのでそれらを選ぶ必要があるが、割合が多いからこそ品揃えも多い。また新たな悩みどころだ。
その様に悩むライに向け、魔王(元)が笑うような声音で話しかけて来た。
【クク、そう気にする事もねェだろうによ。周りの奴らはお前が思っているよりお前に関心は抱いていねェよ。少し自意識過剰だぜ?】
それは、ライが気にする程周りの目は向けられていないという事。確かに少し自意識過剰かもしれないが、ライは肩を落とし、魔王(元)に向けて思考を返す。
(それは分かっているさ。けど、俺が侵略者だからな。もしもこの街に幹部が居たら俺たちの存在に気付くかもしれない。そうなったら街を探索している時にも暗殺の危険性があるからな。……まあ、不意討ちくらいじゃ何とも無いけど、あまり穏やかな心境じゃないだろ? もしも監視されているんだったらな)
ライは、自分が少し自意識過剰になっている事には気付いていた。それを理解した上で不安があるのだろう。
仮に付けられているとしたら直ぐに気付く事が出来、暗殺されても無傷で行動出来るだろう。しかし見張られているというのはあまり良い気分じゃない。主な原因はその様な精神的なものらしい。
一般的な人間・魔族でのライの年齢にしては、今まで潜ってきた修羅場からライはメンタル面もかなり鍛えられた。例え精神的にキツくて常人なら気絶する状況でも耐えられるだろう。しかし世間から見ればまだまだ子供のライ。子供らしさというものも残ってしまうのである。
【監視か。ハッ、大丈夫だ、大丈夫。そん時ゃ、正面切ってブッ潰せば早い話だろ?】
(……。まあ、大体予想はしていたよ。お前がそう言うのはな。何だかんだ丸め込んで、最終的に自分が楽しもうって魂胆だろ?)
【無論だ。ぶっちゃけ他人の視線や世間体は関係ねェ。力を振るえれば良いからな!】
(はあ……。もう返す言葉も見つからない。今まで何度も同じ事を言っていたからな……)
【ハッハッハ! お前は俺様と違って自由なんだからよ! もっと自由を謳歌しろよ!】
(お前は封印されている割には自由過ぎだ……)
要するに、魔王(元)はただ自分が暴れたいのでライを説得していたという事だ。
ライの目的とする世界征服とは根本的に違うので今まではそれを否定していたライだが、もう何を言っても聞かないのだろうと半ば諦め掛けていた。
しかし、ライの着物選びも魔王(元)が居るので一人で選ぶよりは良いだろう。ライの着物探しは続く。
*****
「あ、これどうかな? 似合う?」
「ああ。似合っているんじゃないか」
「えー、でも此方も捨てがたいよね」
「だったら何故聞いた……いや、まあ考えている事は分かるが……」
「アハハ。買い物する機会は少ないからね。こんな風に皆でワイワイ物を買うのが好きなんだ」
「へえ……」
ライが男性用の着物選びに手間取っていた頃、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人は楽しそうに女性用の着物を選んでいた。──主にレイが。
と言ってもレイもまだまだ子供。共感して欲しい気持ちがあれば、仲間。この場合は友人。その様な関係者と楽しくやりたい心境のようである。しかしその感情は老若男女問わないのかもしれない。
「あーあ、折角なんだからライも此方に来れば良かったのに。ライにも着物を見て選んで貰いたいな」
「まあ仕方無いだろう。男性用の着物売り場と女性用の着物売り場は別々の場所にあるのだからな」
「それは分かっているけど……何なんだろう。この感覚。言葉じゃ表せないや……」
レイは仲間の和を尊重する部分がある。仲間思いなのはライたち全員がそうであるが、特にレイはその気持ちが強いのだ。
だからこそ仲間同士、五人同士。もしくは知り合った皆と居られる機会をもっと増やしたい心境なのだろう。
対するライ、エマ、フォンセ、リヤン。幻獣や魔物と共に居たリヤンは兎も角、ライたちは一人で居る機会が多かった。なのでレイの思っている事に関しては鈍いのだ。
「取り敢えず、エマたちも選ぼうよ! やっぱり黒かな? 黄色い花模様も良いよね。リヤンは水玉かな? それと──」
「わ、分かった。レイに合わせてみよう」
「そう言えば……前にもこんな事があったな。レイは買い物になると目の色が変わるんだ……」
「……ふふ……楽しそう……」
レイは奮起し、自分のみならずエマ、フォンセ、リヤンの着物も選んで行く。しかし中々決まらないようだ。
エマはそんなレイに若干引いており、フォンセはレイの性格がそうだったなと改めて実感する。賑やかな環境は慣れていないリヤンだが、リヤンはそんなレイを見て楽しそうに笑っていた。別段、その様な環境が苦手という訳では無さそうである。
しかし、それはレイなりの気遣いであると全員が理解している。なのでレイの買い物に三人は付き合う事にした。
「ふむ、これなんかどうだ? 血のような赤で美しい。おそらくこの水面も血溜まりを表現しているのだろう。中々センスが良いじゃないか」
「うん、着物自体は良さそうだね。……けど……えーと……それは血溜まりじゃなくて、紅葉と池を泳ぐ鯉を表しているんだと思うよ……水面は透明だから下地の赤でそれっぽく見えちゃうんだと思う……」
「そうか? 血溜まりでも良さそうなのにな」
「アハハ……」
「見ろ、レイ。後ろに虎や龍の絵が描かれた着物があるぞ! これは中々良いんじゃないか?」
「うーん……それは女の子が着る物じゃないと思うけど……と言うか、何で女性の着物売り場にそれがあるの!?」
「レイ……月と兎……」
「あ、カワイイ。……リヤン。リヤンだけはまともなんだね……。あ、エマも血溜まりって勘違いしてなければ良かったんだけど……」
「なんだ? 虎と龍はそんなに駄目か?」
「えーと……うん。個人的には……ね」
奮起するレイに合わせるよう、各々で自分の気に入った着物をレイに見せるエマたち。ネタのようだが、本人たちは至って真面目。真剣である。
しかし多少は理想の買い物に近付いているので、レイは嬉しそうに笑っていた。エマ、フォンセ、リヤンも真面目で半ばふざけているが楽しそうである。
悩むライとは別に、女性陣は女性陣で別の意味で選び終えるのに時間が掛かりそうな様子だ。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は、人間の国"ヒノモト"にて着物選びを続けるのだった。